※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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エロティック要素はありません
この後、どうなるのかまでははっきりしませんが


闇オークション その8

 

 

 足早に会場を後にするアリシアの表情は硬かった。

 そこには常に人々を魅了してやまない柔らかな女神の微笑みはなく、まだ少女時代を卒業したばかりの二十歳の女の子ならではの頑なな潔癖さ、生硬さが現れているようなのだった。

 彼女にしては珍しく怒りを胸に宿して柳眉を顰めている。

 こんなにも不本意な講演は初めてであったし、また無作法な聴衆に対しても呆れる以上の負の感情を抱いてしまっていた。

 それよりも彼女自身を途惑わせ傷つけていたのは、これまで自分でも気がつかずにいた、こうしたネガティブな感情に対して。

 こんなにも他人と接することに疎ましさを覚えたのは初めてで、そんな自身の心の動きを残念に思っていたのだ。

 顔つきも自然、悔いと不満とが綯交ぜになった懊悩を含んだ複雑なものとなる。

 ただそれらのいっさいが些かも彼女の値打ちを損なうことなく、むしろ魅力の表出となっているのはやはりアリシアらしかった。

 晴れやかな女神の翳り――。

 瞋恚の表情でさえ真に端整な顔は美の現れの一つになる。

 多くの表情の変化を知り尽くしているはずの恋人のアキトですら未だ目にしたことのない、機嫌を損ねたアリシアの愛らしい顔。

 唇をまっすぐに結び白皙の頬をピリリとさせて、碧い瞳をいっそう碧白くしている。

 ピンと張り詰めた首筋、肩から背中に至るラインがこわばっていて硬質な気持ちを映しているようなのだった。

 通路に出てホテリアーのアンドロイドを探す――までもなく“彼女”は待ち構えていて、アリシアに近づいてくるなり、

「おめでとうございます、アリシア・フローレンスさま」

 と、不思議な労い方をして、また深々とお辞儀をして出迎えた。

 果たしてこのロボットはポンコツか――?

 アンドロイドに対して含むところのある皮肉屋の客であればそう思うだろうところをアリシアは、

「ありがとう」と応じながら

「おめでたい?」

 小首を傾げて怪訝な顔をするばかり。

「ハイ、アリシア・フローレンスさまが、これまでにない最高の評価を受けられたとのこと、とても嬉しく思います」

 彼女にしてみれば今の口演は明らかに満足できるものではなく、評価される謂れはないとおもうので何がおめでたいのかさっぱりわからないままにスーツと手荷物の返却を求める。

 こうしたところからは一刻も早く退散したいというのが本音だったのだ。これ以上、カーニバルでもないのにマスクをしているようなおかしな人たちと関わるのは御免だった。

 だが――。

「手荷物とスーツはお部屋の方にお運びしてございます――」

 意外な返事がかえってきたのだ。

「お部屋――!?」

「ハイ、ご案内いたします」

 アンドロイドホテリアーは先に立って歩き出し、促されるままにアリシアはその後に従うしかなかったのだった。

「あの、クロークでおあずかりしていただければ十分だったのですが――」

「ですからこちらでおあずかりしたお荷物などは、お部屋に運ばせていただきました。当ホテルのお部屋をご利用になられるお客さまにはいつもそのようにしてございます」

「いえ、わたくしはこちらのホテルの利用客ではありませんので……」

「そのようなはずはございません、私はフローレンスさまをVIPとして最高のおもてなしをするようにと命じられており、お部屋も当ホテルで一番広い最上のスイートルームをご用意してございます――」

「スイートルーム?! わたしは結構です。もうすぐ帰りますので――」

 アリシアにすると自身にはまったく覚えのない、いったい誰が手続きをしたのかもわからないホテルを利用するつもりなど毛頭なかった。ルロワ女子が高級ホテルのスイートルームを控え室に用意するとも思えないし、仮に運営側のサービスだったとしても過剰すぎて逆に気持ちが悪かった。

 懇親会を行う場所としても相応しくない。

 埒外の成り行きばかりが続いて、ついアンドロイドを相手にも語気を強めていて、アリシアは周りを気遣うように声を潜める。ただペントハウスにはもう誰も居らず、会場に居たおかしな聴衆たちも、みなどこかへと行ってしまったものか人の気配もないのだった。

 どうして誰も居ないの――?

