【推し】のアラサー 作:MEM推し
それは事務所での一言。
ルビーが現状に不満を述べたことだった。
「やっぱりアイドルならグループを作らないと!メンバーが欲しい!ミヤコママ、どうにかならないの⁉︎」
「スカウトをマネージャーにさせるのは効率が悪すぎるわ。かといって募集をかけて有象無象の面接をするのは資金力的にも労力的にも無駄だし、そもそもそこまで募集も来ないでしょうね。ウチがアイドル部門から撤退して十年以上。過去のノウハウも残っていない。実績がない事務所に応募が来ると思う?B小町はどちらかと言うと負の象徴よ。たった一人、一夜で全てが瓦解したアイドルグループ。その衰退の様を見て応募して来るのは、酔狂な人間だけよ」
「む〜……。じゃあわたしは一人で頑張るしかないってこと?」
「配信者は募集しているから、その時にアイドル志望が来るか、フリーの女の子を捕まえていらっしゃい。あなたを他の事務所に渡すくらいなら目につくところで管理したいからネットアイドルを許可しただけよ。陽東に入学してるならフリーの子は少ないでしょうし、諦めなさい」
入学条件が事務所所属な芸能科を見渡してもフリーの女の子なんていないだろう。それもアイドルができるほどの逸材ともなるとかなり厳しい。
だがそこでルビーはある一人が思い付く。入試の時にたまたま会い、最近兄が共演した女性はなんと事務所に所属していないフリーの俳優だという。
「そうだ!ロリ先輩いるじゃん!」
「ロリ、先輩?どなた?」
「重曹を舐める天才子役、じゃなくて……。ほら、『今日あま』のヒロインやってた人」
「有馬かな?……あの子ねえ」
「え?何かダメな理由でもある?」
「……契約書を作って、その上で向こうが納得したら良いわよ。ただ、相手が納得してくれるかは内容とあなたの勧誘次第ね」
「考えてくれるだけありがたいよ!よーし、ロリ先輩への口説き文句考えよっと!」
ルビーは社長室から出て行く。その様子を見て溜息をついたミヤコは目の前でパソコンを操作して自分のスケジュールと学校行事を照らし合わせているアクアがいた。三年間のある程度の予定が陽東高校から出されたので自分のスケジュールとどれだけ被っているかを確認していた。
そのアクアに、ミヤコは質問する。
「アクアから見て、有馬かなはどうなの?」
「根っからの役者だ。アイドルをやるような奴じゃない。ルビーの熱量に見合わない。すぐに瓦解するよ」
「ピーマン体操でバズったけど、本人は歌路線じゃなく俳優をやりたいんでしょう?スキルがあることと本人のやる気と意向は別だもの。それにこっちとしては彼女を役者として育てる気も仕事を取ってくることもないわ。女性の役者の仕事なんて回してくれる人がいる?」
「僕の知り合いだと五反田監督だけど。あの人は役者に求めるものがかなりのものだぞ。それに有馬は子役時代の悪評が今も残ってる。十年前に下っ端だったスタッフが今は偉くなってる。顔面至上主義の鏑木さんくらいしか使ってくれなかった今の状況が全て物語ってる。デジタルタトゥーじゃないけど、コネの世界で長年のやらかしは大きすぎる」
「それは
ミヤコは母親としてそう考えていた。食べていけるだけの売り上げでいい。
弱小事務所が下手に腕を広げても破綻する。それを直に感じた十一年前、それからミヤコはある程度家族が食べていけるだけの稼ぎを出す精々が中堅の芸能事務所を目指していた。
だというのに稼ぎ頭のアクアは子役として大成し、続くぴえヨンは子供に大人気の年収億超えの配信者。
MEMも中高生に人気のインフルエンサーとなり、女性人気が高い女性配信者として案件をいくつもやっている苺プロのNo.3。MEMのファッションを真似する大学生も多く、流行の一旦を担っている。美容系の小物などは特にウケが良く、彼女のケアの仕方を見て学ぶ子も多い。
そのアクアとMEMが付き合っていることを知っているのは苺プロの中でもミヤコだけ。今のところ漏れた形跡はない。
