ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
今夜は3つに分けてアップします
まずはひとつめ
コミューターのアリシアたちを乗せたままエレベーターが六十八階の駐車場に着くと、破風まで備えた車寄せのある重厚な趣きの正面玄関が目に入ってくる。
その玄関扉の前の赤絨毯の上でホテル従業員の制服を着た若い女性が待ち受けていた。
相手はコミューターのドアが開くと
「ようこそお越しくださいました、アリシア・フローレンスさま――」
頭を下げて正式な作法通りのきちんとしたお辞儀をし、車を降りたアリシアもそれに応えて深く腰を折って挨拶をしたのだが、なぜかルロワは下車せずに
「私のお役目はここまでだから、後はよろしく――」
アリシアへ向けてとも、女性従業員へとも受け取れるような、どこかそっけない口調で告げるとコミューターのドアを閉めてしまうのだった。
「ルロワ、さん……!?」
恃みの秘書の、彼女らしからぬ様子をアリシアは訝しむ。
こうした場合に現場に残されて一人にされるのは初めてのことだったからだ。
いつもならルロワはアリシアの口演直前まですぐ傍にいて、髪や着衣にも僅かな乱れはないかと、まるで発表会に娘を送り出す時の母親のように細々としたところまでチェックしてくれるのが常なのだった。
それが今日に限って、
「ここから先はVIPエリアになっていて私は入れないの。でも心配しなくても大丈夫よ、そちらのバトラーの方が私の代わりをしてくれるから」
ウインドだけを下げて伝える。
「そう……なんですか……」
VIPエリアと言われてもピンと来ず、どうして自分がそのような扱いをされるのかもアリシアにはわからなかったが、各国からの要人たちを集めた国際会議とはそうしたものなのかもしれないとも思うのだった。
「じゃあ、がんばって、しっかり
ルロワはそう言い残すとそのまま去って行ってしまう。
コミューターを載せた専用エレベーターの厳重な扉が閉まるのを、丁寧に礼をして見送ったアリシアは、
「こちらへ――」
と、女性に促されてホテルのVIPエリアへと案内されるのだった。
そこから屋上へと上がるのだという。
この階の上にあるシアターホールが今回の講演会場になっているとのことだった。
防弾仕様と思われる分厚いドアの奥には広い玄関ホールがあり、警備用らしき白黒ツートンカラーのドローンが数台、壁際に配置されているのが目にとまった。そのうちの一台がスルスルと近づいてくると、ホテリアーの彼女とアリシアを“観て”、問題がないことを確認するとまた壁の隅へと下がっていく。
ホール奥の扉を開けると、そこにも小部屋があって前室という設えなのか視線の先にはまた扉が見えるのだった。
警備用ドローンが入口と出口の両方に一台ずつ配置されて、ここでも出入室の管理をしているらしい。
この前室の扉の向こう側が本当の意味での制限区域となるようだった。
「ずいぶん、厳重なんですね」
「ええ、こちらにお泊まりになる皆さまは、たいへん高いステータスの方々ばかりなので、わたくしどもといたしましては万が一のこともなきように、常に万全の備えで対応させていただいております」
「あたくしのようなものにはとうてい不釣り合いな場所ですね……」
「まさか、アリシア・フローレンスさまは
「そんな、お客さまだなんて……私はただお話をしに来ているだけで……」
女性の物言いには妙なひっかかりを覚えるのだが、そのワケがはっきりしないままにアリシアは後に続いて制限区域内へと立ち入る。
そこはスイートルームだけのフロアということだったが、まるでホールのような広々とした廊下を挟んで、ゆったりと間隔を設けて大きな扉が左右にいくつか並んでいるのが窺えるのだった。
「こちらのフロアにはスイートルームが六室ございますが、本日はご宿泊のお客様がおられませんので専用エレベーターの使用が可能になります」
フロア内にあるエレベーターは屋上のみに通じていて、通常は部屋の利用者しか使うことができないとのことだった。
それまで幾つも通り抜けてきたゲートと同様にエレベーターも認証がないと開かない仕掛けになっているらしく、女はパネルに暗証番号を入力している。
やがて降りてきたエレベーターの扉が開き、アリシアも女の後に続いて乗り込んで、
そして再び扉が開くと――。
現れたのはまるで違う別世界なのだった。
そこは半球状の透明なドームに覆われた広々と気持ちのいい空間で、晴々とした光景に思わず息を呑んで目を奪われてしまう。
「すごいですね……」
ほぼ全天三百六十度、高さ約二百メートルからの眺めは、メストレ市街の背後に広がるドロミーティの山岳地帯や、弧を描く水平線が眩しい真っ青なネオ・アドリア海、そして遠くオリンポスの山体までもが一望にできるのだった。
ドームの外には満々と水をたたえた屋上プールもあって、陽光に水面がキラキラと燦ざめいている。
ラウンジ、バー、ダイニングもスペースに合わせてゆったりとレイアウトされていた。
単なるフラットフロアではなくて、ところどころに数段のステップがあしらわれていて、微妙にアンジュレーションを設けてあるのもいい具合のアクセントになっている。
そしてフロアソファがあちこちに置かれ、いかにも大人が憩うための寛ぎの意匠設計なのだった。
ただ、どこにも人影がなかった。
大勢が集まる国際会議場というよりも、まるでリゾート施設――否、リゾート施設そのものなのだ。
こうした場所で、はたして大規模な会議などできるのだろうかと懸念が深まるとともに、ルロワが言っていた、参加者が増えて会場変更した――という説明とはあきらかに齟齬をきたしている。
アリシアは周囲を見回して知り合いの顔を求めたのだが誰ひとり居らず、
「あの……みなさんはどちらに……?」
不安げな顔になって尋ねた。
「もう会場のシアターホールにお集まりですよ」
