エロシーンはありません。
「それではご案内致しますのでこちらへ」
「いやあの! 俺はだから」
引き下がろうとした白銀を、歩き出しかけていた槙花が振り返る。槙花は目に涙を浮かべ、胸の前に手を組み合わせて白銀に迫った。
「白銀様。どうしてもお願いを聞いていただけませんか?」
じりじりと迫る槙花に押される格好で白銀は後じさりした。ついつい目が槙花の胸元に行ってしまう。槙花の服は胸がやけに強調されるデザインで、見下ろすと豊かな胸が嫌でも目に入ってしまうのだ。
「まっかちゃん。こいつしょーもないところで強情っぽいから、アシスト」
急に少し離れたところから絵美佳の声が聞こえる。つられてそちらを見た白銀は慌てた声を上げた。
「あー!!」
絵美佳がにっこりと笑ってクーラーに触れると、あっという間にクーラーがその場から消えてしまう。白銀は焦ってクーラーがあった場所に駆け寄った。だがクーラーはもう影も形もない。どうやら絵美佳がどこかに飛ばしてしまったらしい。
「あ、あの、絵美佳さん。どこに……」
泣きそうな顔で白銀は訊ねた。
「まっかちゃん。吉良瀬の別邸の庭で、問題なかったわよね?」
「はい! ありがとうございます!」
さらっと言った絵美佳に槙花が嬉しそうな顔をして頷く。どうやら槙花は絵美佳にまっかと呼ばれることは諦めたらしい。いや、そんな場合じゃないと白銀は絵美佳の肩をつかんだ。
「あれ、研究室に戻さないと! 要が!」
「白銀様、ご案内致しますね」
笑顔で近づいてきた槙花が白銀の腕を抱えて歩き始める。白銀は後ろ向きで槙花につられて進み始めた。
「正直、昨日のアンタの話聞いた時。あのアホらしくないなあって思ったのよ」
あいつってば理不尽だけど、こういうあからさまに無意味なイジメみたいなことする奴じゃ無かったから。そう言いながら絵美佳が白銀を挟んで槙花とは反対側を歩き始める。空いていた左腕を絵美佳に取られ、白銀は情けない声を上げた。二人に引きずられて公園を出てしまう。
真っ黒で大きな車に放り込まれて白銀は慌てて身体を起こした。白銀が逃げないようにか、両脇に絵美佳と槙花が腰掛ける。二人に挟まれた格好になった白銀は無意識に赤くなった。槙花が運転手に声をかけると静かに車が動き出す。
「いや、あの、別に苛められてないし」
どこを見ていいものか困って白銀は正面を向いて呟くように言った。そこではたと気付く。絵美佳が言う昨日というのは何だろう。覚えている限り、絵美佳とは今日初めて会った筈だ。考えを巡らせながら白銀は頭を抱えた。
「こりゃダメかも」
額を押さえて絵美佳が小声で言う。白銀はつられて絵美佳を見やった。絵美佳は難しい顔で足を組み合わせた。
「今日アンタと話してよーくわかった。アンタが悪い」
あのアホはあのアホなりにアンタのことをきちんと考えてるのよ。そう言われて白銀は驚いて自分を指差してみせた。
「俺?」
もしかしていつも要の命令をちゃんときけないからだろうか。それとも要を怒らせた件だろうか。いやよく考えると最近の要は白銀をよく叱りつけている気がする。静かに走る車内で白銀は黙って考え続けた。
でも怒っているなら早く要に会った方がいいような気がする。いやだが、要は携帯電話どころかメールすら受け取ってくれないのだ。実際に会っても余計に怒らせるだけかも知れない。そんなことを考えた白銀は自然と暗く落ち込んだ。
「あんたがどう思ってるかはしらないけど。いまのあいつは機械なの。しょせんは、作り物のお人形なのよ」
「いや、機械は機械だけど」
確かに要は絵美佳の言う通り、機械仕掛けの身体をしてはいる。だが要は他のヒューマノイドとは違う。そう呟いてから白銀は慌てて槙花を見た。だが槙花は平然としている。
「吉良瀬の当主に仕えているんだから、聞いた事を他人に吹聴するようなバカな真似するはずないから安心しなさい」
疑うのは、まっかちゃんに失礼ってものよ。絵美佳に言われて白銀は納得して頷いた。吉良瀬というのは多輝の実家だろう。大学の学生たちがこそこそと噂をしているのを聞いたことがある。吉良瀬財閥という大きな財閥があり、多輝はそこの当主の娘だというのだ。白銀からすれば遠い彼方の話で実感はなかったが、多輝の実家が凄いということだけはよく判った。
「でもほら、要は特別だから」
白銀は基本的にヒューマノイドが嫌いだ。だから多輝に例え口づけされたところで特に何も感じないし、他のヒューマノイドにしな垂れかかられてもうっとうしいと思うだけだ。だがその中で要だけは白銀にとって特別だった。
「確かにあいつは特別ね。ヒューマノイドの中でも龍神や魔との戦闘を念頭においてチューンナップされてるのはあいつくらいだし」
納得顔で絵美佳が頷く。白銀は難しい顔をしてそうじゃなくて、と呟いた。
「要の身体の作りとかじゃなくて……要は特別なんだよ」
機械の身体の娘を作る。その感覚は未だに白銀には理解出来ない。機械に欲情できるというのが判らないのだ。どんなに見た目が整っていたところで機械は機械に過ぎないし、一皮剥けばそこには金属やプラスチックという無機質の素材が並んでいるだけだ。
だが要の機体を整備できるように白銀は嫌いな機械のことを勉強した。もしもの時に簡単な修理くらいは出来るように色んなことを教えてもらった。時には要に怒られもしたが、白銀は今ではもう要の機体についてだけはきちんと修理できるようになった。
「あんたがあいつを好きなのは判ったから。ごちそうさま」
苦い顔で言った絵美佳に白銀はうん、と頷いてみせた。そこで慌てて絵美佳に詫びる。もしかして自分は要を好きと力説しすぎただろうか。そう考えてから白銀はあれ、と首を傾げた。自分は要を好きと言った覚えはない。要は特別だと言っただけだ。
「身体の作りで言えば、あいつはかなり機械的なほうよ。多輝が纏ってる宿体と比べれば、一目瞭然だと思うけど」
「あ、うん。多輝さんのは素材は凄く高いけどすかすかだな」
白銀は頭を切り替えて正直に答えた。運転者の技術が高いのか、車はカーブを切っても殆ど身体が揺れない。白銀は室内ミラーを覗いて運転手の顔を見て驚いた。まだ若い男だ。
「身体の作りに関係無く特別って、それって要するに好きってことでしょ? だけど」
本当にあんたってあいつの事をきちんと見てるのかなあ。腕組みをした絵美佳が考え込むような顔をする。白銀は慌てて絵美佳を見た。
「え、いつもログはチェックしてるけど、不具合はないような」
目に見える不具合を生じたというログはなかった。白銀は一番最近に確認したログを思い出しながら頷いた。強いて言えば多少、女性器が磨耗していただろうか。だがそれは要のストレス値を下げるために何人かの男性と交わったからだ。
「そういう事じゃないのよ……」
絵美佳がぽつりと呟くように答える。その顔には厳しい表情が浮かんでいた。
白銀がヘタレな理由は色々あります。龍神としてどーとか以前の話で(汗)
筋が通っていないとか、芯がないとか……まあ、そんな感じですかね。
典型的なモテない君だと思います。