「それこそMEMを入れても良いだろ。昔はアイドル志望だったんだし」
「……あなたは良いの?自分の彼女がアイドルをやっても」
「本人が望んだら、別に。ファンとキスするわけでもないんだから。……母さん、僕のキスシーンとかそろそろ来そうなんだけど恋愛シーンNGにできない?」
「ム・リ。アナタのそういうシーンを望んでる層が多いのよ。嫉妬で狂いそうな同年代も多いでしょうけどね。MEMはその辺り何か言ってるの?」
「嫌だって。ベッドシーンはまだないだろうけど、少女漫画原作のドラマとかならそろそろ演じるかもなって思って」
「MEMに上書きしてもらいなさい」
ミヤコとしてもそこは断れないだろうと考えていた。恋愛ドラマは大体男のアイドルグループで男性キャストを埋める。顔面偏差値だけで集客を目指すのだが、そこに顔も良くて演技がいい役者がいれば引っ張りだこになるだろうと予想は容易だった。
特に高校生になってしまえば、そういう作品でアクアを使いたいという原作者や制作側の声も大きくなるだろう。既にそういう作品からもオファーを受けているのでアクアは来年には確実にそういうシーンを演じることになる。
ミヤコが心配しているのは、その相手役の女性キャストがアクアに惚れないかということ。役柄を通して本当に好きになるというのは役者の間では良くあること。大人でも良くあることなのだから思春期の高校生では尚更だ。
「母さん。もしルビーがグループを組んだとしても、B小町を襲名させることはないよね?」
「ルビーはそれを願っているけどね。B小町とアイは密接すぎる。切っても切り離せないわ。新しいグループを作ってB小町の楽曲を借りるくらいで良いの。……執着は、行き過ぎると呪いなのよ」
「ルビーにはアイを超えるって意味でAが付くグループ名にすればいい。そんなに後継を名乗りたいならCを使う。それがグループの絶対条件だ。B小町を継いだら、すぐにルビーとアイは結び付けられる。……ルビーはルビーだ。アイの代用品じゃない」
「わかってるわ。だからあの子を個人でデビューさせたんだから。シスコンは相変わらずね」
「ルビーは危なっかしいんだよ。……『僕』もだいぶ死んでしまった『彼女』に執着していたと思う。けど、死人は生き返らないんだ。どれだけ願っても
アクアは転生した身だ。だからこそ人は生き返らないと信じている。名前も容姿も関係性も、何もかもが別人になっている。それは第二の生であって、前の人生とは別だ。
もう彼は雨宮吾郎にはなれない。その要素をかなり受け継いだ、星野アクアマリンだ。
そしてルビーも、前世の人物とは違い星野ルビーになっている。アイの死は事実だが、事実だからこそ現実を見据えないといけない。
ルビーはどんなに頑張ってもアイにも、前世の人間にもなれないのだから。
アクアは数日後、陽東高校に首席で入学する。答辞を任されて面倒だったというのが本音だ。その際に共演をしたことのある人間と何人かクラスメイトになれたことがわかった。不知火フリルがいたことには驚いたが、彼女が陽東に来てもおかしくないほどの有名芸能人ではある。
会った時に『今日あま』のストーカー役だとバレたために口止めを頼んだ。
そしてルビーの有馬勧誘だが、失敗したらしい。
「何がダメだったかな〜……」
「ルビーは陸上が好きか?運動が得意だと思うが、それで陸上部に熱心に勧誘されたらどうする?」
「え〜?走るのは嫌いじゃないけど、アイドルのためのトレーニングをしたり、歌とかダンスの時間の方が欲しいよ」
「有馬の場合はそのアイドルの練習のために役者としての時間を奪われるのが嫌なんだろ。ライブがあったら各地に飛ぶ。そうなったらロケ地に行けなくもなるだろう。それにアイドルとして売れても、次に役者として成功するとも限らない。役者で売れなかったからこそアイドルになって役者に戻る。それはかなり難しいことだ。アイがマルチタレントとして売れたのは子役じゃなかったから。前評価っていうのはそう簡単に覆らないんだ」
