早速、話が動きます。
守男はバトロワ後の休日を終えてからも、表面上は真面目な学生として学園に通い続けていた。だが、頭の中では悩みの種がどんどん芽を出してきている。
(魔王軍が来るまで、時間の猶予はあまりない。なのに俺は、今のところバルカを説得する材料がない……そもそも、あいつに説得が効くのか? 怒りすぎて、話を聞いてくれる状態じゃなさそうだし……死なない程度に倒せればいいが、俺にそんな器用なことができるか?)
「おい堀川、どこを見ている!?」
──ビシュッ!!
「……あ、すみません」
ボーっとしている守男を見て、教員がチョークを額に投げつける。しかし、守男は飛んできたチョークを、最低限の動きで避けた。
「おい、あいつ避けたぞ……」
「アレ避けるとかマジか?」
「明らかにボーっとしてたよね……?」
周囲は守男の反応速度に、目を疑っている様子だ。銃弾すら躱す守男からすれば、チョークなど遅すぎるほどなのだが。それに苛つきを深めた教員は、黒板を指示棒で叩いて言った。
「チッ……堀川!! この問題を解いてみろ!!」
「わかりました」
「話を聞いていたなら、できるはずだ……まぁ、貴様のような不良生徒にできるわけが……」
守男は前の記憶もあって、難なく問題を解いた。守男はもう席に戻っている。
「できましたよ、先生」
「なに? そんなに早くできるわけが……なっ!?」
「すげぇ、あの一瞬で全部書いたのか?」
しかも、答えも全て合っていた。それを見た教員は、かなり悔しそうにしている……守男はそれを気に留めず、また考え事に戻る。
「く、くそっ……では、次のページを開け」
「ぷぷっ、解かれてやんの……」
「貴様らっ!! 笑うな、さもないと内申点を下げるぞ!!」
騒がしい教室の中で、守男は一人で先のことを考えていた。どうすれば両親や、魔王軍を止められるかと。
(まず、みんなを巻き込むわけにはいかない。ルサンチマンを止めるのに必要なのは、情報を出してくれるマスコミと証拠品だ。(弱さ)の矛先を、俺やみんなに向けている暇がないようにしないといけない。魔王軍に関しては、やはり殺さない程度に痛めつけるしかなさそうだな……交渉はそれからだ)
顔を顰めて遠くを見る守男。そして、それを見つめる一人の生徒……角巻わためは、どんどん強くなっていく不思議な感覚に混乱していた。
(わため、どうしちゃったんだろう。どうしてこんなに、彼が気になるの? 一目惚れとも違いそうだし……あの人は、わためにとってのなに?)
そこでフラッシュバックする、(妙な夢)。わためは、まだこよりのことを知らないはずなのに……何故か、こよりの名前がわかっていた。地面の冷たさや目頭の熱さも、現実にあったことのようにリアルだった。そこでわためは、トワの言っていたことを思い出す。
(そういえばトワちゃんも、私と同じ感覚があるって……頭のいいトワちゃんなら、何かわかるかな?)
(ともかく、俺が今やるべきなのは資金の確保だ。ダンジョンが出たら、学校を休んででも行こう)
「おい、そこ二人!! 話を聞けと言うのが分からんのか!!」
──ビシュシュッ!!