 がらんとした広いペントハウスに一人になって、彼女の心のモヤモヤした気分は寧ろ強まっていく。

 ルロワ女史と別れて以降、見知った顔と誰ひとり会っては居なかった。こんなことはこれまで一度として無かったことなのだった。

 口演が終われば、いつもはグランマ秋乃先生やルロワ女史、ゴンドラ協会の関係者、そして仕事の合間を縫ってアリシアの話を聞きに駆けつけてきた制服姿のウンディーネの先輩、後輩たちが現れて、そして労われたり他愛もないおしゃべりの花を咲かせたりする。

 緊張感から解き放たれてからの気の置けない女性同士ならではのプライベートなお茶会は、いつでも仕事を終えた後のささやかなインセンティブとなっていた。

 だが今日はそうしたものは一切ないのだ。

 みんな……どこに……?

 それこそが、このホテルに連れられて以来ずっと感じていた違和感だった――。

 ここは何かがおかしくて、どこかが異常で、そしてなにもかもがいつもとは違っていた。

 それがアリシアを落ち着かなくさせている。

 早くスーツと手荷物を回収して、それからできれば誰かとも連絡をとりたいが、ここで携帯電話というものを持たない不便さを意識しないわけにはいかなくなるのだった。

 フロントに連絡して外線に回してもらえれば……。

 ルロワ女史でもいいし協会の関係者でもいい、話の通じる相手と言葉を交わしたかった。それが彼女の今の不安感を解消する唯一の方法であるように思うのだった。

「あの……お電話をお借りしたいのですが……」

「お電話ならお部屋にございますよ」

「そう、ですね……」

 来た時と同じように制限区域に入り、エレベーターで一階下まで降りて、アンドロイドに部屋の前まで案内される。

「こちらが当ホテル最高のお部屋のロイヤルシアター・ザ・タワーペニンシュラになります」

 六十八階、地上約二百メートルにある一流ホテルの贅を尽くしたスイートルーム、四ベッドルーム、バルコニーにジャグジーバス、専用のバーカウンターまで備えているという六百平方メートルもの広さの中空の邸宅だった。

 アリシアのアパートメントの実に一ダース分以上の面積がある上、一泊の宿泊費だけで数年分の家賃にも相当するという。

 大富豪や王族ならともかく、庶民である自分たちなどには永遠に縁のない世界だと思うのだ。

 もっとも実際のところ、彼女にはその縁はあったのだが、ただそうした世界へと続く鍵を彼女は自ら投げ棄ててしまっていたのだった。

 錦糸銀糸の煌びやかな衣装には目もくれずに、身に纏うものも簡素で素朴なデザインを好むようにして――。

 アンドロイドホテリアーは鍵を開けて大きな扉を開き、アリシアを部屋の中へと招き入れるようにするが、

「いいえ、私はここで構いません、こちらでおあずけしたものをお返しいただけますか?」

 遠慮もあったが、女一人の身の上でみだりに他人のホテル室内に立ち入るべきではないとの思いもあって足を止める。

「お電話はよろしいのですか?」

「ええ、後で公衆電話を使いますから結構です。ロビーにまで降りていけばありますよね?」

「ございます……六十七階以下のフロアーには公衆電話のブースもご用意してございますので、よろしければそちらでも」

 そう言うとアンドロイドは“一人”だけで室内に入っていくと、少ししてからスーツとクラッチバッグを抱えて戻ってきた。

「ありがとう……」

 アリシアはスーツに袖を通してから、うっかり入れっぱなしで渡してしまった身分証などの貴重品類が内ポケットにあるのを確かめると安堵して少しだけ気持ちが楽になる。

「あの、あなたのようなの方たちにチップお渡しする場合、どのようにすればよろしいのですか?」

「私たちにチップは必要ございません。お気持ちだけお受け取りさせていただきます。ありがとうございます」

 アンドロイドホテリアーは頭を下げ、アリシアもそれに倣って腰を折る。

「では下までご案内いただけますか? あちらのエレベーターはこのフロアーと上のペントハウスの間を往復するだけなのですよね? 一階に降りていくにはどのようにするのですか?」

