万引きを見つけられ、なんだかんだと有栖にこき使われていますが・・・
当の有栖はどう考えているのでしょうか。
今日、いいニュースが飛び込んできた。バスケットボール部がインターハイ出場を決めたらしい。須藤はレギュラーメンバーであり、ほぼフル出場していた。ファウルはあるが、テクニカルなところであり、感情に任せた行動によるものはない。自分の行動を厳しく律してきた結果だ。やはり、入学してすぐの櫛田の言葉が大きく影響している。
「インターハイ出場のレギュラーメンバーのクラスには50ポイントが送られる。このクラスには須藤がいる。来月のクラスポイントに反映されるぞ。」
クラス内に歓声が起きる。須藤は恥ずかしそうに
「次はインターハイ優勝が目標だ。」
息を荒げて大きな声で言う須藤を、櫛田が優しそうな目で見ている。前にも思ったが、これはこれでいい感じかも。
週末に神室を寮の自部屋に呼び出した。寮の部屋はとても狭く感じてしまう。今日は神室の育成にあてよう。
神室真澄。そう、入学してすぐのころ、コンビニで万引きをみつけ、脅迫するように手下にした。その時は単なる手下、駒として使えればいいか。という程度のものだった。ただ駒として使うにしても、ある程度の実力をつけてもらわなければならない。そのため、まずは学力をつけさせた。それ以外にもAクラスでグループを作らせた。すべては神室の育成のためだった。
驚いた。
神室の吸収力はすさまじい。与えたものすべてを吸収できる。まるで乾いたスポンジのような能力を持っていた。今までどうしてその才能を使わなかったのか、いや使わなくてもそれなりに何とかなってきたんだろう。私の要求する無理難題に対応するうちに、その才能が芽吹いたのだろう。私も神室を育てるのが楽しくなってきた。人が成長するのを見るのはとても楽しい。今後、手下という立場での付き合いから変えていこうと思っている。
「いらっしゃい。朝から急に呼び出してごめんなさい。」
玄関を開けると神室が私服で立っていた。
「べつに悪いとも思っていないでしょ。」
不満そうな顔つきだ。
「まぁ、ひとつのあいさつ、社交辞令です。」
「結局、悪いとも思ってないんじゃん。」居間まで来てもらった。
「今日は、真澄さんとお勉強です。私が先生、真澄さんが生徒です。」
「はぁ・・・で、何の勉強を?」
「契約についてです。」
そう、これから、いやこの先ずっと、社会に出てからも「契約」が付きまとう。会社に勤めるのも「雇用契約」だし、結婚すら一つの「契約」だ。
「契約・・ですか。」
「真澄さん、子供の頃、約束を破るとどうすると言っていましたか?」
「あぁ、針千本飲ませるんだよね。」
「そうです。それです。あらゆる契約で重要なのはその「針千本」です。ここ大事。テストに出ます。」
手振りを加え、先生役を演じてみた。
「有栖さん、あ、あの、普通でいいです。」
神室に否定された。仕方ない。少しがっかりだ。
「ま、では針千本は何ですか?」
「う~ん。約束を破ったときのペナルティ?」
「そうです。では、それを踏まえて、練習問題を解いていきましょう。」
「では1問目」紙に契約内容が書かれたものを机の上に置いた。
あなたはBクラスのリーダーです。何としてもAクラスになりたいと思っています。Dクラスの生徒から、テストに出題される問題と解答を、次の期末テスト2日前までにあなたのBクラスに渡すから、Dクラスに今1万ポイント支払う。
「このような契約を提案されました。これを完全で安全なものにしてみましょう。」
「これは、簡単。2日前までにもらえない時のペナルティを追加すればいい。」
「なるほど。いいでしょう。では、3日前に渡しました・・これで契約は履行されました。文句ないですね。」
「ええ、まぁ」
「で、当日試験を受けてみたら、出題が全く違った・・ってどうです?」
「え、そんなことって。」
「ありえますよ。がせねた掴まされた。ってよく言うでしょ。」
「じゃ、追加条項に、出題される試験問題と異なっていた時のペナルティを追加すればいいか。でも、そもそもテスト問題と解答を渡されていないから、おかしいんじゃ。」
「どこに次の期末テストの問題と解答と書いてありますか?」
「え。あ、確かにテスト問題と解答というだけだ。」
まじまじと紙に書かれた契約文章を読み込む。
「どのテストなのか、具体的にしないといけないわけか・・」
「たとえ、具体的にしても、起きたとしたら、どうです?」
「異なっていた時のペナルティで賄える・・はず。」
「まぁ、この高校にいる限りはそれでいいでしょう。でも、社会に出ると、相手が雲隠れすることもあるのでは?もう1万ポイントは支払っています。」
「それって詐欺じゃん。」
「そうです。真澄さんは詐欺にあったんです。」
「ううっ。そうか・・・後払いにしないと、やられ損になるんだ。」
「でも、後払いだと、契約しないと言われますよ。」
「テスト問題は欲しい。弱いところをついてこれらる・・のか。」
神室が真剣に考える。これが大切だ。いかなる時も深く考えること。神室の能力なら解にたどり着けるはず。深く考え、あらゆる条件を洗い出すという癖をつけさせよう。
「手付として5000ポイント。テスト後に色を付けて7000渡す。これなら契約に乗ってくると思う。」
「いいでしょう。最悪5000ポイントは捨てる覚悟。そしてテスト後の追加2000ポイントは成功報酬として支払いましょう。これは社会に出た時の備えです。」