またもや教員がチョークを投げた。守男は難なく躱したが、完全に思考に浸っていたわためは避けられず、額に命中する。
「あいたっ!?」
「あちゃー、痛そう……」
「わため、大丈夫?」
チョークが額に命中し、わためは周囲から心配されている。守男はわためが大丈夫そうなことを確認して、また計画を立てる作業に戻った。そして時は経ち、昼休み……守男はいつも通り栄養ゼリーやサプリメントを飲みつつ、ノートに計画を書き出していた。
「ここはこうで……いや、無理か? それなら……」
一方わためは、トワと弁当を食べながら(例の夢)の話をしている。わためがトワに夢のことを尋ねると、やはりトワも同じ夢を見ていたことがわかった。
「やっぱり、トワちゃんも見てたんだね」
「うん。わためほど鮮明じゃないけど……あれ、なんなんだろう?」
「わためには、わからないけど……すごくリアルになってきてる。(リマーニ国)っていう名前を調べたら、本当に出てきたし……ただの夢じゃないと思う」
トワとわためは、段々と真実に近づき始めていた。それが、どれだけ残酷なものかを知らずに。更にトワは、自分なりの分析を口にする。
「あと……多分、堀川くんは何かしら知ってると思うよ。トワとわためが(会ったことある?)って聞いた時……彼は、明らかに焦ってた。誤魔化そうとしてたけど、冷や汗まで流してたし」
「夢の中に出てきた人と、名前が同じだもんね……もしかしてあの人も夢を見てるのかな?」
「そうかもしれないけど、夢の中で会っただけにしてはなんか挙動不審だった。夢のことを知ってるのかもしれない」
守男は自分の知らない間に、二人に怪しまれてしまった。これを守男が知ってしまえば、悩みの種がさらに増えてしまうだろう。
「でも、正直に聞いても教えてくれないよね……」
「そうなんだよねぇ……警戒心強そうだし、ちょっとやそっとじゃ吐いてくれなさそう」
「だけど、このままじゃいられないよ……やっぱり、彼と何とかして仲良くなるしかないかな」
トワはそれを肯定して、言った。
「それしかないと思う。彼は教室に残ってたけど、何してるのかな」
「よし、見に行ってみる!! ありがとうトワちゃん、わかったら教えるね!!」
「うん。困ったら相談乗るからね、わため」
そう言ってわためは、守男のところへ向かっていく。その頃守男は、教室の中で必死にノートを書いていた。
「違う……!! これじゃどっちかを取り逃がす!! くそっ、なんで俺はこの程度も思いつけないんだ……!!」
「……堀川くん?」
「ッ!? あ……角巻さんですか。驚かさないでください」
守男はノートを見られたかと思って、咄嗟に隠した。守男は内心、またしても焦っている。見られて怪しまれたら、終わりだからだ。
(わためがここに来るなんて聞いてないぞ……? 俺に何の用だ? とにかく手短に済ませて、できる限り早くこの場を離れなければ)
「それ、栄養ゼリーと……サプリメントの袋?」
「し、しまった……!!」
守男はノートに気を取られ、そちらが疎かになっていた。吸い終わって平たくなった栄養ゼリーに、ビタミンサプリメントだ。この栄養ゼリーは評判が悪く、とても不味いらしいのだが……そのおかげで安売りされていた。味覚がもうない守男にとっては、味なんて関係ない。しかし、他人から見れば不健康極まりない食生活だ。
「もしかして、いつもこれなの? ダメだよ、ちゃんと食べないと」
「いや、ごめんなさい……その、これは……勉強で忙しくて」
「男の子なんだから、ちゃんと食べないとダメだよ。そうだ、ちょっと待ってて!!」
そう言ってわためが走っていき、すぐに戻ってきた。手には購買のパンを持っている……
「つ、角巻さん。いいですよ、お気遣いなく……」
「気にするよ、そんな不健康そうなの見せられたら……ほら、受け取って?」
「……これを、俺のために?」
守男はそれを受け取った。購買の揚げパン、普通の男子なら喜んで齧り付くだろうが……守男は、そそられる食欲を失っている。守男は少し考える、これを食べるべきかどうか。
「男の子なら、こういうの好きかなって!!」
「……」
(これを食べればこの場は凌げるだろうが、明日からは形だけでも、マトモな食事をしないといけなくなるだろう。もしそうなったら、弁当作りで無駄な労力を割くことになる……)
ひとつ思いついた、彼女に嫌われるための手段。こいつを、投げ捨てること。しかし、守男はそれだけはしたくなかった。昔は、まともな食べ物が食べられなくて苦しんでいたからだ。冷めきった残飯、オイル臭いレーション、果てには生ゴミまでゴミ袋を破いて食べたから……食べ物と、わためへの侮辱だけはしたくなかった。
「いただきます」
「どう、美味しいかな?」
