※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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その 午后の海岸で…終節 その2

 

 午後四時前――。

 アリシアがドアのノックに答えると、

「おう、戻ってたのか、お疲れ、早かったな、もっとゆっくりしてくれば良かったのに」

 講師用の研究室兼控え室に戻ってきた晃が、アリシアのデスクに彼女の姿を認めて声をかけた。

「ただいま、晃ちゃん」

「アテナのヤツは今、音楽室に行ってる。生徒から楽譜の貸し出しを求められたとかでな、じきに戻ると思うが」

「これ、途中の熱海で買ったお土産よ……温泉まんじゅうだけど」

 アリシアは土産の箱を取り出して示した。

「おう、そいつはいいな――」

「今、お茶を煎れるわね」

「いいよ、私がやるから、おまえは戻ったばかりで疲れてるだろ」

「大丈夫よ、楽しかったから」

「そうか、楽しかったのか」

 晃が間違った向きで納得したのがわかって、たちまちアリシアの頬が薔薇色に染まっていく。

「ちがうのっ……アキトさん――」

 アリシアは声を潜めて、

「アキトさんとあたし、姉弟になったのよ」

「そりゃそうだよな……」

「だから、ちがうのっ、そういう意味じゃなくて、普通の姉と弟みたいにして一緒に帰ってきたの」

「ふーん……」

 晃は依然、要領を得ない様子である。

「あたし、お姉ちゃんになって弟のことをこき使ってあげたのよ、スゴイでしょ」

「つまり……」

 晃はアリシアの両胸をブラウスの上から揉み上げるようにして「きゃっ」と、甘鳴きさせると、

「あの坊主相手に、このわがままボディにものを言わせて思い知らせてやったことだろっ」

「ちがうわよ、変な誤解しないでっ」

「違うのか? じゃあ、その首の赤いのはなんなんだ?」

 晃の指がアリシアのシャツの襟元をよけて白い首筋を表にして言った。

 彼女の鎖骨の上あたり、赤い斑点のようなものを浮かせている。

「赤いの?」

「その容子だと痒くないんだろ? 虫刺されには見えないな」

 キスマークを見咎められたとわかって絶句する。

 が、

「それになんだかバニラの甘い香りもするみたいだが……」

 アリシアにはこっちの方がショックが大きかった。

 昨夜はお風呂に入ったし、今朝もしっかりシャワーを浴びてきたのだが、まだ移り香が肌に残っているのだとしたら心中穏やかではいられない。

 生クリームプレイの所為――!?

