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「一人ぼっちに戻ったらオレの腕に飛び込んできたりするかなー、とかね」
おどけた口調で言って順は軽く笑ってみせた。佑が水輝を見つめてから静かに順に視線を動かす。
「そうなるかもしれないわね」
くすりと笑った佑を見つめて順は唇を尖らせた。
「もー。冗談に決まってるっしょ」
そう言って順は深々とため息を吐いた。短くなった煙草を灰皿にねじ込む。今度はシャツのポケットから自分の煙草を取り出して一本咥え、順はぼそりと呟くように言った。
「キミ、水輝ちゃん好きだよね」
指を鳴らして煙草の先に火を点ける。力で生み出した小さな炎に息を吹きかけると空気に溶けて消える。順はじっと自分の指先で消えた炎の残滓を見つめてから佑を見た。
「ええ」
誰よりも。頷いて佑が胸に手を当てる。それを見て順は口許に薄い笑みを浮かべた。
「それって今の水輝ちゃんだよね?」
灰皿を床に据えて順は両腕に椅子の背もたれを抱えた。佑がしばし黙ってから首を傾げる。
「水は流れ行くものよ」
どこか遠い目をして佑が答える。ふうん、と口の中で呟いてから順は肩を竦めた。慣れた煙草の煙を深く吸い込んでゆっくりと吐く。それを数回繰り返してから順は身を起こした。
「ま、はっきり言っちゃうとね。翠サンは現状の水輝ちゃんを維持しようとしてるワケ。で、あのヒトは前の水輝ちゃんに戻そうとしてるワケ」
そう言いながら順は立ち上がった。唇の端に煙草をぶら下げてベッドに歩み寄る。ごく当り前の声で会話をしているにも関わらず、水輝は熟睡しているようだ。以前ならこんなことは決してあり得なかっただろう。以前の水輝なら、誰かの気配がしたと同時に目を覚ましていた筈だ。
「戻すなんて……有り得ないわ」
驚いた顔で佑が呟く。順は苦笑してふうん、と呟いた。
「あり得ない? どうしてそう思うの? だって時は流転しているんだよ」
そう告げて順は椅子を足で引っ張り寄せた。今度はきっちりと腰掛けて足を組む。間近に腰掛けたからか、佑が少し眉を寄せて順の足を避ける。ごめんと笑って順は少しだけ椅子の向きをずらした。
「やろうと思えば出来るでしょうけど、水輝さんは水輝さんで無くなるわ」
「ココで問題があるワケだね」
そう言って順は片目を閉じて指を一本立ててみせた。
「さあ、どれが本物の水輝ちゃんなんでしょーか?」
時は流れ続けている。過去、現在、未来と時は誰の上にも平等に流れる。本来なら時を逆流させることは出来ない。だが龍神には人にはない力がある。完全に元の形に戻すことが不可能でも、それに近い形に作り変えてしまうことは、場合によっては可能なのだ。
水輝は奈月が出来た時からそれまでとは違う存在となった。座位や力の大きさは殆ど変わりなかっただろう。だが明らかに水輝はその時点で変化し、そして今に至る。
「流転と逆転は違うわ。時の流れを逆行できるのは、あの人だけでしょ?」
難しい顔をして佑が言う。順は苦笑して立てていた指を横に何度か振った。
「逆行したかのように見せかけることは出来る。……結局、力ってのは使いようでしょ? どんな力も魔法もね。基本はイカサマなんだよ」
あはは、と笑って順は手を下ろした。眉を寄せた佑がしばし考えるように黙り込む。順はのんびりと足を伸ばして煙草を吸った。身を屈めて長く伸びた灰を灰皿に落とし、また煙草を咥える。
「可能だとしても、そんなことすれば、副作用が、あっ」
はっとして息を飲んだ佑が目を丸くする。順は天井に向かって煙を吹き上げてから薄い嗤いを浮かべた。
