「はい、これでもう大丈夫ですよ」
回復魔法の光に照らされ、腕に暖かくも心地よい魔力が包み込む。
手を握ったり開いたりして動作を確認し、感覚に問題がないの見て魔法をかけてくれた彼女にお礼を言った。
「ありがとう、とても良くなったよ、…えっとシスター・マリーだったっけ?」
目の前にいるのは教会に属するシスターの一人、最近この西街の教会に赴任してきた新人の子だ。
サラサラと流れるような綺麗で長いブロンドヘアで、青空のようなすんだ瞳は優しく人を見つめる。
修道服をきっちりと着こなし、誰がみても信心深い清楚でお手本のようなシスターだ。
「はい、マリーと申します、よろしくお願いしますねマンハットさん」
マリーは穏やかに微笑んでいる。
シオンの攻撃を弾いたあれから、どうにも腕に痺れが抜けていない感覚がありこうして教会を訪れていたのた。
この世界の教会は信仰する場所でもある一方で治療所でもある。
それは彼女らシスターや神父達が癒しのスキルを多く保有するクラスであるからだ。
冒険者の大半は怪我をすれば教会に行き癒しを受ける、いやこの街に住むほとんどの人だな。
前世では教会には訪れたことはなかったため正直そこまで重要度の高い施設という感覚はなかった、寺なども観光や季節ごとのイベントくらいで、こう言っちゃなんだがあってもなくてもそこまで生活に困らないものだった。
しかしこの世界では教会の重要度は高い、先ほども言った通り病院も兼任しているためなくてはならない存在である。
特に冒険者は怪我が多い職業、誰もがここの人たちにはお世話になっている。当然彼女たちとは良好な関係を築くべく、ここでの揉め事は厳禁だ。
もしここで彼女ら聖職者に迷惑をかける冒険者がいれば、他の冒険者達から袋叩きにあうだろう。
「どうですマンハット、シスター・マリーは神学校を首席で卒業した優秀な子です、回復魔法の腕は私を越えているかもしれませんよ」
「確かになぁ、老いぼれて足腰弱ったグレイモンドの爺さんよりかは、若くて美人な子の方が魔法の通りが良い気がすんなぁ」
老年の白い髭を生やした神父、グレイモンド神父は長くこの教会に勤め多くの人々を癒してきた凄腕の神官だ。俺も昔からお世話になっている人である。
昔は活発に動いて街のいたるところまで赴き人々を癒し教えを説いていた、また後方支援として冒険者達と一緒に依頼をこなしていたりもした。
しかし今では足が悪いのかどうにも動きが鈍いし食も細いのか少し痩せてきている、昔を知っている俺からすればこんな人でも老いには勝てないのかと考えてしまう。
「それは言い過ぎですよお二方、わたくし何てまだまだです、神父様には日々教わることが多くて本当についていくのがやっとです」
「そうでしょうか、正直言ってあなたにはもう教えることはあまりないのですよね、後は経験さえ積めば一人前ですよ」
「へー、グレイモンドの爺さんにそうまで言わせるとは、マジで優秀なんだな」
グレイモンドの爺さんはちょっと前から自分の代わりを探している節があった、昔より魔法を何度も使うことが出来ないと、体力が先にバテてしまうのだと、ぼやいているのを聞いたことがある。
ただの爺ジョークかと思っていたが、もう年だしな本当にキツかったみたいだ。
「もうっ二人して褒めても何もしませんからね」
マリーは恥ずかしそうに言って顔を赤らめる、年相応の可愛い表情を見せた。
シスターって……いいよな。
ちょっとこの教会は妙齢のシスターが多いがこうして若い子の修道服姿はかなりそそられるものがある。
頭から頭巾をかぶり布で全身を覆い隠しているため体形が全く分からないがそれが逆に想像を際立たせてエロく感じるのだ。
一度でいいからシスターをひん剥いてみたい。
マリーなんか目を見張るほどの美人さんだし、イイ身体してそうなんだよな。
神学校はかなり厳格で有名だ、そこの出ということは処女確定だ。
