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「やだ」
そう言ってそっぽを向いた多輝に透が更に近づく。
「多輝……」
身を屈めた透が手を伸ばして多輝の背中を指でなぞる。多輝は反射的に背を丸めて息を殺した。
「はぅぅ」
心地のよい軽い痺れが背を伝う。多輝はうっとりした面持ちになって立てていた膝を砕けさせた。皿が多輝の足を滑って傾き、床に滑り落ちる。
「多輝。本当に身体の調子が悪いのなら、抱くぞ」
急に素に戻って透が言う。心配そうな透の顔をぼんやりと見つめて多輝は黙って首を横に振った。床に落ちた皿を拾ってもう一度膝に抱える。
「その身体、機体なんだろう? おまえ、随分無理をしてるように見えるぞ」
「そんなことねえよ」
ぼそりと呟いて多輝はまた苺を食べ始めた。ケーキを食べることに夢中らしく、他の連中は多輝と透のやり取りを見てはいない。多輝はちらりと彼らを見てから透に行けよ、と顎をしゃくった。
「多輝。とりあえず、宣戦布告の意味をこめて、むこうのアジトのあたり一帯凍土にして、蟲を鏖にして、ついでにつっかかってきた淫魔を凍らせて、卵管と生殖器を砕いて来た」
突然、透が淡々と語る。多輝は仰天して何度か瞬きをした。手を止めた多輝をじっと見つめて透が頷いてみせる。どうやら本気で言っているらしい。
「ひでえな。おれでもそこまでしないぞ」
多輝は苦い顔をしてそう呟いた。
「あいつは桜よりも、お姫さんや、優一郎のほうをより恨んでるはずだ。今回の件をなあなあで放置すれば、さらに復讐がエスカレートする可能性がある」
だから、二度とそんな気を起こさないように徹底的に叩くつもりだ。そう言いながら透がさりげなく多輝の隣に腰を下ろす。多輝は黙って苺の乗った皿を透に向けた。透が苺を取って口に放り込む。
「でも……そんなに酷い人には見えない……けどな」
歯切れ悪く言ってから多輝は唇を引き結んだ。水輝の隣に居た頃の紫は幸せそうに笑っていた。その姿を思い出すと、紫がどうしてもそんなことをするようには思えない。だが、昨日のあの桜の異変の原因は紫のようだ。考えを巡らせて多輝は難しい顔をした。
「嫉妬って感情はそれだけやっかいだってことだ」
「ふうん」
自分を基準に相手を測るな。そんな透の言葉に多輝は少し眉を寄せた。
「でも相手は女だろ? 少しは手加減してやれよ」
他にどうとも言いようがなく、多輝はぼそぼそとそう告げた。すると透が呆れたように多輝を見る。だがその顔にはすぐに苦笑のようなものが浮かんだ。
「やっぱ、おまえって可愛いよな。優一郎が羨ましいよ」
「そりゃあ、人の頭にはさみを突き刺すお前よりはな」
以前、まだ透が絵美佳だった頃のことを思い出して多輝はうろんな眼差しをしてそう言い返した。するとくすくすと笑った透が多輝の背を軽く叩く。
「あの頃はほんとにすまなかったな。言い訳にはならないかもしれないが、あの頃の俺やおまえって本来、向いていたのとは違う性別を纏わされていたせいで、歪みが発露していたんじゃないかと思う」
「ああ、何か優一郎も前に似たようなことを言ってたな」
結局、絵美佳は透として、多輝はこうして女の性をまとっている。だが多輝はそのことを特に不思議には感じていなかった。例えそこにどんな力が働いていたとしても、当り前にこうなっていたような気がする。
皿から取った苺を口に放り込んだ透が口許に薄い笑みを浮かべる。優一郎が見せる表情とは随分と違うのに、何故か似て見えるのはやっぱり長い間一緒に暮らしていたからだろうか。
「俺やおまえは、片方の性に拠ることができる分、逆に今は両方の性の宿体を上手く使えるようになったんだろうな」
「ああ、そうか。男に変わればこのうざい格好から逃れられるのか」
やっとそのことに気付いて多輝はぽん、と手を叩いた。途端に透が慌てたように多輝の肩を押さえる。多輝は不思議に思って肩を押さえる手と透とを見比べた。
「おまえ、女の状態で魔法を使うのと、男の時と、どっちが戦闘力高い?」
「さあ。比べたことないしな」
そう言って多輝は首を傾げた。心なしか透の頬がひくひくと引きつっているような気がする。だが別に魔法が必要なら、その時に女になればいいだけの話だ。そもそも女になっている時は我慢し続けているだけに、ちょっとした拍子に身体が疼くのだ。ヒューマノイドの特性だから仕方ないとは思うのだが、焦れ続けているのも気持ちが悪い。
「はっきり言うぞ。男の時のおまえは問題外だ。それに、俺や優一郎がなんでここにおまえ達を集めて、まとめて護ろうとしてるかわかるか?」
「さあ」
そもそも説明を受けてないのだから判る筈がない。多輝はきっぱりと言ってしかめ面になった。どうもさっきから透がやけにしっかりと肩をつかんでいて、なんだか変な気分なのだ。
「おまえ、俺がとった攻撃を酷いって言ったな? だけどな、先にそれをやってきたのは敵だ。治療中で無防備な桜を狙ったように、また、弱い者を狙ってくるだろう」
真剣な顔をして透が言う。それを聞いた多輝はなるほど、と呟いた。
「弱点を狙われるってことか」
確かにここに集められた者たちはそれぞれが誰かの弱点だろう。ケーキに舌鼓を打っている連中を見つめて多輝は頷いた。
「あのお姫さんは、力は強いが戦う事はできない。翠は、頼りになるのかしれないが何考えてるかもわからん。戦力として確実に計算できるのは、女のおまえだけなんだ」
「だから男になるなってか」
そう呟いて多輝は少し顔をしかめて透の手を退けた。やっと多輝の肩をつかみ続けていたことに気付いたのか、透が慌てて手を引っ込める。多輝はため息を吐いて壁に寄りかかった。
「すまん。もしかして、性感負荷をかけていたか?」
心底、申し訳なさそうな顔で透が言う。多輝は別に、と呟いて身体の力を抜いた。特に珍しいことではない。この手のことはよくあることだ。
「気にするな。いつものことだし」
苺をつまんで口に放り込む。甘酸っぱい苺の香りを十分に味わってからそっと喉の奥に落とす。こうして好物でも食っていれば気が紛れるだろう。
「とりあえず、できるだけ早くカタをつけるつもりだが、長期戦になる可能性もある。できるだけストレスを溜めるな。できたら、斎姫がやってるように、こまめにオナっておけ」
そう言いながら透が立ち上がって皆のいる台に近づく。多輝は口に苺を放り込んでぼそりと呟いた。
「……んなもんで解決するようなことなら、とっくにやってる」
賑やかな声の響く部屋の片隅で多輝はしばしうずくまっていた。
多輝は深刻な優一郎不足中。