※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 一部 二人の水輝   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。
あ、でも事後みたいなシーンがあります。


水清ければ魚住まず 1

 欠伸をして肩や首を鳴らしてから順は大きく伸びをした。あー、と間延びした声を漏らして頭をかく。まだ隣に残る温もりに顔を押し付けてから深々とため息を吐く。視界が閉ざされると嫌でも思い出してしまう。順はくそ、と呟いて仕方なく身を起こした。

 

 客間より幾分か狭い部屋には暖かい空気が満ちている。どうやら出掛けに部屋をわざわざ暖めていったらしい。そのことに気付いて順は苦笑を浮かべた。乱れた髪を手櫛で整えながら欠伸をする。どうも眠った気がしない。

 

 昨日のことを思い出すと嫌な気分になる。順は朝日の差し込む窓をぼんやりと見つめて枕元を探った。放り出されていた煙草の箱を取り上げて顔をしかめる。

 

「未だにこんなの吸ってんのか……」

 

 小声で呟きつつも順は煙草を一本失敬して唇に挟んだ。火を点けて吸い込んだところで、きつさに思わず咳き込む。あー、と声を漏らして順は指に挟んだ煙草を見つめた。ずっと昔からある銘柄のそれは、順の吸いつけている煙草より数段はきついものだ。順は恐る恐る唇に煙草を戻して慎重に息を吸い込んだ。今度は用心していたからか、さっきよりはまともに煙草の味がわかる。

 

 昨日は散々だった。いつものように水輝を実験場に放り込んで佑に現場を見せたところまではいい。どのみち水輝は限界に達していたし、佑には状況を理解してもらわなければならないと思っていたところだ。幸い、紫は思う存分に快楽を味わうことは出来たようだし、問題はない。

 

 だがあれが出てきたのは計算外だった。順は渋い顔で煙草をふかした。特徴のある煙草の香りに目を細めて苦笑する。昨日から続いた気分の悪さも少し落ち着いた気がする。

 

 元の姿に戻った水輝を抱いた時に、佑と入れ替わりに出てきていたのは紛れもなく立城だろう。思ったより早いな、と呟いて順は頭をかいた。立城はすぐに佑に意識を戻したらしいが、順にしてみれば気分は悪かった。元々、順は立城を敵視しているし、協力する気もさらさらない。だが結果的には順は立城に協力した格好になってしまっているのだ。

 

「面白くないなあ」

 

 そう呟いて順はベッドを降りた。放り出されていた服を手早く身に着ける。今日は珍しく吉良瀬の屋敷には佑がいない。二階で眠っているのは奈月に翠、それに多輝と由梨佳だけだ。主人が不在の屋敷に順はちゃっかりと遊びに来ていたのだ。だが元々、用があるのは屋敷の主人ではなかったので順に不都合はなかった。

 

「翠サンには警戒されちゃってるしなあ……。まあ、もうちょっと気長にやるかな」

 

 苦笑してから順は仕掛けを使ってその場から転移した。ここから直接に跳べば翠に痕跡をたどられる。だから順は吉良瀬の屋敷に出入りする時は直に自分の力を用いず、別の力を使っているのだ。よいしょ、と呟いて順は空間の狭間で右手に宝珠を取り出した。名も知らない龍神から奪った宝珠が輝きを帯びる。順は宝珠を代償にして一気に紫のいる別邸に跳んだ。

 

 視界が開ける。見慣れた屋敷の玄関に現れた順は真っ直ぐに客間に向かった。右手に握っていた宝珠はもうない。空間を跳ぶ代償に粉々に砕けてしまったのだ。

 

 朝日の差し込む廊下を歩いて順は客間の前で足を止めた。どうやら地下でまだ休んでいるらしい。隣の部屋には紫は戻っていないようだ。そのことを確認してから順は軽くドアをノックした。中から涼しい女性の声が返事する。順はドアを少しだけ開けて顔を覗かせた。まだベッドに横たわっている佑に手を軽く振る。

