「甲斐性あるから、尊敬してるだけだってばさ」
腕組みをして椅子にしっかりと腰掛けなおし、透がしみじみと呟く。へー、と間延びした声を上げて順は天井を仰ぎ見た。確かに渚は周囲のヒューマノイドの誰も不満を抱かない程度には抱きまくっているらしい。そのことを思い出して順はぷっ、と吹き出した。目覚めたばかりで性欲が旺盛になっているとは言っても、渚もよくやる。そんなことを考えつつ、順はちらりと和也を見やった。ポットで沸いた湯で簡単に茶を淹れた和也がティセットを銀色の薄いトレイに乗せてやってくる。ベッドの傍に立ち止まった和也は透と順とを交互に見つめ、少し離れた場所にあった小さな丸いテーブルを強く蹴って無理やり足で寄せた。ベッドの傍に寄せたテーブルにしずしずとティカップを乗せていく。
「オヤジといい、優一郎といい、あのアホ水輝といい、世の中ろくな男がいねーからな」
「その甲斐性なしと血が繋がってるんだけどねぇ、キミは」
和也の淹れてくれた紅茶をありがたく取り、順は苦笑した。茶を淹れた和也がちゃっかりとベッドの端に腰掛ける。
「だから、日々精進してるんだよ!」
「なに? もしかしてキミ、オレに似たらイヤなの?」
驚きの表情を作って順は慄いてみせた。すると透が嫌そうに顔を歪めてテーブルのカップを乱暴にさらう。最後に残っていたティカップを和也がちゃっかり取り上げる。執事が自分のまで淹れるかね、とぼやいてみるが、和也は知らん顔を決め込んでいる。
「オヤジさ。その根拠の無い自信はどこから湧いてくんだよ。あんたに似たいなんて、フツー、考えると思うか?」
「ええっ!? こんなにイイ男なのにぃ!?」
呆れたような透の問いかけに大袈裟に驚いてから、順は言葉を継いだ。
「だって、ロリもショタも熟女もジジイもババアもヤローもいけるなんて、凄いと思わない!?」
おまけにサドマゾもありだよ、と付け足しながら順は指をぴっ、と立ててみせた。紅茶を静かに傾けていた和也が音もなく右手を振る。握り固めた裏拳を肩に食らった順は悲鳴を上げてベッドに引っくり返った。だがしっかりと右手の紅茶だけはキープする。
「さんきゅ。おかげで手、汚さずに済んだ」
和也に礼を言ってから透がそういえばさ、と言う。順は勢いをつけて身体を起こしてから首を傾げてみせた。
「あんた、昨日、運転してた人だろ? 白銀と優一郎の話は無事終わったのかよ?」
「はい。滞りなく」
にこやかな笑みを浮かべて和也が答える。げー、と呻いて順は舌を突き出した。和也が順を見つめて右手をこぶしの形に握る。順は慌てて何でもないです、と早口で言った。
「ふーん。じゃあ白銀はもう要んとこ戻ってるのか」
考えるような顔をして透が言う。すると和也は困ったような顔をして首を傾げてみせた。
「さあ、わたくしはそこまでは……」
「そりゃそーだよねー。こーして抜け出して遊びに来てんだからさあ」
話の輪から外されて面白くない気分で順は呟くように言った。すると和也がにっこりと笑って順を見る。順は慌てて口を噤んで黙って紅茶を啜った。
「待てよ。お前以外にあそこって運転手いるのかよ?」
「あ、そういえばいませんね」
さらっと言ってから和也が困ったように笑う。順は上目遣いに二人を見つめつつ、無言で茶を啜った。簡単に淹れた割には紅茶は美味しい。
「じゃあ、まだ戻ってねーのかよ」
忙しいのに、ったく。苦い顔で言った透に申し訳ありません、と和也が丁寧に頭を下げる。それから和也は顔を上げて首を傾げた。
「お忙しいのですか?」
これだから、と順は内心で呟いた。透が苦い顔をしたままで頷く。
「ちょっとな。情けねー男にはなりたくねーからな」
そう言った透の目に怒りが灯る。おおこわ、と呟いて順は紅茶を飲み干した。タイミングよくティポットを取り上げた和也が順のカップに紅茶のおかわりを注ぐ。
「然様でございますか」
あくまでも慇懃に言って和也が透に頷いてみせる。順は無言を守って熱い紅茶に息を吹きかけた。透もそれなりに紅茶の味が気に入ったのか、和也におかわりを注いでもらっている。
「オヤジ、心配すんな。半殺しですませといてやるから」
それに、必ず勝てるって保証もねー。返り討ちにあうかもしれねーしな。そう言って透がにやりと笑う。それを言いに来たのかね、と思いつつも順はのんびりと笑った。
「まあ、好きにしたらいいんじゃなーい?」
けろりとした顔で言った順を透が不思議そうに見つめる。順は片膝を立てて座りながら毛布を引っ張り寄せた。裸の順の身体にはあちこちに包帯が巻かれている。和也が抱く時に必ずといっていいほど順の身体を傷つけるのだ。昨晩はたまたま手当てする気になったのだろう。包帯の巻かれた足にふわりと毛布をかけて順は首を鳴らした。
「オヤジ、後から文句言うのは無しだぞ」
眉を寄せて不審そうに順を見ながら透が低い声で言う。まさか、と苦笑して順はティカップを傾けた。
「オレだって好きにしてるんだしねー。キミがそうしたいってのを止める理由もないっしょ」
肩を竦めて言ってから順はカップをテーブルに乗せた。
「んじゃ。行ってくらあ。と、そうだ」
腰を上げた透がふと気付いたように言う。なぁにい? と間延びした声で順は訊ねた。
「オヤジじゃねーよ。えっと誰だっけ? 重森さんつったっけ?」
「はい。何でしょうか」
相変わらずの笑みを浮かべて和也がそう返事する。順は立てた膝に肘を乗せてじっと透を見つめた。
「昨日、花畑で車止めてもらった時、あんたにも見えてたよな?」
「と、言いますと?」
そらとぼけた顔で和也が問い返す。すると透は少しだけ眉を寄せた。
「ま、いいや。なんでもねーよ。それから、白銀は早く要んとこに返してやるように優一郎に伝えてくれ」
じゃあな、と言葉を残して透がその場から消え失せる。それを見送ってから和也が立ち上がる。
「慌ただしい子供だ」
「可愛いっしょ。あ、手は出さないでね」
にやにやと笑いながら順は首を傾げた。誰が、と低い声で呟いて和也が手を差し出す。えー、と顔をしかめた順を和也が睨む。順は仕方なくため息を吐いて右手を軽く掲げた。手の中に現れた闇色の宝珠を和也に放る。片手にそれを受け止めた和也の口許に薄い笑みが浮かぶ。
「言っとくけど! 返してよ!?」
「へえへえ」
肩を揺らして笑ってから和也が右手を振る。鋭い息をついた和也の手の中で黒い宝珠が大きな鎌に変化する。柄に飾りの彫られた特徴のある鎌を見つめて順は難しい顔をした。柄の先端には大きな黒の真珠がついている。その真珠は光の角度によっては灰色にも見える。
「オレがいない間、あんまり悪さをするなよ?」
嘲笑を浮かべて言ってから和也がその場からかき消える。何だかなあ、と呟いて順はがりがりと頭をかいた。
渚がめずらしく尊敬されている!!!
と、作者もびっくりしたシーンでしたw