ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
先々週のお話の続き、です
アリアカンパニーの純白の制服に包まれている長くしなやかな脚、くっきりとくびれた腰。
メリハリのある優しいボディラインをさりげなく隠して、あまーい蜜たっぷりの匂やかな美の化身から、また普段通りのスノーホワイトに戻ったアリシアの漕ぐゴンドラが、薄暗い隧道を抜けて明るい外の世界に消えて見えなくなるまで、少年は壁のアルコープの影からそっと見送ることにする。
ほんの少し前まで、あのふっくら張りきったお尻の合間の秘密の湿地帯に、この世の天国ともいうべき場所に少年は顔を密着させて、なにものにも遮られることなく柔らかくて温かな粘膜とぴったりひとつになって、これ以上ないくらいの一体感を楽しんでいたのだ。
愛おしいにおいに包まれて――。
女の子がなによりも秘密にして、隠しておきたいデリケートな場所の全てを晒してする、そんな恥ずかしいオーラルセックスを演じさせられていた時の性の翳りを、今の彼女はもう微塵もうかがわせない慎ましさで差しこむ陽の光を受けたロングストレートの長いブロンドの髪が眩しく神々しく煌めいている。
見つめる少年のジーンズの中のものはカチカチに勃起していた。
愛撫の最中にもアリシアにしかつくれない味とにおいに感動して、鼻と口を楽しませながら空いた手で股間のものをしごいて何度も放ってはいたのだが、若い体はたちまちチャージをしてしまいまだ満足しきれていないのだった。
秘密の診察室へと戻って、彼女の肌着のにおいを嗅ぎながらまたマスターベーションしようと思う。
ドックの階段を駆け上がり専用のアジトに戻ってきた少年は、木製デスクの抽斗を開けると、そこに隠してあったジップロックに入れてキープしたアリシアの肌着を取り出すのだった。
股ぐりを裏返すと顔を埋めてにおいを嗅ぐ。
脱ぎたてのものとは違いすっかり乾いていてだいぶ香りが薄まってはいても、彼女の魅力を辿るよすがとするには十分だった。
本当は脱ぎたての、まだ温もりの残る肌着を貰いたいところだったのだが、彼女がスキャン盗撮に見舞われてからまだ日が浅いこともあって今日は見送ることにしたのだ。
前回のデートで、図書館の書庫の奥でちょっとだけクンニリングスとアニリングスを楽しんだ時、あの日も本当はいつものようにパンツをおねだりしてもらうつもりだったが、突然の足音に驚いて逃げるのに精一杯でその時間もなかったのだった。
それが幸いして、きっと肌着――マンホームに一時帰郷した際に、アリシアへの土産にしたものだった――に織り込まれていた防臭用の金属繊維などの効果だったのだろうか、スキャナーに使われた透過照射波に干渉したらしく上手くハレーション効果を生じさせて彼女のシークレットパートの美しい姿を公衆に晒すことにはならなかった。
まさに間一髪、不幸中の幸い。
もしもいつものようにパンツを貰って持ち去っていたらと想うとゾっとする。
自分にしてもアリシアにしても、とても今のようにやり過ごすことなどできなかったに違いない。
そうならなかったのは運が良かったに過ぎないのだ。
それでもアキトと再会したアリシアが泣き崩れるほど、気丈さを装ってはいてもやはり彼女にはショックだったのだろう。
だから関係を進めることで、彼女の中で盗撮されたことを陳腐化させようとして、今日は意図的に濃いプレイに挑んでいた。
