※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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闇オークション その16

 

 ベッドの上で全裸で愛し合う恋人たちの映像は、現れた時と同様に唐突に、そして忽然と消えた。

 そこへ愛澤彪樹が戻ってくると

「待たせたね、さぁ、始めようか――」

 笑顔で声をかけられる。

 彼は自身のスーツを脱ぎ、ワイシャツのネクタイを解きながら

「どうした、きみも服を脱がないのかい? 僕に美しい体を見せてくれないか?」

 促すが、アリシアは無言で応えぬまま背の高い痩せた男と距離をとった。

「その前に、愛澤さんにお尋ねしたいことがいくつかあります――」

 身を守る盾とするにはいささか心許ないが、それとなくベッドの反対側に回り込んで非常口を背に対峙する。

「僕に訊きたいこと――?」

 男は俄かに頬をピリッとさせて

「まだ僕を焦らすつもりかい――?」

 大袈裟に肩でため息を吐く。

「覚悟が出来たんじゃなかったのかな?」

「ええ、あたしの心は定(き)まっています――」

「じゃあ、なんだ――?」

 既にアリシアには事態のあらましが判ったように思う。

 が、まだ確かめておきたいこともあったのだ。

「いまのお二人も“お務め”をさせられていたのですか?」

「いまの二人?」

 愛澤は平静を装ってはいるが、苦々しげな態度に内面の動揺ぶりが覗いているようだった。

「あたしぐらいの歳の女の方と男の子……こちらで愛し合っていた人たちです――」

「アレは関係ない、どうせどっかの客か何かだろう、つまらん――」

 男はそっけなく取り合おうとはしなかった。

「こちらのホテルを利用されているお客様だと?」

「そうだ、それがどうした? それだけか?」

「いいえ――」

「まだなにかあるのか?」

 愛澤は明らかに機嫌を損ね、イライラと不寛容な素顔を表にしていた。

「では、こちらのホテルでは客室利用者を盗撮していると愛澤さんは仰られるのですか――?」

「知らんよ、そんなことまで。ホテルの連中が裏で何をしているかなんて僕の知ったことじゃない」

「こんなに立派な一流のホテルなのに、そのようなことが行われているなんて随分ひどくはありませんか――?」

「そうかもしれんが、それが僕になんの関係がある?」

「だって、このホテルは愛澤さんのグループ企業の一つが経営されているそうじゃないですか――?」

 ペニンシュラホテルグループは愛澤彪樹がオーナー一族のひとりとして名を連ねている巨大複合企業群の傘下にあって、このネオ・ヴェネチア・ペニンシュラも建築施工からホテルの運営に至るまで全て同企業群の関連企業が携わっていた。

 愛澤と無関係ではありえない。

 この非合法で恥知らずな人身売買もどきの売春オークションにしても――。

「仮にそうだったとして、そもそもホテル側とは無関係にどっかのバカが盗撮していただけなのかもしれないだろ、あるいは当人たちが趣味で撮影していたのかもしれないし。それが漏れて外へ流れたとして何だっていうんだ? そんなことどうでもいいじゃないか? 何の関係があるっ?」

「関係はあります――」

 アリシアはきっぱりと告げた。続けて

「さっきのアトラさん……あれは本当に彼女なんですか――?」

 核心を突いた質問を放った。

「なんだって?」

 愛澤は眉を寄せ顔を顰めた。

「アトラさんの腋の下の近くにあった赤みがかった痣……きっと副乳の痕だと思うのだけど……」

「痣――?!」

「私が知っているアトラさんのは、違う場所にあったわ――」

「――!――」

「それにアテナちゃんの瞳の色は紫に近い碧で緑がかったものじゃないわ。光の加減かしらと思ったけれど、そうではなかったのね。それに晃ちゃんはもっと精悍であんなに胸が大きくはなかった筈よ……」

「きみは、いきなり何を言い出すんだ……」

 愛澤の顔は薄暗い中にも、はっきりと当惑が窺えるようになっていた。

「晃ちゃんとは幼馴染だし、アトラさんとは実の姉妹のように仲良しで裸のお付き合いをしているから……」

「…………」

「……でも最初は見過ごしていたわ……わたしの見間違い、気のせいかと思って……だけど今の二人を見てはっきり判ったの……あの金髪の女の人を見て……」

「…………」

「あれは……あたしね?……あたしのコピー……複製人間……そうなんでしょ? 愛澤さん――」

 愛澤は不愉快そうに頬をピクピクとさせていたが、

「……ったく……クソがっ……バカどもの所為で……」

 ぶつぶつ呟いていたかと思うと、

「何を言い出すかと思えば、そんなことか……つまらん、じつにつまらんっ、そんなワケがないだろう? 冗談じゃないっ、彼女たちはみんなホンモノだよ、みんなきみのお仲間である本物のウンディーネたちだ――」