「これでいいのかなぁ」
まだ不安そうな顔をしている。
「で、テストの結果を見ると、どうやら、Aクラスにもポイントと交換で同じものを渡したようです。」
「うがっ・・やられた。そっかぁ」
「では、それらを踏まえて契約内容を書き出してみましょう。詐欺関係は無視しましょう。」
・Dクラスは次の期末試験2日前までに、次の期末テストの問題と解答をBクラスに渡す。
・Bクラスは、その対価として1万ポイントをDクラスに渡す。
・期日までに履行されない時、DクラスはBクラスに2万ポイントを支払う。
・実際の試験問題が渡される問題と異なっていた時、DクラスはBクラスに2万ポイントを支払う。
・DクラスはBクラス以外に試験問題と解答を提示しない。提示した時、DクラスはBクラスに2万ポイントを支払う。
「こんなもんかな」
「真澄さん。最後の項目、ペナルティが少ないです。」
じっと書き上げた紙を見ながら考えている。
「そ、そうか、AとCに1万ポイントで提示していたら、Bからの1万を足して3万。ペナルティ2万を払ってもDには1万ポイントが残る。ってことか。」
「そうです。真澄さん、よく気が付きました。」
「い、いや、それほどのことでもない。」
褒められると恥ずかしそうに下を向く。
「4万。これで、他のクラスに提示しなくなる。」
「いいでしょう。ペナルティを重くし、トータルで損失することを匂わせれば、確実に契約履行させることができます。」
「なるほど。確かに。」
「では、真澄さん、この問題を解くとき、あなたはDクラスの立場になったことがありましたか?」
「うぅ、なかった。常にBクラスの立場で考えていた。」
「契約は勝負です。常に両方の立場になって、何が不安で、何が損なのかを考えるんです。」
「弱みですか?」
「はい。弱みを見せると足元を見られます。逆に弱みに付け込んで、有利な契約を結ぶこともできます。」
神室が私の顔をじっと見る。
「有栖さん、悪魔の顔になってる。それ怖い。」
「ふふぅ。だんだんとこなれてきましたね。」
「お茶にしましょう。」
私は神室に紅茶を入れ、クッキーを出した。
「どうして、私にここまで構うんですか?」
紅茶を飲みながら神室が聞いてくる。
「私は、真澄さんにも3年間楽しんでもらうといいましたよね。それだけです。」
「私が高校生活を楽しくために・・・」
「まぁ、実際は私が楽しむためにも、真澄さんに実力を着けてもらう。という方が正しいかもしれません。」
「結局は自分のためか・・」
少しがっかりしたようだ。でも、これは本当のこと。清隆、由佳と私が楽しい高校生活を送るためにも、神室には実力をつけてもらいたい。
「で、いま、7月中旬ですが、3か月間、いかがでしたか?」
「なんだかんだと訳の分からないことをやらされたけど、退屈はしなかった。」
少し恥ずかしそうにつぶやいた。
「それはよかった。」
「契約も奥が深いのがわかった。」
「そうです、“契約するなら、将来何が起きるかをまで予想し、不都合なものはあらかじめ排除しておくことが重要”と私も教わりました。」
「何が起きるか予想して・・なるほど。」
先の課題の書いた紙を真剣に読み込んでいる。
そんな感じで、あと2,3問、シチュエーションを変えて、契約のあれこれを叩き込んだ。
「疲れましたね。」
「頭が熱くなってきた。」
「そうそう、私と真澄さんの間にも契約がありましたね。」
いたずらっぽい表情で聞くと
「契約?有栖さんとの間にあるのは脅迫だけ。契約なんてない。」
むっとして横を向いた。よくわかっている。神室にとっては強い者から一方的に結ばされた、ただの脅迫だ。
「この学校では、プライベートポイントが重要なのは気が付いているでしょう。クラスポイントは譲渡できませんが、プライベートポイントはできます。クラスポイントはクラス順位と月々のプライベートポイントに影響します。」
「それは理解できている。」
「例えば、何らかの対価として、あるクラスからプライベートポイントが毎月譲渡されるという契約をするとどうなりますか?」
「えーと。クラスポイントが低くてもプライベートポイントだけは入ってくる。」
「そうですね。クラス順位が低くても、プライベートポイントは多く入る。という状況があるということです。」
「でも、いまAクラスでプライベートポイントには困っていない。」
「真澄さん。ほかのクラスの立場になって考えるんです。」
「あ、そうか・・。ほかのクラスがAクラスのプライベートポイントを狙ってくる」
「かもしれない。ということです。」
「やっぱり、有栖さんは化け物だ。」
「誉め言葉。ありがとう。」
にっこりと笑顔で答えると、神室は下を向く。自分に自信がないからか、褒めたり、お礼を言われたりするとはにかむ様な表情をする。
まだまだ教えなければならないことが多くある。少しずつでも、自分で考え、行動できるように育てよう。契約を結ぶという局面で、神室がどの程度まで先を見通せるか、相手を見定められるかが今後の課題だ。多分、一度二度は危険な目にあうだろう。でも、このスポンジ頭に三度目はない。必ずものにしてくれるだろう。
思わぬ才能あり
今後に期待してください。
現在、無人島試験を準備中です。7月はあと3話予定。それまでに無人島試験を作り込みます。楽しみにしていてください。
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