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『さすがに早いわね』
『どーすんだよ、おい!』
小さな斎姫の呟きに多輝は焦った声を張った。龍神の力を直に使っていないため、絵美佳が気付く可能性は低いだろう。だがこれでは影は解除できない。
血を吐いていた桜が腹を押さえてのろのろと顔を上げる。口許を伝った血が音を立てて床に滴り落ちる。絵美佳は厳しい顔で桜を睨み、次いで床に倒れた二人を見やった。
「留守を狙われたか……」
そう呟いて絵美佳が舌打ちをする。桜はゆらりと立ち上がって静かに絵美佳に近づいた。絵美佳は微動もせず、じっと桜を見つめている。
『様子を見るんだ。だって。多輝くん焦らないで優くんの指示を信じましょう』
落ち着いた斎姫の声に多輝は判った、と返事した。どのみちここから動くことは出来ない。幾ら絵美佳が気づき難いとは言っても、移動を繰り返せば気付かれる可能性は高くなる。
桜が腕を伸ばして絵美佳に抱きつく。絵美佳は目を細めてため息を吐いた。
「俺をどうする気だ?」
そう告げた絵美佳の姿がぼやけ、一人の少年がその場に現れる。それを見た多輝はなるほど、と呟いた。これが絵美佳の本来の姿だ。名前は透という。
桜はじっと立ったまま動かない透に唇を寄せた。口づけられた透が目を細めてぴくりと腕を動かす。やがて透は静かに腕を持ち上げて桜の腰を抱いた。血に濡れた唇を合わせた桜が透の口の中を舐めまわす。その光景に多輝は居たたまれない気分になって思わず視線を逸らした。
「持主無しの黒宝珠。と来たか」
顔を上げた透がぼそりと呟く。桜は目を細めて透にしがみついた。唇から首筋に口づけを散らして透の服を解きにかかる。一旦は目を逸らしたものの、二人の様子が気になって多輝はちらちらとそちらを見た。
「運んで来たのは地虫っと。あの能無しババァ。ばれねーとでも思ってるのかよ」
憎々しそうに呟いて透がため息を吐く。桜はうっとりとした面持ちをして透の開いたシャツの合間に唇を寄せた。胸に口づけをした桜の頬はほんのりと赤く染まっている。恥ずかしさに居たたまれなくなりつつも、多輝はいつの間にか二人の様子を凝視していた。
「あーあ。色っぽい表情しちまって。らしくねーったらありゃしねえ」
そう言って透が薄い笑みを浮かべる。桜は熱心に透に唇を寄せていた。はだけたシャツの隙間を伝い降りながらその場に膝をつく。透の腹に口づけをしながら桜は手でズボンに包まれた股間を愛撫し始めた。
「おい。桜、おまえ、それでいいのかよ?」
桜の頭に手を置いて透がそう訊ねる。桜はうっとりとした面持ちで透の股間を弄っている。手のひらと指を使って股間を撫で上げながら、桜は片腕を透の腿に回して抱きついた。普段の桜から考えればとても信じられない光景だ。多輝は思わず息を殺してじっと二人の様子を見つめた。
「って。お前を無防備な状態にして離れた、俺の責任だな。すまねー」
囁くように告げて透がその場に屈んで桜を抱きしめる。それまで熱心に股間を弄っていた桜の手が宙を泳ぐ。抱きすくめられた桜の手はそこに何かがあるかのように宙を揺らめいた。透は床に膝をついて両腕に桜を抱きしめている。
「必ず、元に戻してやる。だから……」
そう呟いて透が桜に口づける。その瞬間、透の思念が弾けた。今は眠れ。その念を受けた桜の身体がゆっくりと足元から凍りつく。やがて桜の身体は全てが氷に包まれた。
桜からふらりと離れた透が床に倒れた二人に近づく。二人の身体を確かめてから透はほっとしたように息を吐いた。
「巴、おい、起きろ」
声をかけながら透が巴を揺さぶる。うーん、と呻いた巴がはっと気付いたように目を見張って慌てて身を起こす。
「透先輩!」
目を潤ませて巴が言うと、透は片手を上げてそれに応えた。続いて透はちなりの腹を探った。電源を入れられたちなりががば、と身体を起こして慌てたように周囲を見る。透くん、と声高に叫んだちなりが透に抱きつく。すると巴も焦ったように透に抱きついた。
「おい、そこのデバガメ二人! とっとと出て来い」
「げ」
それまで懸命に息を殺していた多輝は思わず呟いた。
『……ばれてるじゃん』
ぼそりと呟いて多輝はため息を吐いた。
『みたいね。シャドウを解いて』
気まずそうに応えた斎姫に多輝はため息で応えて影の効力を消した。実験台の影に溶け込んでいた二人の姿があっという間に現れる。多輝はしかめ面になって頭をかいた。その横で斎姫が小さくなって立っている。
「多輝……。あんた、可愛くなったわね」
透がぷっ、と吹き出して笑い混じりに言う。多輝は真っ赤になって煩い、と言い返した。誰も好きでこんな格好をしている訳ではないのだ。透に文句を言いかけていた多輝はふと思い直してぺこりと頭を下げた。
「覗いてごめん」
素直に詫びて多輝は上目遣いに透を見た。しょんぼりとしていた斎姫も多輝と同じように頭を下げる。
「ごめんなさい」
巴とちなりに両腕に抱きつかれたまま、透がまじまじと二人を見る。多輝は頭を上げて眉を寄せた。透がじっと斎姫を見つめ、唐突に叫ぶ。
「優一郎!?」
「違います! あの、わたし……」
指を差されて言われた斎姫は泣きそうな顔でそう言った。多輝は訝りの目で透と斎姫を見比べて首を傾げた。
「うん。違う。だけど、あんたが今、一番優一郎に近い存在だな。あいつも考えたな。そーゆー手段があったか……」
一人で納得したように透が頷く。多輝はしばし考えを巡らせてからそういえば、と呟いた。
「そいえばさっきは焦ってて気付かなかったが、リアルタイムで指示寄越さなかったか?」
難しい顔をして多輝は横目に斎姫を見た。斎姫がぎくりと肩を竦めて慌てたように多輝を見る。多輝はじっと斎姫を見ながら腕組みをした。透の腕にぶら下がっていたちなりがあれ欲しい、と多輝の持つ杖を指差してぼそぼそと言う。
優一郎が関わると必死になる多輝です。
というか、多輝は優一郎不足なんですよね、この頃……。