ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
少し短めですがこれはAパートです
アリシアはかつてそれに似たものを一度、目にしたことがあった。
夜の儀を終えてアイリーンから交接の証を確かめられた時に――。
けれども彼女がいま前にしているのはそれよりもずっと女の胸を騒がせる形をしているのだった。
椅子の左右にある大きく跳ね上がったアームは、けして肘掛けのような長閑なものではなく、さらにはその座面の下側には平たいトレーニングベンチのような細長い椅子が差し入れられていて、向き合うようにして配置されている。
“二人用の”椅子――。
「これ……アキトさんが作ったんですか……?」
言葉は自然に不安と途惑いを滲ませたものになっていた。いくばくかの非難、抗議も含まれていたのかもしれない。
「ちょっと手を加えただけです。この辺り一帯は大昔、造船所の医療ブロックだったらしくてこの診察室以外にも歯科だったり、レントゲン室だったりしたところもあって……中には婦人科だったところもあったらしくて……」
以前に散策した際に見つけていて、それで気になっていて、少しずつ分解して、この彼の秘密の“実習室”――ネオ・ヴェネチアに来た際に、大きな画板やイーゼルなどのかさばる画材を置いておいたり、スケッチ散歩の休憩に使ったりしていて、またアリシアとの秘密のデートにも何度か利用されたことがあって、彼女にとっても既に馴染みのある場所なのだった。巨大な廃墟の中は真夏の今もひんやりとしていて過ごしやすくもある――にまで運び込んだのだという。古くて錆びたり壊れかけたりしたところは部品などを自身で誂えて使用に耐えるように組み立てなおしたというのだ。
「U字型の座面の下にあった汚物受けは、アリシアさんには必要ないから取り外しましたけど――」
「………」
「キミの二十歳の誕生日に合わせてお披露目しようかと思っていたんですけど、それにも間に合わなくて」
「誕生日って……」
「こんなのプレゼントにはなりませんよね、やっぱりボクが愉しむばっかりですから」
「楽しむ?……そう……そういうことだったのね……もう、おバカさんなんだから……アキトさんは……」
アリシアは不満げにちょっと唇を尖らせている。
アキトの本来の十五歳のバースデーはとっくに過ぎていたが、プレゼントをしようにもAQUA歴の八月でいいからと言ってずっと先延ばしにしていたのはアキトの方なのだった。
自分の知らないところでこんなことまで考えていて、準備のための時間稼ぎをしていたのだとしたら、その用意周到さぶりにはいつもながら呆れてしまうのだ。
「だって今は十六月の二日だから、閏八月の初めってことになるでしょ? 火星歴に合わせると、ちょうどいい日取りになるんじゃないかな? だから、今日はボクのバースデープレゼントということにして、今日こそはアリシアさんから
少年は舌で唇をペロリとやって、まるでバースデーケーキを前に目を輝かせる男の子のような顔をしていた。
否、ような――ではなくて、それそのものなのだった。
ただ、アキトがご馳走だと思っているものは、赤いストロベリーで飾られた生クリームたっぷりのショートケーキのような、そんなさし障りのないものなどではけしてなくて、彼女、アリシア自身。
とても口にはできないような淫らなことをするつもりでいる。
それなのに
「座って、いただけますか?」
敬語――。
女にこんなにもむごい要求を突きつけていながら、それが彼女にはもう拒めないのを知っていながら、見上げるような憧れの眼差しを送りつけてくる。
「ひどいわね、アキトさんは……」
「そうですね」
「あたし、どうしたらいいんですか?」
「そうですね……まずは着ているものをみんな脱いでください、今日はボクも裸になりますから……」
「――!――」
デートの時、アキトはいつでも裸になるわけではないのだった。むしろ褥をともにする時以外は、アリシアばかりが全裸に剥かれる場合の方が多いのかもしれない。
それというのも少年は、彼女の肉体には強い興味と関心を向けてきても、その反面セックスへの執着は薄いようなのだ。
自分自身への肉欲を満たすことにはストイックという以上に無関心に近いのかもしれなかった。