予定では内診台を使ったオーラルセックスはもっと後に、半年ほど先の次の彼女の誕生日にでも持ちかけてみようと思っていてそのつもりで組み立てていたのだが、今日のデートの約束ができてからはそこに合わせようと学校が済むやアジトに日参して大急ぎで組み立てていた。
まだ可動部の油圧装置の付け替えや固定具のベルトの設えなどが未整備な状態で、本来の目的のより不埒で享楽的な性具としての什器に仕立て上げるまでにはまだまだ時間がかかりそうだったが、とりあえず彼女にソフトな被虐感を抱かせるには十分なものに仕上がっていたと思う。
きっと見かけだけでも女性の目には凶悪な禍々しいものに映ったはずで、そこに座るということにはさぞや勇気が要ったことだろうと思うのだが、盗撮された現実を受けてアリシアにも覚悟ができていたのだろう、意外に思うほどあっさり求めに応じてくれていた。
それからは全てが望んでいた通り――。
なるべく強い羞恥を感じさせるようにして、より強い歓びへと誘っていったのだった。
内診台の上に座って脚を開いたアリシアが、命じられたままに自分から秘密の谷間を展いてくれたときの感動はなにものにも代えられない歓びだっただろう。
こんなにも美しい女性が、こんなにも恥ずかしい姿になってくれること。
その姿を自分にだけは見せてくれること。
男にとって、これにまさる歓びがあるだろうかと思う。
美しい顔を懸命にして恐れと不安を覗かせながら、少年のすぐ顔の前で、長く綺麗な指先がそこをたくると、粘りのある蜜によって貼り付いた粘膜がプリっと爆ぜるようにして、深い谷間の中に隠れていた愛らしい秘密の全て、最も尊い神秘を見せてくれたのだ。
歓びを分かち合うために――。
美の極み、愛の化身そのものを、二人だけのものにするために――。
それに、あんなに可愛い顔をしていてあんなに綺麗な、本当に女神さまのように美しい女性が、とても強くてたくましい豊かな香りがすること。
それは一瞬で意識が飛んでしまいそうなくらい嬉しいことなのだ。
お尻の穴だって可憐な花を咲かせていて少しも汚穢さを感じることはなかった。
たしかに人間らしいにおいをさせてはいても、彼女のものとなるとなにもかもが尊くてどんな花の香りよりもかぐわしいものになる。
だから舐めたり吸ったりするのを躊躇うことなんてぜったいにありえないし、中を探った指を舐めることにも抵抗感なんてあるはずがなかった。
どこまでも愛おしい女神さまの秘密の器官。
思い出すとまた少年の口中いっぱいに唾液が溢れてくる。
別れたばかりだというのに、もう彼女のにおいに、蜜に
「アリシアさん、ひどいよ、こんなにいいにおいがして……もうボク、すっかりダメになっちゃった……」
パンツの黄色いシミの部分に鼻先を押し当てて恍惚とした顔のまま、いきりたった膨らみの先端からたっぷり精を放つ。
ただホッとしたのも束の間、またすぐに息を吹き返してペニスが鎌首をもたげてきて、少年はアリシアの肌着のちょうどお尻の穴と接したあたりも嗅いで、うっとりとなるのだった。
クンニの最中もこのままずっと顔を埋めて永遠にこのにおいに包まれていたいとどれほど願ったことだろう。
体を重ねてセックスをするのさえ時間が惜しいと思えるくらい。
美しい彼女の、なによりいちばん美しい奇跡は、彼女のにおいの好ましさだと思う。
腋の下も、乳首もお臍も、セックスも、そしてお尻の穴も、どれもみんな素敵で……。
ボクがヘンタイだって?
