エロシーンはありません。
陶器で出来たオルゴールの人形がゆっくりと止まる。水輝は感慨のない目でそれを見つめた。音が止まったオルゴールを取り上げて軽く放る。オルゴールは弧を描いて壁に当たって砕けた。床に横たわっていた少年の指が破壊音に反応したようにぴくりと動く。
水輝はゆらりと立ち上がって机から離れた。口の中で言葉を紡ぎながら手を中空に差し伸べる。
「んっ……ここは……?」
掠れた声を漏らして少年が目を薄く開ける。水輝は深く息を吸って嗤った。
「我、力を紡ぎし汝の祖。白銀の力の源よ。我が呼びかけに応えよ」
はっとしたように少年が顔を上げる。水輝の掲げた手の中にどこからともなく銀色の光が帯になって飛んでくる。水輝は現れた銀色の輝きを両手につかみ、右手を引いた。
「おはよう」
にっこりと笑って水輝は身を起こした少年に狙いを定めて右手を離した。空気を切り裂いた銀色の矢が少年の腹に突き刺さる。目を見張った少年は矢に射られて壁に吹っ飛んだ。
「くはっ! みず、きさん、いったい……何を?」
壁に矢で打ちつけられた少年が震える声で問う。水輝は大きな銀色の弓に新しく矢を番えた。右手で弓を引いて少年に笑みかける。
「ちょっと訊きたいことがあってな」
のんびり言いながら水輝は右手を矢から離した。高速で走った矢が今度は少年の足に突き刺さる。少年は仰け反って微かな声を漏らした。銀色の矢の突き立った場所から血が流れている。
「……質問を……どうぞ」
懸命に痛みを堪えながら少年が律儀に告げる。水輝は右手の中に新しい矢を生み出して嗤いを浮かべた。今度は少年の左の足に狙いをつけて弓を引く。
「雷龍神を殺してもいいか?」
引き絞った弓から離れた矢が正確に少年の左腿に突き刺さる。深々と足を貫かれた少年が喉の奥で呻いて仰け反る。
「……それは、宣戦布告と受け取ってよろしいでしょうか?」
険しい表情になって少年が言う。おっと、と笑って水輝は指を鳴らした。目を見張った少年が唇を空しく動かす。だが声帯を抑えられた少年はもう声を出すことは出来ない。水輝はのんびりと新しい矢を番えて弓を引いた。
「ああ、そういえば貴様にはそういう特技もあったな」
嗤って言ってから水輝は矢を射た。鋭い音を立てて走った矢が少年の右の手のひらに突き刺さる。持ち上げようとしていた右手を射られた少年が苦しみの表情をして水輝を睨む。
不意に少年の気配が微かに揺らぐ。転移しようとしているのだ。小さく笑って水輝は軽く力を放ってその力を蹴散らした。のんびりと右手に新しい矢を生み出して番える。次は、と唇を舐めて水輝は無造作に弓を引いた。狙い通りに少年の左手に矢が突き刺さる。
「さすがに的がこれだけ大きいと外さないな」
壁にはりつけにされた少年をまじまじと見て水輝は頷いた。この少年は誓約を司る龍神だ。確か名前は優一郎と言ったか。そんなことを思い出しながら水輝は弓を宝珠の形に戻した。
「ああ、そうか。答えられないだろうから、おれが一方的に喋るとするか」
そう言いながら水輝は優一郎に少しだけ近づいた。さすがは龍神と言ったところか。胴と手足を矢に射抜かれていても鋭い目で水輝を睨んでいる。
「あれが邪魔でな」
あっさりと言って水輝は軽く肩を竦めた。その途端に優一郎が一段と厳しい顔になる。
おことわりします。ころさせません。
唇の動きでそう言葉を刻んだ優一郎を見つめて水輝は小さく笑った。そうか、と呟いて水輝は優一郎にゆらりと近づいた。頭から爪先まで優一郎を眺めてから水輝は喉の奥で嗤った。
「人格は魂に附される標識だ。魂は力を通すフィルターだ。貴様がその理を逆手に取って佑を切り分けていたことには敬意を評してやる」
佑は消えた。二つの人格を抱えていた優一郎の魂には、今はもう佑の影はない。立城の仕掛けた力と共に消えてしまっている。水輝は手の中の銀色の宝珠を見つめて声もなく笑った。肩を揺すって笑う水輝を優一郎が鋭い目で睨んでいる。
ぼくをどうするおつもりですか?
