わためぇ回です。
(はぁっ、はぁっ……!!)
走る。ただひたすらに走る。脇目も振らずに、角巻わためは守男を探していた。
(このままじゃ、また……)
『ああなって』しまう。わためはそれを目の前で見たのだ。あんなに強かった守男ですら、薄い紙一枚になって、この世から消える。彼にあるのは、不必要な栄光と期待だけ。
(そんなこと、絶対させない!!)
わためはまた走り出す。守男がいそうな場所を回る……走っている間、わためは過去のことを思い出していた。
『なにかお困りですか?』
『うぇっ!? て、店員さん!?』
『いえ、違いますよ。困っているようだったので……つい』
あの日もこう言ってくれた。それからバトロワで戦って、負けて……今思えば当然だなと、わためは笑みを浮かべた。
(でも、守男にとったら全然嬉しくないよ……)
それから一緒に帰ったり、美味しいお弁当を分けてもらったり。自分が一番苦しいのに、あんなことを言って……わための顔が、複雑な表情を浮かべる。
『なんだよわため、愛の告白か? 軽々しくするもんじゃないぜ? それともなにか? 俺に惚れたのかい?』
(……あの時は気づいてなかったな)
『守男、わためのこと好きになってくれるかな? どんな子がタイプなんだろう……』
あんな風に思っていた。だが、事実は違った……現実はわためにとって、とても残酷なものだったのだ。
(それからラプちゃんとこよちゃん、いろはちゃんが加わって……みんなで仲良くするようになって。楽しくなりそうだなって、思ってたけど……)
『守るためには犠牲が必要なんだ。その代償としてまずは腕1本、それだけのことだ』
(彼はとっくの昔に壊れちゃってた。何度もやめさせてあげたいと思ったけど、ダメだった……力が足りなかったから)
彼は自分達のことを思って戦っていた。それはわためも理解している……だが、一つだけどうしても、悲しいことがあった。
『……好きだった、みたいですよ。恋人としてじゃなくて、守る対象としてですけど……』
(守男は恋してなかった。わため達のこと、好きじゃなかった……でも)
『守男くんを、よろしくね』
わため達はそれでも、ルサンチマン夫妻を倒しに向かった。何故なのか、答えは単純。
(それでもわためは、守男が好き……みんなだってそうだった)
『よし、終わり。ごめんな……俺がボロボロだったから……もう、大丈夫だ。俺が片付けるからさ……地図、貰うな?』
(いつだって、わため達のことを……あの時もあの時も)
それはもちろん、嬉しかった。大切にされていることが伝わったから。でも……それと同じくらい、悲しかった。
『足は取れちまったよ……気をつけろ……みんなも悪人に、される……』
(自分のことなんて、彼はどうでもいいと思ってる。わため達の気持ちも知らないで……)
『行ってくる』
一言そう言って、いつもボロボロで帰ってくる。無理矢理自分を納得させていたけど、我慢にも限度がある。魔王を命懸けで倒して、人間世界は救われたはずなのに、今度は人間同士の殺し合いに駆り出される。
(わためのことはいい……でも、守男への仕打ちは許せなかった。だから、守男にも言ったんだ……)
『もう、やめようよ……守男は、このままじゃ……絶対、幸せになれないよ……』
(泣きながら言った。けど、守男は……暗い目で、冷たく返してきた)
守男の答えは、シンプルで残酷なものだった。
『俺は軍人だ』
(それだけ言って、守男は去っていった。そんなの理屈になってない。そう言おうとした時には、守男はもういなかった……)
『どうして、守男ばっかり……』
力には責任が伴う。それは当たり前のことだ、わためも理解している。だが、それを捨ててはいけないとはどういうことだ。自分と大切な人の身を守るだけじゃ、いけないのか。職業選択の自由すら、守男にはないのか?
(守男はそれを受け入れてたけど、わためは絶対認めない……!! 今度こそ、絶対に!!)
『また始まるようだな……』
(どんどん無感情になっていく守男が、見ていられなかった。軍人を志願したわけでもない、戦うのが好きだったわけでもない……地獄に送り込まれて、殺し合いをして……守男が何したの?)