そりゃそうですよ、だってキミがあんまり可愛らしすぎるから……。
この
その時の感動は今も少しも変わらない。
それどころかキミのことを知れば知るほど愛おしくて、憧れて、ますます執着するようになってる。
ひとしきりしごいて続けざまに四発放出してから、とりあえず手持ちの弾倉はようやく空になりやっと一息ついたのだった。
少年は宝物を大切にたたむと、ジップロックに入れてまた引き出しの中にしまいこむ。
それから顔と手をしっかり石鹸をつけて何度も洗うのだった。
本当はそんなことをしなくてもよかったのだが、他の男に彼女の匂いを知られたくはないのと、クラスメートには女子もいて、彼女たちは男が纏う女の匂いには敏感に反応してくるからだ。
さらに木炭を手と顔とに塗りたくって、念入りににおいの痕跡を消しておく。
部屋を後にする前に、こちらも念のために内診台は分解して片付けることにするのだった。
◇ ◇ ◇
アルセナーレの造船所跡地の港湾内にある入江はさながら広大なプールのようで、ウンディーネを志す幼い少女たちはペアを組んで実際の海に乗り出す前に、まずは一人/\がここでゴンドラの漕ぎ方の基礎を学ぶとともに練習を行うのが常だった。
今日もシエスタの後、午後の三時を回ってから、ローティーンのまだ十分に子供子供した雰囲気を残した美少女たち十数名が、現役を終えた白黒さまざまの古いゴンドラの上で、昨日、指導員となる元ウンディーネから教えられたオール捌きやバランスの取り方などを、それぞれが自主的に反復練習していた。
彼女たちはまだどこのゴンドラ会社にも所属しているわけではないので、当然、制服ではなく、みなおもいおもいの格好をしていて、私服の地味なジャージやトレーナーで練習をする毎日なのだ。
だから少女たちからするとたとえ仮契約であったとしても、白い制服に身を包むのは憧れだった。
それゆえに青空を背にして、蒼く輝く水面にプリマ・ウンディーネの冴え冴えとした姿はただただ美しく眩しく、少女たちの胸をときめかせてやまない。
女の子であれば誰もが一度は思う、いつかは自分もあの場所に立ちたいと希う晴れ舞台。
ただ現実は厳しく、見習い契約であるペアとしての仮採用の段階においても面接に加えて実技適正試験、口頭試問などの関門があって、さらにはシングルとして本採用となって正式に契約して会社に所属するまでには、実技と学科の試験が課せられていて、持ち上がりで誰もが成れるというわけではなかった。
その上のプリマとなると、シングルとしての実績、キャリアに加えて、正確無比な漕艇技術は当然のことながら、母国語の他に三ヶ国語以上の高い語学力と教養を問われる筆記試験もあって、実際には将来を夢見る少女百人のうち、一人が辿り着けるかどうかの高みなのだ。
さらには不文律ではあるが、プリマ、元プリマ・ウンディーネ七名以上からの推薦があるのが望ましいとされていて、これは容姿についても高いハードルが課せられていると見做されている。
要するに見目麗しく、高い知性と身体能力を持つひとにぎりのもののみに名乗ることが許されるのが、プリマ――のポジションなのだった。
その遥かな高みを目指す第一歩が、この場であり、少女たちの物語もまたここから紡ぎ出されようとしていた。
二人一組になって全員がゴンドラの上に立つと、オールを少し短く持って「イチ、ニッ、サン、シ」と互いに声をかけあいリズムをとりながら舟を止めたままで空漕ぎをする。
だが手にしたオールは見るからにまだ身にそぐわぬ感じで大きく重たげ、動きもバラバラだった。
同じ動きを何度も繰り返すことでフォームと感覚とを体に覚え込ませる基礎トレーニング。どんなに名のあるウンディーネであっても一度は通る道で、むろんアリシアや晃も例外ではない。アテナの場合だけは少し事情が異なるが、しかしやはり彼女もこの場と無縁というわけではなかった。
少女たちはフォーム確認の準備動作を終えると、今度は一人一人交代で、恐る恐るといった具合でポッパ台に上がって漕ぎ出すのだが、ひとかきするごとに舳先を右へ左へと大きくぶれさせて、舟体も揺れてぎこちない。
