──収穫の月一七日。
上りゆく朝日の下で、何台もの馬車が、列をなして山道を進んでいる。
馬車を駆るのは、統一された革鎧に身を包んだシロディールの帝国兵だ。それぞれの馬車の両脇にも、馬に跨った兵士が並走して防備を固めている。
そこまでして厳重に運んでいるのは、物ではなく人だ。載せられているのは、彼らによって捕まった囚人であった。
囚人の大半は、同じ意匠の鎖帷子を身にまとっていた。男性が多く、女性は数人程度。そして、全員が
しかし、最後尾の馬車に座る四人のうち、二人の男女だけは例外だった。彼らは襤褸の囚人服を着せられて座らされている。
男の方、金髪の青年が、溜息を吐いて項垂れる。
「はぁ……何てことだ。まさかあの馬泥棒野郎に罪をなすりつけられるとは……」
麻縄で縛られた自分の両手を見下ろしながら、青年は我が身に起きた不幸を嘆いていた。
淡い金色の短髪は獣毛のように逆立ち、瞳は青く肌は白い。鋭く整った顔立ちに、逞しく鍛え抜かれた長身の若者であった。
彼、エイナルは今年で一八歳になるノルドの冒険者だ。両親の死をきっかけに故郷を旅立ったのが一五歳の頃。それから三年もの間、害獣退治や用心棒をしながら各地を渡り歩いてきたのだが、ある時ふと思い立って、故郷へ戻ろうとしていた。その途上で、彼の命運は決まったのだった。
向かいの道から馬に乗った小汚いノルドの男が、すれ違いざまに「親分、後はお願いしやす!」などと叫んだのだ。そしてそれが、後からやってきた帝国兵達に聞きつけられてしまったのである。
エイナルは無実を主張したのだが、何故か殺気立っていた帝国兵に乱暴に抑えつけられ、持ち物を全て没収されて囚人服に着替えさせられ、この護送馬車に載せられてしまった。
その後の取り調べで、あの男が馬を盗んで逃亡していたことがわかったのだが、エイナルは結局囚人として扱われるままなのであった。
「あまりに理不尽じゃないか? 『あんなところをほっつき歩いていた以上、怪しいことに変わりない』って。そりゃあ冒険者なんてどこの馬の骨とも知れない風来坊かもしれないけどなぁ……」
「同情するよ、兄弟。これが今の帝国の汚いやり方ってわけさ」
ぼやきに相槌を打つのは、隣に座る、やはり金髪碧眼のノルドだった。そちらの方が髪は長く、肩まで届くほどにある。容貌からして、エイナルよりは年上だろう。身にまとっているのは囚人服ではなく鎖帷子の方であった。
しかし、友好的に慰めてきたその男に対し、エイナルの向けた眼差しはあまりに厳しい。
「……アンタらストームクロークも遠からぬ原因ではあるんだけどな。えぇ、レイロフさんよ?」
「ははは、すまんすまん。俺もお前も、これで固く結ばれた兄弟じゃないか。そう邪険にしないでくれよ」
「そうそう、喧嘩は良くないよ~。こんな窮屈な馬車なのに、余計に息が詰まっちゃうし」
そして、二人の会話に口を挟んできたのは、女性的な実りの良い肢体に囚人服を着せられたもう一人。エイナルの斜向かいに座る銀の髪の少女であった。
青年二人の視線がその向かいの方へと流れる。若く、美しい少女だ。年の頃はエイナルとそれほど変わらないだろう。
長く伸ばした銀髪は、
そんな美貌に親しげな微笑みをたたえて、彼女はエイナルに言った。
「不運って言うなら私だってそうだよ。何しろ壁を乗り越えたその先で帝国兵が待ち構えていたんだからね。言い逃れのしようもなかったんだから」
「いや……それは自業自得じゃないか?」
呆れるエイナルの指摘に、レイロフも頷く。
「国境を無断で越えたんだろう? 目の前でそんなことされちゃ、誰だって見逃しちゃくれないぜ」
「うぐっ……いや、おっしゃる通りではあるんだけども……」
