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「ありがとうございます」
笑顔で礼を言って奈月は早速、にらたまを作り始めた。卵をボウルに割り入れて菜ばしを数本使って丁寧にとく。その間に多輝は洗った野菜を手早く刻み始めた。ピーマンを薄切りにし、人参とじゃがいもを小さなさいの目に切る。
「翠。見学してるくらいなら手伝えよ」
ふと、手を止めて多輝が呆れたように言う。どうやら多輝も目の前の桜の姿をしたものが翠だと判っているらしい。すると翠は首を傾げてしばし黙してから口を開いた。
「お前が手伝えば十分な気がするが」
「うわ、可愛くねえ」
笑いながら言って多輝が奈月の横に立ってじゃがいもと人参を温めたフライパンに放り込む。どうやら金平にしてくれるようだ。油で野菜を炒めつつ多輝が鼻歌を口ずさむ。出来たにらたまを適当なサイズのアルミの皿に分けていた奈月はぴたりと手を止めた。
多輝が何の歌を口ずさんでいるのか判らない。いや、そもそもそれは歌なのだろうか。色んな疑問を覚えて奈月はついつい多輝をじっと見つめた。見ると傍の調理台に付いていた調理人たちも怪訝な顔をして多輝を見やっている。翠は平然としているようにも見えるが、こころなしか眉が寄っているようにも見える。
「そういえば、最近、魔の活動状態はどうですか?」
「あ、うん。昨日は久しぶりに出なかったんだ」
答えを口にした多輝の鼻歌が止まる。するとそれまで手を止めていた調理人たちはほっとしたように作業に戻った。翠の眉間に微かに寄っていた縦皺が消える。よっ、と掛け声をかけてフライパンを返して多輝は人参とじゃがいもを菜ばしで転がした。
「本来なら、わたしが対さないといけないのに。ごめんなさい……」
消沈した顔をして奈月は詫びた。本当は自分の仕事だと思うのだが、水輝や桜がやめろと言うのだ。桜にいたっては、奈月が魔に対するために出ようとするともの凄い勢いで怒る有様だ。
「いいっていいって。どうせこの辺に出るのは雑魚だし、おれとか要でも対処出来るからさ」
相変わらず機嫌よく答えて多輝がフライパンに調味料を入れる。香ばしい匂いが漂い、思わずほっとしてしまう。味付けをした金平を皿に移してから多輝はフライパンと菜ばしを洗い始めた。
「でも、もし緊急の事態が起こったら、絶対呼んでくださいね!」
直ぐにかけつけますからっ! 力をこめて言った奈月に多輝が笑顔であんがと、と答える。手早く調理器具を洗ってから多輝は続いてピーマンを炒め始めた。そこで奈月は自分の手が止まっていることにはたと気付いた。慌ててごはんを取りに電子ジャーのある台に駆け寄る。ごはんを分けてもらってから調理台に戻り、奈月はおにぎりを作り始めた。
それまで調理台に張り付いていた翠がふらりと離れていく。何事だろう、と奈月は翠を目で追った。食器棚に寄った翠が皿を一枚手に取って戻ってくる。無言のまま、皿を洗って拭いてから、翠は台に皿を乗せた。
翠が皿に手をかざす。すると皿には山盛りの苺が現れた。不思議そうに翠を見ていた多輝が歓声を上げる。
「すげえ! 苺だ!」
フライパンの中身をあおりながら多輝は嬉しそうに笑った。
「多輝さん、本当に苺が好きなんですね」
どうやら翠は多輝に礼代わりに苺を出してみせたらしい。奈月は微笑みを浮かべた。多輝が笑顔で頷く。
「だって美味いだろ?」
炒めたピーマンに塩とこしょうで味付けをしてから皿に移す。作業しつつ多輝はたまにちらちらと苺を見つめる。本当に苺が好きらしい。その様子を見ていたのだろう。翠はどことなく嬉しそうにしている気がする。
多輝が苺の乗った皿を抱えて調理場を後にし、弁当の具とおにぎりが揃ったところで奈月は二人の弁当箱を出した。多輝にも弁当を作ろうと思ったのだが、今日は大学の方で何かあるらしい。弁当は持っていけないのだと言っていた。
「翠さんって、果物を出す術が使えるんですね」
ふと気付いて奈月はそう声をかけた。じっと奈月の手元を見つめていた翠が目を上げる。
「何もないところから出している訳ではない」
翠が淡々と答える。だが容姿が桜なのでその反応が不思議な気がする。桜は割と表情が豊かだ。こうして淡々としている翠を見ていると余計にそう感じる。
「まさか、果樹園とかから引き寄せてるなんてことはありませんよね?」
心配になって奈月は小声で言った。何しろ水輝といったらありとあらゆるところから勝手に食材を失敬する癖があるのだ。気付いた時には奈月も戻すようにしているのだが、余りにも当り前の顔をしているために気付かないことも多い。
平然とした面持ちで翠が首を横に振る。ほっと奈月が胸に手を当てたところで翠はおもむろに口を開いた。
「趣味の家庭菜園だ」
そう言ってから翠が首を傾げて唇を引き結ぶ。どうやら自分の言ったことに少し疑問を感じているようだ。しばし黙ってから翠は言い直した。
「家庭菜星?」
自信がないためか、語尾が少し上がっている。奈月は何度か瞬きをしてゆっくりと首を傾げた。
「もしかして、イチゴ星とか、メロン星とかあるんですか?」
まさかね、と思いつつ奈月はそう訊ねた。すると翠が無表情のままで頷く。奈月は何度か瞬きをしてからじっと翠を見つめた。冗談を言っている風ではない。
「凄いです!」
感動に胸を押さえて奈月は声を上げた。今度は翠が何度か瞬きをしてからゆっくりと首を傾げる。
「……そうか?」
一つ一つの星の規模は月程度らしい。それを聞いた奈月は目を丸くした。月のサイズの星の一つ一つにはいっぱいの苺やいっぱいのメロンがなっているのだ。それを想像した奈月はうっとりとした目をして何度も頷いた。
「本当に凄いですっ!」
「行くか?」
まるで近所にピクニックにでも行くかのような口調で翠が言う。思わず頷きかけてから奈月ははっと我に返った。ピクニックは楽しそうだが、今日は平日で学校に行かなければならない。
「週末でよければ、ぜひお願いします」
できたら水輝さんも一緒に。そう言いかけて奈月は口を噤んだ。一緒にいけたら楽しいとは思うが、近頃の水輝はとても忙しそうだ。やっぱり無理かな、と考えた奈月は自然と肩を落とした。そんな奈月の頭を翠がぽんぽん、と慰めるように軽く叩く。
「翠さん。それでは、学校に行きましょう」
弁当の中身を詰めて奈月は翠にそう声をかけた。翠が頷いて奈月の手を取る。奈月は寂しい気持ちを押し隠して翠に微笑んでみせた。
家庭菜星?w