ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
「おい、起きろよアキ」
同室のヴィッティアス・ショルトーに耳元で囁きかけられて、柊アキトはぼうっとしたようすで生返事をする。
「え、もう朝……?」
「まだ一時だよ」
「……なら……ボク、お昼、食べ損ねちゃった……まだ食堂やってるかな……」
眠そうな目を擦り擦り言う。
「なに寝ぼけてんだよ、今は夜中の一時だって」
「夜中のっ? ならあと五時間も寝られるじゃない……勘弁してよヴィト、おやすみ……」
寝ようとしたアキトだったがヴィトに肩を揺すられて、
「なぁに、ボク、まだ寝たいよ……」
「なに呑気に寝てるんだよっ、いまアリシアさんが大変なことになってるってのにっ」
「え――?!」
アリシアの名前が出てくると、さすがにどんなに眠くても意識のピントはフォーカスを始める。
「アリシアさんが大変って……?」
「アリシアさんのフルヌードがネットに盛大に出回ってるんだよっ! いま、ソニーたちが実習室の大型プロジェクターで見ようって集まってるらしいから、おまえも来いよっ」
「なぁんだ、そんなことか……アリシアさんのフェイク映像なら、ついこないだの騒ぎで散々見たばっかりじゃない、驚いて損した……」
「今度はフェイクじゃねぇみてぇだぞっ、ホンモノだって」
「みんな懲りないよねぇ、またいーかげんな情報に踊らされてる……もういいから寝ようよ、夏休み期間中の課題の提出期限も迫ってるし、君だって明日も朝からアトリエで作業しないとならないんでしょ……」
アキトはゴロン寝返りをうつとヴィトに背を向けた。
「課題なんてそんなこたぁどうでもいいんだよっ、アリシアさんの一大事なんだからっ、おまえだって一応はマンホーマーなんだ、フルヌードスキャナーのことぐらい知ってるだろ?」
「フルヌードスキャナー!?」
予期せぬリスキーなワードを耳にして、背を向けたままでアキトは目を開いた。
いかに世間の動きにはあまり頓着しないアキトであっても、レイディ・クラッシャーとも言われる卑劣な盗撮機のことを知らないわけではない。
「アレにアリシアさんがやられたみたいなんだよ」
「ソレほんとっ?!」
事実だとすれば確かに大問題だった。
「やっと目が覚めたか?」
「だけどアレは全世界で使用が禁止されてるから、AQUAみたいな惑星にはどこにも無いはずなんだけどな……」
二段ベッドの上段の寝所で上体を起こしながらぶつぶつ呟く。
「アリシアさんの婚約、寿引退の大ニュースで記者とかマスコミとかが、遠くマンホームからも押し寄せてきていただろ、きっとそのドサクサで誰かが紛れこませたんだろうな」
ヴィトが言うには、ヌードスキャナーをバラバラに分解した上で大勢で共同して運び込んだのではないか? ということだった。
「……だからって、幾つも入管ゲートがあるのに、水際でなんとかならなかったのかな……持ち物検査だって入念にしてる筈なのに。たとえ部品一つでも引っ掛かれば、それで機器としては使えなくなる公算が大きくなるんだから……」
自分が出入国する際に、一つ一つバッグを開けられて中身を検められていたことを思うと、肝心なところでゲートキーパーとしての機能を果たさなかった入管のチェックの杜撰さには腹立たしさを覚えるが、努めて態度には出さないようにする。
「まぁいいから、わかったらスマホ持って一緒に来いよっ、静かになっ、
友からせっつかれて、やむなくアキトはパジャマのままで梯子を降りていく。
二人の少年は、照明を落として常夜灯のみが灯る薄暗いドミトリーの廊下を、実習室のある教室棟の方まで足音を忍ばせて歩いていった。
一階にある総合実習室には既に数名の男子生徒が集まっていて、暗い室内で互いに額を寄せ合うようにして誰かのスマホ画面に魅入っていたようである。
画像の照り返しを受けて少年たちの顔が青白く照り映えていた。
「スゲーな、やっぱアリシアさんは……」
「細いのに、想像してた以上の巨乳さんだったぜ……こりゃたまんねぇや……」
離れていても少年たちのつぶやきが聞こえてくるほど、深更の室内は静かである。
居合わせたものたちは、やってきたアキトとヴィッティアスに気がつくと、手元の画像に目をやりながら二人に顔を向けた。
上向けた文庫ほどの大きさのスマホ上に、手のひらに乗るほどのサイズ、大きめのサムネイルぐらいの小さなブロンド女性の3Dヌードが投影されているのがアキトの目にも映ったが、それはほどなくして幻のように消えてしまうのだった。