わためはだからこそ、救われて欲しかった。軍人ではなく……堀川守男という人間に。だけど……それは、遂に叶うことはなかった。
(せめて守男には笑顔を見せたくて、笑顔でいたけど……守男にはバレてたんだろうな。そうじゃないなら、昨日はあんな反応しない)
『行ってくる』
(いつものことだった。いつも通り行って、帰ってくると思ってた……それなのに)
守男は死んだ。一枚の薄い紙に変わった。遺品すら渡されず、ウルカヌスは見せ物にされている始末だ。トワは叫んだ、こよりは発狂した。わためも残酷な現実に泣き叫んだ……
(死ぬより酷い目に遭って、殺し合って。奴隷にされて、必死に演技して……文句も言わずに戦って最後がこれ? ふざけるな……!!)
『守男……わためは、諦めないよ』
(こんなの認めない。守男の死を、戦争を続ける言い訳にさせやしない。そう思ってたんだったな)
わための決意は固かった。わためは軍人を引退し、わためは食べ物やおもちゃを子供に配ったり、得意な歌で民衆を励ましたりするようになった。
(歌姫だなんて呼ばれて、大きなイベントに呼ばれたこともあった。苦しいこともあったけど……守男を思えば、頑張れた)
『見ててね、守男』
『わため、頑張るから』
『……そっちに行った時、たくさん褒めてね?』
角巻わためは、強かった。きっと、この世界の誰よりも。だが現実は残酷だった。ある日、いつものように路上でみんなのために歌っていた時……
──ウゥゥゥゥ、ウゥゥゥゥゥ……
『く、空襲だ!! みんな逃げろぉぉ!!』
『こんな時に……!! みんな、防空壕に落ち着いて避難して!!』
『あぅっ……!!』
そこでわためは、一人の子供が転んでしまったのを見た。容赦なく降り注ぐ、焼夷弾の雨……わためは咄嗟に、男の子を抱えて走り出す。
『諦めちゃダメだよ!! わためも、諦めないから!!』
『お姉さん……!! あ、危ない!!』
『ッ……!?』
自分の真上に降ってきた、焼夷弾。当たれば、子供は死んでしまうだろう。わためはそう思って子供を、前方に投げた。
『わっ……!?』
──ドゴォォォォン!!!
炸裂音、広がる閃光と爆炎。子供はそれを見て叫んだ。
『お姉さんっ!!』
『ゴホッ……わためなら、大丈夫だから!! ほら、走って!!』
『うん、わかった……!!』
子供は素直に言うことを聞いて、走っていく。それを見て、わためは安心した。そして……
『うぐっ、ぎ……』
──ドサッ。
『やっぱり、無理があった、か……』
わための羊毛は厚く、防御性能だけなら上位に位置する。しかし、唯一の弱点として……炎に弱いのだ。つまり、焼夷弾を喰らえば焼死は免れない。体が燃えていくのを感じながら、酸欠で意識が朦朧とする。
『守男、わため……上手く、できたかな……』
──ヒュルルルル……
──ズドドドォォォォォン!!!
『あの子、助かった、かな……』
わためは最期に、残された二人のことを考える。彼女達は何をしているだろうか。まだ生きているだろうか?
『ごめん……二人とも、あとは……お願い……』
そのままわためは、炎に包まれて目を閉じた。角巻わためは、こうして人知れず焼死したのだ。そして、今に至る。
(これはきっと、最後のチャンス……神様がくれた一度きりの機会!! 絶対に逃さない!!)
