奇跡的に健康になった有栖が性徴します。
1. 清隆との出会いと有栖の性徴
今、私はガラス越しに何もない部屋を見ている。何もないわけではない、そこは白一色であり、十数名の私とほぼ同じ歳頃であろう子供たちが、机に座り、与えられる課題に取り組んでいる。一つの課題が終わると、手を挙げ、次の課題に取り組むらしい。その中で異彩を放つ子がいた。周りと比べ、明らかに手を挙げる頻度が違う。抜群、群を抜けているという表現が適切だ。
「あの子、すごい。」
私は誰に話しかけるということもなく声が出た。
私の名前は坂柳有栖。歳は10歳になったばかりだ。いま、父の付き添いで、「ホワイトルーム」と呼ばれるところに来ている。なんでも、知能指数の高い子供を集め、課題をこなすという負荷を与えることで、脳の使用領域が増やし、「天才を作り得るかどうか」の実験をしているらしい(詳しいことは教えてもらえなかったが、後天的に作られた天才は、先天的な、生まれながらにして天才を超えられない。ばかばかしい)。
しばらくたった後、同じように2階に設けられた部屋からその白い部屋をみると、前回と大きく異なっていた。そこには机は一つだけで、大人と茶髪の子供がチェスをしている。二人ともほぼ時間をかけずに駒を動かしている。私もチェスは好きだ。戦略と戦術を組み、相手の出方を見ながら自分の戦術に誘い込む。
「あの子だ。」とにかく強い。瞬く間に大人を打ち負かした。すると次の人がその子の相手を始めた。私の見ている中で、その子が負けることはなかった。
後で聞いたが、他の子供たちはみんな出て行ったらしく、今はあの子だけとなったらしい。
あの子を見ていると、なぜか私の弱い心臓の鼓動が、強くドキドキするという錯覚?を感じる。いや錯覚ではない。確かに彼を見てから数日、体調がよくなる。鼓動が強くなる。私は先天性の心臓病を患っており、体に負担をかけることを禁じられている。歩くときは杖を使わないといけない。でも、その数日は、歩こうと思えばしっかりと歩ける状態になる。いくら考えてもわからないので、周りの人には言っていない。
私はチェス盤の前に座り、あの子の打ち筋をトレースしてみる。
「おもしろい」
戦術はさえわたり、幾重にも重なり、相手の出方により、フレキシブルに対応している。少しの間、相手の出方をうかがっている。多分、学習している。すぐにその学習は終わり、それの実践が始まる。そして相手に隙があると、そこから攻撃の手を緩めず、勝利まで突き進む。そんな感じだ。
私は体は弱いが、生まれながらにして天才である。これは自負している。とにかく深く考え、解答、根幹に素早くたどり着けることができる。また、一度目にしたものは映像として保管し、必要時にその映像を呼び出し、中の情報を利用するため、一般的な暗記ということに困ることはない。
そんな私が父に「彼とチェスがしたい」と。
私はめったに父にお願いはしない。父は私のお願いは絶対に聞いてくれる。仕事なんて二の次で、私の願いをかなえるため、自分を犠牲にする。そのことが分かっているからお願いはしない。ただ、このホワイトルームについては父にアレンジしてもらう以外に手はない。
手を尽くしてくれたのだろう、その日は1週間後となった。その日まで、私はチェスの勉強をした。今自分の持つ能力を総動員してあらゆる情報を頭に組み込んだ。インターネット、AIも使った。
あと、私には特殊な能力がある。人の目を見ると、その人の欲望(最も強く渇望しているもの)と私に対する感情が浮かび上がるのだ。父の知り合いは大体が「権力」「お金」といったもので埋め尽くされており、私に対しては「取り入ろう」「気持ち悪い」「かわいい」。あまり気分のいいものではないのでこの力は使わないようにしている。感受性の高い人は、私と目が合うだけで、その異質性に気が付くらしい。
その日、私はその白い部屋にいた。机上にチェス盤をおいた机には茶髪のあの子が座っている。心臓が強く鼓動する。
「はじめまして。今日はよろしくお願いします。」とあいさつした。
その子は一瞬顔を上げた。表情のない顔、その目には何も映っていないような全ての光を吸い込むような瞳。例の能力を使っても何も浮かび上がらない。「特別な人」に私の心は持っていかれた。