双方からの非難に、少女は渋面を作って項垂れる。
現在、シロディールとスカイリムを行き来するための関所は封鎖されている。当然、無断で出入りすれば重罪だ。二人の前に座るこの少女は、その国境線にそびえる壁を、自力で乗り越えてしまったのだ。そしてそこを帝国軍の伏兵に目撃され、捕縛されてしまったのである。
「わざわざ罪を犯してまで、スカイリムに何の用があって来たんだ?」
エイナルは当然の疑問を口にした。すると、少女の方は困ったように顔をしかめ、唸り声を漏らす。
「んー…………何て言ったら、いいのかなぁ…………まぁ、アレだよ。スカイリムがさ、私を呼んでたんだよ」
「はぁ?」
神妙な声で少女はそんな返答を口にし、エイナルの目が胡乱げに細められた。一方、隣に座るレイロフは「ぶっ」と思わず吹き出してしまう。
「はははっ! 呼ばれちまったなら仕方ないよなぁ! ようこそノルドの故郷へ。こんな歓迎になっちまって申し訳ないけどな」
「……ま、事情は人によりけりだからな」
心底おかしそうに笑うレイロフと、呆れ顔で首を振るエイナル。両者の反応に、少女は今更ながらに恥ずかしくなったのか、ポッと顔を赤く染めている。
「そ、そうだよ。別に私が来た理由なんてどうでもいいじゃん。──それよりも、こっちからも質問したいことがあるんだけど」
「お、なんだなんだ。答えられることならいくらでも答えてやるぜ」
先程の少女の答えがいたく気に入ったのか、レイロフは上機嫌に応じた。対して、彼女はチラリとエイナルの方へ視線を向けながら言う。
「さっきそっちの人が言ったストームクロークだっけ。それって何なの?」
「なんだ、その事か。それはな──」
「反乱軍だよ」
自信たっぷりに答えようとしたレイロフの声を遮って、エイナルが短くはっきりと言った。不満げな面持ちで睨む相方を無視して、青年はそのまま言葉を続ける。
「このスカイリムで内乱騒ぎが起きてるってのは、知ってたか?」
「ああ、うん。その所為で国境が閉められちゃってたんだよね」
「それを引き起こしてるのが、この馬車で運ばれてる俺達二人以外の連中だよ。ストームクローク……帝国と、その同盟相手のアルドメリ自治領に喧嘩を売ってる奴らさ」
スカイリムは、タムリエル大陸の北に広がるノルドの国にして、大陸中原を支配するシロディール帝国の属領でもある。
帝国は長い歴史の中で、一時は大陸全土を支配していた程の強大な国家であったが、約二〇〇年前に起きた事件が原因で国力を損ない、領土の一つであったサマーセット諸島の反乱を招いてしまった。
サマーセットに暮らしているのはハイエルフ──アルトマー達である。彼らは弱体化した帝国を圧倒し、最終的に独立という形で帝国と対等の立場にまで漕ぎつけた。それが現在のアルドメリ自治領である。
だが、表向き対等ということにはなっているものの、国際的な主導権はほとんどエルフ達に握られていた。
アルドメリの政府であるサルモールは、帝国の政治に様々な形で干渉し、帝国はそれを拒むことが出来ていない。もしも逆らって再び戦争になれば、今度は逆に帝国の方が滅ぼされるからだ。それほどの歴然とした力量差が、帝国と自治領の間にはあった。
だから、例えば帝国の属領に理不尽を強いるような政策を薦められれば、帝国はそれを呑むしかない。その結果、スカイリムに暮らす多くのノルド達の誇りを傷つけてしまったのである。
かくして、ノルド達の中から帝国とサルモールのエルフ達に逆らう一派が生まれた。それがストームクロークだ。
「反乱軍なんて人聞きが悪いけどな」
レイロフが忌々しげに言う。
「俺達はな、ノルドの地を取り戻すために立ち上がった真の戦士の集まりなんだ。この地とその民を裏切るような真似はしていないんだぜ」
