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水輝が舌打ちをして立ち上がる。慌てて立ち上がろうとした佑を水輝は乱暴に蹴飛ばした。悲鳴を上げて転がった佑の胸を水輝が力任せに踏みつける。
「きゃふっ!」
痛みに声を上げて佑は顔を歪めた。左の胸の膨らみをにじりながら水輝が口許に手をあてがう。指の間に煙草を挟んで手を退けた水輝の口許には嗤いが浮かんでいる。
「生意気な手を使う奴だ。こちらを消すつもりか」
そう呟いて水輝が佑の胸を踏みつけている足に力をこめる。痛みを耐える佑の額にうっすらと汗が浮かぶ。
「水輝さんが望むなら、わたしは消えないわ……」
水輝が足を動かすたびに乳房がぐにゃりと形を歪める。佑は与えられる痛みを堪えながらそう呟いた。水輝が嗤いを浮かべた唇で言葉を刻む。音のない言葉が刻まれた瞬間、佑の耳の奥に甲高い音が聞こえた。微かな物音や自分の呼吸の音、水輝の息づかいの音が全て聞こえなくなる。
水輝がゆっくりと佑の胸から足を退ける。佑がほっと息を吐く間もなく、水輝は振り上げた足で佑の胸を踏み抜いた。一瞬で溶けた器の中に強引に水輝の足が突き刺さる。
「水、輝さん……。わたし……必要無い?」
哀しみをこめて佑は呟いた。すると水輝が首を横に振って嗤う。それを見て佑は目を細めた。耳鳴りが止み、それまで聞こえなかった音が少しずつ戻ってくる。
「調べているだけだ。じっとしていろ」
そう呟いて水輝が足を捻る。言いようのない不気味な感触に佑は唇を噛んで耐えた。
「んんっ! くっ! やあっ!」
襲ってきた衝撃に佑は掠れた声を上げてびくん、と身体を弓なりに反らした。佑の下腹部から灰色に濁った石のようなものが飛び出す。水輝は素早く手を振ってそれをさらった。そこで漸く佑の胸から足を退ける。佑は激しく咳き込んでからのろのろと身を起こした。
指に石を挟んで天井にかざした水輝の口許に嗤いが浮かんでいる。佑は咳の衝撃に浮かんだ涙を拭いながら水輝を見上げた。
『水輝。僕は、要らないのでしょう?』
どこからともなく聞き覚えのある声が響く。嗤いの波動を感じて佑は目を見開いた。間違いなければこれは立城の声ではないのか。驚きの目で水輝を見上げた佑は無意識に石に手を差し伸べた。
「死に損ないが」
くく、と喉の奥で嗤って水輝が目を細める。
「おじさまっ!?」
引っくり返った声で叫んで佑は立ち上がった。手を高くかざした水輝が横目に佑をちらりと見る。再び石を仰ぎながら水輝は薄笑いで応えた。
「これはそのものではないな。あれではあるが、あれではない。……貴様のことだ。たっぷり保険は掛けているんだろう?」
そう言いながら水輝が歪めた唇の端から煙を吐く。
『どうして、僕をそんなに買い被るのかなあ』
再び部屋に立城の声が響く。どことなく苦笑しているように感じられるのは気のせいだろうか。佑は驚愕に目を見張って周囲を見回した。どうしてもこの部屋に立城がいるような気がしてしまうのだ。
水輝が指に挟んだ石は徐々に深く濁り始めている。水輝は嗤って煙草を唇から引き剥がした。
「じゃあ、死ね」
あっさりと言って水輝が指に力をこめて石を砕く。一瞬の出来事に佑は息を止めて空気に砕けて散った石を呆然と見つめた。天井を仰いでいた水輝がやがて笑い始める。最初は小さかった水輝の笑い声は徐々に大きくなった。腹を押さえてしばし大声で笑ってから水輝が息を吐いてゆらりと佑を見る。
「水輝さん、本当にいいの?」
わたしで。消え入りそうな声で呟いた佑を見つめて水輝が嗤う。
「どうした? もうお前を縛るものは何もないぞ?」
まるで佑の問いかけを聞いていないかのように水輝が言う。佑はスカートを強く握りしめて水輝を見つめた。恐る恐る足元を見下ろす。だが砕けて散った石は残骸すら残っていなかった。
「ずっと、怖れてたの。わたしはおじさまが復活するためのただの道具なんじゃないかって。おじさまが復活したら、踏み躙られて消えるんじゃないかって」
いつだったか誰かの言った標の話を思いながら佑は呟くように言った。水輝がのんびりと部屋を横切っていく。机に寄った水輝は短くなった煙草を灰皿にねじ込んだ。煙を吐く水輝の唇は嗤いの形に歪んだままだ。
「だから」
そう言って水輝が佑を斜めに見つめる。佑は目を上げて水輝を見た。少し離れた場所に立つ水輝がやけに遠いところに居るような気がする。
「もうお前は誓約には縛られないと言っているんだ。愛しい雷龍神の許にいかなくていいのか?」
それとももうどうでもいいか。鼻で笑って水輝が新しい煙草を咥える。漸く水輝の言わんとする意味に気付いて佑は愕然と目を見張った。
「誰? それ? ……もしかして、多輝くんのこと?」
「ああ、そんな名だったな」
さして興味もなさそうに言って水輝は指を鳴らした。青白い炎が指先に灯る。揺らめく炎で煙草に火を点けて水輝は美味そうに煙を吸い込んだ。
「多輝くんはただの幼馴染だって、言ったじゃない。それに、本当は女の子なんでしょう?」
「性別などどうでもいいだろう。元々、龍神に性別などありはしない」
淡々と言って水輝は手近な椅子に腰を下ろした。深く椅子に腰掛けながら水輝は煙草をくゆらせている。紫煙が天井に立ち昇る様を佑はぼんやりと見つめた。
「でも、わたしが女以外の性をまとうなんて、想像できないわ」
眉を寄せて考えてから佑はそう答えた。背もたれから身を起こした水輝が頬杖をついてにやにやと嗤う。
「へえ? そうか。どうでもいいか」
楽しそうに言って水輝はじっと佑を見つめた。いつの間にか佑の透明な気配はなりを潜めている。
「あれ、なんだか、眠く……」
くらりと立ちくらみがして佑はその場に膝をついた。のんびりと煙草をくゆらせながら水輝が言葉を継ぐ。
「じゃあ、殺してもいいな?」
机の上にあった小さなオルゴールを手に取った水輝はねじを巻き始めた。机に戻ったオルゴールが細く悲しげな音色を奏でる。佑は手を床について目を細めた。
「水輝さんが望むならもちろ……だめ、わたし、消えたくなっ、水輝さん、早く、殺し……」
佑の意識が暗転する。机の上では陶製の小さな人形がくるくると踊っていた。
佑と水輝の会話は噛み合ってませんw