プリマ・ウンディーネたちがするように、優雅に水面を滑るというわけにはとてもいかないのだ。
「あっぶないなぁ、ひっくり返りそうじゃん」
あちこちから似たような悲鳴が発せられている。
ゴンドラはそう簡単には転覆しないように重心が低く作られてはいても、こんな具合では同乗者はゆったり周囲を見回すわけにもいかないのだった。
縁にしっかり掴まりながら舳先にではなくペアを組む相手の方を睨んでいる。
時刻はすでに四時半をまわり、じきに五時になろうとしていたが、夏の陽はまだ高く、西日の差す周囲は水面の照り返しもあって眩しいくらいに明るい。
入江の外に開けた海には、遠目に続くネオ・ヴェネチアの街並みと、運河をスイスイと滑るように進む何艘かのゴンドラが目に入り、少女たちは憧れに瞳を輝かせながら、額に汗を浮かせてゴンドラを必死に漕いでいた。
中の一人が、今しも外海から港内を伺う白いゴンドラとそれを操るウンディーネのひときわ優美な姿を認めて、瞬間に凝固してしまった。
「あ、ああああ、あれって……もしかしてっ、もしかするとっ……アリシア・フローレンスさんじゃないですかっ!?」
異変に気づいた周囲に居た数名も、たちまちその場で固まり、動揺は波紋が広がるようにあっという間に居合わせた全ての美少女たちに伝わるのだった。
アリシアのゴンドラは、うっとりするほど優雅な動きで入江の中に入ってくる。
少女たちは直ちに練習の手を休めると、そのままポッパの上で気をつけの姿勢をとったままカチカチになってしまっていた。
さながら突然の連合艦隊司令長官の訪問を迎える士官学校の候補生たちのような緊張ぶりで。
「あらあら、みんな熱心ね、感心感心……うふふっ」
現役プリマのトップにしてすでにレジェンド、スノーホワイトのアリシア・フローレンスはウンディーネを目指す美少女たちにとっての憧れの極み、見上げるようなスーパースター、雲の上の人に他ならない。
「あ、あああ、あああああのっ、きょきょきょきょっ……」
「あのっ、アリシアさんっ、今日はっ、どうしてこのようなところにっ、おいでになられたのですかっ!?」
緊張で上手く言葉が出てこなくなっている一人に代わって、別の一人がアリシアに、しどろもどろになりながらもなんとか尋ねるのだった。
「ちょっと気分転換に、こっちに来たらあなたたちの声が聞こえてきたので、気になって覗いてみることにしたの、お邪魔してしまったかしら、うふふっ」
「そそそそそっ、そそそそっ……」
「そのようなことはありませんっ、わざわざお見えになっていただきっ、とても光栄ですっ」
「あたしも、昔、ここで練習していたのよ……晃ちゃんと一緒に」
「あきらちゃ?……あ、あの姫屋のクリムゾンローズの晃・フェラーリさんとですかっ!?」
たちまち驚きにざわつく。
二人がともに三大妖精であることは知られていても、幼馴染であることまで広く知れ渡っているわけではなかった。
「ええ、晃ちゃんの方が先だったけど、あたしはちょっと遅れて、でも共にここからスタートしたの。懐かしいわ……まだそんなに昔のことでもないんだけど……うふふっ」
アリシアたちがここで初歩の訓練をしていたのは、ミッドスクールの第二学年の時、つい七年余り前のことだった。
ただ、少女から大人になるまでのこの時期はあまりにも変化が大きい。
大昔と言い換えてもおかしくないほどの、公私共に、たった今し方の出来事を含めて心身にも色々なことのあった期間だった。
ここを訪れるとその頃の記憶が刺激されて、何もかもがみな懐かしく思い出されてくる。
続く、少女たちはひとりひとりがアリシアに自己紹介をして、将来の希望を訴えていくのだったが、その中にはアリアカンパニーでの採用を希望していた者が何人もいて、ここ数年、新人の募集をしてはいなかったので、その旨を告げるとはっきりと落胆を見せるようになるのだった。
それをいささか不憫に思ってアリシアは
「ただこの秋からは、灯里ちゃ……新しいプリマの水無灯里さんが中心になって新しい体制で臨むことになるので、方針の変更があれば採用枠がつくられるかもしれないから……」
可能性に含みを残しておく。
