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冷たいものがぽつりと頬に落ちる。白銀は薄く目を開けてから眩しさに再び瞼を閉じた。呻きつつ、目を擦って白銀はもう一度薄く目を開けた。今度は構えていたからか、さっきよりは眩しさが和らいだ気がする。
白銀は小さな公園の片隅に横たわっていた。眩しく感じたのは朝日が目に飛び込んできたからだ。東の空に昇ったばかりの日差しが公園を白く照らしている。白銀はのろのろと身を起こし、空を見上げた。どうやらさっき冷たいと感じたのは木の葉から落ちた水滴のようだ。白銀は葉が黄色くなりつつある銀杏の木をしばしぼんやりと見上げた。
「そうか。寝ちゃったのか、俺」
呟いた声は嗄れている。白銀は顔をしかめて何度か咳払いをした。冷たい地面に転がっていたからなのか、妙に寒気がする。
結局、要の家には着けなかった。そのことに落胆して白銀はがっくりと肩を落とした。近くにはしっかりとあの黒い機械がある。要はメールを寄越したきりでこちらから電話しても応答がない。何とか朝までには家にたどり着こうとしたのだが、残念ながら途中で力尽きてしまったようだ。
「確か、あそこのコンビニまでは記憶があるんだけど」
白銀はぼんやりとした目で公園の外を見た。公園の木々に邪魔されて見えないが、ここから数十メートル離れたところにコンビニエンスストアがあるのだ。そこから近道を通ろうとして、この公園に入ったところで眠ってしまったのだ。
ふと、聞き慣れたメロディが聞こえてくる。白銀は慌ててポケットを探って携帯電話を取り出した。画面を表示させて慌ただしくボタンを押す。要からのメールだ。そのことに思わず顔をほころばせて白銀はメールを受信した。
おたんこなす
短い一文だけがメールに記されている。それを見た白銀は硬直した。家に運べと言ったのに言いつけを破ってしまったからだろう。要は相当怒っているらしい。白銀は情けない顔をして要にメールを返信しようとした。だが受け取りを拒否されてしまっているのか、要にメールを発信できない。仕方なく電話をしてみるが、こちらも冷たい女性の声で拒絶されてしまう。白銀はがっくりと肩を落としてその場にへたりこんだ。
白銀は銀杏の木に寄りかかって晴れ渡った空をぼんやりと見上げた。ここから要の家までは数キロはあり、とてもこのクーラーを引っ張ってすぐに駆けつけるという訳にもいかない。かと言って、こんな場所にクーラーだけを置き去りにする訳にもいかない。
「研究室まで戻るのが一番かな」
そう呟いてから白銀は力なく笑った。ここに辿り着くまでの数々の苦労が思い起こされる。下り坂では何度かクーラーに潰されそうになった。上り坂では何度も動かなくなった。クーラーの下についた車輪は安物で、曲がり角に差し掛かるたびに大変な思いをして方向転換しなければならなかった。バイクに接触しそうになった時は本当に肝を冷やした。
「……何で俺、こんなことしてるんだろ」
急に空しさがこみ上げてきて白銀はぽつりと呟いた。だがすぐに頭を振って気弱な考えを追い払う。こんなことだからきっと要は近頃機嫌が悪いのだ。そう考えて白銀は立ち上がろうとした。
ぐらりと頭が揺れる。白銀は訳が判らないままに再びその場にへたり込んだ。え、という間の抜けた自分の声がやけに大きく感じられる。
「あれ?」
白銀は無意識に銀杏の木にもたれかかった。身体に力が入らない。寒いところで眠ってしまったために風邪をひいたらしい、と白銀が気付いたのは十分ほどもがいた後だった。
「あんた、何やってるのよ……」
不意に近くから声が聞こえてくる。白銀はだるい身体を何とか起こして声の主を見つめた。ぐらつく視界の真ん中にぶかぶかの白衣を着た少女が立っている。白銀は何度か目を擦ってみた。
「ちょっと、あんた、目、つむりなさい!」
「は?」
白銀は見覚えのない少女が言うことに首を傾げた。随分とスレンダーな女だな、などとぼんやりと思う。少女の身体は女らしい体型というよりは、どちらかというと少年のようにほっそりとしていた。要を見慣れているためにそんなことを思うのだが、白銀自身はそのことに気付かなかった。
「ええと、誰?」
白銀は眉を寄せて頭をかいた。こんな朝早くに、しかも白衣に制服という不思議ないでたちでこんなところに通りかかるものだろうか。
「あんた今、胸ねーとか思わなかった?」
少女が目を吊り上げて白銀をびしりと指差す。白銀は正直に頷いた。
「思った」
きっぱりと言って白銀は慌ててごめんと詫びた。同じようなことを大学の学生に言ってしまって張り倒されたことを思い出したのだ。
「まあ、素直さに免じて許してあげる。でもね、大きいのもいいけど、微乳や貧乳もそれはそれで味があるのよ!」
昔はわからなかったけどねー。そう言いながら少女が腕組みをして納得したように頷く。はあ、と曖昧に返事をして白銀は困惑に眉を寄せた。どうもよく判らないのだが、この少女は自分を知っているらしい。あんた、と親しげに呼ぶところから見てもそれは間違いないだろう。だが白銀は少女に見覚えはなかった。
もしかして記憶をなくす前の知り合いかな。そんなことを思って白銀は首を傾げた。だがそれだと計算が合わない。何しろ白銀が記憶をなくしたのはずっと前なのだ。目の前に立つ少女はどう見ても十五歳くらいにしか見えない。となると、少女が生まれる前に知り合っていたという計算になる。
「あー……と、人違いじゃないかと思うけど」
はは、と力なく笑って白銀は頭をかいた。すると少女が呆れたような顔をする。
「なんにしても、あんたには治療が必要でしょ? だから目閉じなさい!」
それとも、風邪こじらせてぶっ倒れたい? そう言いながら少女がまたびしりと白銀を指差す。治療、と呟いて白銀は何気なく視線を彷徨わせた。
ふと、妙な歌が聞こえてくる。白銀は訝りに眉を寄せて声のする方を見つめた。公園の入り口から今度は別の少女が現れる。手に小さな紙を握った少女が辺りを見回してから白銀の方を見てぱっと顔を輝かせる。
絵美佳は透でもあるので、性別でいえば両性……? なのですが。
そもそも考え方が侠気溢れるというか。