 あんなひどいこと、晃もアテナも絶対に経験したことなんてないと思う。

 ああ、もし知られてしまったら、勘繰られてしまったら……。

 晃ちゃんも……それからアテナちゃんにも……。

 考えると不安になってくる。

 一見、呆っとしているようでいてその実、アテナは妙に勘の良いところがあって鼻も利くのだ。

 普段はとても助かるのだが、この件に関しては逆にそれが悩ましい。

「別にいいじゃないか、キスマークの一つや二つぐらい」

「………」

「なんだ、まだ気にしてるのか? 坊主としっかり話し合って課題がスッキリ解消できたんじゃなかったのかよ?」

「それは……いいんだけど……」

「ならめでたい話じゃないか、良かったな」

「うん……」

 またドアのノックの音に気がついて、二人が返事をすると

「アリシアちゃん、帰ってきてたんだぁ」

 アテナがいっぱいの笑顔で室内に入ってきた。

 アリシアと晃が抱き合うようにしているのを見るや、

「なになに、あたしも混ざるっ」

 言いながら抱きついてくる。

 規格ハズレの美女三人が仲良く身を寄せ合うという、なんとも美しい奇跡が質素で簡素な研究室で人知れず演じられていた。

「アリシアは随分、お楽しみだったらしいぞ」

「あ、そうなのっ、よかったねぇアリシアちゃん」

 それは違うわ! と、即座に否定したかったが、アリシアも諦めて素直になると

「うん――」

 と、大きく頷くのだった。

「本当に心配させやがって……まぁ、相手が相手だから、わからんでもないが……」

「大丈夫だよ、アリシアちゃん、あたしたちみんなあなたの味方だから」

「一応、昨日のうちに報告ついでにグランマには上げといたが、ちょっとびっくりした顔をされてはいた……」

「そう……グランマにももう伝わっているのね……」

「後で、おまえの口からもきちんと報告するんだな、先々のことも含めて。今日は居られないが、明日には」

 アリシアはこっくり頷いた。

「きっと叱られてしまうわ……自分の生徒に手を出したんですから……」

「それは大丈夫よ、アリシアちゃん。グランマはむしろ喜ばれていたみたいだったから、あの子らしいわって言われて」

 あたしらしいって一体どういうことかしら? と、思うが、二人の様子からとりあえずは逆鱗に触れたわけではなさそうだと受け止めて、後でご機嫌を窺いに行くことにした。

「温泉まんじゅうの土産があるそうだから、アテナ、おまえもさっさと手を洗ってこいよ」

「あ、温泉まんじゅう、あたし大好きっ」

「グランマにもそう言っていただけるといいんだけど……」

「おまえの土産なら、グランマならなんでも喜んでくれるさ」

「そうだよ、何も心配することはないから」

「ありがとう、晃ちゃん、アテナちゃん……」

「よし、今からこの晃さまがコーヒーを淹れてやる、まだ未開封のとっておきのブルマンブレンドがあるからなっ」

「ブルーマウンテン!? まぁ随分奢ったわね、晃ちゃん」

「ブレンドだが」

「楽しみー」

「たまには饅頭にコーヒーってのも悪くないだろ?」

「「うんっ」」

 

 

「そうか、近所のガキかぁ……岬の先の家の爺さんの孫……ふーむ……」

 アリシアが事に至ったまでのいきさつは当然のことながら端折って、昨日の午後、プライベートビーチに小学一年生だという男の子が迷い込んできた話をすると、二人して複雑な表情をしている。

「どうかしたの?」

「あ? うん……はて……な、なぁアテナ……」

「うん……」

 晃とアテナが互いの表情を探るように顔を見合わせている。

「まさかとは思うんだが……」

「どういうこと? 何かあるの?」

「いや、さすがにそれはないだろう……でも、ちょいと気にならないかといえばな……このまま無下にもできないか……」

 コーヒーの香ばしい薫りに包まれた研究室内に奇妙な沈黙の時が訪れていた。

「なぁアリシア……望翠楼の先にはもう建物なんてないんだよ……」

「え? どういうこと?」

 問われた晃はおもむろに立ち上がると自身のデスクの引き出しをゴソゴソとやって、やがて地図を持って戻ってきた。

「コイツはグランマから資料としてお与かりしていたものなんだが……」

 茶飲みスペースとして使っている共用のホワイトテーブルの上で広げると

「これを見ると……」

 ひと目見て地図は望翠楼のある弁天島のものだとわかる。島がまだ陸続きであったことから、かなり昔のものらしい。

「確かに望翠楼のあったさらに先、岬の突端には昔、建物があったらしい……これだ……」

 晃は指で岬の先に四角く描かれた部分を指差した。

 三人(アキトを加えると四名)が利用した従業員用の建物とは別に、海岸の方にまで降りていく階段があり、その先は望翠楼の離れのようになって建物が描かれていた。

「晩年、二代目の当主となった上石のご老体が好んで過ごした個人専用の別棟だったそうだが……」

「――?!――」

「だがもうとっくの昔に無くなっちまっていて、離れに続く階段なんかも取り壊されている」

 アリシアにもようやく、二人の当惑の理由が飲み込めた。

「あの島には今、十名ほどが住民票を置いて暮らしていることになっているらしいが、建っている家は神社よりも陸側にあるものばかりで、要するに望翠楼の先に住人は居ないんだよ。その住人にしても、皆が皆、高齢者ということもあって昨今では、もうほとんどが空き家にされているらしくてな、つまりは島にはもう住んでいるものは誰もいなくなっているってことらしいのさ」

