優一郎が出張ってきました。
……おや? 佑がいるのに?w
『また雷龍の中には、あまりにも不器用で力の変換の効率が悪すぎて、ほとんど自爆に近い破壊の力しか揮えなかったものさえいると言う』
あまりにも不器用。そのフレーズに多輝は頬を引きつらせた。特に優一郎が指摘した訳ではないが、自分のことですか、と訊きたくなる。
『そのカードとステッキがあれば、そんな状況は一変する。並みの龍神が使えば玩具にしかならないカードとステッキも、雷龍が使えば……』
ふと、優一郎の声が尻すぼみになる。多輝は慌てて顔を上げた。するとそれをまるで読んでいたようなタイミングで優一郎が言葉を継ぐ。
『極めて有効な魔法具として機能するというわけだ』
魔法具。胸の中で呟いて多輝はカードに目を落とした。ずらしたカードに指を乗せ、少しだけ力をこめる。木のカードの下に現れたカードを見つめて多輝は目を細めた。月。時。光。考えてみるとこのカードはまるで龍神に即した力をそのまま表しているかのようだ。風は風龍神、火は火龍神。多輝は右手で指折り数えて胸の中で呟いた。水は水龍神。土は地龍神。木は木龍神だろう。そこまで考えて多輝はあれ、と首を傾げた。月は月龍、時は翠龍神なのだろう。光は強いて言えば白龍神だろうか。そうなると闇のカードは黒龍神だろう。だがカードはまだまだ余っているし、第一、それでは足りない。
雷龍神を示すカードはある。その名の通り雷のカードがそれだ。氷龍神は雪、氷がその属性に位置するのだろう。だがそれでは足りないのだ。かつて優一郎に教えてもらったことを思い出しながら多輝は眉を寄せた。まず足りないのは十三柱中、もっとも地味に徹していると言われる淫魔の王を示すカードだ。続いて優一郎自身の誓約のカードがない。
そしてもっとも謎なのは金龍神と銀龍神に相当する力がないことだ。金龍神の浄化の力は特別だから、と聞いたことはある。だから誰にでも使える術ではないとも耳にした。だが銀龍神の力はどうなのだろう。銀龍神を示す宝珠は移動の際に便利な翼の形に変じることが多いが、何もそれが本来の力ではない。銀龍神は命を司るのだ。例えば多輝などは対象に口づけを介して傷を治療したりする。あれは元を正せば銀龍神の力なのだ。考え込む多輝の顔は次第に険しくなっていった。
『今回のような隠密用途で使う場合、十三柱の力を具現する主要カードはあまり使わないほうがいい』
優一郎の声に多輝は我に返った。そうだ、今は考えている場合ではない。聞き逃すことがないように優一郎の言葉に集中していなければならないのに。そう思って多輝は何度かこめかみを叩いた。
『また、欠けているカードもあるはずだ。水輝さんが独自の判断で君にわたさなかったのだと思われる』
それを聞いて多輝はまじまじと斎姫を見た。もしかして思考を読んでいるのだろうか。そんな疑念を込めて見つめてみるが、斎姫は相変わらずかたい顔をしたままだ。
『状況に応じて君が持つカードから最適な使用方法を選び出すデータベースプログラムを斎姫にインストールしてある』
とりあえず疑念を余所に多輝は真面目な顔で優一郎の言葉に頷いた。優一郎自身がこのメッセージは記録したものだと言っていたのだ。間違いはないだろう。
『とりあえず、カードの使用については斎姫の指示に従って欲しい』
『試しに訊いてみるが、緊急時にはどう対処する?』
何となく意地の悪い気分になって多輝はそう言ってみた。するとしばし沈黙した後、優一郎の声が聞こえてくる。
『多輝。僕が傍に居ない状況で、大変な事を頼むのは心苦しいが、僕は君を信頼している』
多輝の問いかけをまるで無視した言葉が聞こえてくる。それを耳にした多輝は落胆のため息を吐いた。そうだよな、と呟いてみる。たまたま優一郎が記録していたメッセージが流れるタイミングと自分の考えたことが合致しただけだ。
『もしも、緊急事態に陥ったり、プログラムの指示する解決策に疑問を感じたら、自分を信じて自分の考えで対処してほしい』
流れてきた言葉に多少、笑いの気配が混ざっていた気がして多輝は目を吊り上げた。
『いるんじゃねえか! 居るんなら最初から居るって言えー!』
機体の音声を上げて多輝はそう喚いた。口を動かせない分、地団駄を踏む。
『それでは多輝。必ず、僕は君の下に戻る。だからそれまで待っていて欲しい』
『以上よ』
静かな斎姫の声に多輝はその場にへたり込んだ。緊張が緩んだせいで涙が一気に込み上げてくる。声を殺して泣く多輝の背を由梨佳が優しく撫でる。多輝は必死で涙を堪えて流れた分を袖で拭って立ち上がった。
『それで? 状況は一体どうなってるんだ。おれにはさっぱり判らないぞ』
辛いのはみんな同じだ。斎姫だって優一郎がいなくて寂しいのだし、要もそうだ。優一郎をマスターに登録しているヒューマノイドはみんな条件は一緒だ。それなら自分だけが泣いている訳にはいかない。多輝は唇を引き結んで真顔で斎姫を見た。
『わたしにも全体像はわからないの。プログラムを通して聞こえる優くんの声に従うだけだもの』
『だから、会話のセキュリティにすら気を遣わなきゃならない理由だ。一体、何があったんだ?』
これまでこんなことは一度もなかったのだ。優一郎が不在だからと言って、わざわざ通信機能だけを用いて会話するようなことはなかった。せいぜいが携帯電話の代わりに使う程度だったのだ。
『だから、わたしもそうしろって指示されてるだけだから。なぜそうなってるのかとか、そのあたりの情報は全然わからないの』
困惑した面持ちになって斎姫が言う。だが実際には口は動いていないので妙な気分だ。多輝はなるほど、と呟いて眉を寄せた。つまりはごく日常的な会話なら普通にしても構わないということだろうか。それともヒューマノイドを相手にする時は通信だけにしろと言う意味か。多輝は難しい顔をして斎姫にそう訊ねた。
『日常的な会話は逆に発さなければ不自然だって、指示されたわ』
そう言って斎姫が頷く。多輝は頷き返してから何気なく目を落とした。握っていたカードをじっと見つめてみる。優一郎の言う通り、これを使うようなことがあるのだろうか。それとも単に魔に対しての話なのか。考えを巡らせながら多輝はしばしカードを見つめていた。
『指示を伝えるわ。アースのカードを使って、ある場所に移動すること。そこで起こることを一部始終監視すること。何が起こっても、決して手出しはしないこと』
斎姫の声に我に返って多輝は目を上げた。返事の代わりに頷くと斎姫が言葉を継ぐ。
『移動先の座標をデジタルデータで転送するわ』
そう言った後、斎姫の機体から小さな機械音が響く。何かを引っかくような音が続いた後、多輝の脳裏に一枚の地図が現れた。それを見た多輝は思わず顔をしかめて低く呻いた。今となっては随分と懐かしい気がする。地図が示していたのは木村の本邸の地下だった。
優一郎が出てきたのは仕様です。