なんで作者が苦悩しているかの理由は後で判るようになっています。
エロシーンはありません。
「ねえ、今年は何年だっけ?」
透は自分の横の窓を開いて傍にいた子供に話し掛けた。恐々と車を眺めていた女の子がびくん、と震えて透をじっと見つめる。女の子の着ているのはブラウスにスカート、長い靴下にそれに汚れたズックだ。
「あっ、の……」
ええと、と呟いて女の子が指を折る。肩のところで揃えたおかっぱの髪がさらりと風に揺れる。
「ばっかでー! ミチ、せーれきしらないのかー!?」
真剣な顔で何かを数えていた女の子を傍の子供達がはやしたてる。すると女の子は泣きそうな顔でうるさい、と子供達に言い返した。
「ええと……ええと……しょ……じゃなくて」
懸命に考えながら女の子が呟く。透はぴくりと眉を上げてじっと女の子を見つめた。彼女が混乱しているのは恐らくこの国の元号が変わったばかりだからではないのだろうか。
「わかったわ。ありがと」
にっこりと笑って透は窓から腕を伸ばして女の子の頭を撫でた。困ったような顔をして女の子が唇を噛む。ばーかばーか、とはやしたてられて女の子はむきになって子供達に駆け寄った。うるさいと喚いて手近な子供の頭を張り倒す。
「判った! 姉ちゃん達、吉良瀬のお屋敷に行くんだろ!」
嬉しそうに言って眼鏡をかけた子供が車の中を覗きこむ。槙花がええと、と呟いて困惑した顔になる。確かに槙花にしてみれば吉良瀬の屋敷というのは清陵にあるあの屋敷だろう。
「そうよ。ここから後どれくらいの距離かしら?」
「吉良瀬のお山はここから歩いて一時間くらいかなあ」
窓から身を乗り出した子供が首を傾げつつそう言う。すると車にたかっていた子供達が一斉に悲鳴を上げてずざ、と離れた。
「吉良瀬のおやま行くのか!?」
「やめろやめろ、こええぞ、あそこ!」
口々にそう言って子供達が急に怯えたような顔をする。窓から身を乗り出していた子供がそんなの噂だろ、と笑った。
子供達が気をつけて行け、と手を振る。和也が運転を再開した車はゆっくりと走り始めた。窓を閉じた槙花が困惑した顔でため息を吐く。
「何だったんでしょう、いまの」
「わかんないなら、いいわ」
これ以上、槙花を混乱させる意味はないだろう。そう思いながら透は深くシートに寄りかかった。白銀も判らないのかしきりに首を捻っている。
車は静かに道を走る。ごくたまに行過ぎるのは時代遅れのファミリーカーだ。やがて道は細くなり、舗装すらしていない土の道に繋がる。大きな車が辛うじて一台通れるかという細い道をベンツはゆっくりと進んだ。
「子供の足で歩いて一時間なら、もうそろそろね」
「はい。目的地はすぐそこに表示されておりますから」
にっこりと笑って和也が振り返る。透は試しに白衣のポケットから携帯電話を取り出した。なるほど、確かに電波はここまで届いているらしい。電線すら殆ど見当たらないこの場所で、どうやって電波が届いているかは判らないが、とりあえず電話は使えるらしい。
透は窓から周囲を見回した。道を挟んで左側にはたんぼが広がり、右手にはうっそうと木々の茂る山がある。車は舗装されていない道を緩やかに進んでいった。やがて坂道にさしかかる。車が進むうちに道の両側は木々に覆われてしまった。
木々が途切れ、一面のこすもすの咲く場所に出る。透は目を見張って周囲を見た。振り返ると眼下にはたんぼのあるのどかな光景が広がっている。前を向くと別世界のように一面の花が見える。色とりどりの花は柔らかな風に揺れている。桃色、白。淡い花の咲く広々とした花畑の間をベンツが進む。
「なんか……凄いな」
白銀がぽつりと呟いて目を擦る。
「凄い。まあ、確かに……ねえ」
険しい表情で呟いて透はちらりと窓の外を見た。そこで息を飲む。思わず透は止めて、と和也に鋭い声を投げた。静かに停まったベンツのドアを開けて透は地面に降り立った。