女は先に立って歩き出し、廊下の片側に観音開きの防音扉が並ぶエリアへと入って行くと、廊下の突き当たりに向けて、
「アリシア・フローレンスさま、会場のシアターホールはこちらになります――」
差し示しながら、
「ご講演でご利用のデータは通常のホログラムも出力可能な動画、静止画両用のタイプ4ユニバーサルフォーマットでよろしかったですね?」
確認される。
口演データは既にルロワ女史によって会場スタッフの手に渡っているようだった。
「ええ、それでかまいません」
途惑いながらも首肯した。
「ステージにあります投影機材にお名前を入力されると使用可能になりますので――」
「ご手配、ありがとうございます」
どうやら、このまま会場入りするようで特に控え室というものが用意されているわけではないらしい。
「ステージへはいちばん奥のドアからになります……手荷物をお預かりしてもよろしいですか?」
「あの……そうですか……ではよろしくお願いいたします」
アリシアは手にしたクラッチバッグを預けながら
「ゴンドラ協会の方たちはどうされているのですか?」
さらに尋ねた。
このままグランマ秋乃や協会関係者と一度も顔を合わせることなくステージに上がるのが不安なのだった。
それ以上にいつもとは様子が違うことに落ち着かず、講演前に胸に立ちこめてくるもやもやを払っておきたかったのだ。
「申し訳ございません、それは私にはあずかり知らぬことでございまして――」
「では、会議の事務局の方たちとお話しできませんか?」
「関係者の皆さまは全員、もうホールに入られてお待ちになられておいでですよ」
「事務局の方たちもですか?」
通常であれば事務局とは会議の裏方、世話役であり、演者たちの背後で忙しなく動いて調整等に奔走していて、とてものんびり会議に参加するなどということはない筈なのだ。
「ルロワさんに会いたいのですが……」
「ルロワさま? そのような方のご登録はございませんが」
「そんなはずはありません、さっき車で一緒に来た……」
「あの方でしたら、こちらにはお出でにはなりませんよ、別の仕事がありますので」
「別の仕事――!?」
そんな話は初耳だった。
それに相手がルロワのことを、まるで身内であるかのような口ぶりで話すのも奇異に感じる。
「もう間もなく十一時になります。ご講演開始時刻となりますが、宜しいですか――?」
「………」
妙なことばかりが重なってしきりに胸が騒ぐが、たった二十五分の口演の間だけの我慢、と割り切ってアリシアは今だけ前を向くことにした。そうするしかなかったのだった。
「手荷物はご講演終了後にすぐにお返しいたしますのでご心配なく。中に何か貴重品はございますか?」
「いいえ、特にはございません――」
バッグの中に入れてあったのは、万が一の際に読み返そうと思っていた一部の資料と、それと読みかけの文庫本が一冊入っている他は気になるものはなかった。
「それと、上着を預からせていただきますがよろしいですか?」
「上着?! 上着ですか? いえ、あたくしはこのままでかまいませんが」
「いえ、そうではなくて上からの指示でございまして」
「指示、ですか!?」
「ハイ、会場内の熱気でもしも熱にあてられてはいけないから、とのことで」
そこまで指示されずとも、そのようなことは自分で対応できるし、もとよりこうした奇妙な要請を受けたことなどこれまで一度としてなかったので、アリシアは怪訝な顔をしてバトラーの女性の顔を見つめた。
と、この時になって漸く彼女は相手が普通の人間ではないことに気がついたのだ。
瞳孔が機械的に作動してこちらを窺っていたからだった。
「……あなたは……ヒト型のロボット……!?」
「ハイ、わたしは産業用アンドロイド、メイド仕様タイプ01a3uホテリアー型です。わたしのこれまでの対応で何か問題はございましたでしょうか?」
「いいえ……」
「もしも何か不都合なことがございましたら、製造元であるメタステラ社お客様サービスセンターにご連絡ください――」
「………」
「アリシア・フローレンスさま、上着をお預かりいたします――」
アンドロイドホテリアーは再び同じことを要求して、手を出していて途方にくれる。
“彼女”にはいっさいの責任はなく、ただプログラムに従っているだけだったからだった。
アンドロイドは片手をもの欲しげに差し上げたままで凝固まっていた。そのままなにもしなければ、きっといつまでもその状態で居続けるのだろう。
しばし対峙していたアリシアだったが、“彼女”を通路の真ん中でフリーズさせてしまうのはいかにも不憫に思える。
葛藤があって――。
やがて、その彼女の背中を押したのは、通路の先の扉が開いて中から別の女性が現れたからだった。
「アリシア・フローレンスさま、お時間です、どうぞこちらからお入り下さい――」
呼び込みをかけられたアリシアは、仕方なく上着を脱ぐとアンドロイドの“女性”に手渡した。
上半身はロングスリーブの白ブラウス一枚だけの薄着になる。
ジャケットを着ていると着痩せして目立たないが、今は胸の膨らみもゆっさりと、肌着に包まれた柔媚な曲線美があらわになっている。
「ありがとうございます。ご協力に感謝いたします。大切にあずからせていただきますのでどうかご安心ください。ご講演の終了後に手荷物とともにお返しいたしますので。では、よろしくお願いいたします」
アンドロイドのホテリアーは再び正確無比、教科書通りのお辞儀をするとアリシアの元を離れていく。
アリシアは手ぶらの、すっかり身軽になった状態で別のホテリアー――恐らく“彼女”もアンドロイドなのだろうと思われた――に招かれるままにステージへと続く扉の中へと入っていくのだった。
コウ19880000 さま
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