ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
相手が食事中であることへの配慮から衝立の仕切りから少し中に入ったところで足を止め、テーブルから距離をとってアリシアは一礼する。
「お食事中のところ、失礼いたします」
テーブル席の三人の男たちを一瞥してアリシアの表情はすぐにくもった。
やさしい形に三日月を描く眉を翳らせている。
三人のうち一人はスーツ姿のフォーマルな、もう一人はサマーニットのカジュアルな装いでいたが、上席と思われる真ん中のいちばん年が上に見える男は派手な色合いをした柄シャツのボタンの前をはだけて日焼けした胸を晒していて、彼女を前にしても食事の手を休めることはなかったのだった。
その振る舞いはおよそ紳士らしからぬもので、もしもこの人物が主催者であるのだとしたら会議の品位は推して知るべし。
さすがにここまで奇異なことが続くと、アリシアにもこれが国際会議などではないことは判っていた。なにかの手違いでこうしたことになってしまっていたことを。
「……それにしてもキミは実に美しいな、まさかこれほどのものだったとは、まったくため息がでる」
「噂に違わぬみごとな美貌でいらっしゃいますね」
男たちからは講演について軽く労われただけで、
「……本日はお招きにあずかり、ありがとうございました――」
アリシアは頭を下げて型通りの言葉で応えたが、容姿を褒められるのは、仮にたとえ他意のない社交辞令であったとしてもセクシャルハラスメントのように感じてもいるのだった。
ずっと年下のアキトからは「カワイイ」と言われると、くすぐったいがけしてイヤではなかったのに、彼らからは容姿に触れられるのは抵抗があった。
やはり相手次第――なのだと思う。
「まぁどうぞ席に」
端の一人――淡い茶色のニットを着た男――からテーブルにある、ひとつ空いている席を薦められる。
「いえ、わたくしはこちらでけっこうです。すぐに失礼いたしますので――」
「まぁ、そう言わずに、ちょうどいま極上の新鮮な
アロハシャツの男が丸顔に笑みを貼り付けて誘っていて、肌がゾクっと粟だってくるような嫌悪感を覚えてしまう。
もちろん素性のよくわからない殿方と同席して飲食をするようなことなど、身持ちの良い婦人のすべきことではなかった。
それはグランマ秋乃からも、そしてアキトからも言い含められている。
秋乃からは婦人としてのマナー、身の処し方という面からだったが、アキトからはもっと切実な理由を示されていて、飲食物に一服盛られたりすることのリスクを強く説かれていたのだった。
脇の甘い世間知らずの女の子が好奇心だけで盛場にやってきて、そのまま帰ってこなくなることなど地球ではそれほど珍しいことではないともいう。
マンホームがそんなに怖いところだというのは驚きだったが、自身にまつわるいくつかのトラブル、事件に接したことで今ではそれも身に染みて感じていた。
それゆえ彼女は折り目正しくけじめをつけているまでで、挨拶を済ませたらすぐにお暇するつもりでいたのだ。
が――。
「キミの午後のプレゼンまでは、まだかなり時間があるじゃないか? まぁこっちに来て一杯やりなさい、いいワインとシャンペンもある。甘いワインは女の子は好きだろ?」
と、丸顔の男から馴々しく告げられて、さらに表情を硬くするのだった。
「プレゼン――?!」
むろん午後にも講演があるなどとは聞いていなかった。
「どういうことですか?」
訊かれて男たちは薄く笑いながら互いに顔を見合わせている。
その笑い方がとても嫌な感じがして、アリシアは無意識に背後を窺って退路を確かめていた。
目に映ったのは衝立の脇で朝顔が“一人”立ちつくしているだけ。
その“彼女”は今、どこから連れてきたものか胸に猫を抱いていて、黒い毛並みを撫でる仕草がやさしくて、ささくれかけた気持ちを束の間、慰めてくれている。
「お約束では午前中に口演を一つ承っていただけのはずでしたが――」
「そうでしたか、それはおかしいですね――」
「運営がちゃんと伝えてくれなかったのかな? これからが
「まぁ、そういうこともあるかもしれませんね」
三人からはまた嫌な笑い方をされて見つめられる。その不躾な視線にはもはや嫌悪感しか覚えなかった。