「よろしく」とその子は一言言って顔を伏せた。
私もその子の前に座り、一礼をした。
「じゃ、始めようか。先手は君で」彼の一言で、その子のとの対戦が始まった。チェスは先手が有利なゲームである。つまり舐められているに他ならないが、それに拘りはない。そんなことより、早く始めろと鼓動が叫ぶ。
「はい。それでは」と最初の一手を指した。
そこからは、お互いに早打ちが始まる。相手が打つと間髪を入れずに打ち返す。それの繰り返しで、チェス盤の上では次から次へとゲームが進んでいく。そんな戦いが30分ほど経過した。
私は一度手を止め、水を一口飲み
「面白くありませんね。そろそろ本気を出していただけませんか」とその子に問うた。
「そうだな。このままではつまらない」その言葉を合図に明らかに打ち筋が変わった。その打ち筋を読みながら私も戦術を練り直し、対応していく。だんだんとお互いに考える時間が必要になり、互いに長考することも出てきた。打ち始めて3時間ほどたったころ、
「チェックメイト」彼が一言いった。私は20手ほど前から防戦一方となっており、この結果は見えていたが、その子は最後まで付き合ってくれた。
「恐れ入りました」私は負けを認め、感謝の一礼をした。
「名前は?」
「有栖、坂柳有栖といいます。綾小路清隆君」
「そうか、覚えておく。今日は楽しかった。ここで楽しいと思ったのは初めてだ」
「そうですか。また、会えるのを楽しみにしています。」と伝え、私は席を立った。
終わった今でも疲れはない。私は好戦的で負けず嫌いであるが、なぜか悔しさは感じず、爽快さだけが残っていた。先天的な天才や作られた天才というわだかまりも消え失せていた。また、この対戦の3時間中、私の心臓は強く鼓動し続けた。椅子から立ち上がり、杖を使わずにまっすぐに歩き父の元まで戻った。
「有栖、杖を使わないと危ない。」
「ごめんなさい。ただ、あの子のことを考えると、普通に歩けてしまうのです。」と答えた。
清隆side
オレの今日の課題は「同い年の女の子とチェスをうち、勝つこと」だった。もうこの手の課題はやりつくしていた。部屋にいる奴等とも打った。プロで世界チャンピオンと言われている人とも打った。つまらなかった。10分程、相手の打ち筋を学習する。勝ち筋が分かる。あとはこなすだけ。何も起こらない、それがオレのチェス課題に対する感想だった。今日も、おそらく関係者が興味本位で「オレと自分の娘が戦った」という話題つくりのためだと思った。
チェス盤の前に座っていると、その子が来たことが分かった。
「はじめまして。今日はよろしくお願いします。」とその子があいさつした。
オレは顔を上げ、今日の相手をみた。そこには小柄で華奢なシルバーグレーの髪のその子が杖を突いて立っていた。一瞬その瞳に見入ってしまった。不思議な瞳、すべてをわかっているような、包み込まれるような感覚に陥った。自分のその感覚から逃げるように「よろしく」と返事して顔を伏せた。
「じゃ、始めようか。先手は君で」どうせ、いつものようにつまらない時間となる。せめてハンデとして先手を譲った。
いつものように打ち筋を見ながらチェスの駒を動かす。こちらが打つと間髪を入れずに、的確な位置に指してくる。こちらも間髪を入れずに挿し返す。そんな一進一退の攻防を30分ほど続けたとき、その子の手が止まった。
「面白くありませんね。そろそろ本気を出していただけませんか」その子から驚くような言葉が発せられた。
「そうだな。このままではつまらない」基本ここまではお付き合い戦術で打ってきた。いつもならこの程度で相手が破綻し、崩れ去っていく。その子は破綻の一端も見せず、たまに攻め込んできては、また緩めるといった、お互いに遊んでいる状態だった。オレは戦術を勝つ方向に変えた。それでもその子はついてくる。張り巡らせた罠にはかからない。その子も巧妙な罠を仕掛けてくる。お互いに考える時間が増える。10分程度の長考も必要になってきた。「なんなんだ、この子は」そんなことを頭の片隅で考えながら、手を変化させながら打ち続けた。やがて、方向が定まった。その子も感じたらしい。20手ほどで終了することはお互いにわかっていた。その子の意識が入ってくる「かなわない」。オレは最後の一手まで気を抜かずに挿し続けた。