いつもは相手が処女か非処女かあまり気にしてないが、清楚な子が確定演出で来られると…こうな、クるものがあるんだ。
逆にこれで経験あったら心にダメージが入るんだけどな。
そんなバカなことを考えているといつの間にかマリーの表情は真剣なものに変わっていた。
邪なことを考えていたのがバレたのだろうか、少し姿勢を正しておこう。
そんな内心を裏腹にマリーは険しい顔つきで予想外の発言をした。
「あの実は一つマンハットさんのお身体で気がかりなことがありまして……」
「え、……なにそれ怖」
大きなチンチンが気になりますと言うような話では当然ない、流石に勃起までしないし、マジで病気とかの話だろう。
不摂生な生活によるものか、それとも年齢故か、もしくは職業上知らずに体にガタが来てしまったのだろうか、それか性病か、思い当たる節があり過ぎて困る。
しかしマリーの次の言葉は想像の斜め上を行くものだった。
「何と言うか、悪しき者の魔力を薄っすらと感じるのです、……これは…呪い?」
「なんと、本当ですかシスター・マリー、気がつきませんでした!」
慌ててグレイモンドの爺さんも診察に入る。
「ふーむ、これは確かに本人とは別の魔力を感じますね、呪いとまでは断言できませんが、……いや私も年を取りました、この程度のことも判別つかなくなるほど耄碌してしまうとは……」
「マンハットさんは何か恩寵をお持ちですか?」
「まぁ一応は」
「それが阻害しているのでしょうか、どうにもハッキリと見えてこないですね」
困ったように言うマリー。
不安だ、医者が戸惑う事態に直面するのが患者にとって一番の恐怖だぞ。
マリーはちらりと横目で伺うと、グレイモンドの爺さんはすぐに助け船を出した。
「シスター・マリー、こういう時はですね…」
「はい…」
「ゴリ押しです」
思わず天を仰ぎたくなった。
グレイモンド神父がこういう性格なのもあるが、この世界だとこの感覚が一般的だ。
現代医療技術などない世界に日本人の感性は邪魔をする。
回復魔法や強力な祝福をかけとけば治るやろ、神の奇跡なんだし、治らなかった時は信仰心が足りないのだ、聖職者は基本この思考だ。
「信仰心に勝るものはありません、困った時は己を信じて全力で取り組んでみなさい」
「なるほど、分かりました神父様!」
素直にマリーは頷いた。納得しないでほしかった、もう少し考えてから行動してほしい。
マリーは一呼吸置きスゥっと深い集中に入る、彼女の両手は魔力で満ちて視認できるほど輝きだす。
凄まじい魔法の密度である、グレイモンドの爺さんが褒めるのも頷ける、この道の専門家でないため正直何の魔法なのかもよく分かっていないが、この魔力制御一つ見るだけでもマリーの腕前が卓越したものだとわかる。
ふらっと教会に訪れただけの人物にかけていい魔法の規模ではない。
心地よい光が全身を包み込み、終わった後は風呂上がりのようなスッキリとした気分になった。
でも特に身体に変わったところがあるようには思えない。
「素晴らしいですよシスター・マリー、完全に除去されています」
「はぁ...はぁ…、はい、解呪成功です」
本当に? まぁ身体は軽くなったような気がするが、俺呪われてたんだよな、もっとこう精神的に解放された気分になるんじゃないのか。
結局何の呪いだったかも分からず、ごり押しで解決してしまった。
こんなんでいいのか。
「呪いってことは誰かに呪術をかけられたってことだよな」
そんな恨まれるようなことしたかな? したか、してるな。
でも呪術を使えるような人物と接点ないぞ。
「魔物の線もあり得ますよ、死霊系であれば人間が使うより強力です」
「……前にリッチと戦ったことがあるな」
あれはヤバい相手だった、完全に消滅させたがこっそり呪いをかけられても可笑しくない奴だった。
だがその時も同じこと考えてその時いた精霊術使える奴に精霊の祝福貰ってたんだがな、ずっと潜伏してたってのか?