「なるほど……。他にフリーの女の子いないかなあ?」
ルビーは有馬を誘うのを諦めたようで、スマホで調べ物をし始める。アクアは今度のルビーの配信で歌う曲を改めて聞き直していた。
SNSで何かを見付けたのか、ルビーはアクアにその画面を見せる。
「なんかロリ先輩、恋リアに出るみたいなんだけど?」
「はあ?」
それは先日鏑木が愚痴っていた企画。『今からガチ恋始めます』という何シーズンか続いている番組だ。中高生に人気の番組で、番組の最後にはカップル成立した男女がキスで締める、というのがお約束になっているらしい。
アクアは見たことがなかった。恋愛リアリティーショーというだけで見る気が起きなかった。
参加者の中でアクアが知っているのは有馬と、黒川あかねという舞台がメインの女子。それ以外はアクアの方向とは違ったために顔と名前を見てもわからなかった。
「ああ。有馬が鏑木さんに頭を下げてたのはこの件だったのか」
「必死すぎない?そもそも恋リアに出たからって仕事が増えるの?」
「増えるぞ?そこで話題になったら話題性を作れるって思った人たちが仕事を回してくれる。役者の仕事かはわからないが、芸能人としての成功のステップアップにはなる。……お前は出なくて良いからな」
「恋愛なんて演技でもやりたくないから絶対出ないよ。そもそも同年代なんて私の範囲外だし」
「……好きなタイプって、歳上なのか?まあ、僕たちは前世があるせいで同年代が子供っぽく見えるのはわかるが……」
「そうそう!やっぱり歳上の落ち着きと知性を感じる大人が良いんだよ。お兄ちゃんも結構惜しいけどね?」
「それはどうも」
アクアも芽衣と付き合っているので歳上の良さを理解していた。二人とも前世の記憶があるからこそ同年代よりは歳上に惹かれてしまうのだろう。
『ガチ恋』は中高生に人気らしいが、アクアもルビーも好んで見ることはなかった。二人とも出演の予定がなく、それよりも自分の仕事の方が忙しいのでたとえ話題作だとしても見るとは限らない。クラスでも話題になるかもしれないが、その時はきっぱりと見ていないと伝えるつもりだった。
その数日後の、土曜日の夜。ルビーは歌ライブの配信を行っていた。サプライズゲストあり⁉︎とタイトルで煽っていたものの最初の内は全然出て来ず、ルビーのいつも通りの歌配信だった。歌うだけの曲もあれば振り付けがある曲もある。幼少期から音痴の改善を試みてきたルビーは今では普通よりちょっと上手いくらいになっている。
五曲ほど歌った後、とうとうルビーはサプライズゲストを呼ぶ。
「そろそろね、ゲストを呼ぼうと思いまーす。お兄ちゃん、よろしくー」
【お兄ちゃんって、アクア⁉︎】
【兄妹って公言されてたけど、歌枠出るの⁉︎そもそもアクアって歌出したことあったっけ⁉︎】
【ウヒョー!アクア様麗しい!】
【MEMちょとの勉強配信でも一回も共演しなかったのに……!】
「どうも、こんばんは。星野アクアです。ルビーの枠にお邪魔してます」
「もー、お兄ちゃん固いよ。いつもみたいにラフで行こう」
「ラフ、ねえ。まあいつもの感じで歌うだけだ」
コメント欄も大盛り上がり。アクアは苺プロの配信者とのコラボには出ていたが一回も歌ったことがなかった。そのためアクアファンが聞きつけたのか配信の同説が増えていく。
サプライズゲストと煽っても、出てきて最大でぴえヨン、順当にいけばMEMが来ると思っていたために配信者ではなく俳優のアクアが来ると予想している人間は皆無だった。アクアの忙しさから最近はMEMとのコラボ配信もなかったのでもう配信には出ないと思われていたのも大きい。
マイクを持っているのでアクアの歌に期待が上昇する。
「じゃあ早速デュエットね。『サインはB』!」
【B小町の代表曲】
【え?歌うの?アクアが?】
