ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
午前9時過ぎ――。
「お姉ちゃんずるいよ、ボクばっかりに持たせてっ!」
「文句言わないっ、アンタは荷物持ちするからってついてきたんでしょっ」
「だって――」
「ホラっ、ちゃんと日傘さしてっ、日焼けしちゃうじゃないのよぉ、アンタと違ってあたしは肌が弱いのっ」
異国からの観光客、おそらく姉弟なのだろう二人は異語――フランス語だろうか――を操っていて、会話の中身は理解できなくともバス停で列に並ぶ客たちの目には、二人の間に明らかに長幼の序列があるのが窺えるのだった。
声のトーンからそこでどんな会話がなされているかは、ほぼほぼ全世界共通、容易に想像がついた。
だがそれも宜なるかな。
姉と思しきはつば広のキャップにサングラス、パーカー、ロングパンツにスニーカーといったラフな格好で、いかにも夏休みを満喫中の女子高生か女子大生といった風であったが、スラっと背が高く、濃いサングラスに目許を隠していても鼻筋のラインは実に高貴な白皙の瓜実顔、素晴らしい美人であるのは間違いなかった。
ベースボールキャップの中に纏めた髪はブロンドで、時に日差しを受けて豪華に煌めいている。
ゆったりとしたデザインの服で体のラインを包んでいるが、豊かな胸の膨らみと引き締まったウエストの魅惑的な曲線を隠しきれているとは言えなかった。
方や弟であるが、淡い褐色の肌、黒い髪、姉を見上げる不満たっぷりの顔はそれなりに整っているようではあったが、美しい姉と比べると何枚、何十枚も格落ちするのは否めない。
姉――の、荷物持ちをさせられているのだろう、左右の肩に襷掛けにしたショルダーはいかにも不恰好でイケてなく、日除のない晒しのバス停にあって、まだ日は高くはないとはいえ真夏の南伊豆の強烈な陽差しを避けるべく、手にした日傘を姉の方へと甲斐甲斐し差し掛けている様子はどこかコミカルで微笑ましかった。
この二人がほんの数時間前まではひとつの布団の中で全裸で抱き合い、情熱的に愛を確かめ合っていたとは夢にも思わなかっただろう。
魅惑的な美女、美少女が男の子によって思いつく限りの体位で貫かれ、口淫に喘いでいたとは想像すらつかないに違いない。
すべてアキトの目論見通りだった――。
しかし実のところアリシアには、今の状態がたいへん居心地が悪くて、まるで針の
その三十分ほど前――。
「じゃあ最後にまたキスしてもいいですか?」
「それはもうダメ」
アリシアはロングパンツの前を庇うようにしている。
「だってバスに乗り遅れちゃうから……」
「なにか勘違いされてるみたいですけど――」
勘違いをしているわけではなかった。実際、彼は舌を覗かせていたのだから。
応じてしまえば、多分、ズボンだって肌着だって脱がされてしまうところ。
「バレバレでしたか」
アキトはそう言いながらも悪びれたところはどこにもなかった。
ただ、女の身体は鋭敏に反応してしまっていて、一瞬の言葉のやり取りだけで、これまで演じたいとなみの経験が鮮やかに甦って、秘密の粘膜に疼くような感じがしてしまうのだった。
念の為に肌着には厚めのパンティライナーを装着しているので漏らしてしまうことはないと思うが、用心しないと、と密かに自分に言い聞かせている。
結局、避妊具だって、残ったのはたった一つだけ――。
睦みあって、睦みあって、そして、つい今し方までも時を惜しんで睦みあっていた。
身体は今でもほんのわずかな刺戟にも反応しようと身構えているよう。
どこまでも女の秘密をさらけて、彼に官能の機能と働きをとことん
こんなになるまで愛されて、もうアキトと離れ離れになることなんて、けしてできなくなってしまったと思う。
それなのに――。
同じ彼が今度は
「ちゃんと日傘を差すんですよ。それから帽子かぶって、サングラスをして。南伊豆は日差しが強いですから」
こんな物言いをする。
「わかってるわ、あまり子供扱いしないで下さい」
アリシアはそう口にしながらも、内心では自然に気持ちが浮き立ってしまうのを抑えられずにいる。