やっぱり本職の聖職者じゃなきゃダメだったわけか。
「アンデッドと戦った後は必ず祝福を受けに来てくださいね」
そう言ってマリーは立ち上がり、手元にあるものをテキパキ片付け始めた。
あれだけの魔力を使っても息切れしただけか、すげぇな。
「あぁそうするぜ、すまねぇな助かったよ」
マリーに感謝の言葉を伝えるも内心は不思議に思っている。本当に身体に変わったところが見当たらないからだ。
だが既に聖職者二人は気にしてないし、内心ビビってるのは俺だけか。
まぁ元々不調だったわけでもない、呪いと言っても弱いやつだったのだろう。
あれだけの魔法食らえばどんな呪いも一コロだろうし、俺も気にしないでおけばいいのか。
「神父様そちらにあるものも使わないのでしたら、一緒に片付けて来ますわ」
「えぇそうですね、ではお願いしましょうか」
「はいもちろんです、それではマンハットさん、今日一日あなたに神のご加護がありますように」
去っていくマリーの後ろ姿を見送る。
修道服やっぱりエロいな、全く肌を見せない服装でも体のライン程度は分かるし、無意識に中身を妄想してしまう。
性欲が沸き上がるのを堪える。
グレイモンドの爺さんはカンが鋭いからな、バカな事を考えてると見抜かれる。
「良い子だな、腕前も抜群だしこれでグレイモンドの爺さんもとうとう引退か?」
「まさか、私は生涯現役ですよ」
老いて体にガタが来て痩せてしまっても彼の目はギラついて力強い印象を受ける。
どれだけ老いても彼は変わらず、街の住人を癒して見守る優しい神父だ。
「ですが彼女のお陰で私も肩の荷が降りました、もうお迎えも近いことでしょうしこれで思い残すことも少しだけです」
「おいおい、グレイモンドの爺さんにしてはどうも弱腰だな、まるで死期を悟ってるみたいだぞ、…でも少しは思い残しがあんだな、ならまだまだ死にゃしねぇか」
「私とて人の子です、日々悩みはつきませんよ」
どこか思うところがあるのか、何と言うか本当に人生の片付けをしているみたいだ。
まぁ見ている限りは元気そうだし、背中なんて芯が入ってるみたいにピンと延びている。
当分くたばることはなさそうに見えた。
「今の悩みはこの荷物をどうするかです、マンハット私の代わりに片付けてくれませんか?」
「…何で俺が?」
「おや、あなたはこんな老人に重い荷物を持たせるのですか?」
足元にある大きめの木箱、誰がここまで運んだのだろうか。
確かに爺さんやシスターには持てなさそうだが。
「他の神父に持たせろよ、…まったくしゃーないな」
「ありがとうございます、向こうの倉庫に持って行って下さい、先にシスター・マリーが入って行ったところです、どこに置くかは彼女に聞いて下さい」
「おう」
「マンハット」
「ん?」
「今日一日あなたに神のご加護がありますように」
「おう、ありがとよ」
木箱を持ち倉庫に入る。
軋んだ音をたてて扉が開き、雑多に置かれた荷物だらけの部屋を見回す。
パッと見ではマリーの姿は見えない、入れ違いなはずはないし奥にいるのか。
何気なく部屋の奥まで進んでみれば、ごそごそと物音をたてて慌てた様子でマリーが部屋の隅から飛び出して来た。
「しんっ…あっ…え、…マンハットさんでしたか、な、なに用でこちらに」
「…ああ、この荷物を倉庫に運ぶのを頼まれてな、どこに置けばいいんだ?」
「そ、それならわたくしが片付けますので、…どうぞ貸して下さい」
「いや、結構重いよ、どこに置くか言ってくれればそこまで行くから」
「そうですか…、でしたらこちらに…」
何を慌てていたのだろうか。
未だ焦っているのかぐいぐいと背中を押されるように入り口の方へ向かう。
マリーが居たであろう場所を振り返って見ようとしたが、他の荷物が死角になりよくわからない。
うーん、気になるなぁ。
「な、何もありませんよ、こっちですこっちに!」
後ろを見ているとマリーは自分の体で隠すように視界を遮る。
そうまで必死にされると本当に何かしらの隠し事がありそうだな。
まぁ若い女の子の秘密を探るのは良くないし、変な勘繰りはやめよう。
そんなふうに考えているとふわりと漂ってくる、よく覚えのある香りを嗅ぎとる。
これはアルコールの匂いだ。
「ここです、ここに置いてくれれば大丈夫ですので!」
「…あ、あぁ」
言われた場所に木箱を下ろす。
頭の中はグルグルと今感じた匂いを反芻する。
アルコールの匂い、それもこれはワインだな、それがマリーから確かに匂うのだ。
もしかして飲んでいたのか?