【ちょっと待て。何で配置についてんだ】
【おま、踊れるのかよwww】
ルビーが踊るのならまだしも、アクアがゴリゴリのアイドルソングを完璧な振り付けで踊っているのが視聴者には大ウケだった。アクアが笑顔ではなく真顔で歌っているのが余計にツボに入ってしまったのだろう。
アクアは最初笑顔で踊ろうと思っていたのだが、ルビーと芽衣、ミヤコから真顔でいった方が面白いと言われてアクアは真顔で踊るパフォーマンスで行くことにした。その上で振り付けも完璧、歌も上手いときた。
一曲歌い終わった後に息を上げることもなく歌いきって、最後は決めポーズまでしていた。しかもちゃんと二人バージョンで振り付けのミスもなかったことでコメントは拍手喝采だった。
【アクアすげー!】
【もうお前がアイドルになれよ】
【双子ユニットで売り出そうぜ】
【アクア。普通に歌を出してくれ。聞くわ】
「いやー、さすがドルオタ。完璧だったよ!」
「ドルオタ言うな。さっさと次行くぞ。今度は僕のソロだな」
セットリストは事前に決まっているので聞きたい歌などはコメントで募集したりしない。
ルビーが少し離れてアクアが中心となり、その歌を熱唱した。
いつぞや芽衣とルビーと三人でカラオケに行った際に歌った海外バンドの超名曲だ。
今度は踊ることはなかったが、アクアの持てるだけの熱意を込めた全て英語の歌詞のロックは、爽やかボイスの美声によって数多くの女性視聴者を虜にしていく。
【カッコよ……。惚れるわ】
【何でこんな古い曲知ってんだよ。似合ってるけど】
【さっきとの温度差で風邪ひきそう。頭痛いわ】
【この路線で売り出しませんか?苺プロさん】
【多忙すぎて義務教育ほぼスキップのアクア様をこれ以上多忙にするな。体壊すぞ】
アクアが歌い終わるとルビーが拍手で讃えて場所を入れ替える。今度はルビーのソロ曲を演じるようで準備を始めるがその脇でアクアがマイクを置いてピンク色の法被を着始めた。そして両手にはサイリウムを装備。
ドルオタの視聴者は鏡を見ているようで、パソコンの画面の前で吹き出すのを堪えることはできなかった。
ルビーが歌い始めたのは往年のアイドルソング。B小町のものではなく、世間的にも大ヒットした曲を歌っていた。そして画面左端でまたしても真顔でオタ芸を披露しているアクア。
付け焼き刃のものではなく長年ドルオタだったものでしかできないようなキレキレのオタ芸を披露していてコメントには【w】の羅列が起きていた。
【さっきドルオタ否定せんかったか?】
【そのキレっぷりなんなんよwww】
【真顔やめーや。もっと楽しそうにせんかい!】
【グッピーは死にました】
【急病です。お腹が急に痛くなりました。119番してください】
【外来受付時間外です。また明日のお越しをお待ちしております】
ルビーの歌もその上手さから好評だったものの、アクアの意外すぎる一面に話題が持っていかれた。クール系のイケメン俳優で知られるアクアがドルオタ一直線の行動をしているのだ。そんな情報を一切知らされていなかった視聴者たちは置いてきぼりになっていた。
歌い終わった後、すぐに法被を脱いでサイリウムも置いてマイクに持ち直すアクア。その変わり身の早さにルビーはケラケラ笑う。
「いやー、お兄ちゃんのそういう姿久しぶりに見たよ。似合う似合う」
「何だ?リュックを背負って鉢巻も巻けば良かったか?」
「完全装備も見てみたいけどね。ほら、最後の曲だよ」
「まともなデュエット曲だな」
「最後はボーカロイドの双子曲だよ!知ってたらコメントでレスポンスよろしくぅ!」
ルビーが女性パートを、アクアが男性パートを歌う双子曲。ボカロ曲というのは基本人が出せない高音ばかりだが、そこはいくつかキーを落として二人は歌い切った。
アクアのオタク面、そして珍しい歌う姿からそのライブはバズった。これのおかげもあってルビーはクラスでも浮くことなく、むしろ成功している人と見られるようになる。