ただ、現実的ではないことも判っていた。
会社経営と目上のたんこぶのようなプリマ従業員の管理とプリマ・ウンディーネとしての実務――。
一人三役は、大学と理事業務とが重なるアリシアばかりではなく灯里もまたそうなるのだ。
「……えーと、レフトスタンド側がどっと湧いているようですが……おーっと、ここで外野のブルペンから……アリシア・フローレンス監督が……出てきましたか……ああ、代打です、やはり代打みたいです……代打……代打アタシ、ですか!? 場内大歓声ですっ……同点ツーアウト満塁、九番ピッチャー大谷の打席、この場面で代打で登場となると……フローレンス監督は、もし仮にここで一点でも入ると、この裏、千葉エンゼルス九回の守備は、アタマから抑えもアタシでイクって流れになりますかっ?!……いやぁ、ここ幕張エンゼルススタジアムは大変なことになってまいりましたっ――」
アキトからは三刀流というのがどれほど負担が大きいことなのか、よく意味のわからない喩え話をされたが、自分自身も灯里も、新人教育にまで振り分けるリソースがどれほどあるのかわからない。
文字通り未体験ゾーンだ。
少なくとも新体制の下、経営がはっきり軌道に乗るまでは採用基準の緩和を含めて当面、あらたな事業展開をするのは難しいと思う。
「……でもアリシアさんは居られるんですよね」
「ただ、あたしの場合は今まで通りではないから……」
「それでも私たち、アリシアさんが現役を続けていただけるだけで嬉しいんです。そしてもしもアリア・カンパニーに募集があったら、絶対に応募しますので」
一人がキッパリと宣言すると、「私も!」「私も!」という声があちこちから上がるのだった。
ただ現実には多くが姫屋とおれんじプラネットのような大手の所属になるのだろうと思う。資金力から言っても、福利厚生面でも、寄らば大樹の陰だった。
会社によって昇格の基準が違い、大手の方が経営に余裕があるぶん採用枠も大きいので、シングルになるのでもプリマになるのでも有利だろうと噂されていたこともある。
さすがにそんなことはないとアリシアは思うのだが、直近ではミッドスクールを卒業した後、早々に飛び級してプリマになったアリス・キャロルの例もあって、実際はともかくも、このように現実的に考える志願者は少なくないのだ。
ただ、今後はどうなるかはわからない。
昇格基準の見直しと一元化は、水先案内業の無形資産登録と合わせて行われる、この秋にも始まる業界の事業刷新プログラムの一つの柱に据えられていて、アテナは既にその作業部会の中心メンバーの一人だった。
その他、営業窓口を一本化することよって、プリマ・ウンディーネへの顧客割り振りを均等化することも検討され、もう既に試験運用が始まっている。
従来は客が希望するプリマを指名をする形をとっていて、たとえば人気の集中しやすいアリシアの場合などは数ヶ月先までびっしり予約で埋まることとなり、一方、あまり知名度のない会社所属のプリマには、さらに客足が遠のくという負のスパイラルがかかってきていた。
アリシアには負担が重く、仕事の少ないプリマたちにはスキルの低下が懸念される。こうした状態が続くと将来的にはレベルのばらつきを招き、全体を俯瞰すると水先案内業そのものが事業として先細りになるのではないかという危惧が以前から囁かれていて理事会でのかねてからの懸案の一つに挙げられていたのだったが、ことにこのひと月ほどの間に起こったアリシアをめぐる騒動によってその影響がますます肥大し、過度な一極集中による弊害が表面化する前に協会を預かる国が一足先に手を打った形だった。
新規受付からは客による指名制度を廃止して、現在登録されている百名余のプリマに均等に割り振ることで、より柔軟性をもたせようというものである。
ただし二回目以降の利用客の場合には必ず別のプリマになるように、重複を避けるための工夫も凝らしてあり、リピーター客を掘り起こそうという目論見もあって、業界全体をより活性化させるのではないかと期待されていた。