「あ、もうしまいか、お試しの三十秒ってのは短いな……おい、あと試してないのは……カイル? おまえか」
「ああ、俺だ……」
言いながら大柄な少年のシルエットがアキトに軽く会釈を送ってくる。
工芸科のカイル・メジャーズとはクラスが別で、アキトとはほとんど接点がなく、互いに顔は見知っていたものの初対面に近かった。落ち着いた雰囲気のする少年で、陽気で勝気な元気印ばかりを揃えたようなソニーの取り巻きにしては一人異彩を放っていた。
そんな彼でも、やはりアリシアのヌードには興味があるというのは、彼女の影響力の大きさを物語っているようで、アキトには誇らしくもあり、また事態を考えるとさらに頭が痛くもなってくる。
「オッス、待ってたぞヴィト、来たのはおまえらだけかよ?」
「とりあえずは俺らだけにしといた。ホークスたちは誘ってない。あまり声かけて増えると騒ぎになってヘックスが気がつくかもしれないし」
グループリーダーのソニー・リックヴォーンに訊かれてヴィトが応えていた。
「そうだな――」
「オッケーオッケー、それでいいよ。で、二人ともスマホは持ってきてるんだろ?」
サブリーダー格のマーシアス・カークランドが確認して、アキトとヴィトは頷いた。
「二人が来たから、とりあえずホロプロジェクターに飛ばすところまでは無料でチェックできそうだな。ベン、課金が無駄にならないように映像の調整をよろしく」
「まかしとけって――」
「頼むぜ、映像科っ!」
「おうよっ、こちとら、そういうののプロだからよ」
居合わせた中でただ一人、映像科三年のベンジー・ディーグラーが胸を張る。
「にしても暑いよなぁ、ここは……」
「なんとかならないのかよ……」
「ならねぇな――」
「だよなぁ……」
真夏の夜、実習室は通常の教室の倍ほどもあって広く、天井も高いのだが、それでも窓を閉め切っているためにかなり蒸し暑くなっていた。
だからといって真夜中に室外機の騒音を立てるわけにもいかず、空調を作動させることなく、みな暑さに耐えているらしい。
しかし、熱気の原因はそればかりではなかっただろう。
少年たちは期待に固唾をのみ、興奮を内に宿しているのだ。
誰にとっても憧れの美女の全裸が見られるとなれば、好奇心の旺盛なミドルティーンの男子にしてみるとこんなにも魅力的な企てはなかったのだった。
多くが寝起きのままの薄着であるために、パジャマやトレーナーの股間をモッコリさせていて
「少し金がかかるみたいだから、みんなでカンパしようぜってことになってるんだが、当然、おまえらも協力するだろ?」
「え、お金がかかるのっ?」
「アキ、ナニみみっちぃこと言ってんだよっ、アリシアさんのヌードだろっ、一回ぐらいメシ抜いたっていいだろうがっ」
ヴィトに諭される。
「だけどお金って言われても、ボク、あまり持ってないよ。出せるとしてもせいぜい数クレジットまでかな……それでもしがない奨学生にはキツイんだけど」
「ああ、それで十分だ、俺たちも一人五クレずつってことにしてる」
ソニーが持ちかけ、
「……今、ここに……ひぃ、ふぅ、みぃ……七人いるから合計で三十五クレジットか……ワンクレジットで十分間見られるみたいだから、都合三百五十分、約六時間だ……それだけあれば十分だろう」
と、続けた。
「小さなスマホ画面だとせっかくホロにしても良く見えないから、だからこっそり実習室の4Dプロジェクターを使ってみんなで鑑賞させてもらうことにしたんだけどね」
仲間内では知性派のマーシアスが事情を伝える。
「で、どんな感じなの? アキはまたフェイクだろうって疑ってるみたいなんだけど」
ヴィトがアキトと反対隣のマーシアスに尋いていた。
アリシアがレイディ・クラッシャーの犠牲者になるなど許されていいことではなく、アキトは何かの間違いだと思いたかったのだった。
「とりあえず、スマホじゃ細部はよくわからないけど、アリシアさん本人だってことでは間違いはない」
「そっか……」
「本当に間違いないの? 合成画像ってことは?」
アキトも食い下がるが、精一杯の自制心を発揮して、なるべくマジには見えない風を装って内心の揺れを隠そうとしていた。
「イヤ、もう既に随分いろんなところで解析されてるらしくて、今度こそ間違いはないらしい。データの形式は確かにフルヌードスキャンされたものだそうだ」
そう教えるマーシアスは頬を緩めている。彼もまた公開された画像に期待を寄せていて、アキトとは立場を異にしていた。