いつでも一方的にアリシアばかりが啼かされて、彼は涼しい顔をしている。
こうした非対称な関係を、くやしいな、と思うけれど、それを彼女が諾としているのは、彼のロイヤリティには微塵の揺らぎも感じないことと、目も眩むような嬉びを知ってしまったからに他ならない。
今、アキトの提案を受けて、既にデートの前から期待に潤み始めていた体の芯は、熱くほどけてしどけなくなりかけている。女の生理からも、もう背を向けることなどアリシアにはできなくなっているのだった。
「いいわ……」
「いいんですかっ!」
少年は笑顔を弾けさせる。プレゼントの包みを展いて、そこに欲しかったお気に入りの玩具を見つけた時の子供のような顔をして。
思わずつられてアリシアも微笑んでしまうほど。
女にとっては正念場ともいえるような場面であるにもかかわらず。
「だって、イヤって云っても、どうせ赦してはくれないんでしょ?」
「そんなことないですよ……ボク、アリシアさんが嫌がることなんてしたことあったかな?」
「まぁ、そんなことどのお口が云うのかしら? うふふっ……でもいいわ、なんでも……あなたの言うことを聞いてあげるから……」
アリシアは真顔になるとうったえた。
「本当に……?!」
「ええ……だって、そのつもりで来たんだから……あなたに……抱かれるために……」
自身のヌードが全世界に晒されて、どんなに哀しくて辛かったか、どんなに心細くて寂しかったか、アキトに逢った瞬間に彼女はまたそのことに気がついて、心を大きく揺り動かされて泣き崩れてしまっていた。
彼の胸に縋って涙して嗚咽しながら、自身の迂闊さと非を責めて、許しを願ったのだった。
「口惜しいのはボクもですよ……キミをちゃんと守護ってあげられなかったから……かわいそうに……こんなふうにアリシアさんを泣かせるなんて……犯人のことはけして許せない……でも……」
「………」
「……いまだって誰ひとりとして、アリシアさんのことをなんにも知らないんだから……それを忘れないでくださいね……キミの素晴らしさを、素敵さを、愛おしさを……それは世界中の誰も知らないことなんですから……こうして抱いている時のキミの体のたしかな命を伝える温もりを、柔らかな感触を……洗い髪の清潔な香りも、ほのかに甘くにおうやさしい体臭も……そして……もっとステキなところも、ボクは知ってる……ボクだけが知ってるんだ……」
アリシアは長いまつ毛を涙に濡らして、クッキリとなった大きな瞳で恋人の顔を見上げる。
黒い瞳とのアイコンタクト。
神秘的なまでに深い色をしているといつも感じる、彼の瞳の色が眩しくて目を瞬かせて、恋する少女の眼差しでアリシアの瞳が揺れる。
なんてやさしい目をして自分を見つめるんだろうと思いながら。
背中を慰める彼の手の動きに心と肩を震わせながら。
「ボクだけが知っているんだ……キミがどこまでも素敵な女の子だってことを……心のやさしい女神さまであることを……だってキミがみんな教えてくれたから……」
「……あたしも……あたしだってアキトさんからみーんな教えてもらったのよ……男の人を好きになることを……それがどんなにステキで……どんなに嬉しいことなのかを……」
「そうですね……すごく嬉しかった……今もすごく嬉しくて、ボクは幸せです……誰よりも幸せ」
「あたしも……愛してるわ、アキトさん……だぁい好きっ!」
アリシアは最後の方を鼻にかかった声音をひときわ甘くして訴えて、頬をつたう涙をそのままに笑顔を向けている。
そうすると、なんだか勇気をもらったようで燻んでいた気持ちもスッキリとなって晴れてくるのだった。
お返しに彼からはぎゅっと抱きすくめられて、背中を優美にしならせて、その思いがけない強さに意識が遠のきそうになってしまう。
小柄なようでいて男の子って、やっぱりこんなにも力があるんだ、と、歓びに胸がときめいた。
「キミを誰にも渡さない……アリシアさんのこと、絶対にボクがっ……ボクが必ず護るから……だからキミは大丈夫なんです……何も心配することなんてないんですよ……」
「うん」
18禁となるハードコアパートはBパートに
今夜寝る前までになんとか上げたいと思うのですが間に合うかなぁ