「……じゃあ、あたしたちが会ったあの男の子って……」

「うーん、まぁな……ただ外から来た子供が迷い込んじまっただけなのかもわからんし……」

「アキトくんは何か言ってなかった? 実際に接触があったのはあの子だけだから」

「特に何も言ってはいなかったと思うけど……お爺さんの家に行く階段のあるところまで送っていってあげたってだけで……」

「爺さんか……なぁ、どう思う、アテナ?」

 また奇妙な沈黙。

 やがてアテナが、

「例の上石家の事件の時にね、それとは別に当日、上石登志視の孫の一人、六歳の男の子が行方不明になっているらしいの……」

 上石家の事件というのは、創業家である上石家と入婿である当時の当主、上石登志視の実家の日野家との間で繰り広げられた跡目相続争いの結果、登志視を含めて親族三名が殺害されたドラマさながらの凄惨な事件のことだった。

 アリシアは望翠楼やそれを建てた一族のことなどについて特に下調べをしていたわけではなかったが、晃にはグランマから予め資料が渡されていたらしいのだ。

 その内容はアテナとは共有されていたようだが、きっとアリシアはアキトとのデートのことで頭も胸もいっぱいになっていた為なのだろう、それを慮ってか彼女のところまでには降りてきていなかった。

「事件のゴタゴタで、皆が大騒ぎをしている最中のことで、誰もいなくなったことに気がつかなかったらしい」

「その日は晴れてはいたけど海が荒れていたそうで、もしかしたら波にさらわれてしまったのかもしれない、って言われているんだけど、結局、行方不明のままになったらしいわ」

「その話って……でも……そんなことって……まさか……」

 アリシアは肌が粟立ってきたのか腕を摩るようにしていた。

「まぁ、真昼間にランドセルを背負った、サッカーボールを抱えた、そんなハイカラな昭和の幽霊が居るとも思えんよな……」

「でも、幽霊さんたちも時代の影響を受けてたりして……あるいはこちら側の意識も関係があったりするのかも」

「アテナ、そういうのはおまえの方の専門じゃないのか? 幻覚とか幻聴、幻視ってのは脳生理であらかた説明がつけられるんだろ?」

「それはできるけど、説明がつくことと現実が同じとは限らないから」

「……望翠楼ってやっぱり幽霊屋敷だったりするの?……あたしたち、そこで二泊もしちゃったのよ……」

 たとえ幽霊たちとはいえ、彼らの前で思いっきり盛り上がっていたのだとしたらなんだか落ち着かない。

 実際、件の男の子にはバッチリ見られてしまっている。

「きっと大丈夫だよ、アキトくんが言ってたから。女神の嵐が眩しくって仮に彷徨える亡霊が居たってとっとと成仏してるだろうって」

「女神の嵐?……なんのこと?」

 アキトから女神呼ばわりをされることはあっても、それと猛々しい嵐という言葉とが容易に結びつかない。

「さぁ、あたしにもよくわからないけど……たしかそう言っていたと思う……」

 アリシアとアテナがもどかしげにすると、晃がアッハッハと声をあげて笑い出した。

「アキトのヤツ、そんなこと言ってたのか? ガキのくせにナカナカ洒落たこというじゃねぇか」

「「え、どういうこと?」」

「アラシっていうのは嵐のことじゃない、アラシだよ」

「アイドル歌手グループとかの?」

「違う違う、トランプのバカラに似た、こっちのカードゲームの一番強い役の名前さ」

「「カードゲームの役……???」」

「ポーカーでいうスリーカードな……要するにアイツが言ったのは俺たちのことだよ。天下の美女三人がやってきたんだから、お祓いをするには十分だろうって話さ。それならそれで結構なことじゃないか」