「ありがとうございます、ご苦労様でした!」
倉庫から追い出された。
一体なんだったのか。
隠れて飲んでいた?
だとすると、どうなんだ…。
教会は禁酒の戒律なんてなかったはず、グレイモンドの爺さんだって普通に飲んでいるし、別に隠れて飲むほどのことではない気がするが。
聖務中でも飲むほどのアル中なのか?
教会については規則等詳しくないから、その辺りよく分からん。
調べてみるか、面白そうだし。
弱みを握れたらワンチャンあるかもな。
とわ言うものの、どうやって調べたらいいのか検討がつかない。
こういう探偵みたいな仕事向いてないな自分。
取りあえず周りのシスターに聞き込みをしてみたものの有力な情報はない。
そもそも聞き方に問題がある、「シスター・マリーはお酒好きなのか」とか直接的なこと聞ける訳はなく、どうにも遠回しに聞くことになってしまう、となるとまったく本筋に絡んだ情報を得ることが出来ずに無駄足になる。
自分の社交性のなさにビックリだ。
「うーん、まったくうまくいかん、……こりゃ無理か、いやアレは…」
教会内をうろうろしていると一人のシスターを見つける。
銀髪で日焼けしたような肌、幼さを残す顔立ちはポカンと口を開けヨダレを垂らし椅子にもたれ掛かっている。
握った両手は垂れ下がり、目蓋も同様に落ちている、完全に熟睡してる。
「おい、ドレス……起きろ、おい」
呼び掛けても反応はない、今度は強く揺さぶって声を大きくする。
「起きろって、おい! …シスター・ドレス起きなさい!」
「…っは!? ね、寝てませんよ神父様! 祈りを捧げていたとこなんで……なんだおまえかよ、驚かせんなし」
「居眠りしてんなよ、あとヨダレ拭けよ」
「うっせえよクソが、最悪の目覚めだよオッサンの顔で起きるのは」
教会の中でも異端児、不良シスターのドレスだ。
不真面目でよくサボる、何でシスターやれているのかわからない娘だが、この時ばかりは丁度良い、こいつに遠慮はいらん。
歳もマリーより低かったはずだ、性格は間反対だから仲が良いとは思わないが、この協会だとこの二人しか若い人間はいないから自然と絡む機会はあるだろう。
「え? シスター・マリー? ああいいやつだよアイツは、アタシに普通に話しかけてくれるの爺とマリーくらいだし」
教会で浮いているの自覚あったのか。
可愛そうなヤツだが、日頃の行いだな自業自得だ。
「マリーは代わりにアタシの仕事やってくれるんだ、アタシより上手くこなせるしその方がいいだろう? 他にも食前酒を代わりに飲んでもくれるしな」
「…食前酒を? シスター・マリーはいつもドレスの分も含めて二杯飲んでいるのか?」
「おう、こっそりな、バレたらうるさいから」
「ワインは一杯以上飲んじゃいけないのか?」
「…さあ? 考えたことないな、たぶんダメなんじゃない? 皆一杯だけ飲んでるよ」
ドレスは自分が飲みたくないものを人に押し付けているだけで、教会の規則について全く考えてないだろうし興味もないだろう。
裏付けとも言えない話だが、マリーが酒を好きであることは何となくわかった、そしてそれをひた隠ししていることも。
その場を後にし他にも話を聞いてまわったが有力な話しは出てこなかった。
現時点でかなり不確定だし例え合っていたとしてもそれでどうこうは出来ないようにも思える。
だからもはやこれは作戦とも言えないなげやりな誘い出ししか出来そうにない。
上手く行くとも思えないが、ダメだったとしても、そりゃそうだろ、と思うだけだな。