「失礼いたします――」
きっぱり宣言をして踵を返す。
「まぁ、待ちなさい」
丸顔の男の声で制止がかかった。今度は明らかに厳つい男の声音になって。人の上に立って命ずることに慣れたものに特徴的な権威が滲んでいて、思わず足を止めてしまった。
「まだなにか――?」
「権くん、説明してあげなさい」
やはり丸顔の男が三人の中ではリーダー格であるらしく、傍の一番若輩らしきスーツの男性に指示をしている。
「アリシアさん、あなたには午後もプレゼンがあるんですよ。こちらの方がより重要な――」
「重要なプレゼン……ですか? そのようなことはわたくし、承ってはおりませんが……」
権という名であるらしいスーツの男は目鼻立ちこそ整ってはいるもののどこにでもありそうな顔つきで、マネキンモデルのように個性というものがまるで感じられなかった。
「それはおかしいですね、ちゃんとお伝えてしているはずなのですが……しかしもし運営の方でミスがあったとすればこちらの落ち度ですから謝ります」
権から頭を下げられる。
「………」
続けて、
「ご出演いただけなければ大変困ります。どうかご再考願えませんか? 今日は“セブンシスターズ”が揃い踏みをするということでご観覧の皆さまにお集まりいただいておりますので。その筆頭でもあるアリシアさんが欠けるとなると、画竜点睛、企画倒れにもなりかねません」
「セブン、シスターズ……!?」
セブンシスターズと聞いてアリシアも目を瞠る。
セブンシスターズというのは最近、巷でプリマ・ウンディーネに対してなされている新たなランク付けのひとつで、かつての“水の大妖精”や三大妖精という呼称がウンディーネたちの間で自発的に生まれたのに対して、こちらは主に旅行者を通じて、また旅行会社が宣伝に使うようになったことで拡がっていったものだった。
アリシアは云うに及ばす、三大妖精である晃、アテナに加えて、新たに加わった十代の新星の三人、藍華、灯里、アリスに、さらに
さらには各社のエース、準エース級プリマにまで拡げて十八名のプリマ・ウンディーネをエイティーンプラネッツと呼んで旅行ガイド等で広く紹介されるようになり、ネオ・ヴェネチアを訪れる観光客たちは抽選会で一喜一憂することになって、街のあらたなイベント化していたのである。
当然、勝手にランク付けされた挙句に選に漏れた残る八十余名のプリマ・ウンディーネたちが奮い立ったのは言うまでもない。
かくして秋乃ら改革派の目論見通りにウンディーネのレベルの底上げに繋がり、結果、より多くの観光客を満足させるとともにネオ・ヴェネチアのイメージのさらなる向上とAQUAの国際社会における影響力アップにも寄与して、一石二鳥どころか何鳥にもなる成果をあげていたのだった。
こうしたことを当事者の一人としてアリシアも当然のことながら知っていた。
「ここでアリシア嬢が欠けるとなると、はて、困りましたな……どういたしましょうか、劉会頭」
ニットを着たメガネの男は当惑した顔をして丸顔の男に尋いていた。
「まぁここはあくまでも紳士的に、丁寧に説明して同意してもらうのがスジだろ、無理強いはイケナイ」
丸顔の男――劉――がしたり顔になって頷いていた。
「あの、他の人たちも来ているのですか!?」
「ええ、おいでですよ――」
「みなさん、既にプレゼンに
「えっ! そうなんですかっ?……そうですか……」
「お仲間の方たちのプレゼンは観覧されている皆様にも大変好評のようですね」
ニットの男がテーブルに肘をついて両手の指を組み、思案げな顔で彼女を窺っていた。
「……やっぱりみんな来ていたんですね……あたし、全然知らなかったから……」
自分以外にも仲間が会議に招かれていたのだとしたら事情は少し変わってくる。
たしかに会場となるホテルに来るまでコミューター内では晃とアテナと一緒だったのだ。
「でもあたし、午後は予定があるので……困ったわ……どうしたら……」
何をするにしても、ルロワ女史やグランマに相談してから決めたかった。
「お帰りになると言われるのでしたら、こちらとしては無理にお引き止めするわけにもいきませんが……ねぇ木乃子さん、そうですよね」