「一般のエレベーターのご利用をお求めですか?」

「その、つもりですが……」

「こちらのVIPエリアにお泊まりになるお客さまは、フローレンスさまがお見えになりました時のように車専用のエレベーターをご利用になられるか、あるいはペントハウスにございますエアシャトルポートにご到着の場合には、先ほどのエレベーターをお使いになってお越しになられるのでフロアに通常のエレベーターのご用意はございません」

「みなさんエレベーターを使われないのですか?」

 VIPの人たちの行動様式が、自分たちとはいかに違うかに呆れてアリシアは苦笑する。

「では、どのようにすれば下まで降りられるのですか? もしもエレベーターがないというのであれば、あたくしは階段でもかまわないのですが……」

 いざとなれば一階まで足を使ってもいいとさえ思う。

 ウンディーネにはある意味でアスリートとしての一面もあって、体を動かすのを厭うことはなかった。

「それであれば、このホールエリアの先に緊急避難用の非常階段がございます。また各部屋にもそれぞれ非常用のものをご用意して万一の場合に備えてございますが――」

「ええ、それで結構です――」

 下の階に降りることさえできれば一般客エリアになり、普通に客室利用者用のエレベーターもあるはずだと思う。

「この先ですね? ありがとう、お役目ご苦労様でした」

 アンドロイドに労いの言葉をかけて、“彼女”が差し示した非常口がある方へと足を向ける。

 と――。

「お待ちください、フローレンスさま――」

「まだなにか?」

「本日、フローレンスさまはこの後、午後に地下ライブハウスのステージでのご(・)出(・)演(・)がございますが、開始予定は三時過ぎからとのことで、それまでこちらのお部屋でゆっくりとお寛ぎ下さるようにとの指示をうけておりますので――」

「ライブハウスに出演?! そのようなことはうかがってませんが――」

 協会がこちらの同意なく勝手にスケジュールを定めることなどなかった。仮にもしもあったとすれば何らかの手違いになる。

「ご予定には、ライブステージご出演後に共(・)演(・)の(・)み(・)な(・)さ(・)ま(・)方(・)とこちらでお食事をご一緒されて、お泊りにもなるとのことですが」

「泊まるですって?! 何かのお間違いでは? あたくし、午後には予定がございますので――」

 この後は大学の講義にライブ聴講する予定が入っていて、いかにヴァーチャル参加とはいえ何を差し置いても新学期開始早々に授業を欠席するつもりなどなかった。

 やはり両親の遺伝子を引き継いでいるのか、これまであまり接する機会のなかった自然科学というものにも面白さを感じ始めている。その貴重な学びの時間を無駄にすることなどありえず、そのことは予め協会にも伝えてあるしルロワ女子が忘れているとも思えなかったのだ。

 それどころか共演の人たちと一泊するですって?!

 共演の人たちって、いったい誰?

 そんなことは絶対にありえなかった。

「お昼のお食事もこちらでお摂りいただけるようにとルームサービスの手配もいただいておりますので――」

「いいえ結構です。仮にそのようなことになっていたとしても、わたくしについてはみなキャンセルいたします。それでもし不都合がある場合にはゴンドラ協会の方にお申し出下さるよう主催者の方にお伝えください。わたくしはこれで失礼させていただきますので――」

