カルマのユニットストーリーと第14章【終わりなき螺旋の物語】との幕間。
「時間がない」
先生がこんなに苛立つのは珍しい。
どんなに危険が迫っている時でも、その状況を楽しむように余裕の笑みを浮かべていた人が。
「祖神の世界再生計画がこれほど進んでいたとはな。スペアレルムが崩壊した以上、器の奪還に使える手駒もない」
狭い部屋を忙しなく歩き回る先生の背中は、これまでになく小さく見えた。
「……先生」
その背中にそっと手を添える。
でも、これで先生は私だけのものだ。
「もし今の世界が滅んでも、私は最後まで先生のそばに……」
「黙れ!」
突然の頬の痛み。
何が起きたのか分からないまま見上げると、怒りに満ちた先生の目が私を睨んでいた。
「滅ぶだと?誰が滅ぶ?お前か?それとも私がか?答えろ!」
真っ赤に充血した目と、上気した頬。
こんなに取り乱した先生は初めてだ。
「ごめんなさい先生、そんなつもりじゃ……」
右頬にまた痛みが走る。
先生に殴られたんだと、この時やっと理解できた。
「何のための研究、何のための人生だ!志半ばで終わるようでは、これまでの全ては何もかも無駄ではないか!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
頭を庇う腕の上から、何度も繰り返し殴られる。
(何がいけなかったんだろう)
先生のプライドを傷つけてしまったのだろうか。
アカツキ計画は失敗したと、そう言外に匂わせてしまったからだろうか。
(それでも)
先生の気分が少しでも晴れるのなら、私は何をされても構わない。
「カルマ」
どのくらい時間が経っただろう。
先生が手を止めた。
「お前は、私が何を研究しているのか理解していなかったのか」
さっきまでと違う静かな声に顔を上げる。
先生の冷たい目が私を見下ろしていた。
「祖神の……世界の……根源のメカニズムの……探求……」
「それは研究の表層に過ぎん」
乱雑に積み上げられたノイズの研究資料に目を落としながら、先生が呟く。
「創世より続く膨大な知識を探求するには、人の一生はあまりにも短い」
人間の寿命は延命処置を施してもせいぜい120年を超える程度だろう。
長命な亜人は別として、人間が研究に費やせる時間はさらに短くなる。
「人は知識を次代に繋ぎ、やがて真理を解き明かすに至る。エリューズアーカイブの連中はそう言うが、そんなものは戯言だ」
研究者という人種は誰でも、自分自身で真理に至ることを目指す。
だから先生も、祖神とノイズを利用して秘匿された禁断の知識に手を伸ばした。
(そう、思っていたけれど)
「人は死に、その記憶を失ってまた輪廻転生する。だが記憶を保ったまま転生できれば永遠に真理を探求できるはずだ」
そんなことが本当にできるんだろうか。
「無論、普通に転生すれば前世の記憶を失ってしまう。だが、負の輪廻から転生すればどうだ」
確かにスパイラルになれば死んでもすぐに甦れる。
だけど、それで都合良く記憶を維持できるものだろうか。
「そのためのサンドリヨン、そのためのラストレガリアだったんだが」
薄く笑うと、先生はこちらに背を向ける。
「絶望の輪廻にアクセスする術がないのでは机上の空論に過ぎんか。せめてゼルプストの居場所さえ分かればまだ方法もあるんだがな」
痛みで気が遠くなる前に、私の耳に届いた言葉。
「……こんな時にウーシアが居てくれたら」
ウーシアさん。
貴女はまだ先生の心を捉えて離さないんですか。