やり直す機会を神様にもらえた。守男も、自分も。だから、わためは走る。今度こそ、みんなで幸せになるために。
「はぁ、はぁ……ここにいた!!」
「ッ……!?」
「さっき来た時はいなかったけど……もしかして、帰ってこないと思った?」
守男はわためを見て、冷や汗を流す。どうして追いかけてくるのか。
「どうして、追いかけてくる……?」
「当たり前でしょ。せっかく会えたんだもん」
「そんなことして、何になるんだよ」
守男とわためは店を出て、すっかり人がいなくなった夜の公園のベンチに座る。守男の問いに、わためが即答した。
「好きな人に会えたのに、追いかけちゃいけないの?」
「俺と関わってどうなったか、忘れたのか?」
「忘れてないよ。確かに辛かった、悲しかった」
守男はそれを聞いて、溢れてくる吐き気と罪悪感を抑えて言う。
「なら、俺のことは忘れて……」
「でも、何より辛かったのは」
「えっ?」
わためが立ち上がって、守男に言う。ずっと、言いたかったことを。
「守男が、自分を幸せにしようとしなかった。それが、一番嫌なの」
「そんなの……みんなが死ぬよりは……」
「そのためなら死んでもいいの? それはダメだよ、守男」
守男がそう言われて、冷たい声で返す。
「何度も言わせるな。俺は軍人だ」
「それなら、私は守男の彼女だ」
「……仕事に私情を持ち込むなよ」
守男が冷徹にそう言ったが、わためはそれでも続ける。
「今はお仕事中じゃないでしょ? 軍人さんにはプライベートがあっちゃいけないの?」
「それは……」
「わためは、幸せになって欲しかった。守男が、わため達に思ってくれてるより、ずっと」
そう言われて、守男が俯いた。わかっているのだ、そんなことは。
「そんなこと、言われたって……」
「守男は、幸せになる権利……いや、義務がある。世界一不幸なまま終わるなんて、他でもないわためが認めない」
「俺は別に不幸なんかじゃない」
守男はそう言ったが、わためはそれを強い口調で否定した。
「そんなわけないでしょ!!!」
「えっ……?」
「死ぬより酷い目に遭って、親には道具扱いされて、地獄に送られてお荷物扱いされて、まともな人生の欠片もないまま、孤独に死ぬ……!! これのどこが幸せなの!?」
守男はそう言われて、反論できなかった。その代わり、心の底からの諦観を口にする。
「……不幸だっていくら言っても、俺は幸せにはなれない。自分を救えるのは自分だけなんだ。それが無理だったんだから、無理だよ」
「人は一人じゃ生きていけないよ、守男。それにその理論は、守男には当て嵌らない……何事にも、例外があるからね」
「俺がその例外だって?」
そう言われて、わためが大きく頷いた。
「うん、だから守男は幸せになっていい!! わためが幸せにしてあげる!!」
「……何を言ってるのか、わかってるのか。死にに行くって言ってるようなものだぞ」
「守男と一緒に死ねるなら、それでいいよ」
そこで初めて、守男が声を荒らげた。
「馬鹿なこと抜かすな!! 死んでどうなる、何が幸せにするだ!! わためが、わためが死んだら……俺は何を守ればいいんだ!!」
「守らなくていい。自分の身は自分で守るから」
「守らなくて、いい……? そんな、じゃあ……俺は何のために……?」
立っていた守男が、膝をつく。当然だ、戦えばみんなを守れる……そう思って戦っていた守男は、その中心を打ち砕かれてしまった。
「わため達を守ってくれたのは嬉しい。だけど、もういいの。お休みしようよ、軍人の仕事は……」
「俺には、それしかない……他に、何もないんだよ……軍人じゃないなら、俺はただの……役立たずじゃないか……」
わためはしゃがんで、頭を抱えている守男の頬を撫でた。
「そんなことない。守男には、わためがいるじゃん。守男にしかできないことがあるよ」
「わため……?」
「これからも、わためは頑張る。守男と一緒に、幸せになれるように。守男は、わためをいっぱい褒めて欲しい。よく頑張った、偉いねって。そうしてくれるだけで、わためは嬉しいの」
守男はそう言われて、顔を上げた。
「そんなことで、いいのか……?」
「小さなことじゃないよ、とっても大事なこと。それがあるだけで、わためはすっごく頑張れる!! わためが代わりに戦うから、その代わり……たくさん褒めてね?」
「どうして、そこまで……あんなに苦しんだのに、辛かっただろうに……」
守男はそう言ったが、そこでわためが満面の笑みで言う。
「そんなの、決まってるでしょ? 守男のこと、今でも大好きなんだよ!!」
「……は、ははっ。俺は、バカだな。こんないい子放って死ぬなんて……」
「ホントにそうだよ。だから、ちゃんと反省すること!!」
わためにそう言われて、守男が笑顔を浮かべる。
「あぁ、そうだな……」
