エロシーンはないです。
かつてのクラスメイト、奈月の隣の席に座っていた克人という少年は元々はハンターだった。だが水輝から夢魔としての力を分けられた結果、淫魔と呼ばれる者になった。多くの者を巻き込んだ騒ぎを引き起こした克人は、やがて紫と共に姿を消した。
「いや。一つ一つはよわっちいが、さっきのは龍神だったみたいだ」
そう言いながら多輝は屈みこんでそっと手で床を撫でた。すると多輝の撫でた場所から木の根が現れる。細い木の根には龍神の持つ宝珠が絡まっていた。
「あのクソオヤジ……」
憎々しそうに呟いて透が宝珠を取り上げる。
ふと、部屋のドアが開いて斎姫が姿を現す。どうやら揺れる屋敷の中を必死で移動してきたらしい。着ていた服のところどころは裂けている。
「みんな! 大丈夫!?」
そう言いながら斎姫が心配顔で部屋に駆け込む。多輝が平気だと片手を上げ、透が手の中の宝珠と斎姫とを見比べる。
「こっちは全員無事だ。あんたのほうこそ大丈夫なのか?」
透が声をかけると斎姫は慌てたように服の裂け目を手であわせようとした。だが裂け目が多すぎて隠し切れないようだ。
ぐが、と妙な声を漏らした後、翠が目を擦る。奈月はぱっと顔を輝かせて翠を見下ろした。む、と呟いた翠が目を開ける。
「翠さんっ!」
まだ寝ぼけているのか、ぼんやりとした顔をしている翠に奈月は抱きついた。すると奈月の背後で多輝が呻く。
「てめぇ、このクソ忙しい時にがーがー寝てやがって……」
肩を怒らせて多輝が目を吊り上げる。奈月は慌てて庇うように翠を抱きしめた。何故かまだ翠は桜の格好をしていて、抱きついた奈月の首筋に腕を回して胸元に顔を擦り付けている。
「多輝。おまえは斎姫の傷を確認してやってくれ。俺がするよりいいだろう」
「お、おう」
透に言われた多輝は慌てたように返事をして斎姫に駆け寄った。そんな多輝を目で見送ってから透が静かに奈月に近づく。翠はしばし胸に顔を擦ったことで気が済んだのか、奈月の膝に頭を寄せてまた横になった。
「おい。また寝る気か?」
呆れたように透に言われた翠が閉じかけていた目を開ける。
「今は昼寝の時間だ」
そう言ってから翠はふと目を動かして荒れた部屋の様子を見てから透をじっと見つめた。
「お姫さん、震えてたぞ」
「わ、わたしは……」
透に指差された奈月は口ごもって俯いた。すると必然的に翠と間近で目が合ってしまう。
「すまない」
平然とした面持ちのまま、翠が詫びてみせる。奈月は慌てて手を振ってみせた。
「そんな! 翠さんのせいじゃありません。わたしがしっかりしていないから……」
泣きそうな顔で奈月はそう言った。すると翠がしばしじっと奈月を見つめ、次に透を見つめる。それからまた翠はじっと奈月を見つめた。首を傾げてから少しだけ眉間に皺を寄せる。そんな翠の反応にいらついたのか、透は呆れたようなため息を吐いてその場から離れてしまう。
「多輝、斎姫の傷は? 内部メカまでイってないだろうな?」
声を張りつつ、透が多輝たちのいる所に向かって行く。奈月は何となくほっとしたものを感じて翠に目を戻した。翠はまだ首を傾げている。その瞼が時々、ぴくぴくとしているのは、もしかしたら眠らないように無理をしているからだろうか。
「翠さん、無理しないでください……。わたし、だいじょうぶですから」
そう言って奈月は空元気で胸をこぶしで軽く叩いてみせた。翠がじっと奈月を見つめてから首の向きを戻す。それから翠は黙って起き上がった。その場にゆらりと立ち上がった翠が静かに部屋の入り口に向かって行く。奈月は慌てて立ち上がって翠に駆け寄った。
「翠さん、何処へ?」
そう奈月が声をかけると翠はぴたりと足を止めた。翠の動きに驚いたのか、それまで話し込んでいた彼らも黙っている。翠は無言のまま、部屋のドアを開けた。
「うわっ!」
焦った声を上げて順がよろける。どうやらドアに寄りかかっていたらしい。あははは、と空笑いしてから順は頭をかいてみせた。奈月は訝りの目で順をじっと見つめた。翠はドアを開けて気がすんだのか、部屋の奥に戻っていく。
「ヤ、そんな怖い顔しない……うお!」
奇声を上げて順が素早く身を捻る。奈月の横を過ぎ、順が避けたのは壊れた棚の天板だった。奈月が慌てて振り返った先に、仁王立ちになった透がいた。
「オヤジ。これはなんだ?」
そう言って透がつかんでいた宝珠をずい、と突き出す。順は大袈裟に驚いてみせてから、透の持つ宝珠を指差した。
「ほーじゅ」
「宝珠って、誰の……!」
真剣な顔で奈月は訊ねた。
「え? 水輝ちゃん」
悪びれることもなく、さらっと順が言う。するとその場にいた多輝や由梨佳、斎姫たちが驚きの声を上げる。
「水輝さん?」
ぱっと顔を輝かせて奈月は順の視線を追って振り返った。だがそこには水輝はいない。宝珠を握った透が厳しい顔をして立っているだけだ。
「あの、茜さんっ!」
奈月は怒りに震えながら順を睨みつけた。順は呑気に煙草を揺らしながら笑っている。
「え、だってくれたんだもん。ま、水輝ちゃんのってゆっても、いっぱいあるんだしさあ。別にそんな目くじら立てるよーなことでもないっしょ?」
だらしない笑みを浮かべて順が首を鳴らす。のんびりとした順とは対照的に、奈月たちのいる部屋には緊張した空気が漂っていた。
「違います。これは、水輝さんの宝珠じゃありません!」
奈月は透の握る宝珠を見つめて声を張り上げた。えー、と順が不服そうに声を上げる。
「誰のものでもない宝珠なんて、そんなもの有り得ません!」
力をこめて奈月が言い放った瞬間、部屋の中はしんと静まり返った。順の咥えた煙草の先で火が燃える音が聞こえてきそうなほど静かだ。
「えっと、あの、わたし、へんなこと言いましたか……?」
不安に駆られて奈月はその場にいる皆を見回した。不意にけたたましい音が間近でする。見ると順が半開きになったドアを目一杯蹴飛ばしていた。
「客だ」
不機嫌な顔で吐き捨てて順が透に顎をしゃくる。場所を譲った順の代わりにひょっこりとドアから顔を覗かせたのは一人の少女だった。その後ろから女性が顔を覗かせる。
奈月が順の逆鱗を踏みましたw