マリーの姿を探していると、グレイモンドの爺さんと一緒にいるのが見える、丁度良い爺さんを話の出しに使える。
「おやマンハット、どうされました」
「いやなにリィロの奴から伝言を頼まれてな、たまには顔を見せに来いってよ」
この伝言は本当だ、別に頼まれた訳じゃないが何時だったかそんなふうな事を言っていた記憶がある。
「そうですか、……実は酒は辞めてましてね、それで酒場には随分と行っていないのですよ」
これは驚きだ、酒を辞めていたなんて初めて知った。
やはり高齢が故のことだろうな、グレイモンドの爺さんが酒を飲む姿はかっこよくて好きだったんだが、もう見ることが出来ないのか。
「酒場ですか…」
マリーがボソリと呟いた。
もし本当に酒好きなら食いつかないわけがない。
「シスター・マリーは酒場には行ったことありませんか?」
「はい……無いですね」
「酒場ってのは色々な酒が置いててな、それを皆自由に飲めるんだ」
「酒場自体は知っています、行ったことがないだけです」
一応酒場の説明をしたが、流石にそこまで箱入りではないらしい。
話を狙い過ぎて変な会話になっちまったか、イカンなもっと自然に繋げよう。
「私はウィスキーが好きで、よく飲んでいましたよ、ワインより好きなくらいです」
「ワインよりですか!? ……そんな飲み物が」
「俺は普通にエールだな、つっても冒険者は皆エールばっか飲んでる奴らだが」
「……なるほど、…エール」
先程からマリーはボソボソと呟くだけで何を言っているか聞き取れない。
興味がないか? オッサン同士の会話だしな、つまらなくなってしまっても仕方ない、これは失敗したかもな。
「シスター・マリーにはあまり縁のない場所ですね、女性が行くような所ではありませんから」
「おいおい、普通に女性客はいるぞ」
「おっとこれは失言でした」
グレイモンド神父は大袈裟に口を押さえた。
冗談の好きな爺さんだが、ネガティブなことは今は言わないで欲しい。
「リィロのやってる酒場は女性一人でも大丈夫だ、中央大橋の手前にあるから分かりやすい場所だぞ」
「マンハット、シスターを酒場へ誘うのは感心しませんね」
「それはすまん、けどシスター・マリーなら別に酒場なんか興味ないだろう?」
「…え、えぇ、もちろんです」
「シスター・マリーなら心配いらないでしょう、ともかくリィロにはすみませんがよろしく言っておいて下さい」
グレイモンドの爺さんのその言葉でこの場はお開きとなった。
別れの聖句述べる二人を、さっきも聞いたからと言って辞めさせる、有り難いが別に信徒でも無いし一日に何度も聞きたいものじゃない。
二人に別れを告げ教会を後にした。
正直手応えが感じられない、しかしこれ以上は怪しまれるし、マリーも警戒するだろう。
後は運に任せて、酒場で待機しよう。
◆◆◆◇◇◇
夜も更け酒場で待つこと数時間。
まったくそれらしい人影は現れない。
流石に期待しすぎたか、そもそもあんな会話でのこのこ酒場にやってくるはずもないってことくらい、普通に考えれば分かるのにな。
もし来るとしても当日来るなんて都合が良すぎる。
リィロの視線が痛い。
お前一人でなにしてんの? 酒も一杯頼むだけで小一時間、もっと注文しろよ。
そんな声が聞こえて来そうだ。
もう諦めて他の客に絡んで飲もうかな、等と考えていると。
入り口から深くフードを被った怪しげな人物が現れた。
いやどう見てもシスター・マリー本人だった。
フードの端から髪や顔も見えてるし、体型も誤魔化しきれてない。
知り合いが見れば一発で分かるレベルのお粗末な変装、隠す気ある?