「チェックメイト」これで課題はクリアした。
その子の名前は「坂柳有栖」。オレはこの部屋に来てから、別段、楽しく思うことは一切なかった。何を感じることもなく、淡々と課題をこなしてきた。そんな中、なぜか「楽しかった」と感じた。その時は、この先、その「有栖」がオレの意識の中に存在し続けることになることなんて思いもしなかった。
あの日から私は変わった。奇跡が起きた。日に日に心臓の鼓動が強くなり、かかりつけのお医者さんも「奇跡だ、こんなことが起きるなんて」と驚いていた。
実際、心臓が弱いため、成長にも影響が出ていた。周りの子に比べ、小柄で、体の作りも華奢だった。様子を見つつ、普通の生活ができるように、家の中を杖なしで歩き回ることから始め、今では、ようやく、ジョギング程度までOKとなっていた。
中学に上がる前に、2年ぶりに、ホワイトルームに行く機会があった。
2階から、格闘トレーニングを見学する。この前見たときより清隆も大きくなっていた。防具をつけた状態で戦っている。相手からの攻撃をすれすれで避け、その動きの中で攻撃する。流れるような動き、攻撃を受けても大きなダメージにならないように受け流している。
「きれい」
その洗練された動きに感動した。心臓が強く鼓動する。ふと頭に「いつか清隆の隣に立ちたい」という思いが浮かぶ。
中学に上がるころには、普通の生活ができるようになっていた。走りまわることも可能だが、やはり普通の女子程度でしかない。「清隆の隣に立つ」これが今の私のすべてである。彼はいずれ何か大きなものと闘わなければならなくなるだろう。それが知力的なものか、体力的なものかは分からない。頭脳は近いはず、まずは体力を大幅に上げる必要がある。学術書を読み漁り、あらゆる闘技の道場へ赴きその動きを頭に叩き込んだ。わかっていたことではあるが、どれだけ体力を付けても筋力向上に努めても、ものには限界があり、体格差は埋められないという至極当然なことだ。最後に清隆の隣に立っていれば、勝つ必要まではない。だから私は「どんな相手でも倒されない」を目指す姿にした。
その姿を達成するうえで護身術が最も適している判断し、突き進むことにした。できるだけ早く、高みに昇る必要がある。いつ清隆と再会してもいいように準備しよう。課題は高い持久力と筋力、そして敏捷性。ありとあらゆる、考えられる限りのリソースを使って、磨き上げた。身体の作りを把握するため、大学の医学部にいって実際の身体を解剖したりもした(父にアレンジをお願いした)。それぞれの筋肉の動き、関節の可動域、骨の強さなんかを実物で確認したのはいい知見になった。敏捷性を向上することに集中していると、面白いことが分かった。攻撃されるときに限り、相手の動きがゆっくりと見えるようなってきた。また、筋肉が動き始める瞬間もわかるようになった。動き始めが分かり、その攻撃がゆっくりと迫ってくるわけだから攻撃はよけやすい。躱して躱して、逃げればいい。確実にするなら、躱して躱して、倒して逃げるか。どう倒すか、組んだら体格差で押し切られる可能性もあるので、これは避けたい。護身術といっても小柄な体で対応するには限界がある。やはり、殴るか、蹴るかで一撃を食らわせるのが一番。どう一撃を入れるか思案したり、実際に格闘技の動画を見たりした。その中で、ある空手の動画が眼に入った。いわゆる後ろ回し蹴り、相手がよけるためにのけぞる。足が顎をかすめた次の瞬間、相手は落ちた。なるほど。顎先に回転力を加えることにより、頚椎へ負担と、その加速度による脳震盪か。これならそれほど大きな力はいらない。人の首周りの構造を思い描き、最適な角度を割り出した。その最適な角度で打撃をいれるには、やはり届きやすいところまで降りて来てもらった方が確率が上がる。となると、まずは鳩尾か、金的で姿勢を崩し、その流れで、顎に打撃を入れる、か。
実践のため、学校の先生にお願いした。私の習っている護身術が役に立つかどうか確認したいとか、適当な理由を付けた。その先生は身長が180㎝くらいで柔道も空手も3段なので、いい相手かと。
「先生、よろしくお願いします。手加減されると困ります。本気で襲いに来てください。」
「わかった」