花畑の中に佇む少女が微笑む。透は手に花をつむ幼い少女をじっと見つめた。花畑の中央に立っていた少女がくすりと笑って身を翻す。慌てて手を伸ばした透は次の瞬間、目を見張った。あどけない笑い声を残して少女の姿がかき消える。
「優一郎!? いや、違う」
「絵美佳さん? どうしたんだ?」
車の中からのんびりと白銀が呼ぶ。透は慌てて首を振ってもう一度花畑を見つめた。だがそこには風にそよぐこすもすしかない。幼い少女の姿はどこにもない。透は無言で車の中に戻った。
「あんた、ほんとーに、力使えないのね……」
ゆっくりと動き出した車の中で透は深々とため息を吐いた。白銀が何のことか判らない、という顔で首を傾げる。
やがて遠くに大きな洋館が見えてくる。こすもすの花が途切れた頃、今度は周囲をばらの花が埋め尽くした。淡いこすもすに続けて濃い色のばらが植わっているために、距離感がつかめない。透は何度か目を擦って硝子の窓の向こうの洋館を睨むように見た。庭には噴水も設えられている。
「お待たせ致しました。到着です」
にこやかに告げて和也が車を停める。間近に見ると洋館はやけに大きく見えた。和也が真っ先に車を降りて後部席のドアを開く。透は車を降りて洋館を見上げた。続いて白銀と槙花が車を降りる。
「ここにいるの?」
和也が深々と三人に礼をして静かにドアを閉める。槙花はええと、と呟いて和也と顔を見合わせた。和也が行儀よくまた礼をして然様かと、と呟く。
「凄い家だなあ。要んちより大きいや」
ひたすら感心して白銀が呟く。透はため息を吐いて腕組みをした。
「規模だけで言ったら、うちのほうが広いわ」
「へえ。絵美佳さんの家ってそんなに大きいのか」
凄いなあ、と素直に感心して白銀が何度も頷く。透はふん、と鼻で笑って洋館に向かって歩き出した。
不意に聞き慣れたメロディが聞こえてくる。透は首を傾げて白衣のポケットを探った。静まり返った庭に響いていたメロディが途切れる。透は通話ボタンを押して携帯電話を耳にあてがった。
『あっ! 透くん!?』
透が呼びかける前にちなりが慌てたように言う。透は他の三人に背を向けて眉を寄せた。
「どうした。何かあったのか?」
『桜さんが……桜さんが』
切羽詰ったように言った直後、ちなりが悲愴な声を上げる。悲鳴を耳にした透は緊張に顔を強張らせて両手に携帯電話を握りしめた。
「あいつが、どうした!?」
唐突にけたたましい音が透の耳に届く。ちなりが泣きじゃくる声が聞こえ、透は蒼白になった。
『助けて、透く』
そこで急に通話が切れる。透はちなりに何度か呼びかけた。だが切れてしまった電話は空しい音を立てているだけだ。
「招待してもらって悪いけど。緊急の用事ができたみたい。失礼するわ」
くるりと踵を返して透は厳しい表情で告げた。三人の背後にある洋館を鋭い目で睨む。
「へ? そうなのか?」
呑気な顔をしている白銀の面を思わず殴りたくなる。だが透はその欲求をぐっと堪えて頷いた。槙花と顔を見合わせてから和也が穏やかな口調で言う。
「それではお送りいたしましょう」
そう告げて和也が恭しく車のドアを開く。だが透は首を横に振った。
「本当に緊急だから。お心遣いは感謝するわ」
そう告げて透はその場から転移した。視界が歪んで消える前、微かに和也が笑っているのが見えた。
この辺りのシーンはどうしようかと思いました。
そもそもこれらの話は国とかの名前は「ない」という設定なのです。
でも作中、どうしても時代背景のことを書かねばならず……。昭和という元号とか西暦とか出すかものすごい迷いました。
円とかの貨幣名称も困った記憶があります。
どこかに似ていて、でもどこでもない、というのが難しいですね。