※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 一部 二人の水輝   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。
このエピソードで二章は終わりです。


水輝パペは可愛いのかも知れない

 負けないぞぉー! と叫んだ誰かが風のように脇を過ぎ去る。奈月は不思議に思いながら声の主を目で追ったが、夜の闇に消えてしまっていて見えない。

 

「とりあえずは中にいる者に配ればいいのではないか?」

 

 隣にいた翠がぼそりと言う。奈月は慌てて頷いて今度こそドアをノックした。間延びした返事がしてドアが中から開く。顔をひょっこりと覗かせた多輝は嬉しそうに笑っていらっしゃい、と言った。

 

「多輝さん、こんばんは」

 

 にっこりと笑みを浮かべて奈月は挨拶した。すると多輝と部屋の奥にいた由梨佳がそれぞれこんばんは、と挨拶する。奈月の横で翠も黙ったまま二人に軽く頭を下げてみせた。

 

 清陵大学のこの研究室は他のどこよりも大きいらしい。奈月は珍しさに任せて部屋の中を見回した。ソファに促されて腰掛けたところで多輝が声を上げる。

 

「もしかしてそれ作ったのか?」

 

 翠がちょこんと奈月の隣に腰掛ける。奈月は多輝に言われて、両手に持っていた皿を見つめて頷いた。

 

「たくさん作りすぎてしまって、お裾分けに持ってきました」

 

 そう言いながら奈月は膝の上に皿を乗せた。かけていたラップを取ると多輝が歓声を上げる。

 

「やった! 丁度、腹減ってたんだ」

 

 嬉しそうに言ってから多輝が皿を取ってくる、と研究室の奥に引っ込む。ここは多重構造になっていて、奥にもまだ幾つか部屋があるらしい。その中にはキッチンもあるのだと、以前、奈月は多輝から聞いたことがある。

 

「奈月さん、あの……」

 

 それまで穏やかな笑みを浮かべていた由梨佳が急に真剣な顔になる。不思議に思いながらも奈月は何事かと由梨佳に問うた。硝子のテーブルを奈月たちの前に引っ張ってきてから由梨佳が改めて頷く。

 

「……夢を見たの。ちょっと不吉な夢だったから知らせていいものかどうか、迷ったんだけど」

 

 そう言ってから由梨佳がちらりと奈月の隣に目をやる。そこに座っている翠はいつものように奈月にべったりと寄り、服の裾を握っている。だが特に翠が止める気配はない。

 

「相手は誰だかわからなかったの。だけど、あなたが、その……」

 

 由梨佳が怯えるような顔をして一呼吸置く。奈月もつられて緊張した。

 

「ばらばらに引き裂かれて破壊される夢を見たの」

「あり得ないな」

 

 突然、それまで黙っていた翠がさらりと言う。奈月も由梨佳も仰天した顔で翠を見た。これまで、翠は奈月とはよく喋ってはいたが、その他の誰かとは殆ど口を利いたことがない。たまに短い言葉で喋ることもあるが、多くは答えを求められた場合だ。あとは誰かをからかう時くらいか。翠は自分から人の会話に割り込むことがないのだ。

 

「そ、そうなの? それなら良かった」

 

 驚愕の表情をしつつも由梨佳がほっとしたように言う。翠はしばし黙ってからおもむろに口を開いた。

 

「わたしが付いていてそれはあり得ない」

 

 何かを考えるような顔をして翠が言う。奈月は膝に乗せていた皿をそっと硝子のテーブルに置いた。

 

「天空の王である、あなたが言うなら確かね」

 

 今度こそ心からほっとした顔をして由梨佳が言う。奈月は翠を見つめて何度か瞬きをした。翠はだがこれまでと同じようにじっと黙っている。

 

「わりい! 待たせた!」

 

 足音が聞こえてきて多輝が研究室に戻ってくる。どうやら手ごろな皿がどこにあるか判らなかったらしい。多輝はピクニックなどに使う紙の皿とプラスチックのフォークを手にして硝子のテーブルに寄った。

 

「由梨佳はどうする? もらうか?」

 