 あまりにも非常識なプログラムに呆れて、アリシアが踵を返すと

「フローレンスさま、その件につきましては私にはおあずかり致しかねます。主催者の方にその旨、直接お伝えいただけないでしょうか?」

 アンドロイドが慌てたようなそぶりになっていて、アリシアは足を止めた。

 まるで感情があるかのような反応には後ろ髪をひかれてしまったのだ。

「主催者の方?」

「ハイ――」

「お目にかかれるのですか?」

 アンドロイドの女性と対峙する。

 改めて見ると背はアリシアよりも低く、体つきも少女の印象。

 黒い髪をショートにして白い瓜実顔は精緻で端整、後輩のウンディーネたちにも通じる愛らしさを備えている。

「皆様は、いまペントハウスでランチをお摂りになっている頃なので、上のラウンジにいらっしゃるはずです」

「わかりました――」

 横紙破りが多く、セッションの主催者たちに特に会いたいわけではなかったが、挨拶を失してしまうと失礼にもなると考えなおすことにしたのだった。

「感謝いたします」

 アンドロイドの顔つきが和らぎ、アリシアは胸を突かれた感じになって目を瞠った。

「なんだか、本当に人間の女の方のような反応をされるのね」

「そのようにプログラムをされておりますので」

「プログラム、なんですか?」

「ハイ、それ以上のものではありません――」

「でも、まるで感情があるみたいよ……あなたにも意思があるように思うわ……」

「私に感情はありませんし意思もありません。ただ人にそう感じていただけるように設計されているだけです」

「そうなんですか……」

 それでもアリシアがじっと見つめると、相手は視線を伏せる。

 まるで灯里ちゃんみたい――。

 そう感じるアリシアの目元も自然に和らいでいた。

 それがたとえプログラムされた動きであったとしても好感を抱くには十分だったのだ。

「ねぇ、あなたのお名前、教えていただいてもいいかしら?」

「ハイ、私は産業用アンドロイド、メイド仕様タイプ01a3uホテリアー型、七六式、製造番号23021030-ABK115……」

 アリシアはアンドロイドの言葉を途中で遮って

「ちがうの、私が知りたいのはあなたのお名前よ、お名前を伺いたいの。普段みんなからはなんて呼ばれているの? そんな長い名前で呼ばれたりするのかしら? きっと違うでしょ」

「みんなに、ですか……私は……アサガオ、と呼ばれることが多いです」

「朝顔さん……素敵なお名前ね……」

「………」

「それに……2302の1030っていうのはきっとあなたのお誕生日ね……十月三十日、あたしと同じよ……」

「フローレンスさま……」

 アサガオにまた途惑いの表情がつくられる。見つめる瞳孔が拡がったり狭まったりを細かく繰り返して、とても人間臭い顔つきになっていてアリシアは微笑んだ。

「ねぇ朝顔さん、あたしとお友達になりましょう」

「お友達……ですか……よくわかりませんが……それは、どのようなご要望なのでしょうか?」

「要望なんて何もないわ、ただお互いに相手の望むこと、そうして欲しいと感じていることをしてあげるの。そのためにできる限りのことをする。逆に困ること、嫌がることはしない。ただそれだけよ」

「相手の望むことを……する……」

「そう……お互いにね。人間はそうして絆を深めていくの……」

「絆……ですか……」

「それを別の言葉ではもっと普通に、愛、とも言うわ……」

「愛……」

 考え込むようにアサガオは凝固まっている。

 メモリーのデータと照合して理解しようとしているのだとすれば、それは人間がしていることと変わらないと思う。馴染みのない言葉、概念と接した際に人でも起こることだった。

 アンドロイドに感情がない?

 本当なのかしらと思いながら、

「朝顔さん、私は上のラウンジへ行けばいいのね? 主催者の方にご挨拶してから失礼することにするわ」

 伝えた。

「……ハイ……」

 アリシアは、今度は自分が先に立ってエレベーターのある方へと戻ろうとする。

 が、振り返るとアサガオがまだ立ち止まったままでいるのを怪訝に思い、小首を傾げて相手を見やると呼びかけた。

「どうしたの、朝顔さん」

「あの、アリシアさまは上には行かれない方が良いかと思います……このまま階段で下の階へ降りられて、それからエレベーターで一階にまで降りられた方が……」

 ふたたびアサガオはアリシアの顔を見据えるようにして言った。

「あらどうして? だって、さっきあなたはあたしがそうするって言ったら困るって言ってたじゃない?」

「ハイ……ですが……」

「あなたが困るというのなら、あたしはしないわ……だってあたしたち、もうお友達でしょっ、うふふっ」

「お友達……」

「そうよ、だから、あたしもあなたが困ることはしたくないの」

 そう朗らかに言うと、アリシアは開いたエレベーターの中に入っていくのだった。

 

 

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