「……はい、もちろん」
無論、真っ赤な嘘だ。ザラザラしていて硬い外面と、柔らかい中身を噛む。それから口の中の唾液が、揚げパンの熱で熱されて熱くなった。守男は苦痛には慣れているので、無心で揚げパンを口の中に押し込んでいく。わためは、それをじっと見つめている……
「よかった、わためのチョイスは間違ってなかったね!!」
笑顔でそう言うわためを見て、守男は過去を思い出す。戦争の中でもわためは、笑っていた。しかし、その笑顔に過去のような明るさはない。わためは、人を殺しながら笑うことはできなかった。そんなわためが、戦争に参加させられている理由は……
──自分が、彼女に関わったから。
「っが……!!」
「えっ!? 喉詰まらした!? ほら守男くん、水飲んで!!」
「ぐっ、ごぶっごっ……ゲホゲホッ、はぁぁ……ありがとうございます」
突如強烈な吐き気に襲われた守男は、揚げパンを全て戻してしまいそうになったが……わためが水をくれたことで、なんとか胃に戻す。
「もう、守男くん。ゆっくり食べないと詰まるよ?」
「はい、気をつけます……」
「そんなに美味しかったの? それなら嬉しいなぁ」
わための笑顔を見ながら、守男は残りの揚げパンを食べる。相変わらず味はしなかったが……何故だか、心が少し暖まった気がした。
「ごちそうさまでした」
「ちゃんと食べてね? そうじゃないと、体調崩しちゃうよ」
「はい、ありがとうございます」
守男は素直に、わための優しさに感謝した。世界が変わっても、自分が変わっても……わためは、優しいわためのままだ。どこにいても、変わらない。改めて守男はそう感じた。そして放課後、守男は家にサッと帰り……ニュースを見ていた。
(それでは、次のニュースです。国際テロリストの魔王軍が、またしても声明を出しています)
「国際テロリスト、か……すっかり極悪人扱いだ。人間の自業自得なんだがな」
((裁きの時は近い。自分達の犯した罪を抱え、震えて眠るがいい)とのことです。これに対し、
守男はテレビを切って、魔王軍のことを考えた。魔王軍のことに関しては、どこを見ても悪行以外のことが全く書かれていなかった。未来や魔王と勇者の証言を聞いた守男からすれば、厳しい情報統制が敷かれているのは明らかだ。
「今は何もできない。いつか何とかしないといけないことではあるけどな」
これを何とかできなければ、遅かれ早かれみんなは確実に死ぬ。守男の何とかすべき問題は、山積みだ。
「……近々、ダンジョンが出るはずだ。金を稼げるだけ稼いでやる」
まずは身近な問題……ルサンチマンから。そう決めた守男はダンジョンが出るまで、トレーニングを続けて……ついにその日が来た。
「えー、この街はダンジョン発生期に入った。もし挑戦したい者がいれば、挑戦してくれ。以上だ、なにか質問はあるか?」
質問は特になく、授業が始まり……守男は、時が来たことを察する。だから、行動を起こした。
「すみません先生。体調が悪いので、保健室に行ってきます」
「ああ、わかった」
「……よし」
教室を抜け出した守男は……そのままダンジョンがある場所に走っていく。見つけたダンジョン内に入って、剣を引き抜いた。目の前に魔物がいたが……守男には関係ない。
「キシャアァァァ!!」
「ダッシュスラッシュ」
──ブォォンッ!!
「ギャアァァァ!?」
守男は、凄まじいスピードで魔物を蹂躙しながら宝を漁っていく。そこが終われば次の場所へ、さらにそこが終われば……というように、どんどん進んでゆく。
「どけ!!」
「ピギィィィッ!!」
「さて、これも中々金になりそうだな」
守男が粗方ダンジョンを探索し終わって、最後のダンジョンに入っていこうとした時。守男は、誰かの視線を感じた。
「……誰かいるのか?」
しん、と静まり返った森。物音などしないし、異変も見えない。
「気のせいか……警戒しすぎもダメだな、行こう」
そう言って守男は、またダンジョンへと入っていく。視線の正体には気づかないままで……その正体は、守男が気になって追いかけてきた、彼女だった。
「すごい荷物、それなのに早い……あの人、何者なんだろう」
角巻わためはそう言って、彼のことを考えた。揚げパンをあげた日から、更に夢の頻度や鮮明さが上がってきている。もう調べずにはいられなかったわためは、守男の跡をつけてみることにしたのだ。
「……あの夢のこと知ってるなら、聞かなくっちゃ」
わためは何故か、使命感にかられていた。初めて夢を見た日から、ぼんやりとあった感覚が鮮明になってきたのだ。何故かわためは、彼を救わなければならないと思っていた。わため本人にすらわからない、守男への強い想い。
「そうじゃないと彼は、もう一回……もう一回?」
