エロシーンはありません。多分。
「如月の御大の件でしょう? あの話は、あたしは危険だと思います」
それまで控え目にしていた祐が立ち上がっておずおずと言う。え、そうなの? と渚は祐を見た。如月の御大、と祐が言い表したのは如月要の祖父だ。
「如月老は出資と引き換えに、役員の受け入れを求めていたはずです。道代さん、そうでしたよね?」
そう言って祐が道代に話を振る。役員、と渚は口の中で呟いた。
「祐さんの言う通り、如月氏はむこうの提示した人員をわが社に役員として受け入れることを、出資の条件となされています。特殊な環境である我が社に、社外から役員を受け入れることは不可能だと思い、前回の提案はお断りしました」
淡々と告げる道代の言葉に渚はいちいち頷いた。確かにこの会社は他の会社とはまるで違う。何しろ社員の殆どがヒューマノイドなのだ。そんなところにいきなり社外から、しかも役員として誰かが入ってくるのはかなりの無理がある。
「前回はってことはぁ、道代っちは今回は検討することにしたってことでしょ? なんで?」
相変わらず股間を弄りながら波絵が呑気に言う。渚は眉を寄せてじっと考えを巡らせていた。無意識に難しい顔になった渚を道代がちらりと見る。
「今回の提案は向こうの提示した人員をわが社に受け入れるという点では、前回とかわりがありません。しかし」
そこで言葉を切って道代が深く息を吸う。
「受け入れる人員を、二十代半ばまでの女性に限ること。受け入れにあたってヒューマノイド化を施すこと。以上二点の条件を先方が飲んでもいいと言ってきたのです」
前回、お断りしたときに、無理だろうと思って断りの口実のために言ってみたのですが……。そう続けてから道代が唇を引き結ぶ。気まずい空気の流れる中、渚は軽く右手を上げた。
「質問。それであのおじいちゃんは幾らくれるって言ってるの?」
一度だけ、いつだったかの会合で見た如月の老人のことを思い出しながら渚はそう訊ねた。人の良さそうな小柄な老人は、見た目に反してやけに鋭い気をまとっていた。あれは只者ではない。それが渚の如月の老人に対する印象だ。
「これだけです」
そう言って道代が指を一本立てる。そう、と呟いて渚はがたんと立ち上がった。
「波絵! 縦一メートル、横二メートルのこの国の地図を用意なさい!」
唐突に声を張った渚に波絵が驚いた顔をした後、慌てて頷いて部屋を駆け出す。続いて渚は道代に指を向けた。
「道代! 同じサイズのコルク板を用意なさい! サイズが足りなければ継ぎ足せばいいわ!」
一瞬、呆気に取られたような顔をした道代はだが、頷いて慌ただしく部屋を出て行く。最後に残った祐に渚はびしりと指を向けた。
「祐ちゃんはダーツの……ほら、投げるやつ。あれ、用意して!」
「はっ、はい!」
頷いた祐が忙しく部屋を後にする。
やがて三人はそれぞれ言いつけたものを抱えて部屋に戻ってきた。渚はてきぱきと指示をし、壁にまずコルク板を貼り付けさせた。その上に同サイズの地図を張る。最後に祐の差し出したダーツの矢を受け取って渚はゆらりと机の前を離れた。
地図の貼られた壁からきっちり五メートルほど離れたところに渚は少し足を開いて立った。目を閉じて意識を集中する。閃きを感じたところで渚はかっ、と目を開けて鋭く右手を振った。ダーツの矢が小気味のいい音を立てて地図に刺さる。
「波絵! 矢が刺さった場所の拡大地図!」
「はい! えっとぉ、案外近いですねぇ」
地図を覗き込んだ波絵が頷きながら渚を振り返る。渚はさっきと同サイズの拡大地図を波絵に用意させた。張り替えられた地図の前で渚はまたじっと目を閉じた。再びかっ、と目を開いて矢を放つ。渚は慌ただしく地図に駆け寄って矢の刺さった場所をびしりと指差した。
「この……ええと」
渚は眉を寄せて地図に顔を近づけた。精密な地図には付近に建てられた店などの名までが入っている。
「スーパー牧原ね!」
