エロシーンはありません。
「まさか! おじ……さま?」
驚きに目を見張ったまま、佑は真っ直ぐに少年を見つめた。幼い姿にはなっているが、この子供は立城に余りにもよく似ている。
『佑。幸せにしてるかい?』
穏やかな微笑みを浮かべて少年が言う。間違いない。この子供は立城なのだ。そう確信して佑は思わず立ち上がった。
「待って、おじさまは水輝さんに、封じられて砕かれて……あれ?」
再び頭痛に襲われて佑は額を押さえた。黙って煙草を吸っていた水輝がふと声を投げる。
「嵌められたと佑が言っているんだが、おれは嵌められたのか?」
薄い笑いを浮かべて水輝が問う。天井付近を漂っていた立城が困ったように笑って肩を竦める。思考の切り替わった佑の頭からは次第に痛みが薄れていった。
『半分正解。水輝。彼女をきみにあてがったのは、確かに僕だからね』
「だそうだ」
立城が言った後にそう付け足して水輝が佑を見やる。佑は視線を感じて目を上げた。
「半分って、どういうこと? おじさま!?」
聞いたばかりの話を何とか頭の中で整理しつつ佑は声を上げた。苦笑を浮かべた立城が佑を見つめる。
『佑。きみの記憶と現実のずれ。それがそのまま、僕の誤算』
そう言って立城が佑を指差す。佑は言われた意味が判らず首を傾げた。
「おじさま! もっと解りやすく説明して!」
声を張った佑を立城が困ったような顔で見つめ、次いで水輝を見る。だが水輝は知らん顔をして煙草をふかしている。
『水輝。まだ、返品は受け付けてるよ』
笑い混じりに立城が言う。すると水輝はのんびりと煙草を吸って煙を細長く吐き出した。
「それは以前のおれに言え。……いや、今でも変わらないのか」
独り言のように呟いて水輝はまたそっぽを向いて煙草を吸い始めた。
「やっぱり、わたしはおじさまの保険なのね」
そう言った途端に激しい頭痛に襲われる。佑は頭を押さえてソファにへたり込んだ。困った奴だな、とぼやいた水輝がため息を吐く。
『今の状況も十分以上に想定外だったりするんだけど』
「そうか? おれには好都合だが」
立城の言葉に答えた水輝が灰皿に煙草を乗せ、身軽にソファを飛び越える。頭痛を堪えて俯いていた佑の顎を指に捕らえた水輝が唐突に口づける。佑は驚きに目を見張って瞬きをした。ほんの少しの間、佑に口づけてから水輝が顔を上げる。その唇は何故か血に塗れている。慌てて声をかけようとしたところで佑は頭痛が綺麗に消えていることに気がついた。
「水輝さんっ」
佑は立ち上がって水輝の唇にほんの微かに唇を触れさせた。癒すための力を出来る限り送る。すぐに水輝から離れてから、佑は沈んだ面持ちで言った。
「ごめんなさい。わたしにはこれだけしか……」
「仕方ないだろう」
そう言って水輝が血に濡れた唇を舐める。佑に触れたことで傷ついたのだ。今の水輝はどういう訳か佑とあまり接触すると怪我をしてしまうらしい。佑の顎を捉えた水輝の指先には深い切り傷が出来ている。水輝はそれを軽く舐めてから、またソファを乗り越えて机の傍に戻った。灰皿に乗せていた煙草を取り上げて唇に挟む。その指はさっきよりずっと血に汚れていた。
「結局、その奈月さんってひとも、わたしも、おじさまの道具なんでしょう? 水輝さんを傷つけるだけの!」
佑は天井付近を漂う立城に向かって声を張り上げた。すると立城が少しだけ笑って首を傾げる。
『水輝、傷ついているのは僕のせい?』
そう言って今度は立城が水輝に話を振る。しばし煙草をふかしてから水輝は肩を竦めた。
「誰が傷ついているって?」
水輝が嗤いを浮かべて言う。佑は何度か瞬きして言葉を継ごうとした。確かに水輝の身体からは血が流れているのだ。
煙草を唇から離した隙に立城がくるんと宙を泳いで水輝に顔を近づける。再び煙草を咥えようとしたところで立城に唇を奪われる格好になった水輝が何故か硬直する。佑は何となく居心地の悪いものを感じつつも二人の様子を見つめていた。
「水輝さん、やっぱり、おじさまのこと好きなんでしょう? どうして、あんなことしたの?」
「離れろ、気持ち悪い!」
佑が訊ねる声に水輝の鋭い声が重なる。振り払われた立城は血のついた唇をぺろりと舐めて笑ってみせた。
『照れなくても』
笑い混じりに言う立城を睨んで水輝が眉間に皺を寄せる。
「誰が照れるか。さっさと失せろ」
嫌そうな顔をして水輝が追い払う仕草をする。はいはい、と苦笑した立城がくるんと宙返りしてその場から消え失せる。水輝は深々とため息を吐いてから煙草を唇に戻した。
「水輝さん、本当にいいの?」
「あー? 何がだ」
すっかり機嫌が悪くなったのか、水輝が嫌悪の滲む顔をして低い声で言う。佑は戸惑いつつも言葉を継いだ。
「わたし、ずっと消えたくないと思ってた。おじさまを産んだら用済みになるって。ただのまやかしにすぎないって」
「言っただろう。おれもまやかしだと」
機嫌の悪い顔をしつつも、先ほどよりは険の失せた声で水輝が言う。
「そんなことないわ。だって、まやかしなら、今の主龍神の攻撃でダメージを受けたりするはずないじゃない?」
佑は考えを巡らせつつゆっくりと話した。水輝が難しい顔で頭をかく。深いため息を吐いてから水輝は佑を睨むように見た。
「じゃあ言い換えよう。おれは本来は居るべき筈のものでないモノ、だ」
低い声で言ってから水輝は煙草をくゆらせた。部屋の中の空気がごく微かに動いているのか、水輝の唇に挟まれた煙草から上る紫煙は揺らめいている。
「わたしと同じってこと?」
「厳密に言えば違うだろうが、似たようなものだ」
微妙な言い回しをした水輝を見つめて佑は首を傾げた。だが水輝はその厳密とやらを説明してくれる気はないらしい。
佑、大混乱中です。