自分の口から出てきた言葉に、わためは目を丸くした。何故(もう一回)などと言ったのか。それではまるで、守男が一度死んだような言い草だ。あれがただの夢ではないと、認めるようなものだ。しかしわための本能は、その気づきを真実だと認めていた。
「あっ、守男くん……!!」
「……これで最後か。中々稼げたな、あとは換金するだけだ」
「大きな金塊、あんな物を平然と持てるなんて……」
宝石や高価そうな宝物の山、それにとてつもなく大きな金塊。守男は一日で、一生遊んで暮らせる程の金を手にしていた。それを持って守男は、高く買取ってくれると噂の質屋に行こうとしていた。
「とりあえず、早めに換金して行動を起こさないとな」
「行動? 何のこと?」
「……また視線? 誰かいるのか?」
守男は警戒心を顕にする。守男の中にまず浮かんだ可能性は敵。魔王軍でも、他の何かでも。もしそうだとしたら、放っておく選択肢はなかった。守男は久しぶりに、強烈な殺意を体から放つ。わためはそれに、被捕食者の本能的な恐怖を覚える。
「ひっ……!?」
「五秒数える、出てこい。さもなくば、撃つ」
「も、守男くん!! 待って!!」
聞き覚えのある声が聞こえて、守男が銃を下ろす。出てきたわために、守男は拍子抜けしていた。安堵の息をつくと同時に守男は、何故つけて来たのかが気になった。
「はぁ……角巻さんか。あなたが何故ここに? つけて来たんですよね?」
「ごめん、どうしても聞きたいことがあって……」
「……なんでしょうか」
わためは意を決したように、守男に尋ねた。
「守男くんは……軍人なの?」
「……は?」
「ごめんね、根拠は無いんだ。けど……最近、そんな夢ばかり見ちゃって……会ったことある気がするし、大切な人のような気もしてる」
わためが話し続ける中、守男は息を荒くしていた。冷や汗が滝のように流れて、地面に落ちる。
「……め……くれ」
「だからお願い、守男くん」
「やめて、くれ……」
わためは守男の目を見て、言った。
「何か知ってるなら、教えてほしいの。わためは……このままじゃ、眠れないから」
「やめてくれ!!!」
「えっ!?」
守男の感情的な声に、わためは目を白黒させる。その顔には明らかに余裕がない。
「二度と俺に関わるな……!! 俺から言えるのはそれだけだ!!」
「ま、待ってよ!!」
「……くそっ、くそぉっ!!」
守男は歯を食いしばって、血が出るほど自分の掌を握った。どうしてこうなったのか。何がいけなかったのか。必死に考える。あの時、パンを投げ捨てればこうはなっていなかったのか? 罪悪感が守男を蝕んで、口に熱い酸味が溢れ出す。
「げぼっ、ごぼぉぉっ……」
血の混じった吐瀉物を森に吐きながら、守男は逃げるように走る。もう二度と巻き込まないために、一心不乱に。
「俺は……ずっと、一人でいい……!!」
過去への後悔を抱えながら、守男は走る。ひたすら死へと、ひた走る。
結局守男に追いつけなかったわためは、家の中で考え込んでいた。
「守男くんは……どうしてあんなに焦ってたんだろう」
それがわための、一番の疑問だった。どうしてあそこまで、焦る必要があったのか。そんなに教えると都合が悪いのか? 考えても、わためは答えを出せなかった。
「悪い人じゃないのはわかる……それなら、どうしてあそこまで?」
夢となにか関係があるのか。わためは夢のことを思い出して、また考える。
「ダメだ、全然わかんない……トワちゃんなら、わかったのかな?」
トワはわためを心配して、メッセージを送ってきてくれていた。いつもはサボったりしないのに、突然わためが授業を抜け出したのだから、当然だ。
「今日も多分、あの夢を見るよね」
また守男に関わったので、きっと更に鮮明で長くなることはわためも知っていた。だから……覚悟を決める。
「守男くんが教えてくれないなら、夢に聞こう」
そう呟いて、わためは……いつもより早めに就寝した。
次の日。わためは……夢を見終わって、起き上がっている。その顔は……呆然としていた。そして、唇を強く噛んで……立ち上がる。
「そういうこと、だったんだ……!!」
全てを知ったわためは、ご飯を食べることもせずに、急いで着替えて走り出す。目指すのはもちろん、守男のいる場所だ。学園のドアを開けて、わためが叫ぶ。
「守男くんっ!!」
「どうしたの、わため? そんなに慌てて……」
「守男くん知らない!?」
これまでにない程焦った様子に、トワは困惑していたが……守男はまだ来ていなかった。
「まだ来てないよ。またサボりかな……ってわため!? どこ行くの!?」
「ダメだよ、守男くん……もう、死んじゃイヤ!!!」
全てを思い出して、わためは走る。大切な人を、
わためぇ、思い出してしまいました。