「お口に合いましたでしょうか?」
微笑を浮かべて佑が訊ねる。白銀は困った顔で笑って頭をかいた。
「いや、まだ食べてないんで」
執事が引いた椅子に優雅に腰掛けて佑が不思議そうな顔をする。真向かいの席に腰掛けた佑に思わず白銀は見入ってしまった。
「そういえば、白銀さんは、如月のおじいさまのところにいらしたとお聞きしましたが」
和食のほうが良かったかしら? メイドが注いだワインを片手に佑が首を傾げる。はは、と力なく笑って白銀は頭をかいた。
「俺、賄い飯しか食ってないし」
白銀は要と知り合う前、要の祖父の家にいた。記憶をなくした白銀を引き取って世話をしてくれたのが要の祖父なのだ。だがあの家でも、そして要の家でも白銀は使用人に混ざって食事をしているのだ。
「マナーのご心配をされているなら、気になさらないで、お好きにお食べください。たかが内々のお食事なのですから」
「え、でも」
困惑しつつ白銀はちらりと佑の前を見た。テーブルには白銀の前にだけ食事が並んでいて、佑の前には一枚の皿もない。メイドたちは何故か佑に食事を運ぼうとはしないのだ。
「あの……ええと……吉良瀬さん、は、食べないんですか?」
佑のことをどう呼べばいいか判らず、白銀はどもりながらそう訊ねた。すると佑が穏やかな笑みを浮かべる。
「既に食事を取ってしまいましたので。ご招待しておいて申し訳ありません」
そう告げて佑が軽く頭を下げる。白銀はいえ、とつられて頭を下げた。それから恐る恐る両手を合わせていただきます、と挨拶する。佑に促されるままに白銀はワイングラスを取った。よくは判らないがきっとこれは白ワインとかいうものなのだろう。乾杯、と微笑んで佑が軽くグラスを持ち上げる。乾杯と言えばグラスを合わせるものだと考えていた白銀は、釈然としないものを感じつつも佑に合わせて軽くグラスを持ち上げた。
グラスに口をつけ、舐めるように少しだけワインを含んで何度か瞬きをする。甘い果物の香りがするのにワインはそんなに甘くなく、すっきりとした味で飲みやすい。白銀は感心しながら数口ほどワインを飲んだ。実は朝から飲み物を口に入れておらず、喉が渇ききっていたのだ。
ワインが減ったところでメイドがしずしずと寄ってきて白銀のグラスを満たす。白銀は今度は恐る恐る目の前の皿に手を出した。小さく上に料理の盛られたクラッカーをつまんで口に入れる。
「あ、美味い」
思わず呟くと向かいに座っていた佑がにっこりと笑う。
「良かった……。もし、お口にあわなかったらどうしようかと、思っておりましたのよ」
心底安心したように言って佑がころころと笑う。白銀ははあ、と曖昧に答えて次々にクラッカーを食べた。水代わりにワインを飲むたびにメイドがすっと寄ってきてグラスを満たしてくれる。そのうちに白銀は緊張を解いて食事をとり始めた。
スープやソテーが出てきた後、メインディッシュの魚料理が出てくる。それを食べながら白銀はふと気になっていたことを佑に訊ねた。
「あの、そういえばどうして俺を?」
まさか佑もこんなに美味しい食事をくれるためだけに呼んだのではないだろう。そう思いながら白銀は佑をじっと見つめた。
「単刀直入に申し上げます」
佑が真っ直ぐに白銀を見つめて言う。白銀は慌てて背筋を伸ばして手を膝の上に置いた。
「わたしに、力を貸してくださいませんか?」
上目遣いに白銀を見つめて佑が言う。白銀は驚いて何度か瞬きをした。佑は真面目な顔をしていてとても冗談を言っているようには見えない。目には涙まで浮かんでいるような気もする。
「え、ええと、でも俺、特技とか、ある訳じゃ……」
困惑しつつ白銀は頭をかいた。すると佑がすっと立ち上がって静かに移動する。どこに行くのかと思っていたら、佑は白銀の横の椅子を引いて腰掛けた。膝に乗せていた白銀の手を取って胸に引き寄せる。白銀はどきりとして全身を硬直させた。間近に腰掛けた佑からは微かに花の香りがする。香水かな、と考えて白銀は慌ててその考えを追い出した。
「白銀さんは、ご自身のことを過小評価しておいでです」
「え、でも」
白銀の脳裏に要の罵声が蘇る。能無し、役立たず、最低男。要が罵倒する時に必ずといっていいほど使う言葉を思い出して白銀は肩を落とした。
「そんなこと、ないです」
小声で呟いて白銀は伏せていた目を上げてぎょっとした。佑が悲しそうに目を潤ませている。それを見た白銀の胸がどくんと脈打った。綺麗だと思ってはいたが、こうして近くで見ると佑の美しさがはっきりと判る。肌はきめ細かく傷一つない。身体の線は首筋から肩まで柔らかなカーブを描いている。白銀は佑を見つめて思わずごくん、と唾を飲み込んだ。
「少し、長い話になりますが、よろしいでしょうか?」
そう言って佑がそっと白銀の手を離す。白銀は無言で何度か頷いて佑に握られていた手を膝の上に戻した。テーブルの下に隠れた手をこっそりと何度か握ってみる。ほっそりとした佑の手の感触が残っているような気がする。
食べてください、と促されて白銀は皿に残っていた魚料理を再び食べ始めた。だが隣に佑が座っていて緊張しているからか、味がよく判らない。白銀はそれをごまかすために何度もワインを喉に流した。
白銀は元々、白銀という名前ではなくですね……。
記憶がぶっ飛ぶ前はマトモだったのです……。
今はふぬけになってますけども(要のじいさん曰く)