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「お茶をお持ち致しました」
ノックの後にメイドが現れ、三人の茶と茶菓子を載せたワゴンを押してくる。茶の準備を整えてメイドが去ったのを見送ってから順はのんびりとベッドを降りた。たっぷりと盛られたクリームの入った器を佑の前に寄せていた紫が短い悲鳴を上げる。順は後ろから紫にしなだれかかるように腕を回した。
「あん」
困ったように笑って紫が顔を傾ける。順は軽く紫に口づけしてから腕を解いた。
「もう。お客様の前でしょう?」
子供に諭すような口調で言いつつも、紫が順のために座っていた位置をずらす。順はするりと紫の隣に腰掛けて紅茶の入ったカップを一つ取り上げた。
「木村さん、今は、ママをお願いね。きちんと守ってあげて」
でも。そう続けて佑が唇を引き結ぶ。順は苦笑して片腕を紫の肩に回した。紫が大人しくそっと順にもたれる。
「心配しなくても水輝ちゃんはちゃーんと治したげるってばさ」
ねー、と紫に笑みかけて順は熱い茶を啜った。子供みたい、と困った顔で言って紫も紅茶を取る。
「水輝さんはもう、ママとは関係ないわ。だって、ママが愛してるのはずっとパパだけだもの」
「あら」
小さな声を上げて紫が笑う。順は知らん顔で茶を啜った。
「どうしてそう思うの?」
にこやかに紫が問うと佑が困ったような顔になる。佑は先ほどから膝の上に手を置いていて茶や菓子には一切手をつけていない。
「わたしや、水輝さんに対する態度を見ればわかるわ。それに、ママが拘っていたのは結局パパのことだけだった。それなのに水輝さんと結婚とかヘンな方向に話が行っちゃうからおかしくなったのよ!」
「まあ、怖い」
少し声を荒らげた佑に大仰に怯えて見せてから紫は順に身体を預けた。順は怖いですねぇ、と紫に同意してしっかりと肩を抱いた。
「もしかして反抗期かしら?」
「第二次性徴は終わってる筈だよねぇ?」
紫と順は小声でそうやり取りしつつ、横目に佑を見た。佑はスカートを握りしめて唇を引き結んでいる。
「ママ、いつか、パパと一緒に過ごせる日々が来るから。何時とはわからないけど、わたしの予感なんか信じられないかもしれないけど。絶対だから」
だから、今は焦らないで。どこまでも生真面目に言う佑を見つめてから順は紫と顔を見合わせた。どうやら佑は二人がふざけてからかっていることには気付いているらしいが、あくまでも真面目に話をする気らしい。
「ねえ、ゆうちゃん。私は確かに真也の事は愛しているけど」
悪戯っぽい笑みを消して紫が柔らかな口調でゆっくりと言う。順はやれやれと肩を竦めて紫から腕を離した。焼きたてのスコーンを小皿に取ってクリームを盛り付ける。
「水輝も愛していたわよ?」
それにこの人も、と続けて紫が順を見る。順はわーい、と子供じみた歓声を上げて紫に頬擦りをした。もう、と困った顔で言って紫が順をやんわりと押し退ける。
「そんなふうに言えるなら、大丈夫ね。ママを見くびっていたわ。ごめんなさい」
ほっとしたように言って佑がソファに寄りかかる。よほど安心したのか、佑はそれまで手付かずになっていた紅茶に手を伸ばした。
「あら。評価が上がったのかしら」
笑顔で言って紫が佑の目を覗き込む。佑は困ったように笑って首を傾げてみせた。
のんびりと茶を飲んだ後、順はそれじゃ行きましょか、と立ち上がった。そうね、と紫が腰を上げる。一人、ソファに取り残された佑が不思議そうな顔で二人を見上げる。
「行くってどこに?」
「んー。水輝ちゃん治しに。ちょおっと体力要るけどねー」
そう言いながら順は大きく伸びをした。紫が先にベッドに近づいて水輝の顔を覗き込む。あらあら、と苦笑して紫は振り返った。
「どのくらい眠っていないの? 今回は随分と長かったのね」
くすくすと笑って紫が水輝の顔をもう一度覗き込む。熱に浮かされた水輝は目を閉じて苦しそうな呼吸を繰り返しているだけだ。包まれたバスタオルも水輝の汗に湿り始めている。
「眠ってないって、どういうこと!?」
焦ったように言って佑が立ち上がる。順はええとね、と天井を仰いで考えを巡らせてから佑を見た。
「水輝ちゃん、そっちに居る時は寝てないと思うよ?」
だからオレが寝かせつけてるんだけど。そう続けて順はベッドに近づいた。両腕に軽々と水輝を抱き上げる。すると水輝は少しだけ瞼を上げて順の胸に頭を持たせかけてからまた目を閉じた。だが恐らく水輝は意識してそうしている訳ではない。無意識に動いているだけだ。
「だって、水輝さん、夜は奈月さんのところに……」
そこまで言って佑が黙り込む。思案顔になった佑に苦笑してから順は歩き出した。先を行く紫が部屋の隅にある大きなクローゼットを開く。そこには洋服ではなく、鉄製の格子で出来た大きな扉が設えられている。
「何ならゆうちゃんも見ていく? 水輝が何をしているか気になるでしょ?」
ちょっとそこまでお買い物、という気軽さで紫が問い掛ける。それまで俯き加減で黙っていた佑が慌てたように顔を上げる。紫が格子のドアの傍にあるスイッチを入れたのだ。大きな歯車の回る不気味な音が部屋には響き始めている。
順は苦労性!w