優一郎の唇の動きを読んで水輝は笑ってみせた。急に穏やかな笑みを浮かべた水輝を見つめた優一郎の顔からほんの僅かだけ険が消える。
「貴様は功労者だからな。殺しはしない。これでも感謝はしているんだ」
そう言って水輝は無造作に優一郎の頭をつかんだ。驚きに目を見張った優一郎に顔を寄せ、水輝は囁いた。
「おれを殺してくれた礼もあるしな」
間近で水輝が囁くと優一郎が驚いたように息を飲む。水輝はくっ、と嗤って優一郎から手を離した。
あなたを? ぼくが?
「意外そうな顔だな」
優一郎の唇の動きを読み取って水輝は軽く手を持ち上げた。優一郎を打ちつけられた壁ごと力の檻で囲う。耳障りな音を立てて作り上げられた漆黒の檻を優一郎が慌てたように見回す。
「貴様らは手間隙をかけておれを殺したろう? 人形にとち狂ったおれを、だ」
そう言いながら水輝は右手の親指で自分の左胸を押さえた。
ぼくのせきにんだと?
苦い顔をした優一郎に水輝は軽く笑ってみせた。
「だから言っただろう。感謝していると」
そう言って水輝はゆらりと優一郎の傍から離れた。優一郎が眉を寄せて水輝の姿を目で追いかける。水輝は椅子に腰掛けて机の上に足を放り投げた。
「当分はおとなしくしていろ。食事は運んでやるし、あちらの世話もしてやるぞ」
机の上で足を組み合わせて椅子を揺らしながら水輝は嗤いを浮かべた。優一郎が嫌悪の滲んだ表情で水輝を睨む。
ごめんこうむります
優一郎の唇の動きを読み取って水輝は面白くない気分で肩を竦めた。佑も相当だと思ったが、この少年もやはり真っ直ぐな性格をしているようだ。かたん、と椅子の位置を戻してから水輝はつまらないな、と呟いた。
「まやかしよ、戻れ」
背後から響いた声に水輝はゆっくりと振り返った。檻の中に居た優一郎の姿が砂のように崩れて消える。へえ、と薄く笑って水輝は背後に立つ優一郎を見つめた。
嗤いを浮かべた優一郎の姿が砂のように崩壊していく。水輝は手の中で弄んでいた銀色の宝珠を握りしめた。鋭い息を吐いて右腕を振るう。崩れかけていた優一郎の姿を形成していたものに銀色の刀が突き刺さる。水輝は逆手に刀を握ったまま、ゆらりと振り返った。
「あんまりそれを多用しない方がいいぞ?」
そう告げて水輝は消えかけていた優一郎の気配をその場に引きずり出した。砂と化していた優一郎の姿が瞬く間に実体となる。その胸には銀色の刀が突き刺さったままだ。
「そうですね」
苦しげな表情で囁くように呟いて優一郎が血を吐く。がっくりと脱力した優一郎の身体を水輝は片腕に支えた。
「礼を言おうとしただけなんだがな」
肩を竦めて水輝は失神した優一郎をちらりと見た。腰を上げて優一郎を引きずってソファに近づく。
「虚構の城、か」
ソファに優一郎を放り出して水輝はぽつりと呟いた。優一郎の胸に深々と突き刺さった刀を抜く。ソファごと、優一郎を檻で慎重に囲ってから水輝は部屋を後にした。
佑と優一郎が完全分離しました。
というか、斎姫の機体を借りて喋ってた時点で、優一郎は別だったんですけども!w
一応、シリアスシーンでこの章は終わりです。