「主観的に過ぎる言い方だ。俺は別にアンタらのやり方を否定するつもりはないがな。中立的に見ても、この国を引っ掻き回してるのはそっちの方だろ」
エイナルも厳しい口調で返した。再び両者の間に険悪な雰囲気が漂う。少女は慌てて身をのりだした。
「ハイハイ喧嘩しなーい! じゃあ次の質問! こっちの人って何で口を塞がれてるの?」
彼女が指差すのは、自身の隣に座るノルドの男であった。馬車に載せられた、ずっと一言も話すことのない四人目。眠っているわけではない。目は開いている。獣のように、鋭い眼光を放つ双眸が。
髪はやはり金髪で、長く伸ばしている。やや老けた顔立ちは、恐らく四〇を超えるだろう。大柄で、レイロフやエイナルよりもずっと背丈が高い。そして身にまとっているのは鎖帷子だけではない。狼の毛皮で出来た灰色のマントも羽織っていた。
鎧姿を彩る装飾品から、恐らくは立場のある人物であると伺えた。だがエイナルは、向かいに座るその男が何者であるのかを知らない。彼自身何も話さないからだ。……いや、話せないのだ。
男の口は、顎周りに縛りつけた布が猿轡となって塞がれていた。
「……俺も気になってたんだ。そいつ、魔術師か何かなのか?」
エイナルが隣のレイロフに問いかける。すると、彼は険しい表情になった。
「あまり失礼な態度をとるんじゃないぞ。そこにおられるのは、このスカイリムの真の上級王になられるお方、ウルフリック・ストームクロークなのだからな」
レイロフがそう答えると、少女はキョトンとして首を傾げた。
「……誰?」
「……ウルフリック・ストームクロークだと?」
一方、エイナルは青ざめた顔になって男の名を反芻する。
「ウィンドヘルムの首長の、ウルフリックって事か?」
「そうだ」
「え、なになになに?」
この中で事態を理解できていない少女だけが、困惑した表情で二人を見やり、それから隣の男を見上げた。
ウルフリックと呼ばれたその男は、声を発するでもなく、ただジッと座っている。何を見ているわけでもないその瞳は、しかしぼうっとしていると言うにはあまりに炯々と輝いていた。
少女の様子を見たエイナルが、口を開く。
「……さっき話した、反乱軍の話は覚えてるだろ?」
「うん。ストームクロークだよね。あれ、この人の名前もストームクローク……?」
「そうだ。反乱軍の名前はその人の名からつけられたものだ。ウルフリック・ストームクローク──ストームクローク達の指導者だ。つまりこの内乱の首謀者だよ」
エイナルがそこまで言うと、少女もようやく理解に至る。自分が今どういう状況にあるか。引きつらせた頬に冷や汗が一つ流れた。
「……最後にもう一つ聞いていいかな。その指導者さん達と一纏めにお縄にされてる私達って、今何処に向かってるの?」
「何処でも同じだろう。最後に辿り着くのはソブンガルデさ」
答えたのはレイロフだ。あっさりとした物言いで、晴れ晴れとした表情を浮かべている。絶望に俯くのは、少女とエイナルだけだった。
スカイリム南方に広がるファルクリース領。ヘルゲンはその地に設けられた城砦の一つである。
反乱軍ストームクロークの軍勢と、その他二名を乗せた護送馬車は、そのヘルゲンに到着した。昼前のことだった。
城砦の奥にそびえる監視塔の前には、大きな広場があり、馬車はその隅に停められる。
「さぁ反乱軍ども! とっとと降りるんだ! 早くしろ!」
「さてと、それじゃあ行くか。ショール様を待たせるわけにもいかないしな」
帝国軍の厳しい指示が飛ぶ中で、レイロフは落ち着いている。腰を上げ、後尾部の仕切りから荷台を降りる彼に続くように、エイナルと少女も降りた。
