吉良瀬の屋敷を回って奈月と翠を下ろし、透は桜だけを乗せた車を木村の本邸に向かって走らせた。高速を使って清陵市から離れたところで手近なジャンクションで別の高速に乗り換える。
奈月が降りた時点で目を覚ました桜はぼんやりとした面持ちで後部座席に身を横たえている。時折、ルームミラーで桜の様子を見ながら透は機嫌よく車を走らせ続けた。桜の身体を新しくする手間はかかるが、少し早くなっただけだ。
「しかし、まだお姫さん落してなかったのか。せっかくいろいろ仕込んでやったのに」
からかい混じりに言って透はちらりと背後を見た。桜が不満一杯の顔をしてそっぽを向こうとする。だが腰が相当に痛むのか、あまり急に動くと響くようだ。顔をしかめてから桜が目だけを透から背ける。
「大きなお世話です」
しっかりした口調で言い返した桜に苦笑して透は前を向いた。料金所を過ぎて流れる車の量が減り始めたところで道を折れる。誰も周囲にいなくなったことを確認してから透は車ごとその場から転移した。唐突に木村本邸の庭に現れた透の駆るトラックを見止めた使用人が慌てたように頭を下げる。夕暮れの薄暗い庭にいたのは専用の庭師だ。
「あの野郎に、いや今はガキだったか。あのガキに任せておいたら、ろくな事になりそうもない気がするぞ。姫さんが大事ならかっさらって逃げちまえ」
車を降り、桜を抱えて歩き出してから透はそう告げた。腰が痛くて動けないため、桜は透に抱えられても大人しくしている。
「がき、とは天の王のことですか」
眉を寄せて思案してから桜が問う。透は足早に屋敷の玄関をくぐった。待ち構えていた執事が恭しく礼をする。
「ご夕食はいかが致しましょう? それとお客様のお部屋は」
老執事が穏やかな笑みを浮かべて透と桜とを見る。
「メシは部屋まで頼む。こいつ用の部屋を特に用意する必要は無い」
「畏まりました」
行儀よく礼をしてから執事が桜に向かってごゆっくりおくつろぎください、と声をかける。透は桜を連れて二階に上がり、自分の部屋に向かった。
「ああー、そういえばあいつも居たか。あいつが居るうちは大丈夫だろうが……」
ふと、思い出して透はそう呟いた。天空の王と呼ばれる翠は今は子供の姿をしている。対する地上の王は今はこの世にはいない。その魂を預かっているのが佑だ。今は女性の姿をしている佑は、かつて絵美佳だった頃の透と姉弟として育った。
廊下を進んで部屋の前に立って透は中に声をかけた。すると内側から大きな扉が開く。お帰りなさい、と笑顔で出迎えた二人の少女に挨拶してから透は自分の部屋に入った。嬉しそうな笑みを浮かべて二人の少女が透の腕にすり寄ってくる。片方の少女は巴という名だ。もう片方の少女はちなりという。二人はどちらも機械仕掛けの身体をしている。
「俺が言ってるのは、あのヘタレ甲斐性無しのほうだよ」
そう言って透は部屋の奥に進み、ベッドに桜を静かに横たえた。桜ちゃん大丈夫? と不安そうにちなりが言う。かと思うとその隣では巴が落ち着かなさそうに胸の前に手を組み合わせる。
「へたれ……青龍王のことですか」
腰を曲げた時の格好のままで横たわっていた桜がちなりと巴に挨拶した後、嫌そうな顔をして言う。透はちなりと巴の頭を優しく撫で、それぞれに口づけてからベッドに腰掛けた。
「お前、例の件知らないのか?」
そう言ってから透は傍に立つ二人に目配せをした。はぁい、と笑顔で答えた二人が手を取り合って小走りに部屋を出て行く。それを見送ってから透は桜に目を戻した。
「例の件、ですか?」
桜が眉を寄せて軽く呻く。どうやら思い当たることがないらしい。だがそれも当然かも知れない。桜はあくまでも奈月に付いているだけであって、水輝の動きを始終見張っている訳ではない。木龍の何人かを使って色んなことを調べてはいるようだが、それでも全てについて判る訳ではないのだろう。
「今からならリアルタイムで見れそうだな。地下を覗くからちょっと力貸せ」
そう告げて透は身を屈めた。桜は怪訝そうな顔をしたが特に抵抗もせず、無言で唇を引き結ぶ。唇を寄せようとした透は呆れた顔をして桜の額を軽くつついた。
「だから、キスする時は、目閉じろってば」
「何故ですか」
眉を寄せて訝しげな顔をしつつも桜はやっぱりしっかりと目を開いている。透は半ば呆れて手を伸ばした。手で無理やり桜の瞼を下ろしてやる。だが桜は手を上げてそんな透の手を払った。
「だから、何故ですか」
たかが力を移すだけのためにいちいち目を閉じる必要はない。いつぞやと同じことを口走る桜を透は呆れた目で見つめた。
「まいっか。じゃあ、ぜってー閉じるなよ!」
そう言い置いて透は桜に口づけした。桜の力を少しずつ吸いながら唇を唇でこじ開ける。透は驚いたように目を見張った桜の口に舌を滑らせた。最初は怯えたように舌を引っ込めていた桜が小さく呻く。透はその隙に桜の舌に舌を絡ませ、軽く吸った。それまで開いていた桜の目が徐々に閉じる。だが途中、はっとしたような顔をして桜はかっ、と目を見開いた。そこで耐え切れなくなって透は顔を上げて笑い出した。
「自然に閉じるもんなんだよ。だから先に閉じとけってこと」
しばし笑ってから透はそう桜に説明した。すると桜が難しい顔をしつつも小声で判りました、と呟く。透はそんな桜の頭を軽く撫ぜてから正面を向いた。桜の力と自分の力を織って空に手を差し伸べる。透が力を放つと、その場には氷で出来た一枚のスクリーンが現れた。宙に浮かんだスクリーンには薄暗い場所が映し出されている。
このところ気力が落ちてるので更新が止まるかもと思ってました(汗)
何とか原稿を突っ込めて良かったです。