「ネットで伝えられているところでは、元々の画像のデータサイズが半端じゃないみたいだから、めいっぱい引き伸ばしても全然、荒れたりモザイクになったりしないって話だから」
「要するに、あのアリシアさんの秘密が丸見えってことなっ」
お調子者のハウザー・スティムソンが股間を両手で押さえておどけてみせた。
「どうなってるんだろうなぁ? 気になるよなぁ、アリシアさんのプッシーちゃんって」
この猥褻な一言をきっかけにして、少年たちのスイッチが入ったのか口々にエロティックな現状について熱っぽく囁き始めるのだ。
こうしたどよめきの中、アキトはひとり全身に脂汗が滲むほどの焦慮に襲われている。
アリシアが知らない内に自身が人々の間で辱められていることを知ったとき、どんなに辛い思いをして悲しむかと思うと、最愛の恋人を守れなかったことへの悔いと、自分の不甲斐なさとで頭を抱えたくなる。
陰ながら気を配っていたつもりでも、予想もしていない攻撃への対処には限界があった。
傍にいて、もしも近くにいることができれば、まだなんとかなったのかもしれない――。
でもそれは叶わないこと。
今この瞬間も、もしも彼女が心細い思いをしているのなら傍にいてあげたいと思うのだが、それが出来ないことがもどかしい。
「……だから、せっかく金かけるんだから、やっぱアリシアさんのアソコ、大きくして見てみたいだろっ、スマホの部分拡大機能じゃ興がのらねぇしよ」
卑猥な言葉が飛び交い、ますます盛り上がりを見せる中、マーシアスが気になることを口にする。
「ただ、それに関してネットでは既に、絶賛するコメントと失望するコメントとが入り混じって大変な騒ぎになってるみたいだから」
対して、
「失望ってなに――?」
アキトの疑問は当然だったかもしれない。
恋人としては、たとえ看過しがたい事態であったとしても、ただ一人彼女の裸体を間近にしている自分にはおよそ失望することなどあり得なかったからだ。
心の美しさのままに、全身まんべんなく見事なまでに完璧な女体は、絵描きとしていかに迫ろうとも決して手の届かない高みにあるものなのだった。
仮にもアリシアのヌードを目にして失望するなどとは、どう考えても合点がいかない。
「それがよくわからなくて……まだ画像が上がって一時間も経ってないみたいだから、いろいろ混乱があるみたいで」
「たった一時間でこの騒ぎなの……?」
事態は既にアキトの想像を超えた広がりを見せているようである。
「そりゃそうだろ、あのアリシアさんのハードコアフルヌードだぞっ、誰だって無関心でいられるわけがないだろうが……どこぞの国のロイヤルファミリーだろうと、インペリアルファミリーだろうと、男だったら誰でも興味津々よ」
「………」
「どうしたアキ、さっきからなんかノリがワリぃよなぁ、浮かない顔して」
「おまえも楽しみなんだろ? あのアリシア・フローレンスのフルヌードだぞっ」
ソニー・リックヴォーンに念押しをされて、
「……いや、別にそういうわけじゃ……ただ、可哀想かなって……やっと騒ぎが治ったと思ったら、またこんなことになって……」
「まぁ、そりゃそうだけど、別に俺らがやったことじゃねぇし……ただ俺たちは恩恵に浴しているだけだろ。ありがたく頂戴すればいいのさ」
「でも勝手に見てもいいのかな……あの人のプライバシーだから……」
「マンホーマーのおまえがナニ、そんなおカタイこと言ってんだよっ。見たくないならおまえはとっとと出ていってもいいんだぜ。俺らはアリシアさんの観音様を拡大してバッチし拝ませてもらうけどな」
「俺はお尻の方のマリアさまだってしっかり見せてもらうぜっ」
ハウザーが腰を振って挑発ポーズをする。
「「ハジーは変態だからなぁ」」
「おめえらだって同じだろっ! あんな綺麗な女の人でもウンチはするんだからなっ。そこがどうなってるか見てみたいだろっ」
「で、どうするんだアキ、おまえは抜けるの?」
マーシアスからも詰め寄られたアキトは、留まることを選択するしかなかったのだった。
「ソニーっ、プロジェクターの用意はオッケーだ」
猥談に花を咲かせながらも機器の準備をしていたベンジーが言った。
「おうっ、っと、で、誰から行く?」
「まずはカイルとヴィトと……それからアキト、いいんだな? ここに残る以上はおまえも共犯だから、倫理感とやらを振りかざしてみんなシラケさせないでくれよ」
「わかってる――」
「じゃあ、まずはアクセスしてないスマホからお試しをして、それから……課金したヤツからそれぞれのスマホでアクセスすることにしようぜっ」
「「「「「「諒解っ」」」」」」