実際、ともすれば三大妖精のネームバリューに隠れてしまいがちではあるが、他のプリマ・ウンディーネたちもけして劣らず、そうした国の宝をAQUAの住人ばかりでなく、ネオ・ヴェネチアを訪れるより多くの人たちに知ってもらうこともこの見直しの狙いには含まれていた。
当然のことながら、晃、アテナを擁して、既得権を持つ大手二社からの抵抗はあったが、同時に両社がかかえる多くのプリマ・ウンディーネの知名度向上にも繋がるとして、目下のところ新制度試験運用は上手く回り始めているようである。
三大妖精からセブンシスターズ、そしてエイティーンプラネッツ等、プリマ・ウンディーネの新たなブランドの拡大化は徐々に内外へ向けて認知されつつあった。
「今、指導にあたられている方はどなた?」
「ロッテンブルグ先生です」
「あらあらまぁまぁ、アンヌマリー・ロッテンブルグ先生ね、厳しい先生でしょ? 晃ちゃんの指導をされていた方だから、うふふっ」
問われた少女たちの顔には当然のように緊張が走る。
「今はウンディーネを引退されて姫屋さんの役員をされておられるけれど、現役時代は
ただただ指導教官を畏怖するばかりだった少女たちは、そんなこと全然知りませんでした――というように呆然としていた。
そして衝撃を受けた束の間の凪が止むとザワザワとしてくる。
憧れのアリシアからそこまで言われるとすると、自分たちはとんでもない大物から指導されていることになり、改めて気持ちが引き締まるようなのだった。
あるものは眦を決して、またあるものは何か身に覚えでもあるのか顔色を変えてオロオロとしている。
「あらあら、ごめんなさい、おしゃべりをしていてすっかり練習のお邪魔をしてしまったわね、あたしはそろそろ会社に戻るけれど……」
空の様子をうかがうように周囲を見回すと、
「あなたたちも帰り支度をした方がいいかもしれないわ、もう五時を過ぎたみたいだから……」
「「「「ハイ!」」」
少女たちは素直に規律のある返事をする。
時計を見ずともアリシアには時候と気配からだいたいの時刻がわかるのだが、少女の一人が腕時計を確認して
「あ、もう五時五分っ、あたしも帰らないとおかあさんに叱られるっ」
「あたしもお兄ちゃんが迎えにくるから、明代ちゃん、駅まで一緒に帰ろう」
少女たちはにわかにソワソワし始めるが、やがて
「点呼!」
と、当番らしい誰か一人が号令をかけると、それぞれ自分に割り振られた番号があるのか、
「イチ」「ニッ」「サン」「シ」「ゴッ」……と、気持ちよく数字を唱える声が続き
「練習生、秋山茜、以下総員十七名、異常ありませんっ!」
の声に
「各員、自分たちが使ったゴンドラを速やかに係留っ、清掃等の後始末の後、解散っ」
の答礼があるのだった。
少女たちのキビキビとした動きに、ゴンドラを湾の外へと漕ぎ出しながらアリシアは目を細めて見守っていた。
「あらあら、あたしたちの頃とは随分様子がちがうわね……もっとずっとのんびりしたものだったから……これも、ロッテンブルグ先生流のやり方なのかしら? うふふっ」
編み込んでいないストレートのブロンドヘアーが風になぶられて、日の光に燦然となって、帰り支度に勤しむ少女たちの目と心を一瞬にして奪っていた。
「ねぇ、さっきのアリシアさん、どう思う?」
二人の練習生の少女が、家路の道すがら、今しがたのアリシアの来訪について話をしていた。
「きれいだったなぁ、本当にアリシアさんって居るんだなぁって感動しちゃった。遠くで見るのとは違ってやっぱり近くで見ると本当に凄いなぁって、あんなに綺麗な女の人、架空の世界にだっていないから」
「うんうん、そうなんだけどね……でもあたしが聞いてるのはそのことじゃなくて」
「どういうこと?」
「なんか気にならなかった?」
「気になるって、そりゃ気になるわよぉ……お化粧っ気が全然なかったけどしてないのかなぁ? とか、スッピンであんなにおキレイなんだとしたら……もう……」
「うんうん、でもそういうんじゃなくてさぁ……」
友人がどこか煮え切らない感じであることに気づいて
「何かあったの? 愛理ちゃん」
愛理と呼ばれた少女の方は、ショートボブヘアーでキリッとした目鼻立ちの中性的な雰囲気を放っている。方やもう一人はロングヘアーの茶色い髪に黒縁メガネが似合う、顔立ちは整ってはいるが自己主張の控えめなおとなしげな印象の美少女だった。