肌を合わせている時とは違って、彼が時折みせるまるで愛娘の身を案じる父親――それもやや過保護気味の――のような言葉遣いと態度には、素直に寄りかかっても大丈夫なんだという安心感があったからだ。
さまざまな意味で二人の関係をしっかりと育むことのできた一日を過ごして、納得と、いくばくかの自信も深めることができたようである。
これからはあまり後ろめたさを感じずに、普通に彼と手を携えて生きていく覚悟のようなものも生まれていた。
「多分、帽子をお持ちではないと思うので、これをかぶって下さい」
「あら……」
「ボクのですけど、林間では樹々の日陰が多くて使わなかったので」
アリシアはアキトから差し出されたつば広の野球帽を借りると頭の上にのせる。
さらに髪を纏めて帽子の中にしまった方が目立たなくなるから、というので言われたとおりにした。
少年は、彼女のビジュアルを努めて地味に――と言っても限りがあったが――目立たないようにすることに心をくだいているのだった。
しかし、どこまでいってもこんな非常識レベルの美女を行楽地で独り歩きをさせるのは、やはり何かと気がかりなので、結局、身辺のガードと荷物持ちを兼ねて途中まで同行することにしたのだ。
「いいですね、ここを一歩出たらキミはボクのお姉ちゃんでボクは弟です――」
海外では恵まれた階層にあるものが複数のルーツを持つ養子を取ることは珍しくなく、肌の色の違う姉弟というのはワリとあるのでその態を演出するという。
「どうしてもそうしないといけないの?」
「短い間だけですから我慢して下さい」
周りから奇異に見られないように、万が一にも気取られないようにとの配慮から、美人の姉から理不尽な圧政を敷かれている冴えない弟という図にしておくという。
対外的にはそうするのがいちばん説得力があるとのことで、こうした形になっていたのだった。
ただ、ひとたび始まってしまうと彼女の方でもそれがだんだん面白くなってきて、普段とは違う自分になるというのも楽しめるように変わっていったのだ。お芝居にも興がのってきて、弟――を窘める声にも、長子の権威を感じさせるものになっていた。
こうしたこともあって、道中、特に障りとなることもなく、乗り換えとなる熱海では下車して駅前の土産物売り場を散策して仲良く温泉まんじゅうを買ったり、駅のカフェで軽食のランチを摂ったりと、アリシアも気のおけない家族――実際、ある意味ではその通りで、セックスを意識させられることさえなければ――といるような気やすさで帰途の旅を楽しむことができたのだった。
「じゃあ、ボクはここで……」
都内に戻り、ターミナルで地下鉄に乗り換える際に、帽子とショルダーの交換をして別れることにする。アキトは駅近くにある大型書店に立ち寄って、少しインタバルを置いてから町に戻るとのこと。
姉弟ごっこはおしまい。
名残惜しい気もしなくはなかったが、帽子を返してショルダーを受け取った時、アキトの顔はもう男のものになっていた。
「ここからならもう迷ったりはしないと思いますけど、くれぐれもお気をつけて」
「あなたもね、あまり遅くなってはダメよ」
「ハイ、夕食前にはちゃんと下宿には帰るつもりですので」
「うん――」
「先生こそ、送ってあげるからって言われて、変な人の車に乗ったりしたらダメですよ」
「だから子供扱いしないでっ、これでもあたし、あなたの先生なのよ」
アキトの別れしなの言葉は冗談とも本気ともつかないものだったが、アリシアはムキになった少女がするように頑なな顔で応じてしまっている。
それが甘えなのだとわかっていて、やっぱりこっちの方が居心地がいいのかな、と思いながら。
「わかってます」
一方のアキトは穏やかで優しい眼差しを注いでくれるのだ。
アリシアの胸がまたトキン、となった。
「じゃあ、またね」
すぐにまた逢えるわよね、というニュアンスを込めて言葉を送る。
思いを汲んだようにアキトが頷いて、アリシアは後ろ髪をひかれる思いで背を向けた。
けれどすぐに気になって、未練がましいと思いながら数歩進んでから振り返ってしまう。と、そこには既に彼の姿は無く、雑踏に紛れて見えなくなっているのだった。
Bパートがまだあるのですが、まとまり切らずに明日にします