一箇所に集められ降ろされたストームクローク達の前には、武装した帝国兵達が見張っていた。その中で目立つのは、立派な鉄兜をかぶった女兵士だ。彼女の隣には、茶髪を伸ばしたノルドの帝国兵が、羽ペンと羊皮紙の束を手に、一人ずつ囚人の名を呼んでいる。
どうやら彼の手にあるのは反乱軍の名簿らしい。名前を呼ばれたストームクロークの戦士達は、次々と帝国兵の前に立っては、指示に従って広場の中央へと向かっていく。
広場の隅にはヘルゲンの住民らしき人々の姿もあった。老若男女を問わず、恐らく城砦内の町に住む全員が集まっている。彼らは口々に野次を飛ばしていた。
それは恐らくストームクロークに向けられたものなのだろう。だがエイナルはストームクロークではない。にもかかわらず、彼らの一員として扱われ、ここに立っている。
「……今ここで、『俺達は反乱軍じゃない!』って逃げ出したら、見逃してくれるかな?」
「多分あそこにいる弓兵さんに射られて死ぬんじゃないかな」
現実逃避めいたエイナルの希望的観測を、白銀の少女はピシャリと切って捨てた。二人が見回す限りに、城砦内のいたるところに帝国兵が立っている。弓と、筒から取り出した矢を手に構えており、命令があればいつでもすぐに射撃できる状態だ。
「それよりも、あそこで名簿を読み上げてる人達が気づいてくれるんじゃない? あれがストームクロークのリストなら、私達は載ってない筈だし、ひとまず見送りにさせてもらえるかも」
「なるほど、それもそうか」
少女の意見にエイナルも頷いた。間違いなくこのヘルゲンで、ストームクロークは断罪されるだろう。しかしそこで無関係の二人までついでに裁くような不条理を、帝国がするだろうか。罪人として囚われている以上完全に見逃されることはないだろうが、反乱罪は適用されないはずである。
やがて、エイナル達の番が近づいてきた。残りは四人。最後尾の馬車に載せられた彼らだけだ。
「ウィンドヘルムの首長、ウルフリック・ストームクローク!」
最初に呼ばれたのは口を塞がれたノルドの大男、ウルフリックだ。彼は迷いなく帝国兵の前に立ち、その横を通り過ぎて広場の中央へ向かう。
「リバーウッドのレイロフ」
続けて名前を呼ばれたのはレイロフである。彼もまた帝国兵の前に立ったが、その時名簿を読み上げていたノルドの兵士に意味深な視線を向けていた。それを受けて、兵士の方もキッと睨み返す。
「よう、ハドバル」
「こんなところで再会するとはな、レイロフ。だからバカな真似は止せと言ったんだ」
「覚悟の上さ。俺達はノルドとして生きて死ぬんだ。そこに後悔はない」
「ああ、そうかい。ならとっととソブンガルデに行っちまうんだな」
それだけ交わして、レイロフもまた広場の奥へ向かう。どうやらハドバルと呼ばれた帝国兵はレイロフの関係者だったらしい。去っていくレイロフの背中を、ハドバルは名残惜しそうに見つめる。
しかしすぐに正面へ向き直り、残る二人へと視線を向けた。それから名簿に目を下ろして、眉根をひそめる。
「……隊長!」
ハドバルにそう呼ばれて応えたのは、隣に立つ鉄兜の女兵士だ。
「どうしたの?」
「反乱軍のリストですが、これで全員です」
「何を言っているの? まだそこに二人残っているでしょう」
「ええ、ですから、あの二人はリストにありません」
少女の予想通り、ハドバルはエイナル達が名簿に載っていないことに気づき、それを報告した。二人は助かったと確信して、お互いを見つめ合い笑みを交わす。
しかし、帝国兵の女隊長は変わらぬ冷徹さで言った。
「ならあの二人から名前と出身を聞いておきなさい。それをリストに書き加えておくの、それであなたの仕事は完了よ」
「なっ……!」