それともシスターとバレなければそれでいい、そんな考えか?
マリーはキョロキョロと辺りを伺う。
おっかなびっくりと言った様子だ、酒場には行ったことがないと言っていたし、この騒がしい独特な雰囲気はさぞ珍しい光景だろう。
「……マスター……」
俺はボソリと呟くような小ささでリィロに呼び掛け、隣の席に指を指す。
この時のため隣の席はリィロにも言ってわざと空けさせておいたのだ。
「…ようこそお客様、どうぞこちらのお席へ」
「あっ…はい、ありがとうございます」
席に着いたマリーは落ち着かないのか、もじもじと体を小刻みに動かしている。
手をテーブルに置いたり、膝の上で組んだり、と思ったらまたテーブルの上置く。
小動物みたいな可愛さだな。
そしてメニューを探そうとしているのか左右に視線を動かし、バッチリと目があった。
「……えっ、…あっ……あ、あ」
「ようシスター、さっきぶりだな」
マリーは目まぐるしく表情を変え、パクパクと声にならない言葉を発する。
信じられない者をみたような反応だ、でも俺が教えた酒場だぞ、俺が居ても不思議じゃねぇだろ、天然かコイツ。
「こ、これはその……」
「おう」
「ち、違うんです、誤解です、店を間違えて入ってしまって…」
「……別に誰にも言いやしねーよ」
なんだその言い訳は、店を間違えましたなんて通用するわけないだろう。
当然そんなことで誤魔化せるとは本人も考えてないみたいで、一度項垂れて口止めをお願いしてからは、開き直ったように振る舞うようになった。
「……実は私、…ワインが好きで…厳密にはアルコールが好きなんです、隠していましたが」
全然隠れてなかったが。
これ本人は隠し通しているつもりで実は他のシスター達にも既にバレているのでは?
しかしアルコールが好きとは妙な言い回しだな。
「……もしかしてワイン以外のお酒を飲んだことがない?」
答えは、まさしくその通りだった。
神学校や教会で提供されるお酒は全てワインに統一されている。
ワインは神の血であるとされ、食前酒としてコップ1杯のワインを飲むのが教えだそうで。
もちろん飲めないものもいるのでその時は少し口を付けるだけでもいいそうだ。
マリーはその時飲むワインが大好きだった、おそらくお酒自体が好きなんだろうと自分でも分かっていた。
だが神学校では出ない他のお酒を求めて街に出掛けるのは真面目な性格のマリーには困難だった。
必要以上のワインを求めるのもはしたなく、ずっと我慢させられていた。
そして今神学校を卒業し教会に配属になり、少しタガが外れた結果があの行動に繋がり今に至る。
「じゃあ最初はエールなんてどうだ? なんだかんだ言って国民に一番人気の酒だぞ」
「エールですか、…飲んでみたいです」
内心で俺はガッツポーズをきめた。
マリーが酒場に来るのは完全に運に任せた行動だった、駄目だったとしてもそこまで残念な気持ちにはならなかったが。
目の前に現役のシスターがいる、娼婦のコスプレでやっているものではない本物だ。
修道服でないのが残念だか、ここまで来たら絶対に逃がしはしない。
必ず酔わせて部屋に連れ込んでやる。
修道服と同じくらい体型のわからない服装をしているが、まだ若いし真面目なシスターなら余分な脂肪をつけた体つきではないはずだ。
その服を脱がせたマリーの姿を密かに想像し、俺はエールを注文した。
「おーいマスター、エール二つ」
すぐにテーブルに運ばれる小麦色に輝くエール。木製のジョッキと言うのも味わい深い。
適当なツマミになるものも頼む、俺は酒だけでは飲めない主義だ。
マリーは緊張した表情でじっと目の前のエールに視線を落としている。
「シス…いやマリー、まずは乾杯しよう」
「かんぱい…? あっ、乾杯ですね、知っていますよ」
ガラスが当たる高音とは違い、コッっと鳴る木の音も慣れるといいものだ。
ジョッキを合わせ、一気に呷るように飲み込んでいく。