「それを罪と呼ぶ。積み重なった罪穢は断罪により、一見なくなったかのように見える。でもそれもやっぱり力の配分が変わったに過ぎない」
こーしてね。そう言いながら順は左の手のひらをかざして右の指に煙草をつまんだ。燃える煙草の先端を手のひらに近づける。驚いた顔をして止めようとした佑を目で制して順はゆっくりと煙草を手のひらに押し付けた。すると煙草は手のひらを突き抜けて手の甲に燃える先端が現れる。
「オレたちはここに形が『ある』ように見せかけてるんだよ」
そう言いながら順はゆっくりと煙草を戻した。器を抜けた煙草を再び唇に咥える。
「器用ね。でも、よく判ったわ」
「ヤだなあ。何の話だっけ?」
ええと、と呟いて順は頭をかいた。するとそれまで真面目な顔をしていた佑が困ったような笑みを浮かべる。
「悪企みの相談じゃなかったかしら?」
くすくすと笑って佑が首を傾げる。どうやら緊張は解いてくれたらしい。そうだっけ、と笑って順は首を鳴らした。どうも無茶な体勢で抱かれたからか、身体のあちこちが痛い。
「つまりだね。オレは第三の道があると思うワケだね」
ごき、と首が大きく鳴る。やっと痛みが少し和らいだ気がして順は背もたれにのんびりともたれかかった。
「そのためにはまずわが子の目をどうやって盗むか考えないと」
どうすればいいのかなあ。そう呟いて佑が口許に手をあてがう。順は小さく笑って肩を竦めた。
「とりあえず紫ちゃんに協力してもらうっきゃないっしょ。カノジョの性質は、まだ一応は翠サンの対極だからねぇ」
とりあえずココはだいじょぶだけど。そう言って順は大きく伸びをした。紫の盾は使い方にもよるが翠の目を遮る効果がある。
「そうか、ママがいるのね!」
ぱっと顔を輝かせて佑が頷く。イエス、と笑って順は頷いた。
「実際、随分と働いてもらってるよぉ。これがまた、紫ちゃんもスキモノでさあ」
軽い笑いを漏らして順は手を振ってみせた。不思議そうな顔をする佑に順は小声で言葉を継いだ。
「オレと変態加減はいい勝負なんじゃないのかなあ」
何しろ紫はかつて愛していた筈の水輝が自分の子供たちに犯される光景に何よりも感じるらしいのだ。そう説明して順は苦笑した。
「ママはね。今は結局開き直るしかないもの」
真面目な顔で佑が頷く。順はそだねぇ、と間延びした返事をしてちらりと水輝を見た。身じろぎをした水輝が小さく呻いて寝返りを打つ。伸びた腕が何かを探すように動いた後、水輝は掠れた声で言った。
「……んー……佑……?」
呻きにも似た声で佑を呼んで水輝が薄く目を開く。だがまだ寝ぼけているらしい。シーツをつかんで再び目を閉じてしまう。
「それじゃ今日は本当にありがと。また、機会があったらこちらに寄らせていただくわ。あなたの思惑乗ってあげるから」
そう告げて佑が静かに立ち上がる。はーい、と笑って順は片手を上げた。
「ではまた会いましょう」
にこやかに挨拶して佑が身を屈めて水輝に口づける。瞬く間に二人の姿がかき消える。順は誰もいなくなったベッドを見つめて間の抜けた声を漏らした。
「しまった。忠告しとくの忘れた……」
佑は水輝よりはよほど力の交わりに鈍い。佑の特性がそうさせるのだが、佑自身はそのことに気付いていないのではないだろうか。そう考えを巡らせてから順は肩を竦めた。
「ま、いっか。必要なら気付くだろうし」
そう呟いて順は椅子から立ち上がり、誰もいなくなった客室を後にした。
作者は書きながら自分でも何を書いてるか判っていない時がよくあります。
後で判ったりするんですけども、この時もやっぱりさっぱり判ってなかったですねw
順も佑も事後シーンからのスタートで何とも言えませんw