 アリシアは小さく頭を振る。

「きみだって聞いたことがあるはずだ。AQUAの人間のクローニングが不可能だってことぐらい……たしか専門家たちはタンパク質の表面にある糖鎖がどうとか言ってたな……髪型が無数にあって局所制御がお手上げだとか何とか……」

「…………」

「セックスをすれば地球人とAQUA人との間でも普通に子供がつくれるのに、それを人工的にやらせようとすると悉く上手くいかない……地球人では可能なことがAQUA人ではできなかったり、またその逆もあったりする。全くおかしな話だよな……きみたちは本当に我々と同じ人類なのか? みかけは同じなのに――」

 そうしたことについては以前にアリシアも、夜の儀を終えた後のアヤコさまとの邂逅を遂げた際に、アヤコさまの口から直接お話を伺う機会があったのだった。

 人類がAQUAに入植した際に被ることになった負の遺産と、それを補って余りあるAQUAの神々からの祝福について。

 神前で人が性をいとなむことの理由、それこそが夜の儀の本当の意味だったことを、そして人がこの水の惑星で子をなし栄えるためには必要な務めであったということも告げられていた。

 それは夜の儀でウンディーネになった者のみが知ることになるAQUAの驚くべき影の歴史なのだった。

 また生命科学者であるアザリー・ロストフや医師の榛名アスナからも補足説明を受けている。

 AQUAの人々がしばしば地球人とは異なる生理を示すことがあるということを。

 とりわけ生殖に関して――。

 だからアリシアは人の複製を作ることなど不可能だと思い込んでいて、疑念など頭に上りもしなかったのだ。

 目の前に自分と同じ名前の自分に似た女が現れるまでは――。

 そして愛澤であれば莫大な資金力を背景に、クローニングを独自に深化させることも可能なのかもしれないのだった。

「でも……あの金髪の女の人はわたしの複製よ……そして、彼女が愛している男の子は……きっとあなたの……愛澤さん、あなたのコピーね?」

「…………」

「どうして……あんなことを……?」

 尋ねてから、訊くべきではなかったと思う。

 コピー同士を番にするなど常軌を逸していたが、たとえ歪な形ではあっても、それも愛澤が寄せる自分への好意の現れに違いなかったからだ。

「あの二人……本当に心から愛し合っていたわ……素敵な恋人たちよ……幸せそうだった……」

「つまらん……」

「そんなことないわ……」

「まったく、あいつらの所為で計画が台無しになった……クソっ――」

 たとえどのような経緯からであろうとも、惹かれ合った男女が真摯に思いを重ね合う姿はとても美しいと思う。

「コピーは所詮コピーにすぎん、作り物、イミテーションさ――」

「人間にイミテーションなんてないわ、みんな同じよ、命の炎をもやして精一杯生きていくのだから……」

「六十時間でもか――?」

「六十時間? なんのこと?」

「セックスドールたちの寿命だよ――」

「――!――」

「あの女たちは金持ちどもの欲望を満たすために作られた肉人形さ……一夜の夢を叶えるための生きたオモチャだ……そして役目を終えるとほどなく死を迎える――」

「なんですってっ――!」

 愛澤は贄にされた女たちの過酷な運命をこともなげに告げて、アリシアの心は凍えるほど冷たくなる。

 男たちの慰みものにされるために生まれて、用が済むと命が果てる儚い女たち。

 そのようなものがこの世に存在していいはずがなかった。

「……最初に心臓が動きを止めるのがせめてもの救いだ……形を維持できなくなって人の姿を留められずに死を迎えるというわけではないからね……」

「愛澤さん、あなた、何を言ってるのっ!」

「AQUA人のコピーは難しくてな……人間なら簡単に瓜二つのクローンが作れるのだが……地球ではコピーを使った売春は非合法だが歴とした闇のビジネスだ。だから著名人の遺伝子の管理は厳密に行われているのさ。もともと地球では二百五十年も前から移植用臓器の供給用にスペアのボディを用意しておくのは金と力のある連中にとって当たり前だったんだ……いざとなったら脳だけ若い体に移し替えて永遠に生きるとか考えてな……まぁこっちは上手くいかなかったんだが……だが、AQUA人にはそういったことが一切できない。初めは成体どころかごく初期の割球胚をつくることさえ上手くいかなかった――」

 愛澤は言いながらやや疲れた様子になってベッドの端に腰を下ろした。

「……局面に変化があったのは、研究拠点を地球からAQUAに移してからだ。こっちだと理由はわからないが地球でやっていた時よりも遥かに良好に発生が進むようになったんだ。百に一つ、千に一つの低率ではあったが、成体まで生かすことができるようにまでなった。ただ出来上がりのバラつきが大きくて、本物とは比較にもならないレベルにしかならなかったがね。きみに似せたあのできそこない、あれでも随分、うまく出来た方なんだ。失敗を重ねてようやくあそこまで辿りつけたってワケさ……他の六人もきみほどじゃないが形が整っている分、本物に寄せるのは実に難しかった……まぁ事務員の女ぐらいなら間近でも誤魔化せるレベルにはなったみたいだが……」