「でも居なくなったんじゃなくて、逆に子供の幽霊さんが出てきたっていうんでしょ?」

「うん……あの男の子、やっぱり幽霊さんだったのかしら……」

「そりゃよっぽど眩しくて、逆に気になっちまったのかもしれないな、おまえらの仲が良すぎるのがサ」

「そんなまとめ方しないでっ……だってあたしたち、別に大したことをしていたわけじゃないから……」

 抗弁しながらアリシアは頬を染めていて、意図に反して語るに落ちるような具合になってしまっている。

「大したことないか……ホントかなぁ?」

「晃ちゃんっ」

「晃ちゃん、プライバシーの詮索はよくないよ、いくら親しき仲でも」

 アテナに窘められて晃は追求の矛を収めた。

「まぁ、そういうことにしておいてやるよ」

 危ない方向へと傾きかけた座の空気が一旦は収拾したかに思えたのだった。

 だが、平和は長続きはしなかった。

「……でも、アキトくんって、あんがいすごい子なのかもしれないから……」

 アテナがポツリと呟いて、また雲行きが怪しくなってくる。

「アリシアちゃん、うなじの辺りからバニラの甘くていい香りがするから、どうしたのかなって、さっきから気になっていたんだけど……」

「え――!?」

 アテナがまんじりと見つめていた。

「あたしはまだ経験したことないから……」

 その一言で、アリシアはたちまち耳まで赤くするほど顔を紅潮させている。

 アテナの勘の良さは、やっぱり侮れなかったと思い知らされていた。

「経験って、なんだ?」

 晃は怪訝そうにしていて、

「ううん、別に大したことじゃないから、気にしないで晃ちゃん」

 アテナは取り繕う。

「なんだよ気持ち悪いな、おまえら二人で示し合わせてるみたいで」

「そうじゃないの、ただアリシアちゃんがすごく幸せだから、いいなぁって思っただけ、ね、アリシアちゃん」

「う、うん……そう……あたし幸せよ……とっても……」

「ちぇっ、のろけ話かよっ……まぁ、そういうことなら良しとするか……おいアリシア、コーヒーのお代わり要るか? アテナも」

 こうした時、たとえ察していたとしても深く踏み込んでこないところが晃の気働きだった。

 湿っぽくなりかけた空気も、持ち前の明朗さでたちまち吹き払ってしまう。

「ちょうだい晃ちゃん」

「あたしもいただくわ、お願いしてもいい?」

「まかしとけって」

「お饅頭、色違いのもちゃんと食べてね」

「おうっ……って言っても中身のあんこは同じみたいだけどなっ」

「え、茶色いのって粒あんじゃなかったの?」

 アテナがちょっと残念そうな顔をする。

「じゃあ、どうしてわざわざ色違いなんかにしたんだろう?」

 理系頭はこうしたことも気になるらしいのだ。

「縁起、かしらね?」

「縁起っていうなら、紅白だろ」

「そうよねぇ……うーん……わからないわ」

 アリシアが投げ出すと、

「世の中、謎ばっかりだよな……山梨のほうとうとか、秋田のきりたんぽとか……考え出すとキリがないぜ……あいつら何故うどんや餅にする直前で作業を止めちまうんだろうって」

 晃にも一家言あるらしい。

 アテナがそれを受けて独自の解釈を披瀝して、それについてまた晃も応酬する。

 そんな二人をアリシアは彼女らしい淡い笑顔を泛かべて眺めていた。

 女神たちのティータイムはその後もしばらく続き、他愛もないお喋りの花を咲かせて、長い夏の宵闇が迫るまで話のネタは尽きずに途切れることはなかったのだった。

 

 

 




学園シリーズはここで一旦止めて

次回からはまたアクアに戻ってのお話になります

荒木マユミの企みも気になりますし

他にもアリシアをめぐって不穏な動きがあるようです

週末、時間が取れるかわかりませんが

なんとか時速800文字の蝸牛ペースを少しでもアクセレートできるようにしたいと思っています




誤字等の微修正をしました

それから新たにお気に入りに加えていただきました
流し台 さま
御礼申し上げます

これまでご支援いただいた方々にも、改めて御礼申し上げます
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