 嬉しそうに笑って多輝が由梨佳に訊ねる。さっきの話を聞いていないからなのか、多輝の笑顔には翳りは少しもない。

 

「ええ、少しいただくわ」

 

 にっこりと笑った由梨佳に頷いてから多輝がテーブルの傍に膝をつく。じゃあ、これだけ、と多輝はパンケーキを数枚ほど皿に取り分けた。そこで翠が膝に乗せていた密封容器を無造作に多輝に突き出す。

 

「お、これもくれんのか?」

 

 顔をほころばせた多輝に翠が無言で頷く。やはり翠はそれほど他の誰かとは喋らないようだ。嬉しそうに密封容器の蓋を開けたところで多輝が目を輝かせる。

 

「苺!」

 

 翠の抱えていた容器にはカットされた果物が詰まっている。どうやら中でも真っ先に苺が多輝の目に付いたらしい。

 

「そういえば、苺、好物なんですよね」

 

 奈月はにっこりと笑ってそう言った。すると多輝がそうなんだよ、と嬉しそうな顔で言う。

 

「この季節はさあ。苺も高くて」

 

 早速、とばかりに多輝がフォークで苺を刺して口に運ぶ。ちゃんとへたを取り除いた苺を口に放り込んだ多輝は顔をほころばせて由梨佳の肩を叩いてみせた。どうやら気に入ってくれたらしい。

 

「奈月ちゃん、そして天空の王、ありがとう」

 

 由梨佳がにっこりと笑うと多輝が不思議そうに首を傾げる。

 

「何でそんなまどろっこしい呼び方してるんだ? 翠でいいじゃん」

 

 そう言いながら多輝がソファに腰掛ける。翠はだが黙っているだけだ。答える気はないらしい。

 

「私は、そう呼んだほうが呼びやすいから」

 

 困ったような顔をして由梨佳が言う。ふうん、と返事してから多輝はパンケーキを早速食べ始めた。ほら、と促されて由梨佳も多輝の隣に腰掛ける。

 

「そいえばさあ。あの喫茶店、再開しねえの? 奈月さんの作る苺パフェとか好きなんだけど」

 

 仲良く由梨佳とパンケーキを分けて食べながら多輝が問う。

 

「あの、今は、ちょっと」

 

 吉良瀬の屋敷の傍には小さな喫茶店がある。かつて紫が水輝と結婚していた折、やってみたいと言い出して作られたものだ。結局、紫が水輝の許を離れてからずっと閉店したままになっている。定期的な掃除は奈月もしているのだが、いつ再開するか目処は立っていない。

 

「渚さんも、社長になってお忙しいようですし……」

 

 紫と水輝が新婚旅行に行っている間は渚という女性が店を切り盛りしていた。渚はかつて水輝の姉として育った女性で、今は金龍神の座位についている。渚のことを思い出して奈月は少し寂しげな表情になった。

 

「あー。何かヒューマノイドの館で好き放題にやりまくってるって話だっけ?」

 

 由梨佳の口にパンケーキを運びながら多輝が呑気に言う。すると何故か由梨佳が慌てたように多輝の口を手で押さえた。急に口を塞がれた多輝が目を白黒させる。

 

「えっと、渚さんの会社は館じゃなくて、結構大きなビルです」

 

 不思議に思いながら奈月はそう説明してみせた。吉良瀬トータルソリューションという名の会社には多くの社員がいる。渚はそこの社長を勤めているのだ。

 

「渚さんにもこれ、差し上げようと思って」

 

 にっこりと笑って奈月は目でパンケーキの乗った大皿を示してみせた。由梨佳の手から解放された多輝が拗ねたような顔でパンケーキをフォークに刺して口に運ぶ。

 

「行くなら先に連絡した方がいいと思うぞ。いきなり転移するなよ、奈月さん」

 

 難しい顔で言って多輝が小さく切り分けたパンケーキを由梨佳に差し出す。由梨佳は大人しく口を開けて食べさせてもらっている。いつもこの二人は仲睦まじく、見ていてとても微笑ましい。