ごくごくと喉を通る爽快感、さっぱりとした苦味、俺はやっぱりエールが一番好きだね。
「どうよマリー、初めて飲んだエールのかんそ……え?」
隣を見ると未だ傾けたままのジョッキ、中身のエールは半分も無いだろう。
そのまま逆さになるまで傾け、まさかの一気に飲み干してしまった。
「……ぷはっ……何ですかこれは!? う、旨すぎます!」
「……気に入ってくれたようだな」
「マスター、エールを一つ追加お願いします」
エールを自ら注文するマリー。
一気に飲み干して、すぐまた追加するとは本当にお気に召したみたいだ。
「ずるいですよ、皆さん日頃からこんなに美味しいものを飲んでいるだなんて」
「ずるくねぇよ、庶民の飲み物だよ」
「これは確かに中毒者が出てしまうのも納得です、神の名の元に取りしまわねばなりません…ゴクゴク」
「説得力ねぇぞ」
生真面目で模範的なシスターだと思っていたが、どうやらかなりの面白シスターだったようだ。
教会もそうだが神学校はかなり戒律に厳しいらしく、逃げ出してしまう生徒も多いと噂だ。
そんな学校を卒業している人間はどこか狂人めいた思考を持っているだろう、特にマリーなんて首席で卒業しているんだから、どこかしらにおかしな部分が出来ても不思議じゃない。
でもそれが酒に偏っているならまだ不幸中の幸いだな。
そして二杯目のエールもすぐに飲み干してしまい、俺は次に別のお酒を進めた。
「ウォッカですか、神父様も仰っていましたね、分かりましたそれを下さい」
グレイモンドの爺さんと同じ飲み方でロックを注文した。
琥珀色で少し粘性がある液体、興味深そうにグラスを回して氷を眺めるマリー。
何気ないように口を付けると、信じられないことにこの一口でグラスを空にしてしまった。
……大丈夫なのだろうか?
「これも美味しいです、神父様もお好きと言っていたのがわかります、芳醇な香りと滑らかな口当たり、…ふふふ、何杯でもいけそうです」
すごいな、俺が同じ飲み方をすれば喉がイカれるところだが、マリーは余裕そうだ。顔色もほんのり紅くなっているだけ。
だがこの分なら早急に酔いつぶれるだろう、例の酒を出さなくても勝手に自滅しそうだな。
そう思っていた、この時までは。
その後、色々な酒を注文して飲み、世話話を挟み、また飲む。
そして気づく、何時までたってもマリーが酔いつぶれないことに。
「…戒律と言うのはただ守ればいいのではありません、なぜそれが必要なのか考えるのです。疑えと言っているのではありませんよ、一度自分の中に落とし込んで消化するのです。意味を理解しないで従順に従うだけが教義ではありません、例えば十戒の一つ平静と均衡とは……」
酔ってはいるのだろう、無限に説法をしてくる。
酒場でシスターに教義を説かれるために俺はここにいるのではない、そんなのはグレイモンドの爺さんに散々やられたのだ。
耐えられなくなった俺は店主のリィロに目配らせをしいつもの文言を口にした。
「あらこれは? 綺麗な色合いのお酒ですね」
運ばれてきた酒を前にマリーは言った。
この酒は薄ピンク色で光に当てると中で虹がかかったような輝きをする特徴をもっている、これまで出てきた酒に比べるとかなり異質で珍しいだろう。
この酒で潰れなければもう打つ手がない。
マリーのペースに合わせるように俺も酒を飲んでいるのでこっちの限界が来ている。
俺は自身のスキルでアルコールを中和しているため酔いの影響を抑えておけるが、今回の量は俺のキャパシティを上回りつつある。
マリーも似たようなスキル持ちか、それとも素で耐性が高いのか、どちらにせよこれで駄目なら俺の方が潰れてしまう。
俺とマリーはグラスを掲げて同時に口を付ける、俺は祈るように喉に流し込んだ。
本作の『ガールズ・ドランク』をゲームにして遊べるよう製作中です。
体験版をFanzaでだしました、詳しくは活動報告をご覧下さい。