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「ヤダ。お取り込み中?」
部屋の中を覗きこんで言った女性の名は笹塚学。その手前にいるのは文というヒューマノイドだ。
「学さんっ」
奈月は学に駆け寄って抱きついた。おお、よしよし。そう言いながら学が奈月をぎゅっと抱き返して頭を撫でる。すると学の傍に立っていた文が眉間に少し皺を寄せて咳払いした。
「姫君。今は学さまに甘えてらっしゃる場合なのですか?」
そう言って文がさりげなく奈月を学から引き剥がす。奈月はうなだれて文に詫びた。どうも学や渚にはついつい抱きついてしまう。もしかしたら年上の女性ということで甘えたくなるのかも知れない。そんなことを考えてから奈月は首を傾げた。学の場合は淫魔の王であり女王なわけで、女性というには少々語弊があるような気がしなくもない。
「お忙しいところ、ごめんなさいねぇ。ええと、入ってもいいのかしら?」
今度は学が言って首を傾げる。さあね、と機嫌悪く答えた順はさっさと部屋から離れていった。
「よっしゃあ! 姫さん、よくやった! つーか、禁じ手のような気がするけど、確かに存在自体が禁じ手のような気もするからオッケーオッケー」
唐突に透がそう言って握りこぶしを作る。慌ただしく透が駆け寄ったのは桜だ。透は機嫌のいい顔をして桜を解凍している。奈月は不思議に思いながら首を傾げた。
「あーのー……入ってもいいの?」
困ったような顔をして学が呟くように言う。
「あっ、はい。大丈夫だと思います」
「そ、そう? じゃあお邪魔しまーす」
小声で言いながら学が部屋に入る。やけにはしゃいでいる透や他にいる彼らを眺めてから学は深々と息を吐いた。
「……かなりヤバイわねー……」
ごくごくささやかな声で呟いてから学が疲れたように首を横に振る。
「あの、わたしのせいでしょうか?」
半分泣いている顔で奈月は小声で訊ねた。部屋の中にぼんやりと佇んでいた翠の姿が急に滲み、次いで見慣れた幼い姿の翠が現れる。翠は小走りにかけて奈月にぎゅっと抱きついた。
「いやー……まあー……なんていうかー」
意味のない言葉を重ねながら学が頭をかく。その顔は珍しく本気で困っているようだった。
「あの! 言って下さい……」
涙の浮かんだ目で学を見つめて奈月は懸命に訴えた。すると学が心底疲れたように力なく首を振る。
「とりあえず、すまないんだけど、匿ってちょうだい」
そう言って学が深いため息を吐く。その横にいた文は静かな表情で頷いている。
「姫君。くれぐれも立場をお忘れなきようにと、申し上げたのを覚えていらっしゃいますか?」
静かな表情のまま、文がそう告げる。奈月は困惑に顔を歪めて唇に指を当てた。特に何かした覚えはないのだが、もしかして無意識に何かしてしまったのだろうか。
「綸言、汗の如し」
「あー、ええとねぇ。まあ、何て言うか、ここが一番安全だと思うのよね」
文の冷ややかな言葉に被せるようにして学が言う。するとそれまで桜の解凍作業に徹していた透が顔を上げて訝りの表情になる。
「こっちとしちゃあ、戦力増えるのは有り難いが、なんかあったのか?」
学が深々とため息を吐く。こんなに難しそうな顔をしている学を見るのは初めてだ。学は疲れた顔で部屋に集う彼らの顔を見回してから告げた。
「多分、次はアタシだと思うのよ。殺されるの」
学がそう言った瞬間、部屋の中の空気が凍り付く。次。奈月はそう口の中で呟いた。文がそんな奈月を冷ややかな眼差しで見る。
「そんなこと、させません!」
声高に叫んだ奈月を学が横目に見る。
「誰に?」
呟くように問われた奈月は口を手で覆って目を見張った。
「おい、待てよ。次って桜は死んじゃいねーぞ。ほら」
そう言いながら透は目の前の桜を指差してみせた。氷が溶け、桜の手がぴくりと動く。だが桜はまだ意識を取り戻してはいないようだ。
「いや……ちょっと待て……」
ずっと黙り込んでいた多輝が蒼白な顔で呟く。その横では斎姫と由梨佳がやはり緊張した顔で唇を引き結んでいた。
「要の様子がおかしい」
彼らは独自な通信方法で連絡を常時取っているらしい。そのために三人にはここにはいない要の状態も判るのだろう。
「メンタルトラブルだわ。すぐに回収しなきゃ!」
「悪い! すぐ戻るから!」
そう言った多輝がカードを放り上げて魔法を放つ。瞬く間に三人の姿が部屋からかき消えた。奈月は口を手で覆ったまま震え始めた。一体、何が起こっているのだろう。
「ここよりもガッコの地下のほうがいいな。とりあえず、荷物まとめるから、桜の解凍作業の残りはアンタがやってくれ」
そのほうが桜も喜ぶだろうしな。そう言って今度は透がちなりと巴を連れて部屋を出て行ってしまう。奈月は言われるままに桜に近づいた。
「ねえ奈月ちゃん」
桜の傍に屈もうとしていた奈月に学が声をかける。奈月は慌てて顔を上げて学を見た。翠はじっと奈月に抱きついたままだ。
「あの、学さん……誰なんですか?」
泣きそうな顔で奈月はそう訊ねた。学が静かに奈月を見つめて呟くように答える。
「何が?」
そう言った時の学の顔にはいつもの優しそうな表情はなく、かたく強張っていた。隣に立つ文もどことなく緊張した面持ちになっている。
「さっき、わたしに訊ねましたよね? 誰に、って。学さんを狙っている相手って、誰なんですか?」
「誰だと思う?」
奈月の問いかけに学が抑揚のない声で言う。奈月は横たわる桜と学とを交互に見つめた。
「誰も……疑いたくないです」
「でもきっと答えは出ているんでしょう?」
静かな声音で言って学は唇を引き結んだ。奈月はその場に屈んで抱きついている翠をぎゅっと抱き返した。
「水輝さん……ですか?」
学は答えなかった。じっと黙って奈月を見つめている。その目は静かで感情はないように見えるのに、何故か見つめられた奈月は自分が責められているように感じた。
学も甘いのでw 責めまくることは出来ません。