たぶん!
頷いた佑がソファを離れて小走りに駆けて来る。順は紫の開いた格子のドアの内側に進んだ。佑が乗り、最後に紫がドアの内側に入ったところでドアを手動で閉める。紫がドアの横にあるボタンを押すと、格子のドアのついた小部屋はゆっくりと下降し始めた。明るい部屋の様子があっという間に見えなくなり、周囲が暗くなる。天井に明かりは点いているが、部屋のものに比べると随分と頼りない。
「かなり潜るけど大丈夫?」
紫がそう言って気遣うように佑の顔を覗き込む。不思議そうに周囲を見ていた佑は慌てたように紫と目を合わせてから頷いた。
「まあ、すぐに明るくなるよ」
格子のドアのすぐ上にある小さな画面には数字が表示されている。順はそれを見上げてから、ほらと言った。すると足元から淡い光が現れたかと思うと、一気に視界が開ける。
ぼんやりとした赤い光に照らされているのは大きな空洞だ。透明な筒の中を三人を乗せたエレベーターが移動しているのだ。空洞のあちこちには硝子張りの巨大な窓が設えられていて、ゆっくりと下降するエレベーターからは窓の向こうの様子が見えるようになっている。順はええと、と呟いてから目当ての窓を見つけると顎をしゃくった。
「ほら、アレ。絵みたいでしょ」
だらしない笑みを浮かべて言った順につられて佑がそちらを向く。その直後、佑の顔は引きつった。窓の向こうには大量の血を流した誰かが貼り付けにされているのだ。手足に太い金属の鋲を打たれたそれはまだ苦しそうに顔を歪めてもがいている。
「贄? なの?」
ごくん、と唾を飲み込んで佑が掠れた声で問う。まあ、と微笑んで紫が嬉しそうに手を合わせる。
「誰かと違ってお洒落な表現ね」
「えー。エネルギー源って言う方がストレートでいいじゃあん」
順は唇を尖らせて不服を漏らした。その間にエレベーターはゆっくりと下降し、先ほどの窓は遠ざかってしまう。やがてエレベーターは静止し、歯車が大きな音を立てて組み変わった後、今度は横に動き始める。
「まあ、姫君にばれたら一発で断罪されちゃいそうなカンジだよねー」
「そうね。容赦はしてくれないでしょうね」
のんびりと言った順に紫が頷いてみせる。ゆっくりと移動する小部屋の格子のドアからは様々な窓が見えた。中には白衣を着た人々が忙しそうに働いている光景もある。窓が不規則に並ぶ様は、まるでテレビ画面を雑多に貼り付けているようにも見える。
「大丈夫よ。結局、あのお姫さまは水輝さんしか見てないから」
佑の顔色はどことなく悪い。だが平然とした顔で佑はそう告げた。ふうん、と笑って順は腕の中の水輝を見下ろした。苦しげな息を吐く水輝は時折、何かを堪えるように眉を寄せている。
「あら。今日は留守なのかしら」
ふと、紫が呟くように言う。順はとある窓を見つめてそうだね、と答えた。いつもなら向こうから呑気に手を振り返してくる少年が今は見えない。どうやら出かけてしまっているようだ。
「そろそろ餌も少なくなってるしねぇ。共食い出来りゃ一番いいんだけど」
苦笑を浮かべて順は小部屋の壁に寄りかかった。格子で出来た壁が嫌な軋みを上げる。
「共食い?」
「そ。共食い。龍神は出来るのにねぇ。困ったもんだよ」
あはは、と気軽に笑いながら佑に答えて順は視線を動かした。そろそろ着く頃だ。そう、順が思った矢先に小部屋は静かに動きを止めた。紫が格子のドアを手動で開く。小部屋の明かりで辛うじて足元が見える廊下に順は進んだ。続いて紫が、最後に佑がエレベーターを降りる。着いてきてね、と言い置いて順はゆっくりと進んだ。
細い廊下は右に左にと曲がっている。うっすらと足元に灯っているのは非常用のライトだ。順はしばらく進んでから紫を振り返った。声をかけるより早く、紫が順の前に出て鍵を開く。軋みを上げて開いたドアをくぐると目の前に大きな窓が見える。ドアに続く部屋には明かりはついていない。窓の向こうに煌々とした明かりが灯っているのだ。硝子窓で仕切られた部屋の更に奥には頑丈な柵が作られている。この窓のついた部屋は少し上方に位置しているが、三つの部屋は並んでいるのだ。窓のあるこの部屋にあるのは大きなベッドが一つ、それに冷蔵庫などの生活に必要な家電とシャワールーム等が設えてある。広目のビジネスホテルと言ったところか。ぐるりと周囲を見回してから、順は水輝をまずベッドに下ろして部屋の隅の棚に近づいた。
「それで、水輝さんをどうやって治療するの?」
「まあまあ。こちらにどうぞ」
にこにこと笑いながら紫が椅子を窓辺に寄せて佑に勧める。順は必要なものを出してからベッドに戻った。手にしていた通信機の片割れを水輝の頭にきっちりと嵌める。ずれないことを確認してから順はもう一つの通信機を自分の頭を嵌めた。
「じゃーん。目隠しなのだー」
ふざけて言いながら順は水輝の頭に目隠しのベルトを巻きつけた。慌てた声を上げて腰を浮かせた佑の肩を紫がまあまあ、と押さえる。そんな二人を横目に見て笑い、順は水輝を包んでいたバスタオルを取った。細い背中の後ろに水輝の腕を回してベルトで留める。熱に浮かされているために水輝は一切抵抗しない。
「んじゃ、いっちきまーす」
明るく挨拶して順は裸の水輝を抱え上げた。隣の部屋に続くドアを足で蹴り開けて階段を下りる。五段ほどの短い階段を降りてから順は部屋のドアをまた足で開けた。すると急に賑やかな声が聞こえてくる。幾つもの呻きや唸りは隣の柵に囲まれた部屋から聞こえているのだ。
順が裏側で何していたのか、というのが判るエピソードになってます。