 

「あ、そうですよね。お仕事してらっしゃるんだから、いきなり行ったらご迷惑ですよね」

「いや、そうじゃなくて……あ、いて!」

 

 難しい顔のまま何か言いかけた多輝が急に声を上げて屈む。俯いてしまった多輝の代わりに由梨佳がにっこりと奈月に笑みかけた。

 

「電話お貸ししましょうか?」

「いえ、携帯電話持っていますから」

 

 由梨佳の申し出を断って、奈月はエプロンドレスのポケットから電話を取り出した。この携帯電話は以前、水輝が連絡用に持っているようにとくれたものだ。ぶら下がっている愛らしいマスコットは奈月の手作りだ。フェルト生地で作られた小さな水輝の人形を避けて奈月は二つ折りの携帯電話を開いた。渚の連絡先を表示させて電話をかける。

 

 コール音が途切れた後、聞き覚えのある声がする。

 

『は、はい! 奈月? 私よ、どうしたの?』

 

 やけに慌ただしく言った渚の声に微笑みを浮かべて奈月は軽く頭を下げた。

 

「渚お姉さま、今からお伺いしてもいいですか?」

『今から!? ええと、もっ、勿論いいけど……ちょ、ちょっと待って、五分ほど待ってくれない!?』

 

 やけに慌ただしく喋る渚に首を傾げて奈月は何度か瞬きをした。もしかしたら渚は忙しいのだろうか。

 

「あの、お忙しいのなら、ご遠慮しても……」

 

 おずおずと奈月が言うと渚が声を張り上げる。

 

『忙しくなんてないわ! 是非、来て頂戴! ただし、五分後ね!』

 

 それだけ言って渚が一方的に通話を切ってしまう。奈月は不思議に思いつつも電話を閉じた。渚がああ言うのだからきっと行っても大丈夫なのだろう。そう考えて奈月は一人で頷いた。

 

「……あのさあ。それ、もしかして水輝?」

 

 いつの間にか顔を上げていた多輝がそう言いながら奈月の手元をフォークで示してみせる。奈月は携帯電話にぶら下がったマスコットを手に取って頷いた。

 

「はい」

 

 にっこりと笑った奈月の手元をまじまじと見てから多輝が肩を竦める。

 

「あいつならもっとこう、こんな感じで」

 

 そう言いつつ、多輝が眉間に指を当ててしかめ面をしてみせる。

 

「眉間に縦皺寄せて柄悪い顔してないか?」

 

 可愛すぎると思うんだけど。ぼそりと付け足して多輝がパンケーキの最後の欠片を口に放り込む。

 

「そんなことありません。水輝さん、いつも、やさしい顔してらっしゃいますよ」

 

 多輝が冗談を言っていると受け取った奈月はくすくすと笑った。だが多輝は笑うどころか難しい顔をして首を捻る。

 

「あいつが優しい?」

 

 真剣な顔で考え込んだ多輝を押し退けて由梨佳が奈月ににっこりと笑みかける。

 

「私も多輝くんのアクセサリ作ろうかな。奈月さんのこれを参考にして」

 

 そう言って由梨佳は身を乗り出して奈月の握る携帯電話に手を伸ばした。見せて、と言われて奈月は由梨佳に携帯電話を渡した。手に取ったマスコットを由梨佳がじっと見つめる。由梨佳に押し退けられていた多輝も顔を寄せてそれをまじまじと見つめた。

 

「あ」

 

 マスコットを見つめていた多輝が小さな声を上げる。奈月は不思議に思って首を傾げた。由梨佳が穏やかな笑みを浮かべて奈月に携帯電話を差し出す。奈月はそれを受け取って大事にポケットにしまいこんだ。

 

 渚に言われた通り、五分ほど二人と話してから奈月は立ち上がった。元通りにラップをかけた皿を両手に抱える。頷いてみせた奈月に翠が頷き返し、二人が翠色の光に包まれる。手を振る多輝の顔が何故か寂しそうに見えた。




ぬいぐるみとか、奈月らしいですねw
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