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手が枕元に伸びて目覚ましの頭をそっと押さえる。奈月は気配に気付いて目を覚ました。目覚ましが鳴る前にスイッチを切った翠がのそりとベッドに戻る。奈月は何度か瞬きをしてから瞼を擦った。確か昨日は翠と寝た筈なのに、どうして桜が横にいるのだろう。そう考えてから奈月は慌てて頭を振った。昨日、翠は桜の姿に変化したのだった。そのことを思い出して奈月はにっこりと翠に笑みかけた。
「翠さん、おはようございます」
「おはよう」
桜の顔をしていても翠が相変わらずの無表情のため不思議な感じがする。おまけに桜の格好で翠がいつもと同じように抱きつくものだから、妙な感じもする。翠がごそごそと毛布に潜って奈月の胸に顔を埋める。抱き返したものかどうか少し考え、奈月はいつも通りに翠の身体を軽く抱きしめた。
「あ、あの、翠さんっ。そのっ……」
胸の谷間にいつもと同じように頬擦りをされて奈月は真っ赤になった。声をかけると翠が毛布から顔を出して不思議そうに首を傾げる。
「何だ?」
平然と問われて奈月は視線を彷徨わせた。
「いえ、その……あのっ」
困り果てて言葉を途切れさせた奈月をじっと翠が見つめる。それから翠はおもむろに毛布に潜った。今度は深く毛布に潜った翠が奈月の腹に顔を押し付けて抱きつく。
「これならいいのか?」
そこはいつも翠が抱きついては顔を押し付けている部分だ。だが奈月を抱く腕はいつもよりしっかりとしているし、何より押し付けられている面積が広い。
「だめですっ! 翠さん!」
奈月はがば、と身を起こして声を張った。めくれた毛布を退けて翠が身を起こす。翠は首を傾げてしばし黙ってから小声で言った。
「何故だ?」
そう言いながら翠が手を伸ばして奈月に抱きつく。今度は首筋に抱きつかれて奈月は小さな悲鳴を上げた。
「あの、身体が大きくなっているし、その……」
「木龍神の振りをするのだから仕方なかろう」
困惑にどもる奈月に翠が淡々と告げる。抱きすくめられたままで奈月は困り果てて目を泳がせた。翠は別に深い意図があって抱きついている訳ではなく、いつもと同じ感覚でしているだけだ。
「あの、桜さんは、そんな風に抱きついたりしませんし、その……」
「当然だ。わたしは木龍神そのものではない」
きっぱりと言って翠が奈月に身を摺り寄せる。必然的に足を絡め合う格好になって奈月は慌てて腰を引いた。だが、その分上半身が翠と密着する。
「翠さんっ! 今日は早めに起きましょう!」
声高に宣言して奈月は翠を押し戻した。胸を押された翠が不思議そうな顔をして首を傾げる。だがすぐに翠はああ、と呟いてパジャマをいきなりめくりあげた。唐突に胸を晒した翠にぎょっとして奈月は目を丸くした。
「なるほど。小ぶりだ」
自分の胸を見下ろして翠が納得したように頷く。奈月は慌ててめくれた翠のパジャマを元に戻した。
「桜さんの姿をとるなら、人前で肌を晒したりしては駄目です!」
きっぱりと言って奈月は少し怒った顔で翠を見た。何度か瞬きをした翠が頷く。
「すまない」
そう言って翠は静かにベッドを降りた。だがそこで首を傾げて奈月を振り返る。今度はなんだろう。思わず身構えてしまった奈月をじっと見つめて翠が言う。
「奈月に見せるのは別に構わないのではないかね? 昨日は一緒に風呂に入ったのだし」
少し首を傾げて翠が言う。奈月は困り果てて難しい顔をした。
「それは……、でも……。えっと……」
「困るのか?」
翠がさらりと言葉を挟む。奈月が頷くと翠はふむ、と呟いた。
「それでは止めておこう」
どうやら理由は判らなくても奈月が困ることはしないでおいてくれる、という意味らしい。そのことにほっと息を吐いて奈月は顔をほころばせた。
「それではお弁当を作りましょう」
奈月はにっこりと笑ってベッドを降りた。無言で頷いた翠が奈月に寄り、手を握る。奈月は翠と手を繋いで調理場に向かった。
朝食を準備している調理人たちに挨拶をして、奈月は空いていた調理台に近づいた。いつもなら椅子に乗って奈月の手元を見ている翠も、今日は立ったままだ。
「にらたま」
ぼそりと翠が言う。今日の弁当ににらたまを入れて欲しいという意味らしい。そのことを理解して奈月は笑顔で頷いた。
「わかりました」
冷蔵庫を開けて中を確認する。にらと卵を取り出し、奈月は首を傾げた。後のおかずに出来そうなものを選んで材料を抱えて調理台に戻る。翠はじっと奈月を見つめて微動もしていない。
弁当に入れるのだからにらは少し小さ目に切った方がいいだろう。奈月は手早くにらを洗って刻み始めた。翠はそんな奈月の手元をじっと見つめている。
「っはよー」
間延びした声をかけながら多輝が調理場に入ってくる。詰めていた調理人たちが一斉に多輝に挨拶する。そんな彼らに片手を上げ、多輝は奈月と翠のいる調理台に近づいてきた。
「おはようございます、多輝さん。昨晩は家に戻ってらしてたんですね」
笑顔で奈月は挨拶した。多輝がおはようと答えて通りすがりに翠の頭をぽんと撫でていく。冷蔵庫に寄った多輝はミネラルウォータの瓶を取り出してすぐにそれを飲み始めた。
「昨日はありがとな、二人とも。美味かったよ」
微かに笑った多輝は今日は男性の格好をしている。物珍しそうに調理台に近づいたところで多輝は嬉しそうな声を上げた。
「おっ。弁当か?」
そう言って多輝が飲みかけの瓶を台に置き、近くにあった野菜を取り上げて洗い始める。どうやら手伝ってくれるつもりのようだ。
この三人だとほのぼのですねー。