「いや、あたしの気のせいかなとも思うんだけど、アリシアさん、きっと泣いてたんだと思うから……」
「え、そうだったかな? あたし全然、気がつかなかったよ」
「だから気のせいかもしれないんだけどって言ったでしょ……ただ目の周りがなんとなく腫れぼったくて、まるで泣き腫らした時のような感じに見えたから……」
「うーん……言われてみれば……でもあたし、アリシアさんの普通のお顔って見たことがないから……ただうっとり見惚れていただけで……」
「だってこんな町はずれに一人でやってきて気分転換って……アリシアさんほどの人が普通にすることだったりするかな? なんていったってプリマのトップの人だよ」
「そう言われると……でも、アリシアさんだって人間だから、一人になりたい時はあると思うよ」
「だからさ、一人になりたい理由ってのをどうしても思っちゃうのよ、あたしとしては……ホラ、あんなことがあったばっかりだったし……」
「あんなこと? ああ、あのことね……」
メガネの少女はちょっと表情を曇らせてから
「でも、別に……そんなに……だって……うちのお兄ちゃんが言ってたけど、あれぐらいなら、水着みたいなものだからって……」
「水着みたいねぇ……まぁ確かにそうだといえばそうなんだけど……アシリーは平気? あれぐらいなら……」
問われた少女はすぐに赤面して顔を横に激しくうちふる。
「でしょ、普通、そうなるよね……あたしだってすっごくイヤだもん……まして盗撮されたのよ、それがあのアリシアさんに起きたんだよ、ナンバーワンプリマウンディーネの、ミス・パーフェクト、汚れを知らないこのAQUAの女神とまで言われてるサイコーの美人さんに」
「うん……」
「すっごくショックだったと思うわ」
「……わかる……」
「だから、ああして一人になって、思いっきり泣いたりして、気持ちの整理をつける時も必要なんじゃないかなって、あたしは思うわけよ」
「そっか……うん、そうかもしれないね……」
メガネの少女にも合点がいったように頷いて俯いた。
アリシアが被った盗撮事件は、あれはひどい――と、女の子だったら誰でも思う、絶対に許せない犯罪だった。
「でしょ」
「でも、だからって、あたしたちに何かできることがあるわけじゃないし……」
「そうなんだよねぇ……そうなのよ……」
歩きながら、索莫としてきて会話が途切れがちになっていく。
やがて、メガネの少女が思いたったように沈黙を破った。
「……そうだ、あたし、お手紙しようかな……」
「え、手紙?」
「うん、今日のこと、いろいろお話をお伺いできてとても嬉しかったから、そのお礼もあって」
「そっか、その手があったか……でもファンレターだと、毎日もの凄い量が届いているみたいだから読んでもらえるかわからないよ……どうするの?」
「うーん……」
「アリアカンパニーに直接届けにいくのはやっぱりまずいかな?」
「それはかえってご迷惑になるかもしれないし……」
「そっか……」
少女二人はとぼとぼ歩き歩きしつつ、また幼い知恵をめぐらせている。
「……たとえば、ゴンドラ協会に行って、そこの方にお渡しするようにお願いするってのはどうかなぁ? アリシアさんは協会の理事もされておられるそうだから、そこの方ならお渡しする機会もあるかもしれないし……」
「なるほど……その手があったか……」
「ただ、協会の方にもご迷惑になるかもしれないから、受け入れていただけるかはわからないけれど……」
「じゃあ、いっそのこと手紙っていうんじゃなくて寄せ書きにしてみたらどう? プレゼントってことにして」
「え? プレゼント!?」
「みんなでいっぱいお礼の言葉を書いて贈れば、アリシアさんの気持ちもほんの少しは紛れるかもしれないしさ」
「うーん……」
「せっかくなら景気良く派手にした方がスカッとするんじゃない? 明日、みんなにも相談してさ」
「そうなのかなぁ……」
アシリーと呼ばれた方は渋った様子でいたが、元気な愛理の勢いに押されて流れができてしまったようだった。
