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他愛もない無駄話をする気にもならず、透はじっと黙って窓の外を眺めていた。最初は緊張しきっていた白銀も次第に慣れてきたのか、珍しそうに周囲を見回している。槙花は相変わらずの表情で座っているだけだ。
黒塗りのベンツはゆっくりと街を抜けて市街地に出た。高速道路を乗り継いで北に向かう。どうやら目的地は木村の本邸や吉良瀬の屋敷からは随分と離れているようだ。
立ち並ぶビルが消え、やがて住宅地が見えてくる。車が進むうちにそれもまばらになり、山や畑やたんぼの比率が高くなる。その頃になると落ち着かなくなってきたのか、白銀はしきりに槙花に話し掛けるようになった。あれはなにという白銀の質問に槙花がいちいち丁寧に応えている。それを横目に透はじっと窓の外を見つめた。
県境を示す看板が行き過ぎる。あれだけ走っていた車の数もまばらになり、高速道路はがらがらになった。時折、明らかにスピード違反の車がベンツを追い抜いていく。だが運転手は特に気にした様子もなく、一定の速度で淡々と車を走らせ続けた。
高速道路を降りると目の前にはたんぼが広がっていた。村か町かの看板は錆びついて風に揺れている。描いてあるのはぶどうか何かか。脇に雑草の生い茂る道路をベンツはゆっくりと走っていく。
「思った以上に遠いのね」
まっかちゃんの思考読んだ時にはもっと近いと思ったんだが……。例の機械、無事に着いてるといいな。そんなことを思いながら透は何気なく槙花を見た。槙花がそうですねぇ、と呟いて唇に指を当てる。
「実はあたしも詳しい場所は知らないんです」
意外なことを聞いて透は何度か瞬きをした。透の力は元々、誰かの思考を読むのには適していない。力には属性というものがあって、向き不向きがどうしても出てくるのだ。だが人の考えを読む程度のことは透でも出来る。
「誘導して頂いているはずなんですけど……ね? 重森さん」
そう言って槙花が腰を浮かせて運転席に座る若い男に話し掛ける。ちらりと後ろに座る三人を振り返ってから男はにこやかな笑みを浮かべてみせた。
「はい。行き先はカーナビゲーションに表示される仕組みになっております」
そう答えて男が前を向く。透は目を細めてじっと男の後姿を見た。重森と呼ばれたこの男はフルネームを重森和也という。年は若いが吉良瀬の屋敷の執事を務めている男だ。
「ねえ、ちょっと、まずったかも……」
笑い混じりに透が言うと白銀が不思議そうに首を傾げる。何しろ、槙花から読んだつもりの場所にあの大きな機械を飛ばしてしまったのだ。だが目的地は予測よりずっと北だった。きっと今頃、どこか知れないところにあの機械はあるだろう。
「まずいって何が?」
事態を読めていないらしい白銀が呑気に問い返す。透は少しの間考えて知らん顔を決め込むことにした。どのみちあんな大きなものだ。その気になれば後で探すことは可能だろう。
「ま、気にしない、気にしない」
気軽に笑って透は白銀の肩を叩いてみせた。白銀が不思議そうに首を傾げてから判った、と頷く。透はさりげなく白銀の肩から手を離してまた窓の外を見た。
広々としたたんぼや畑の広がる中、ぽつんぽつんと家が見える。たまに小さな商店なども見えるのだが、置いてある自動販売機はとても古く、入っているジュースの類も透に見覚えのないものばかりだった。本当に動いているのかどうか怪しいものだ。そうしているうちに今度はいきなり牛が見える。緑色の草に覆われた場所に牛が放し飼いにされているのを見て透は思わず感心の声を漏らした。
「えらく、辺鄙なところね」
遠ざかるぼろぼろの牛舎を見つめて透はそう呟いた。すると槙花がそうですよね、と頷く。
「何か別の世界みたい……あっ! 見てください! 川がありますよ!」
槙花の言葉につられて透は反対側の窓を見た。緑の草が両脇に生えた川の水はとても澄んでいて、触ると気持ち良さそうだ。日の光を反射して水面が煌く。その傍には何人かの子供が楽しそうにしている姿も見えた。揃えたように丸刈りの頭をした子供達が手作りらしい竿を使って釣りをしている。
「釣りかあ。いいなあ」
透はそう呟いてじっと子供達の姿を見た。後ろに乗る三人が食い入るように景色を見つめていることに気付いたのか、ベンツの走る速度が極端に遅くなる。だが他に車はおらず、特に誰かに迷惑をかけることもない。
はしゃいでいた子供達がふと気付いたように透たちの乗る車を見上げる。そこで子供達は歓声を上げて車に駆け寄ってきた。和也が静かに車を停める。槙花が窓を開けて子供達にこんにちはと笑顔で挨拶した。
「すげえ! 車だ!」
「姉ちゃんたちどっから来たんだ!?」
挨拶も忘れて子供達が口々に言う。子供のうちの何人かは珍しそうに車の後ろに回っている。
「清陵からよ」
透はにっこりと笑って子供達に告げた。すると子供達が不思議そうに顔を見合わせる。それからいきなり子供達は笑い出した。
「なに言ってんだよ! ここが清陵だぞ!」
「いや待て、もしかしたら同じ名前の村かも知れないぞ」
眼鏡をかけた賢そうな子供がそんなことを言う。透は眉を寄せて隣の白銀と顔を見合わせた。子供達は話に夢中になっているのか、透たちからは目を離している。
「どういうことかしら?」
「さあ……。本当に地名が同じだけかも知れないし」
首を傾げて白銀が呟く。それまで輪になって話をしていた子供達は目を輝かせて車の窓から身を乗り出してきた。
「なあなあ! どこ行くんだ!?」
「あんないしてやろうか!?」
どの子供の顔も健康的に日焼けしていて、嬉しそうに笑っている。ええと、と呟いて槙花が子供達にごめんなさいと詫びる。
「実はあたし達もどこに向かっているか判らないの」
「……はあ? 何だよ、それ。姉ちゃんたち迷子か?」
呆れたような顔をして子供達が一斉に笑い出す。うーん、と困ったような顔をしてから槙花は運転席の方を指差した。
「えっとね。カーナビ、判る?」
「なんだそれ」
子供達が不思議そうな顔をして首を傾げる。子供達は槙花の開いた窓を離れて和也の座る運転席を覗き込んだ。そこで大きな歓声が上がる。
「テレビついてるぞ! テレビだ!」
「すげえ、ちいせえ!」
「なんだあれ、ジュースか!?」
運転席の周りにたかった子供達が口々に喚く。槙花の開いた窓から漏れ聞こえてきた子供達の声を聞いて透は眉を寄せた。子供達が嘘を吐いている風はない。だが今時、テレビや芳香剤を子供達が珍しがるだろうか。幾ら辺鄙なところだとは言ってもこの時代だ。テレビは勿論当り前に存在するし、その気になれば簡単に情報も手に入れられる。
テレビが小さい!!w
作者がこの辺りでものすごく悩み始めます。