ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
短く細切れになりますが
今日はゴンドラ協会と政府主催のシンポジウムへの参加のため、アリシアはひとり珍しく陸側のメストレに渡ってきていた。そのためいつものようなアリア・カンパニーの制服ではなく、クリーム色のスーツにスカート、スーツと同系統の淡い色合いのローヒールパンプス、片腕にクラッチバッグを抱えてというベーシックな装いでいる。
髪も結わずに下ろしたまま、そして顔には、これも地味な銀縁のメガネ――。
パッと見、ギリギリ、休暇中にAQUAを訪れていた、ごく普通の女子大生かOL……に見えなくも……ない……はずもなかった。
どんなに素朴な目立たない容子をしていてもアリシアはやはりアリシア、AQUAの誇る稀代の名花、ミス・パーフェクトのスノーホワイトだった。
ロングストレートのサラサラの金髪が初秋のそよ風になぶられて、スーツの背中で踊る容子は遠目にも眩しいほどで、ひとの目と心を惹きつけずにはおかない。
セッション会場となるマルコポーロ宇宙港に隣接するネオ・ヴェネチア・インターコンチネンタルホテルにやってきたアリシアだったが、そのエントランスでミニ・コミューター――一人乗りの全自動運転軽車両――を降りた途端、彼女に気づいたホテルの利用客――ほとんどが観光客であるのだろう――が色めき立って、次の瞬間、彼女をめがけてどっと人波が押し寄せてきて、アリシアはまるで車のヘッドライトに驚いてフリーズした小動物か何かのように、ぎょっとなったまま立ち竦んでいた。
そこへ折りよく走り込んできた、アニセー・ルロワの乗る四人乗りのシティ・コミューターに呼び止められたのだ。
「アリシアさん、はやくお乗り下さいっ」
「ハイ――!?」
アリシアは怪訝な顔をする。
それというのも、確かに自分の方がルロワよりも先に本島を後にしていたからだった。どうして彼女が先入りできたのだろうかと不思議だったのだ。
しかし車内を覗くとリアシートには制服のままの晃とアテナの姿もあって、晃が顔を向こう側へ向けたまま片手だけで気怠げに挨拶をしている。
アキトからはかねがね「知らない人の車に乗ってはダメですよ」と言い含められていたのだが、晃、アテナは言うに及ばず、アニセー・ルロワは協会でのアリシアの専任秘書であったことから、また急場を凌ぐ意味でも、言われるままに何も考えずにフロントシートへとすべりこんだのだ。
車は観光客の集団に呑み込まれる寸前に走り出し、間一髪、もみくちゃにされることなく脱出することができたのだった。
が――。
「……会場が変わったとかで連絡があったんですけど、ご存知なかったんですか?」
「いいえ、わたくしの方にはなにも……それよりルロワさん、どうやってあたしよりも先に? 橋(リベルタ橋)では後ろの車だったはずですが……」
「さぁ、コミューターのすることまでは私にもわかりません。きっと渋滞とか人混みを避けるとかしてルートが変わってしまったのではないですか? それよりも参加者が増えたとかで、こちらでは収容し切れなくなったそうで、急遽、もっと広い会場へと移ることになって、それで私たちも今からそちらへ向かうところだったんですよ、ちょうど良かったです、アリシアさんと会えて」
「そうだったんですか……」
アリシアはまだ胸のもやもやが晴れたわけではなく顔をもどかしげにするが、しかし車を走らせて少しすると、彼女はその場の空気が明らかにいつもとは違うことに気がついたのだ。
晃も、そしてアテナも終始、無言で一言も発してはいなかった。
普段ならこうした場合、気のおけない友人同士、若い女子ならではの賑やかなおしゃべりが行き交うところが、どうしたことか今日は二人とも押し黙ったままで互いにそっぽを向いているようなのである。
何かあったのかと声をかけようと振り返ると、
「アリシアさん、急に人数は増えましたが、
ルロワ女史から話しかけられる。
「え、ええ……人が増えても、私にお話しできる内容には変わりはありませんので。ほとんどが協会のホームページに記載されているものと同じなんですけれど……」
「そうですよね。でもみなさん、あなたをひと目、見たくてやってくるのですから、がまんしてお付き合いしてあげてください」
「我慢するだなんて……」
「もうじきみたいですよ……ほら、見えてきました」
会場があるとされる場所は、メストレ中心部から少し離れたところに建つ、開業してからまだそれほど日が経っていない最新鋭のホテルとのことだった。
ネオ・ヴェネチア・ペニンシュラホテル――。
世界有数の高級ホテルチェーンがAQUAに最初にオープンしたホテルで、地上六十八階建て、客室総数四百八十の、域内最大の宿泊施設だった。
緑々とおい繁る広葉樹の杜の間に聳えるモノトーンの鈍い紫色の壁面の高楼が、どことなく威嚇的な印象で、アリシアもネオ・ヴェネチアの対岸から建設途中のその建物があっという間に、まるで雨後の筍のようにニョキニョキと伸びていくのを目にしたことがあった。
つい先日にも、実際にそこの宿泊客だったらしい男性旅行者の一行が
「あのホテル、名前通りのチン◯コみてぇな建物だったな」
などとやっているのが聞こえてきて、横にいた晃が「ガラの悪い奴らだ、あんな連中をゴンドラに乗せることになったらウンザリだぜ」と、ボヤいていたのを思い出していた。
四人の乗る自動運転車両はそんな曰くもあるホテルの地下駐車場へと入っていくと専用エリアに停車する。
と、同時にリアシートのドアだけが開いて、晃もアテナももう用事は済んだとばかりに、アリシアを残したままさっさと車から降りてしまったのだ。
アリシアの「晃ちゃん、アテナちゃんっ――」と、いう呼びかけにも晃が片手をあげて応えただけで顔を向けようともせずに足速に去っていってしまう。
「彼女たちにも
「あら、晃ちゃんたちも何かプレゼンテーションがあるのですか?」
「ええ、
車はそのまま大型エレベーターの中に進むと、背後の分厚い扉が閉じられて、アリシアの胸はにわかに寄せてくる不安感に、また騒ぎはじめるのだった。
自分が外界から切り離されて囚われてしまったような奇妙な感覚に襲われていて、心配になって傍らのアニセー・ルロワを窺った。
「どうかされましたか? あなたのような子でも、ナーバスになることもあるのかしら?」
「ええ……やっぱり初めてのところは、勝手が違うので少し心細いですね……」
それからアリシアは体が軽くシートに押しつけられるのを意識するほどの加速度でビルの中を上昇をしていくのだった。
この後、もう一つ、今夜中に上げることができるといいのですけれど