ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
1
「灯里ぃー、お昼イコっー」
先に終業となった隣のクラスの藍華――藍華・S・グランチェスタ――が、ベルを待ちかねたように灯里の机の前までやってくるとランチに誘った。
「あ、藍華ちゃん、でも、あたし、今日、お弁当持ってきたから」
「ヴぇーっ、っで、あたしの分はぁ?」
「はぇー……? 忘れちゃったぁ……」
「んー、もうっ」
藍華はムクれてみせ、灯里がおろおろするのを十分に見届けてから、ニカっと笑う。
「なんであんたがあたしの給食当番しないとなんないのよっ、ホントっあんたって子はっ」
灯里の頬を両手で挟みつけてもちもちオモチャにしながら、
「いっつもお人よしでポワポワしてるんだからっ……まぁ、そこがまた灯里らしくていいんだけど……なら、おベント持って食堂イコっ、もーあたしお腹ペコペコっ」
「ごめんなさい、今日はそれもダメぇ……」
灯里は申し訳なさそうに誘いを断る。チラリと教室の隅を一瞥。
藍華は、
どして――?
と、灯里に顔を近づけて両目を凝視すると、合点がいった顔になった。
教室の一方をうかがって、
「あーん……そういうことか……」
そこにはクラスメートの誘いを断っている男子生徒が一人。ボサボサ髪の後ろ姿が見えていた。
「まったくドコがいいんですかねぇ、このクラスのお姫さまはっ。あんなもやもやぁっとしたヤツの……ま、性格は似たようなものかもしれないけど……」
親友につっこまれた灯里は、ほへぇっと苦笑いする。
「そんなんじゃないよ、ただ、柊くんにお話したいことがあったから……」
「ヒイラギくん? ちがうっしょ、アキトさぁんっ♡!って、いつも二人っきりのときにしてるように言いなさいってば」
「だからぁっ」
クラスメートの柊アキトは灯里のボーイフレンドとして公認されていた。もっとも、公認といってもまだ二人だけ。
その他は黙認派、タナぼた派、漁夫の利派、とりあえず先送り派、アリスちゃん以外は無関心派など諸派、マニアックな泡沫会派まで含めると十以上もある。
もちろん最大勢力は絶対に認めン派だった。
「灯里先輩、ボーイフレンドとお弁当をするんでしたら、早くしないとでっかい手遅れになります」
いつから居たのか、藍華の背後から二年生のアリス・キャロルも現れて灯里に迅速な行動を促した。
「え?」
「まぁーた、あんなつまんないもン、食べてるし」
見ると、チョー美女(美少女卒、仮免許申請中)――になりかけの三人組の視線が気になったのか、振り向いた件(くだん)の少年の口からはすでに長くて茶色い脂パンが生えている。
三人と目が合って、いきなりぎょっとした顔をすると、机の中に隠し持っていた残り二つの菓子パンを、灰色のジャケットのポケットの左右にそそくさとつっこみはじめた。
はっきりそれとわかる遁走の体。
「逃げますよ、先輩」
「はえぇぇっ?!」
アキトは、いつもは茫としていて、とらえどころのない感じの穏やかな少年なのだが、どういうわけかこの二人が苦手らしく、現れるとまるで災厄――と、ばかりに視界からフレームアウトしようとするのだ。
さながら、肉食動物の接近を知ってすばやく退散する臆病な被食動物のように。
一方、若き捕食者コンビの方も心得たもので、このところ間違いなく狩りの腕前は上がっていた。今も灯里が席を立つ前に動いていて、すばやく廊下に飛び出すや獲物の退路を断ちにかかっている。
こんなふうにして最近では二回に一回ぐらいは狩りに成功して、しゅん、となった獲物をくわえて誇らしげに灯里のところに戻ってくるのだった。
で――、
今日はその一回の方。
「アイツぅ!」
藍華は胸の前で拳を握りしめ、悔しがることしきり。
「あんたのカレシ、ずいぶん逃げンのうまくなったわねっ!」
「でっかい大失敗です。灯里先輩、お役に立てず申しわけありません」
「はえーっ……」
用意してきた大きめの弁当包みを前に、灯里は暢気に天を仰いだ。