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「だから優くんのプログラムが……」
半泣きの顔で斎姫が言うのを聞いて多輝は頷いた。
「うん。でもおれが口に出して呪文唱えてるなんていちいち入力したのか?」
傍にいて聞いたならいざ知らず。多輝はそう呟いてからちらりと視線を動かした。いつの間にか透の腕から離れたちなりが珍しそうに多輝の杖をつついているのだ。
「今度作ってやるから。今は待っててくれないか。こいつを、元にもどさなきゃなんねーからな」
ちなりにそう言い置いてから透が静かに視線を動かす。多輝はつられてそちらを見て目を細めた。凍りついた桜はまるで何かを求めるように宙に腕を差し伸べている。ぼんやりとしたその表情はだが、見方によっては泣いているようにも見えた。
「多輝。斎姫を問い詰めてもはじまらねーよ。斎姫の精神からは、優一郎にはプログラムを介してしかアクセスできねーんだから。そうだろ? 優一郎?」
苦笑して透が顎をしゃくる。すると斎姫が泣きそうだった表情をするりと納め、透と似たような笑みを浮かべる。
「姉さん。お久しぶりです」
「ゆういちろ……う?」
ああは言ったものの、多輝はリアルタイムで優一郎と話せるとは思っていなかった。そうだったらいいなと思っただけだ。だから本当は斎姫に八つ当たりしている自覚はあった。なのにいま、斎姫の口から流れたのは優一郎の声なのだ。
「多輝、すまない。だけど、こうして斎姫の身体を借りれる時間は限られているんだ」
多輝は声を詰まらせて首を横に振った。必死で涙を堪えて唇を引き結ぶ。斎姫はしばしそんな多輝を見つめてから透に目を戻した。
「姉さんはさまざま意味で、強くなりましたね。それに比べて僕は……」
そう言って斎姫が苦笑すると透が目を吊り上げる。
「姉さんゆーな! 俺はもう男だ!」
「大丈夫だ、優一郎! 子供を産むと女は強くなるらしい!」
何とか優一郎を励まそうと、多輝は声高に言って斎姫の肩を強く叩いた。すると斎姫が複雑な表情をして深々とため息をつく。
「多輝……。それ、あんまフォローになってないぞ」
そう言って透が額を押さえて力なく首を振る。えっ、と驚きに目を見張って多輝は恐る恐る斎姫にそうなのかと訊ねた。
「いや、多輝。ありがとう」
斎姫が微かに笑む。だがその頬が何となく引きつっているように思える。多輝は腕組みをして首を捻った。よく考えたら優一郎は男なのだ。だが翠を産んだのもやっぱり優一郎で、でもここにいるのも優一郎で、佑も優一郎で……。そう考えた多輝は混乱して頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。足を開いてしゃがんだ多輝にちなりが行儀わるーい、と唇を尖らせる。
「多輝。ぱんつ見えてるぞ。イチゴ模様の」
「わっ」
笑い混じりに透に指摘されて多輝は慌ててスカートを押さえた。くそ、とぼやいた多輝を困ったような顔で斎姫が見下ろす。
「お話し中悪いんだけどさあ。そろそろ昼飯にしない? 良かったらそっちのコたちも食ってってよ」
唐突にドアが開いて順が顔を覗かせる。あー! と巴とちなりが同時に順を指差して不満の声を上げる。多輝はのろのろと立ち上がって斎姫と顔を見合わせた。
「巴、ちなり。親父と何かあったのか?」
そう言いながら透が巴とちなりを見る。二人は顔を見合わせて頷いた。すると順が慌てた声を上げる。
「ヤ、オレは別になにも」
「さっき勝手に部屋に入ろうとしたもん!」
「勝手に入っちゃ駄目だって言ったのに、順様が!」
二人が同時に言ってびしりと順を指差す。順は困ったなあ、と笑って頭をかいてみせた。だがよくよく見ると順はドアを開いているだけで、部屋には一歩も入っていないのだ。
「多輝くん、絵美佳さん? あれ、わたし?」
何度か瞬きをして斎姫が首を捻る。どうやらこれが優一郎の言っていた時間制限らしい。なるほど、と呟いて多輝は斎姫の頭を撫でた。斎姫が不思議そうに多輝を見る。
「木村さん。また、いらっしゃったんですか?」
漸く順の存在に気付いたのか、斎姫は懐かしそうにそう告げた。だがじわじわと表情が険しくなっていく。
「だから昼飯をさあ……って、斎姫ちゃん? 怖い顔してどったの」
へらへらと相変わらずだらしない笑みを浮かべて順が言う。やれやれと腰を上げた透の腕に巴とちなりがぶら下がって歩き出す。多輝は三人について歩こうとして何気なく斎姫を促した。
「絵美佳さん。桜さんを闇色の何かが侵食しようとしていたとき、木村さんがお二人の、巴さんとちなりちゃんの注意をひきつけたんです。偶然にしては、タイミングが良すぎます」
そう言って斎姫がびしりと順を指差す。のんびりと部屋を横切ろうとしていた透がぴたりと足を止めてじろりと順を睨む。だが順はえー、と間延びした声を上げて頭の後ろで手を組んだ。
「なに、オレって悪者? 透ちゃんいないかと思って探してただけなんだけどにゃー」
順は甘えた声で言って唇を尖らせた。透が順をしばし睨んでから背後の桜を振り返る。
「親父。あんたが手引きしたのか?」
順に目を戻して透が簡潔に訊く。すると順は笑みを引っ込めて両手を上げてみせた。
「いや、さっきのは真面目に偶然。だからすぐに退散したしょ?」
そう言ってから順がまただらしない笑みを浮かべてドアを大きく開く。
「いいからメシ食おうよぉ。オレ、腹減ったよー」
うにゃー、と情けない声を漏らして順が腹を押さえてみせる。多輝はじっと順を見つめて目を細めた。何となく妙な感じがするのだ。順が嘘を言っているという訳ではない。それとは全く関係のないところの話だ。
「多輝。どうかしたのか?」
部屋を出ようとしていた透が振り返って問う。多輝は少しの間迷ってからいや、と首を横に振った。はっきりと何かが見えた訳ではないし、ちょっと気になった程度のことだ。そう思いながら多輝は斎姫を促して歩き出した。
「お前らは重要参考人だからな。協力してもらうぞ。多輝。俺らがメシ食ってる間、桜を見張っていてくれ」
「えっ、おれのメシは!?」
振り返って言った透に多輝は叫び返した。心配そうな顔で斎姫が振り返る。
「多輝くん、わたしがあとでなんとかするから」
「そんな……ちょっと待てこらあ!」
多輝の叫びも空しくみんなが揃って部屋を出て行ってしまう。多輝はがっくりとその場に膝をついた。
「……苺、全部食っときゃよかった」
凍りついた桜以外誰もいない部屋に多輝の悲しみの呟きが響いた。
苺……と悲しい気持ちになる多輝でした。
一応、オチがついた感じですね!w