穴という穴に精液を注がれ、龍宝珠さえも全て犯された白銀ははしたない声を上げながら消えた。疲れた顔をした水輝はため息を吐いて佑に触れようとしたが、後少しで触れる、というところで手を引っ込めてしまった。哀しい顔をした佑に詫びた後、水輝はふらりと出かけていった。
戻った水輝と遅い昼食をとっていた時に異変は起こった。食堂は広すぎるということで、壁にたくさんの本の詰まった書斎で食事は簡単にとろうということになった。
作らせたサンドイッチを食べていた水輝が突然、激しく咳き込んで血を吐く。水輝に寄り添っていた佑は真っ青になった。
「水輝さんっ!」
慌てて佑は水輝の背を撫でようとした。だがその手が触れる前に水輝が力なく首を振る。
「いい。大丈夫だ」
そう言って水輝は唇から流れた血を服の袖で拭いながら身を起こした。佑はおずおずと手を引っ込めて床に落ちたサンドイッチを拾い上げた。紙に包んで落ちたサンドイッチをごみ箱に葬る。
「……その手で来たか……」
低い呻くような声で呟いて水輝が喉の奥で嗤う。佑は不安を覚えながら静かに水輝の傍に戻った。
「いったい、なんだったの? 大きな力が、水輝さんを……」
そこで言葉を切って佑はぶるりと身を震わせた。不気味な力が水輝を包み込んだ後、水輝の胸に吸い込まれてしまったのだ。水輝はその直後、血を吐いてしまった。
「どうやらここに居ても多少は影響されるらしいな」
そう言いながら水輝が血の残った唇を舐める。それから改めて水輝は皿の上のサンドイッチを取り上げた。その手は血に濡れている。
「誰がやったの?」
「主龍神だ」
佑の問いかけに水輝は即座に答えた。血に濡れた手でサンドイッチをつかんで食べる。指についたパンくずを唇で取り、次のサンドイッチに手を伸ばす。佑はそんな水輝をじっと見つめていた。
「水輝さん……力が……」
「ああ。多少、削がれたな」
平然と答えて水輝が紅茶の入ったカップに手を伸ばす。カップに口をつけたところで水輝は顔をしかめた。どうやら熱かったらしい。佑は慌てて身を乗り出して水輝のカップの中に細い息を吹きかけた。ありがとう、と礼を言った水輝が今度はゆっくりと紅茶に口をつける。
「多少なんてものじゃないわ! 酷い……どうしてこんな」
そう言って佑は厳しい顔をした。水輝の中にあった力はかなり減ってしまっている。水輝はそうか、と呟いて紅茶を啜った。それから深い息を吐いて苦笑を浮かべる。
「おれが気に入らないんだろう。少しやり方を変えた方が良さそうだな」
握っていたサンドイッチを見る間に片付けた水輝が紅茶を啜りながら目を細める。特に怒っている風でもない。それを見た佑は困惑に顔を歪めた。
「水輝さん、言ってたわよね? いずれ、わたしが主龍神になるって。でも、そんなこと関係無いわ。わたしは許さない」
佑は怒りに目を吊り上げて低く呻くような声で言った。水輝がちらりと横目に佑を見てからそうだな、と呟く。
「だが今は無理だ。翠龍神が奴の傍にいるからな」
あっさりと言って水輝は紅茶を飲み干した。水輝がポットに手を伸ばしたのを制して、佑はポットを取り上げた。水輝のカップに静かに紅茶のおかわりを注ぐ。
「翠龍神?」
「何だ。現主龍神を許さないという話じゃないのか」
紅茶の満ちたカップを取り上げて水輝が言う。佑は静かにポットをテーブルに戻した。
「翠龍神は、今は存在しないっておじさまに聞いたことがあるわ」
「へぇ。じゃあ、あれは違うのか」
そう呟いて水輝が紅茶に息を吹きかけて冷ます。だが湯気の立つ紅茶をすぐに飲むことは諦めたのか、水輝はカップをテーブルに戻してソファに寄りかかった。
「主龍神は、天に聳え立つ城、白琅渉のところに住んでいるのよね?」
「いや。違うな……ああ、そうか」
一旦は佑の言葉を否定してから水輝が納得したように頷く。
「翠という名の龍神がくっついているモノが主龍神、月の龍神だ。ここではないところにいるがな」
それを聞いて佑は首を傾げた。
「月の龍神?」
頭痛を覚えて佑はこめかみを押さえた。何か、大事なことを忘れている気がする。懸命に記憶をたぐって佑ははっと我に返った。水輝はじっと黙って佑を見つめている。
「とにかく、その月龍神を討てばいいのよね?」
「ところがそう事は簡単にはいかないんだ」
ソファに深く寄りかかって水輝が言う。水輝の話を聞いているうちに佑は無意識に息を殺していた。月の龍神の名は奈月。彼女はかつて水輝と共にいたのだという。互いを好きあって一緒にいたのだという話を聞いた佑は胸を締め付けられる思いがした。淡々と語る水輝が時折、気遣うように佑を見る。そのたびに佑は大丈夫だと水輝に頷いてみせた。
「どうして、水輝さんはそのひとと別れることになったの?」
「食いたくなったからかな」
ぽつりと呟いてから水輝が薄い笑いを口許に浮かべる。それを聞いて佑は首を傾げた。
「そのひとの事、好いていたんじゃないの?」
「そうらしいな」
そう答えて水輝が腰を上げる。ゆっくりと机に近づいていく水輝を佑は目で追いかけた。水輝はポケットから煙草を出して唇に咥え、火を点けた。机に寄りかかったまま、煙草をくゆらせる。
「今は好きじゃないってこと?」
「記憶があるだけで、おれにその実感はない。おれにとってはその時の記憶はまやかしのようなものだ」
小さな声で問い掛けた佑に水輝がさらりと答える。まやかし、と呟いて佑は口許に手をあてがった。
「水輝さん、もし、わたしのことを食べたくなったら言ってね。わたしは水輝さんに逆らったりしないわ。命じてもらえれば……」
真剣な顔で佑はそう告げた。すると水輝が苦笑して首を横に振る。拒絶されたのだと感じた佑は悲しい顔をした。だがすぐに水輝が違う、と告げる。
「お前を食べたくないという訳じゃない。あれは元々はおれだ。おれがおれを取り戻すのに何か不都合があるか?」
そう言って水輝が首を傾げて佑をじっと見つめる。
「なんとなく、わかってきたわ。水輝さんは嵌められたのね」
「さあ、それはどうだろうな」
人の悪い笑いを浮かべて水輝が天井を仰ぐ。佑はつられて天井付近を見て慌てた声を上げた。いつの間にか天井近くにふわふわと子供が漂っている。あの時に見た少年だ。頭に小さな角の生えた少年がにっこりと笑っている。
そろそろ亡霊が復活します。