高級そうなスーツを着こなしている権がもう一人の男に同意を促している。
「あの、協会の関係者の方とお話をしたいのですが、みんなはどこにいるのですか?」
「さぁ、そこまではこちらでも把握しておりませんので――」
インテリ風のニットの男――木乃子というらしかった――は丸顔の劉が口を挟もうとしているのを鷹揚に片手で制して、
「どうでしょう? 他のみなさんのプレゼンをご覧になってから決めるというのでは?」
もちかけてくる。
「みんなのプレゼン……?」
広報担当の自分に知らされることなく、晃やアテナの他、灯里たちまでプレゼンをしていると言われれば無視できるはずもなかった。
なぜそのようなことになっているのかも確かめておきたいと思う。
「ええ……そうですね……そうさせてください」
アリシアは三人に頭を下げた。
すると木乃子が朝顔に向け
「おまえ、アリシア嬢をステージルームへお連れしろ」
命じる。
「わかりました――」
アンドロイドメイドは三人に向けて深く腰を折って恭順の様子をみせていた。
「アリシアさま、どうぞこちらへ――」
朝顔に招かれてアリシアは“彼女”の元へと足を向けた。
すれ違う際、一瞬、目が合って、朝顔、が実に微妙な動きで顔を横に振ったように見えてアリシアは、と胸を突かれていた。
その意味が汲み取れずに小首を傾げて美少女アンドロイドの顔を見つめる。
朝顔も、アリシアを見上げていて、機械仕掛けの瞳孔が揺れていた。
その間、わずか数瞬、その刹那の間に“彼女”の思いが判ったように、アリシアには感じられる。
“彼女”がそれを望んでいないのを――。
でも、いったい何を?
それがはっきりしないままに、
「なにボヤッとつっ立ってるんだ、はやく彼女をお連れしろっ」
背後から木乃子の声が飛んで、朝顔、は無言で先に立って歩き出し、アリシアもその後に従っていくしかなかったのだった。
嫌な胸騒ぎを覚えつつ、それでも――。
「あの、さっきの猫さんは……?」
アリシアは朝顔の背中に話しかけた。
朝霧の抱いていた黒猫は既にどこかへと行ってしまったのか、もう姿が見えなくなっていたのだった。
「さて、これでめでたく一件落着となりますかね、木乃子さん?」
権は期待半分、懸念半分の笑顔で尋ねた。
「まぁ、大丈夫だろう、彼女はちゃんとプレゼンに参加してくれるよ、今夜のオフ会にもね……なんといってもあの子は女神サマなんだからサ」
「ですよね、楽しみだなぁ……ホント、いい匂いだったから……」
自慢の鼻をひくつかせながら、
「離れていても彼女の緊張が伝わってきてましたよ。ワキ汗のニオイも濃く香って、あんなにきれいな可愛い顔をしているのにしっかり臭ってましたから……あのアリシア・フローレンス、AQUAの美の女神の体臭、こたえられませんよ」
権はわざとらしく、じゅるっ、と、よだれを啜ると、ゴクリと音を立てて呑み下している。
「たとえイヤだといっても、言うことを聞かせるだけだがな」
劉が生ハムを手で摘みながら宣告する。
「やだなぁ劉さんはすぐに手荒なことをしようとするんだから、泣き叫んで抗う女を抱いてもつまらないじゃないですか」
「ああいう誇り高い女神サマには自分から服を脱いで裸になってもらい、股を開く屈辱を与えて、そして覚悟していた以上に辱めることで身も心も拉いでねじ伏せる、それこそが女を調教する面白さであり醍醐味だからね」
木乃子が援護にまわり
「僕もまったく同意見ですっ、だから劉さん、あんまりひとりで突っ走らないでくださいよ」
我が意を得たりとばかりに権は破顔した。
「ケッ、おまえらの方がよっぽどタチのワルいドヘンタイじゃねぇかよっ」
「まぁまぁ、二人とも極上ダマの美女に興奮するのはわかるけど抑えて抑えて――」
「しかし、ホント、この計画を立てた人ってエゲツないですよねぇ、誰だか知りませんけど――」
「ああ、誰なんだろうな……」
「え、木乃子さんじゃなかったんですか?」
「いや、私じゃないよ、運営側の誰かじゃないのか? 確かに彼女の性格を思えば実に効果的だが、私にはその手段も伝もなかったから。むしろ権くんだとばかり思っていたんだけどなぁ……キミのところの方が得意分野だったわけだし――」
「いいえ、僕じゃないですよ……とすると……劉さん、だったんですか?」
