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どうやらここは木村の屋敷の中のようだ。遠くに人の話し声が聞こえる。見覚えのある場所にほっとしつつ、多輝は隣に屈んでいる斎姫を見た。
『ここは木村の屋敷の一階らしい。目的地は地下だっけ』
遠くに聞こえるのは調理場での話し声だ。誰もいない部屋のドア陰に潜んで多輝は斎姫に声をかけた。
『ええ、こっちよ』
誰かがドアの前を行過ぎるのを待って斎姫が足音を殺して歩き出す。多輝は注意深く足音を消して斎姫に続いた。斎姫は常時、プログラムを操作しているのか股間を弄りながら先を進んでいる。
廊下を突き進んで折れると地下に続く階段が見えてくる。やけに暗い階段を斎姫は静かに降りようとした。多輝はそこで慌てて斎姫に声をかけた。
『待った。そのまま行ったらやばいんじゃねえの?』
地下の部屋ということは恐らく一本道だろう。下手に誰かと会うとまずい気がする。多輝は顔をしかめて斎姫にそう告げた。
『センサーで探索してみたけど、入り口までは反応ないわ』
『中から誰か出てこないとも限らねえだろ』
そう言いながら多輝はポケットを探した。上手く出来ているもので、使ったカードは勝手にポケットに戻る仕組みになっているのだ。多輝は一枚のカードを取り出して斎姫の方に向けた。影と書かれたカードを見つめて斎姫が首を傾げる。
『なるほど、影に潜むのね?』
多輝は頷いてみせた。すると斎姫が忙しなく股間を弄る。つくづく思うのだが、いちいち手動でプログラムを切り替えるのは大変なのではないだろうか。いっそのこと、手元で操作出来るように携帯端末を使うのはどうだろう。取りとめのないことを考えていた多輝は斎姫に声をかけられてはっと我に返った。
『呪文の検索は必要かしら?』
そう訊かれた多輝は無言で首を横に振った。カードを放って出来るだけ小声で呪文を紡ぐ。
「影よ。我等を覆い隠せ。シャドー」
呪文を結んで多輝はカードを杖で叩いた。どこからともなく現れた黒い影が二人の姿を包み隠す。地下の施設なら影は多い。多輝は壁の影に隠れて先に進んだ。斎姫がそれに続く。二人の姿は完全に影に溶けているために見えないが、互いの位置は機体内に記される座標で確認が可能だ。
狭い階段を降りて多輝は金属の扉の前で止まった。仄かな明かりに照らされたドアの前には天井部に影がある。多輝と斎姫はそこからドアの隙間を伝って地下の部屋に入った。小さなドアの影を伝って今度は床に落ちた設備の影を伝う。
『このまま、目的地に向かえそうね』
『多分』
それだけ答えた多輝は嫌な感じを覚えて身震いした。だが影に溶けているため、実際には何も震えない。身体がない筈なのに感覚はあるし、ちゃんと機体も正常に稼動している。不思議だよな、とつくづく思いながら多輝はゆっくりと影を伝って進んだ。
そこは不気味な部屋だった。まるで学校の理科の実験室のようでもある。錆びた大きな机が並び、壁には幾つものスチール棚が設えられている。中に入っているのはビーカーや試験管だ。焦げ色をした硝子瓶もある。天井からぶら下がっているライトは古いのか明滅している。どうやらここは廊下を進むのではなく、部屋伝いに進まなければならないらしい。多輝は不気味に感じながら影を伝った。
「やぁん。ともちゃーん! きてきてー!」
部屋の奥のドアの隙間から次の部屋に入ったところで多輝はぴたりと動きを止めた。急に聞こえてきた声に耳を澄ます。甘えた鼻にかかった声には聞き覚えがある。
『……こいつ、ちなりとかいうヤツじゃないか?』
古びた部屋から繋がっていたのは、やけに広い部屋だった。さっきの部屋とはまるで違い、よく見慣れた光景が目の前に広がっている。大学の研究室を思わせる部屋には最新形の端末がずらりと並んでいた。ステンレスの台が並び、奥には低い実験台、それに簡易ベッドも並んでいる。その奥に設えられたソファに二人の少女が並んで座っているのだ。
『良かった……。元気でやってるのね』
ほっとしたような斎姫の声が聞こえてくる。多輝はちなりが優一郎の許を離れた時の話を思い出して黙り込んだ。ちなりは元々、優一郎に作られた機体だ。だがとある時を境にちなりは絵美佳のものとなった。それ以来、ちなりはずっと絵美佳と一緒にいるようだ。
ちなりの隣で困ったように笑っているのは巴という少女だ。この巴にも多輝は見覚えがあった。いつだったかは忘れたが、学校で顔を合わせたことがある。
「もうっ。ちなりちゃんってば、あわてんぼ」
「うー。折角透くんにプレゼントできると思ったのになあ!」
あーあ、と残念そうな声を上げてちなりが何かを放り投げる。ちなりが放ったのはどこにでもありそうなファッション雑誌だった。多輝は二人に注意しつつ、影を伝った。角度を変えると二人の傍の台に誰かが横たわっているのが見えてくる。
『……桜?』
一糸纏わぬ姿で横たわる桜を見止めて多輝は呟いた。だが桜がここに居るにしては気配がない。もしかして眠っているのだろうか。だが、眠っているなら余計に気配を感じる筈なのに。多輝は思わずそう呟いた。
『魂の座』という話の中で、水輝が多輝に変身用ステッキとカードを与えました。
多輝はそのカードを使っています。