「あ、笑った!! 笑顔見るの、久しぶりだね!!」
「俺、今笑ってるのか……? ははっ。笑うのも、久しぶりだな……」
辛くても苦しくても、たとえその先に悲しみが待っていても。それでも彼女は、自分と一緒にいたいのだと。守男はそれを、ようやく理解した。
「……わため。やっぱり俺も戦うよ」
「えっ?」
「でも、この国の軍人としてじゃないぞ。わための彼氏として、だ……いいか?」
守男がそう言うと、わためは笑顔で言った。
「それじゃ、約束ね!! 戦う時は、わためも一緒だよ!!」
「うん、わかった。約束する」
「これは嘘じゃない……よね?」
少し不安そうに言ったわために、守男が言う。
「もう、嘘はつきたくない。できる限りはな」
「わかった。守男が嘘をつかなくていいように、わためも頑張るね!!」
「……もう、角は折らせないから」
守男がそう言うと、わためは嬉しそうに言う。
「それなら、わためはもう守男の四肢を飛ばさせないから!!」
「話してたら、すっかり遅くなっちゃったな……」
「ねぇ、守男のお家……行ってもいい?」
それを聞いて、守男が尋ねる。
「いいけど、何しに来るんだ?」
「多分、まともなご飯食べてないでしょ? わためが作ってあげる!!」
「……俺も手伝うよ。久しぶりだから、上手くできるかわかんないけどな」
守男とわためは食材を買い込んで、家に行く。それから、二人でお料理を始めた。
「守男、何食べたい~?」
「わためが食べたいものでいいよ」
「うーん……じゃあ、カレーにしよっか!!」
そう言われて、カレーの材料を切り始める。
「……確か、こうやって……」
──トトトトトトッ……
「おぉ、流石だね……!!」
「だいぶ大きめになっちゃったな」
久しぶりだったので、具はとても大きくなってしまった。しかし、わためは気にしていない。
「いいじゃん、入れちゃえ!!」
「そうだな、これくらいいいか……」
「あ、そうだ!! かぼちゃも入れていい?」
守男が頷くと、刻んだかぼちゃをカレーの中に投入するわため。それから、グツグツ煮込んで……完成だ。
「できた……さて、味は……?」
「あ、美味しいっ!!」
「二人で一緒に作ったからかな?」
そう言われて、わためは照れている。
「えへへ、そうかな? もっと褒めていいよ?」
「ありがとうわため、すごく助かった」
「よし、食べよっか!! いただきます!!」
守男とわためが同時に食べ始めた。わためは、とても美味しそうにしている。
「美味しい~……かぼちゃも意外と合うねぇ」
「……やっぱりダメか」
「味、しないの?」
守男が残念そうに頷くと、わためは守男を励ます。
「大丈夫、これからきっと戻るよ!!」
「うん……でも、なんだか美味しい気がする」
「……ごちそうさま!!」
二人でごちそうさまを言ってから、綺麗に食器を洗う。そこでわためが、一言言った。
「ねぇ、守男」
「どうした?」
「もう、我慢しなくてもいいのかな……?」
そう言ったわための目には、うっすら涙が浮かんでいる。それを見て、守男が静かに頷く。
「……一人にして、悪かったな」
「うっ、ぐすっ、うぅぅ……」
「謝って済む問題じゃないのは、わかってる。16年以上待たせたんだ」
守男は19歳の時に付き合って、35歳で死亡した。つまり、経過時間は16年以上だ。
「わため、頑張ったよね……?」
「あぁ、本当によく頑張った。偉い、偉いよ……」
「頭、撫でてくれる……?」
守男が、わための頭を撫でる。やっとわためは褒めてもらえたのである。
「わため。本当にありがとう……お前がいてくれてよかったよ」
「えへへ……ずっとこうしたかったんだ……」
「そんなに待ってたのか……俺の罪は重いな」
守男はまた罪悪感を抱く。そこにわためが顔を上げて、言った。
「悪いと思うなら、今日からいっぱい甘やかしてね!!」
「うん、もちろ……ん……?」
「守男? どうしたの?」
守男は突然、目の前の景色が揺れ始める。何事かと思ったが……すぐに、その原因に気がついた。
「すっごく、眠い……」
「も、守男? きゃっ!?」
「ごめ、ん……わため……」
守男は眠すぎて、立つこともままならないようだ。それを見たわためが、座って膝の上に守男を寝かせる。
「きっと疲れちゃったんだよ。守男、寝てもいいよ?」
「……ぐぅ」
「あ、寝ちゃった……ふふっ、可愛い」
わためが守男の頭を撫でる。守男の寝顔はとても安らかだ。
「幸せって、こういうものだよね……」
「すぅ、すぅ……」
「おやすみ、守男。悪い夢、見ないといいね」
わためは守男の頭を撫でながら、優しく言った。
「わためは守男の味方だよ。今までも、これからも」
それからわためは、自分も眠りに落ちるまで、ずっと守男の頭を撫で続けていた。
睡眠欲が戻ったようです。