権は劉の顔を見やり
「俺じゃねぇよ――」
劉はぞんざいに返した。
「ですよねー、劉さんじゃないですよねぇ、劉さんのところはもっと荒っぽいことが専門だから……ってことは……え、もしかして北西某って……」
「ああ、そうなのかもな……我々のうちの誰かじゃないとすると、きっとアイツがこの件の黒幕、か……」
木乃子はまた両手を組んで顎を乗せて、思いを巡らしている顔のままで答えた。
「何者なんですか、あいつって……?」
「さぁ、それを含めて後で訊いてみるんだな。それはともかく、まずは奴のお手並み拝見といこうじゃないか――」
「そうですね……でもあんなガキに先を越されるのは癪だなぁ……かわいいアリシアちゃんのオ◯コ汁、しゃぶられちゃうなんて――」
「いまさら何を気にしてるんだ? 彼女にはフィアンセも居るんだぞっ、処女じゃないんだから二番手でも三番手でも大して違わないだろっ」
「それはそうなんですけど、でもなんかねぇ……」
権はまだ心残りがある様子で、アリシアが去った方へと未練がましく顔を向けている。
「彼女のフィアンセって、いったい誰なんですかねぇ……?」
「それがはっきりするのも時間の問題だ、今うちの調査部に調べさせているから――」
木乃子が告げた。
「調べてどうするんですか?」
「さあね……」
木乃子が危ない笑みを向けていて、権もその意味を汲み取ったのか同じように口角を釣り上げていた。
「あの子が最初に股を開いた男って……やっぱりいちばん許せないですよね……そいつだけが神のチーズを口にできたんだから……」
「神のチーズ、処女の恥垢か……たしかにな……そのうえ美しい女神サマのものともなるともっと貴重だったしな……」
「でしょう、そいつを独り占めにした奴が居るなんて、それなりの代価を支払ってもらわないとバランスがワルくないですか?」
権が主張して
「だからオンナってのはトラブルメーカーなんだよな」
ブルーチーズを頬張りながら、二人の会話に劉が割り込んでくる。
「お宝そのものだからな、だからいいオンナには蜜に虫が群がるようにいろんなものが寄ってくるんだよ、おまえらみたいなロクでもないのを含めてな――」
それを聞いた二人はあんたがそれを云いますか、という顔をして申し合わせたように含み笑いをする。
「金も力もないものが望んじゃいけないものが美女っていうお宝だってことなら僕も同意です」
「そういうことだよ……どんなに顔が良かろうと、身体が強かろうと、愚民は所詮愚民だ、我々のオモチャになるしかない」
「でもだからって、ぞんざいに扱ってすぐに壊しちゃうってのはナシですよ、会頭――」
「おまえらが俺とどれだけ違うって言うんだ? おまえらだってあのオンナの体を壊さなくても心はめちゃくちゃにする気マンマンじゃねぇかっ」
「それも僕の仕事の一環ですので――」
権は悪びれもせずに認めている。
「ヌカせっ」
「まぁ、明日の朝を迎えた時、あのキレイな女神サマがいったいどんな状態になっているか、それはそれで楽しみではありますが――」
「アリシアの穢れマ◯コに、チ◯ポちょうだいっ! チ◯ポ、チ◯ポっ、挿れて、挿れてって劉さんにおねだりするようになってたりして……それとも、汚いお尻の穴、舐めてキレイにして下さいって、自分から木乃子さんの顔に肛門を押しつけてくるようになってたり……もしそうだったら哀れですねぇ……僕は幻滅しますけどっ」
「「ハッハッハッハ――」」
「僕はこの右手にかけて、彼女を天界にまで送り返してやるつもりですよ、負けません――」
権はまた右手の指を長く伸ばして二人を挑発する。
「どのみち誰の毒牙にかかっても、あの女神サマはおしまいだろうな、二度と明るい光の下は歩けまい……」
「ちょっともったいなくはないですか?」
「権、おまえがそれを口にするのか?」
「しませんけど――」
こうして色欲地獄の底から這い出してきたような三人は、共犯者の顔をしてやがて魔界の狂宴の舞台に上がることになる女神をいかに弄ぶかについて、互いの立ち位置を確かめ合うのだった。
来週末はちょっと時間が取れそうもなく
続きは翌々週になると思います
学園を舞台にした方は、短いのでもしかすると上げられるかもしれませんけれど