きっぱりと宣言して渚は三人の顔を見回した。だが三人は訝りの表情をしてしきりに首を傾げている。
「ここが……、何か?」
恐る恐る発言したのは道代だ。渚は腕の時計を見つめてから、力強く頷いた。
「今日の午後三時二十六分十七秒、汚い黒いジャンパーとゆるゆるの白い綿パンツを身につけて、薄汚い緑色の帽子を被って、無精ひげを生やしてて、肌の浅黒い、身長一六七センチ、体重六十四キロ、爪長いわねちょっと」
そこまでずらずらと言ってから渚は一旦、深く息を吸った。それまで不思議そうな顔をしていた三人が訳がわからないという顔でお互いの顔を見る。
「その、あまりお近づきになりたくなさそうな服装の方が、何か?」
また代表して道代が恐る恐る言う。渚は頷いてから言葉を継いだ。
「奥さんに逃げられてちょっと切なく背中の曲がった、件の中年男性の後ろに並びなさい!」
きっぱりと言って渚は深呼吸をした。集中しすぎたためだろうか。少し息切れがする。
「預言、ですか?」
祐が小声で言う。渚は右手をかたく握りしめて天井を仰いだ。
「決まってるわ! 宝くじよ!」
大声で言った渚を三人が驚いたように見つめる。渚は地図をびしりと指差してみせた。
「あのぉ……一億や二億の金でぇ、なんとかなる問題なら、アダルトグッズ通販でなんとかなってますてばぁ……」
おずおずと波絵が言う。渚はぎらりと波絵を睨みつけた。
「足りなければ競馬や競艇もあるわ!」
要するに足りないならかき集めればいいのだ。そう言って渚は力いっぱい頷いた。
「でも、とりあえず、目先の三億も大事ですっ! そこで当たるんですね! ただちに部下を一名派遣します」
きっぱりと言って道代が股間を探って通信し始める。
「前後賞もあるから最低でも十枚買うのよ!」
そう言ってから渚は大きく息を吐いて緊張を解いた。肩を揉み解しながら机に戻る。波絵が壁に貼り付けた地図やコルク板を片付け始める。祐は渚に近づいて肩を揉み始めた。
「あの、渚さん。大前さんがおっしゃってる金額って一兆なんですけど……」
「まあ、いいじゃない。どんどん当てればそのうちその金額になるわよ」
おずおずと言った祐を振り返って渚は笑ってみせた。
「不可能です。ギャンブルも経済活動の一環であることはおわかりですか?」
真面目な顔で祐が言う。渚は難しい顔をして振り返った。
「……そうねぇ。ちょっとやっぱりセックスは控えようかしら」
力なく告げて渚は机に向き直って頬杖をついた。渚の肩を揉みながら祐がため息を吐く。確かにここのところ、ヒューマノイドを抱き壊しすぎた感がある。
「それはっ」
「渚さんっ」
「結論はぁ、待ってくださーい」
道代と祐、波絵がそれぞれに言う。渚は力なくため息を吐いて遠くを見つめた。会社の中身のことは良く判らないが、もしかしたら自分は激しく会社の金を消費しているだけなのではないだろうか。そんな気がしてくる。
「私たちには性行為が必要不可欠です。ヒューマノイドの維持コストを考えても、事業のプランはしっかりしています。来期には、年商二兆円、純利益一兆円も夢ではありません」
道代が胸に手をあてがって真剣な顔で訴える。そうなのよねえ、と呟いて渚はぼんやりとした目をしてため息を吐いた。
「ここでばーんと派手に鉱脈でも掘り当てて」
落ち込んだ渚が現実味のないことを吐いた時、スーツのポケットから聞き慣れたメロディが聞こえてきた。疲れた顔で携帯電話を取り出した渚は表示された公衆電話の文字に首を傾げた。今時、まだそんなものを使う者がいるのか。そんなことを思いながら頬杖をついたまま電話に出る。
「はい」
どうせ間違い電話だろう。知り合いはみな、携帯電話を持っているし、ヒューマノイドは専用回線で連絡をしてくる。例え家にある電話を使っても番号は登録されていて相手の名前が電話に出る前に表示されるのだ。
『よお。久しぶりだな』
だらけた格好で電話を耳に押し付けていた渚は目を見張って息を飲んだ。
最後に謎電話で終了~!