 

「やっほー。露天風呂とかどう?」

 

 だらしない笑みを浮かべて順は言った。

 

「そろそろ戻らないといけないから」

「風呂くらい入ってもばちはあたんないっしょ? 丁度、今くらいは眺めもいいよ」

 

 そう言いながら順はちらりと佑の隣を見た。まだ眠っているのか水輝は起きる気配がない。順は苦笑して部屋に入ってもいいか、と佑に訊ねた。

 

「着替えるから少し待って」

 

 そう告げて佑が素早く力を使って着替える。瞬く間に服を纏った佑はおもむろに頷いた。では、と笑って順は静かに客室に入った。この部屋がどことなくよそよそしく感じられるのは、きっと殆ど足を踏み入れたことがないからだろう。ここは木村の別邸ではあるが、実質的には紫の屋敷と言った方がいい。

 

「水輝ちゃん、まだ寝てるんだ?」

 

 ベッドに近づいて順は小声で言った。身を起こしてベッドに腰掛けた佑が肩越しに振り返って水輝を見つめる。その目は昨日よりは随分と落ち着いて見えた。

 

「ええ。かなり疲れていたっていうか、ほとんど眠れてなかったのね」

 

 ……ありがとう。言葉を付け足して佑が目を上げる。いえいえ、と苦笑して順はベッドの傍に椅子を引っ張り寄せた。後ろ向きに腰掛けて灰皿を手元に引っ張り寄せる。宙を緩やかに滑った灰皿が順の手におさまる。

 

「しかし水輝ちゃんも好きだねぇ。こんなになってもよくあんな元気があるなあ、と思うよ、ホント」

 

 灰皿に灰を落としながら順はくすくすと笑った。すると佑の頬がほんのり染まる。

 

「あなたには本当に感謝してるの。別の面から見たわたしが惹かれるのもわかるわ」

 

 真面目な顔で言われて順は眉を寄せて苦笑を浮かべた。どうも佑も光の属性だからなのか、話していても時折調子を狂わされる。だがそのことを順は不快には感じていなかった。

 

「そ? オレはやりたいようにやってるだけだし」

 

 水輝が壊れかけたことは順にとっても好都合だった。実験で作られた龍神のうち、出来そこないだけが水輝にあてがわれているのだ。捨てるよりはよほどましだ。

 

「水清ければ魚住まず」

 

 ぽつりと佑が呟く。順は眉を片方だけ器用に上げた。椅子の背もたれを片腕に抱えて首を傾げる。

 

「あなたの意図はわかったわ。でも予想以上に損な性分なのね……」

 

 あなたって。そう続けて佑が柔らかな笑みを浮かべる。まさか、と苦笑して順は肩を竦めた。

 

「オレはそんな善人じゃないよ」

 

 そう言って順は煙を天井に向かって吐いた。いつもより濃い煙草の味が口の中に広がっている。今度はもっと軽い煙草を勧めてやろう。真剣にそう呟いてから順は煙草を咥え直した。

 

「水輝ちゃんを孤独に追い落としてやろうと思ってね」

 

 小さく笑って順は薄い笑みを浮かべた。ベッドに横たわった水輝は安心しきった顔で眠りについている。

 

「孤独、か。確かに」

 

 何事かを考えるように佑が呟く。順はあはは、と軽く笑って背もたれに顎を乗せた。

 

「そんな難しいことじゃないよ。姫君が出来てからの水輝ちゃんて、こう無差別にいろいろ引っ張っちゃってさあ」

 

 指で宙をかいて順は苦笑した。奈月が余りにも清らかで、それでいて不快に感じるのは自分とは正逆の性質をしているからだ。そのことを順は自覚していた。あれはある意味で水輝の一部なのだ。




エピタイをどうしようかと悩みましたが!
やけくそで佑のせりふからとりました!w
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