ハドバルが絶句する。彼女の発言を耳にしたエイナルと少女も信じられないとばかりに目を見開いた。
「隊長! リストにない以上、彼らは反乱軍ではないのかもしれないんですよ! 無実の罪を罰するのは、あまりに──」
「ハドバル。今この場に置いて、我々は一つのミスも許されないの。かもしれない、で見逃したことが致命的な結果に繋がることだってあり得る。ここに捕まっている以上、疑わしきは罰しなければならないわ」
それだけ言うとハドバルに全てを任せ、女隊長は広場の中央へと向かってしまう。
損な役回りを押しつけられた帝国兵は、沈痛な面持ちで歯を食いしばり、それからエイナル達に向き直った。
「……聞いていただろう、囚人。悪いが、協力してはもらえないか」
「段々ストームクローク達と同じ気持ちになってきたよ」
「私も」
深く溜息を吐きながら、エイナルと少女がハドバルの前に進み出る。二人の様子を見て申し訳なさそうに顔を曇らせながら、努めて淡々とした口調で言った。
「そっちのお前から教えてくれ。何処の誰だ?」
ハドバルの目が向いたのはエイナルの方だ。肩を竦めながら、彼は答える。
「エイナル。出身はここファルクリースの首都だ。……と言っても、生家は街の外れだったがな」
「そうか……故郷の地でこんな扱いをさせる事になって、本当にすまない」
「いいさ。アンタにそんなことで恨んだって意味はないだろ」
皮肉っぽく言いながら、エイナルは苦笑した。ハドバルが僅かに目を伏せ、それからしばらくして隣の少女の方を見る。
「……じゃあ、そっちの君は? 名前と出身を聞かせてもらえるか」
ハドバルが尋ねると、少女は強い眼差しで見つめ返しながら、口を開いた。
「──リーリヤ。リーリヤ・ブランシェ。生まれはシロディールのコロールから」
少女はそう名乗り、ハドバルは名簿にペンを走らせてその名を書く。それから少し考えて顔を上げた。
「ノルドではないのか? ブレトンのような家名だが」
「家長だったお母さんがブレトンだったの。でも髪の色や肌の色はノルドのお父さん譲り。名前もお父さんが付けてくれた」
「混血ってわけか」
エイナルが言うと、リーリヤは頷いた。
シロディールは大陸の中央に位置している。その為大陸中の様々な地域からの往来も多く、非常に国際色豊かな国である。種族も人間のインペリアルやブレトン、エルフのアルドマーやダンマー、蜥蜴人のアルゴニアンや猫人のカジートまで様々だ。そのため違う種族同士の婚姻も珍しくない。
リーリヤの容姿は、色素の薄い髪色や肌色はノルドに多くみられる特徴だ。しかしそれにしては背はそこまで高くはない。小柄というわけではないが、一般的なノルドなら、女性であってももう少し背はある方だ。
もちろん全てのノルドがそうというわけではないが、ブレトンとの混血だと言われれば納得もできる。
「よし、わかった。二人ともありがとう」
名簿への記入が終わったのか、ハドバルはペンを持っていた腕を下ろした。
「気の毒な話にはなるが、俺もただの一兵卒だ。どうすることも出来ない。だがせめて遺骨だけでも故郷に埋葬できるよう取り計らっておくよ。必ず、約束する」
「やっぱり私達って処刑されるの?」
遺骨という言葉に反応したリーリヤが言う。反逆者の末路など相場が決まっているものだが、それでもはっきり言われると死を意識してしまう。
ハドバルは首肯し、広場の奥へ指差した。
「向こうへ行くんだ。ここで逆らっても執行人の代わりに帝国兵が手を下すだけだ。頼むから、従ってくれ」
言外にそんなことはしたくないという思いを滲ませて、ハドバルは言った。
エイナルとリーリヤはそれに従い、広場の奥へと進んでいく。どうやらハドバルとの問答の間に、公開処刑の儀式が始まっていたらしい。