先生は、まず捕まえに来た。体格も違うため「クマに襲われそうな女の子」みたいな絵になる。右手が肩を捕まえようと迫る。その手首をつかみ、体を反転させ、つかんだ腕を引き込む。このまま転がせる自信はあったが、力を抜いた
「あ、あれっ。やっぱここまでですか。」と笑いながら体格差でかなわないことをアピールする。
「でも、手首をつかんで引き込まれたときは驚いたぞ」と先生。
「じゃ、先生、次は空手技でお願いします。」
「よーし」先生はかまえる。間合いを詰め右足から回し蹴りがきた。そのままいなすと左手の正拳突きが来る。見えている。正拳突きの左腕が動き始めると同時に、その軌道を避けて間合いを詰め胸元に飛び込む。先生も腰を落とした姿勢のため、十分に届く高さだ。そして、手のひらの付け根あたりで
「この角度から、顎の先端を思い切り刈るように、発射」
先生は正拳突きの勢いのまま、前のめりになり、床に伏した。思った通りに体が動く。あとはどのような状況でも狙えるように習熟する必要がある。
このころ私の体にも変化が出てきた。小学校を卒業するころから、乳輪あたりが少し痛み、徐々に膨らんできていることは気が付いていたが、やがて胸全体がうっすらと膨らんできていた。そして、中一の秋ごろ、お腹に張りを感じると、股間から血が出ていた。初潮だ。
「生理が始まったみたい」父に告げると、父は涙を流して喜んだ。どうやら、先天性の疾病もあり、成長が遅れ、一生、生理が来ないかもしれないと医師から説明があったらしい。でも、その心臓も奇跡的に治り、少し遅めであるが、正常範囲内の年齢で初潮を迎えたことにひどく感激したようだ。私としても、体力、筋力をつけるため、しっかりと栄養を考えた食事をとっているし、運動もしすぎるほどである。月一回の生理は煩わしそうであるが、女にとってはとても大切なことなので、うれしく思おう。
一年もたつと、ブラジャーで包まれた胸はふっくらとし腰回りは大きくなり、ウエストにくびれもできてきた。だんだんと女らしい体形が作られていく。股の部分には大人の毛が生えてきたけど、これすらも嬉しく、感動的だ。杖を使わないと生活できなかったことが信じられない。
体力、筋力、敏捷性を鍛え、日々、正しい生活を3年間送ると、身長155㎝、バスト80cm(Cカップ)。ウェスト56㎝とまずまずの体形になった。身長はまだ低めだが、まだ第二次性徴期も終わっていなさそうだし、もう少し伸びるだろう。行く末が楽しみだ。肌は白く、きめ細かく、髪の毛はシルバーグレーのつやつや、サラサラのボブ。太陽の光の下では薄紫色に見える。また、これは自慢だが、小顔でかなりかわいい。
「有栖、清隆君が僕の学校を受けるらしいよ」
中学の卒業を控えた2月に、高度育成高校の理事長である父がそんなことを教えてくれた。私の進路は既に有名私立高校に決まっていたが、考える必要はなかった。
「私も父の高校に入ります。決まっている進学先にはいきません」
「有栖、そこまで清隆君に会いたいのか」
「私は清隆君の隣に立つために生きています。この体は彼にもらったようなものです。彼に会わなければ、頭でっかちな貧弱な体の天才というだけでした。でも、彼が私を生まれ変わらせてくれた。」
その高校に入ると、3年間は外部と遮断された環境で生活する。理事長とはいえ、その原則は守らなければならない。つまり、愛娘と3年間、親子として会話すらできなくなる。その葛藤はあれど、娘が願うのならと、
「わかった、有栖の思う通りにするといい。ただ、2,3条件を守ってくれ」
その条件とは。
坂柳姓を名乗らないこと。つまり、理事長の娘であることは隠すこと。
入学試験をうけ、合格すること。
なにがあっても、掲げた目標を達成すること。
どう改ざんしたのか、戸籍上も私は「綾瀬有栖」となっていた。生まれてすぐに綾瀬家に養女として迎えられ、綾瀬家の娘として育ったらしい。入学試験でも、綾瀬有栖の名前で合格した。あとは入学式を待つだけとなった。楽しみで仕方ない。以前は、清隆のことを考えると心臓が強く鼓動したのだが、最近ではなぜか下腹部にきゅんと何か「やるせなさ」を感じるようになっていた。その「やるせなさ」が何かわかるまで、もう少しかかる。
さて、この先、やるせなさがどうなるのでしょうか。