「わかった、そうしよ……」
「よっしゃ、そうこなくっちゃ!」
愛理は連れの肩に腕を回すと、グイッとやって顔を覗き込むとニカっと笑う。
視線が重なって、アシリーは何故だか頬がポッと染まってくるのだった。
美少女二人が感じたように、アリシアが涙していたことは事実だった。
その日、アリシアは二度ならずも三度、胸をふるわせて嗚咽していた。
だが、その理由については誤解だったと言えるだろう。また少女たちが誤解をしたとしても無理はない。
アリシアの涙を流した本当の理由は別のところにあったのだから。
一度目は、本当に哀しくて。
二度目は、嬉しくて。
そして三度目は、切なくて……。
それぞれに、彼女ならではののっぴきならない切実な事情があって心を乱していた。
再会をよろこんで彼の胸に甘えた時の哀しみの涙と、内診台の上で女の誇りをすっかり奪われて流した歓びの涙、
そして――。
どれも恋人と居る二人だけの時にみせる、アリシアのプライベートでの女の顔――だった。
それというのも婚約の事実を公にして、たとえ仮初めのものだったとはいえ二人だけの結婚の契りを果たして、もう障害となるものは何ひとつなくなっていたのだ。
だから晴れて体をひとつにすることで心も体も男と女の繋がりを持つことへの躊躇いはなかったのだった。
聳り立つものにゴム製の避妊具をつけて、自分の上に覆い被さってきたアキトのその思いがけない猛々しい姿に、恐れと期待のないまぜになった心で、今度こそ彼のものにされるのだと覚悟して、アリシアはすすんで体を開くと目を閉じたのだった。
抱いてください――。
口にはしなかったけれど、アキトもその時は、確かにそのつもりだったのだと思う。
けれど――。
熱い強張りが、彼女の中に少しだけ潜ったところでアキトは、なぜか腰を引いてしまった。
「……?……」
「……やっぱりボクにはできないや……」
「………」
「そんな顔しないで下さい……」
「……あたしが……いけないのですか……?」
「そんなワケがないでしょ……ただボクは……キミを傷つけるのは……イヤだから……」
「……あたしは……」
「でも、時間をかけて少しずつ、キミのカラダにボクのものを慣らしていくことができれば、いつか傷をつけずに一つになれるような気がするから……」
「……!?……」
「キミの処女膜に開いた穴は一つだけで、無理して突き破らなくてもデートのたびに少しずつ奥へ進んでいって拡げていくようにしたら……そのうちに自然に……キミが痛みを感じないように……ダメですか?」
是も非もなかった。
アキトがそうしたいというのであれば、自分はそれに従うよりない。
ただ――。
「ボクたちには時間がたっぷりあるんだから……だから、ゆっくり恋をしようよ……ボクたちのやり方で……ボクたちにしかできないやり方で、ボクたちだけの恋を……」
男の子の憧れのこめられた眼差しで見つめられる。
内診台の上で、あんなにもひどいことをして辱めた同じ人とは思えない、また彼女を慈しむことであればどんなことでも躊躇わない恋人からそんな申し出をされて、どうして胸をふるわせずにいられよう。
「……優しいね……アキトさんは……本当の神様は、きっとあなたの方だと思うわ……」
デートの終わり近くになって、こんな扱いをされたらますます離れがたくなるもの。いちばん別れたくない時に、さよならをしなければならないなんて、なんて意地悪だと思う。
だからますます彼のことが好きになって、切なくて泣いてしまったのだった。
「また、逢っていただけますか?」
「もちろん」
「いつ? 次はいつ逢えるの?」
「アリシアさんがお時間が取れるのならいつでも」
「………」
ポッパ台の上から身を屈めての長い口づけ。
お互いにさまざまな制約がある中での、他人目を忍んでのデートには限度があった。それが判っているからこそ別れが辛い、哀しい。
「また、すぐに逢えますよ」
「うん――」
屈託のない子供のような彼の笑顔に背中を押されて、アリシアはゴンドラを漕ぎだしたのだった。
サスライガーお兄さん
お気に入りに加えていただきありがとうございました
励みになります