ウルフリックと、その背後に侍るようにして並ぶストームクローク達。彼らの前に立つのは、灰色の髪をしたインペリアルの男だ。年の頃はウルフリックとそう大きく差はないだろう。身に纏っているのは、スカイリムで目にする機会は少ないシロディール式の
その人物が何者であるか気づいたリーリヤは、驚いて目を丸くする。
「ん……あの人ってもしかしてテュリウス将軍?」
「お、なんだ、知ってるのか」
「スカイリムで内乱が起きてるって話を聞いた時に、シロディールの将軍が一人派遣されたって話もあったから。そんな人が立会人だなんて、本格的だねぇ」
「自分達まで巻き添えで処刑されるってのがなければ、見ものだったかもしれないけどなぁ」
途方に暮れる二人の向かいでは、ウルフリックと睨み合うテュリウスが雄弁を振るっていた。
「──ウルフリック! この地にはお前を英雄と呼ぶ者もいるだろう。だが、血を流して王位を簒奪しようと目論む野蛮な賊など、私は英雄とは認めん! 貴様はただの反逆者だ。そして私が今ここに貴様を裁き、スカイリムに平穏を取り戻してみせよう!」
大した弁舌だとエイナルは思った。果たしてウルフリックを倒すことでスカイリムに平和は戻るのだろうか。きっと彼に次いで立ち上がる者も出るだろう。それらを全て打ち倒したとて、今度はサルモールがスカイリムを脅かす敵になるだけではないのか。この地に平穏が戻る日など、そんなものは永遠に訪れないのではないのか──
「……いや、俺には関係のない話か」
空を仰ぎ見るエイナルの口から、そんな言葉が漏れた。意識など全くしていない呟きだった。思わず言ってしまったことに、自分自身驚くほどだった。
「……あのさ。エイナル、だっけ」
その呟きに反応してなのか、隣のリーリヤが見上げてくる。
「エイナルは捕まる前、何をしてた人なの?」
どうして今そんなことを、と思いながらも、エイナルは答えた。
「何も。ずっと色んなところをぶらぶらしてただけだ」
それは、口にするエイナル自身を刺し貫くような答えだ。
「やりたいことも、やらなきゃいけないことも、何もなかった。何も見つけないまま、何も探さないまま、今日まで生きてきた。……全く、下らない人生だよ。けど、それももう終わる」
「……終わらせたくない、とは、思わないの?」
ジッと見上げるリーリヤの瞳。黄金色に輝くその虹彩が、くしゃくしゃに歪んだ表情を浮かべるエイナルを、責め苛むかのようだった。
「……今更思ってどうすんだ。やっぱり今からでも逃げ出そうってか?」
「……そうだね、ごめん。変なこと言っちゃった」
二人の目線が正面に戻る。テュリウス将軍の演説は終わっていた。ローブを身に纏ったアーケイ神の司祭が祝詞を唱え始めている。
「八大神の導きの下、汝らがエセリウスへ辿り着かんことを……」
「御託を並べるのはやめろ。俺達を導くのはタロスだ。貴様らの祈りなどいらん」
「っ! いいでしょう……!」
だが、ストームクロークの一人が勇ましく前に出たことで、執行前の儀式は中断された。当のノルドを広場に設けた断頭台へと連れて行き、その上に頭を寝かせる。
黒頭巾をかぶった執行人がその前に立ち、長柄に刃をつけた大斧を掲げて、一息にその首元へと振り下ろした。
ザン、と音を立てて断ち切られる男の首。最後まで力強く帝国兵を睥睨したまま、その頭部が地面に転がり、分かたれた断面から吹き出す鮮血が広場を赤々と汚す。
一人目の死を見届けてから、執行を取り仕切っていた女隊長は顔を上げ、並ぶストームクロークの面々を眺めまわす。
「次の囚人は……そこの小娘! あなたよ」
やがて、目が合ったリーリヤを呼びつける。
「ありゃりゃ、呼ばれちゃった」
対して彼女の態度はあまりに軽々しい。少女は少しだけ困ったような微苦笑を浮かべてから歩き出し、数歩でエイナルの方へ振り返った。
「それじゃあ、お先に、エイナル」
向けられるのは屈託のない笑み。眩しいほどの表情が、エイナルの胸を突く。
「……ああ、じゃあな……リーリヤ」
やっとこさ絞り出したような声で、エイナルは答えた。それを聞いたリーリヤは正面に向き直り、再び断頭台へと歩み寄る。
遠ざかる彼女の背中を、青年は見つめるばかりだ。いつまでも続くかに思われた少女の歩みは、やがて血に塗れた台の前で止まる。
その時、空から雷鳴のような何かが響いた。
《────オオオォォォ……!》
鋭い、何かの鳴き声のようなそれは、決して気のせいではなく、その場にいる全員が空を見上げている。だが、雷雲らしきものは何処にも見えず、むしろ空は青々と晴れ渡っている。
風鳴りか何かかと、誰もが首を傾げる。ただ一人、リーリヤだけが瞠目していた。
「今の、声……!」
しかし、様子のおかしい少女を見て本来の仕事を思い出した女隊長が、強い声音で言い放つ。
「何をしているの! モタモタしないで早くそこに首を置きなさい!」
だが、リーリヤはそれに答えない。呆然と空を見上げているだけだ。
痺れを切らした女隊長が舌打ちをし、彼女の下までズンズンと近寄る。そして、立ち尽くす体を掴んで無理矢理断頭台へと寝かせた。
乱暴な仕打ちを受けながら、しかしリーリヤは心ここにあらずと言った表情だ。こめかみを石の台に押しつけられるようにして横たえさせられているのに、苦しげな声一つ上げない。
女隊長は奇妙に思いながらも、執行人に目配せして刑罰を催促する。そうして再び大斧が振り上げられた。
次の瞬間に、彼女の首は斬り落とされるだろう。
その光景を脳裏に過ぎらせたと同時に、エイナルは動いていた。
両手は縛られ、バランスもうまく取れないまま、ふらふらと前のめりに走っている。向かう先はリーリヤのいる断頭台だ。
何故そんなことをしたのか、この後どうするつもりだったのか、そんなことは彼の頭にはなかった。放たれた矢のように、彼はただ足を動かしていた。そうしたいと、そうしなければならないと、そんな衝動が彼を突き動かしていたのだ。
本来それは、周りにいる帝国兵が看過できるような行動ではない。エイナルが走り出した時点で、兵士はすぐさま手にした弓で射殺してもおかしくはないのだ。
だが、誰もそれをしなかった。誰も彼の行動を咎めなかった。何しろその行動に注意を向ける者は誰もいなかったのだから。
エイナルが走り出したと同時に、ヘルゲンの上空では異常が起きていた。帝国兵もストームクロークの戦士達も見物人らも、頭上の光景に気を取られてしまっていた。
朝日を遮るほどの大きな影。
広げられるのは大きな翼。その身を纏うは漆黒の鱗。鋭い金の瞳がヘルゲンの街中を見下ろし、鋭い牙が並ぶ巨大な口が僅かに開かれている。
その姿を人々は知っていた。スカイリムの民ならば、誰もがその姿に覚えがあった。決して直接目にするのが初めてでも、伝承と共に受け継いだノルドの記憶が、彼らにその存在の正体を確信させていた。
「ドラゴンだ……!」
その名を見物人の一人が声高で叫ぶと同時に、黒い怪物は広場の前にそびえる監視塔の頂へと舞い降りた。巨体に伴う超重が地を揺らし、塔を軋ませる。
「え……⁉」
エイナルもようやく、頭上の脅威に気がついた。走りながら顔を上げ、処刑台を見下ろす黒い巨躯と目が合う。
すると、ドラゴンは口を開いた。人一人ぐらい、簡単に丸呑みしてしまえるような巨大な口が。
エイナルがその意味を理解するよりも、ドラゴンの行動は早い。
文字通り、天が割れる程の声が響き渡った。