「事務員の女って、まさかルロワさんのことですか?」

 愛澤は皮相な笑みを頬に貼り付けていた。

 偽のルロワ女史の車でここへ連れ出された――。

 何もかも全てが愛澤彪樹の計画なのだった。嘘に嘘を重ね、偽りに偽りを重ねた上で、そしてその目的というのが――。

「女たちはメイクで上手くカバーしたつもりだったが、やっぱり気づかれてしまったか……仕方ない……きみとは合意の上で関係を結びたかったんだが……残念だよ……」

 何が合意なものか、と思う。

 自分を脅して関係を持つために可哀想な女の子たちを利用するなどという非道を働いた男を、とうてい許せるわけがなかった。

「そんなことのために……」

「何がそんなことなものかっ、きみにはそうするだけの価値があるんだっ」

 愛澤は声を上げて訴え、逆にアリシアは鼻白む。

 男の愚かさが哀れだった。

「この体に? こんな体のために……おおぜいの命を弄んで……愛澤さん、あなたはどこまでご自分を傷つければ気が済むのっ?」

「みんなきみがいけないんだ……きみが素直に僕のところへ来てくれないからだ……」

「あなたは何もわかっていないわ……何も……可哀想な人……」

 すっかり落胆した容子のアリシアの言葉に愛澤は、なぜか怯んだ風になると、

「僕の何がいけない? 何が足りない? どうすれば良かった?」

 その刹那、男の顔からは邪気が消えて真剣な顔つきになって訊く。

「僕はいつだってきみのことが大好きだった……きみを愛してる……誰よりも大切に思ってるんだ……」

 期せずして中年男が示した拙い感情表現ぶりに、アリシアは当惑を覚えていた。

「愛澤さん、人を愛するってそういうことじゃないのよ……」

「僕だって一所懸命にやってきたんだ……でもいつでもそうなんだっ、何度やっても……繰り返しても……僕ときみの間にはいつも誰かがいて邪魔をする……」

 愛澤は意味のわからないことを呟いてベッドの脇をドンドンと拳を打ちつけて叩くと、肩を震わせて項垂れた。

 その姿はまるで駄々をこねる子供のようなのだった。

 親に欲しい玩具を買ってもらえずに不貞腐れる男の子。

 無限に愛されたいが、自分自身は愛することを知らない、未熟で自我ばかりを肥大させてしまった気の毒な中年男の姿だ。

「人を愛すること、二つの心が一つになるっていうのは……それはとても不思議なこと……そして神聖なこと、尊いことよ……そしてセックスは愛する人とするから意味があるの。心を重ねて、思いを寄せ合って、言葉にならない気持ちを伝えるために体で愛を確かめあう。だからすばらしい歓びになるの……今のあなたはご自身の複製にも遠く及ばない、あの男の子は恋人をとても大切にしていたから……でも、あなたは違う……あなたも見たでしょ? 可哀想な女の子たちを……彼女たちを辱めて泣かせて、それでどんな喜びがあるっていうの? 人を傷つけて嬉しいなんて、そんなの絶対に間違ってる……あなたは人を愛することを学ぶ前に人を傷つけないことを学ぶ必要があるわ……きっと長い時間がかかると思うけど……だけど、それはあなたにとってけして避けては通れない道……」

 説きながらアリシアは不思議な感覚になっていた。

 まるで自分ではない何ものかが口を借りて言葉を紡いでいるような、口にしながら後で納得していくような、そんな感じに。

「愛澤さん、さようなら……あなたと縁の糸が交わることは、もうないのかもしれないけれど……お元気で……」

 永別の宣告をすると、ベッドサイドで俯く男に背を向け非常口へと足を向ける。

 恥辱の舞台に仲間たちが上がっていたわけではないとすると、アリシアが留まる理由は何もなかった。

 非常口から階段を伝い階下に降りて、そこから一階まで降りることにする。そのつもりで歩き出したが、

「まだだ――」

 男の声に呼び止められる。

「初めに言った筈だ、きみをここから逃すつもりはないと」

「それはもうお断りした筈です、あなたにお売りするものはあたくしには何もありません――」

 ついっと顔を背けたその瞬間、背後の空気が動いて男の近寄る気配が立った。

 アリシアも振り返らずに小走りになる。通路の先にある四角い緑色の表示灯の点る出口へと。

 が、たとえローヒールであってもパンプスはスニーカーほど走るのには適していないのだった。男女の体格差も大きく、たちまち男に追いつかれて腕を掴まれてしまった。

「離してっ!」

 おとなしいアリシアにしては珍しい黄色い声を発して抗う。

 身を踠かせるが、男の長い腕が腰に巻きついていて逃れられない。

「まだ試していないことがある……今ここできみとしっかり関係を結べば、全てを書き換えることができるかもしれない」

 背後から抱かれたまま耳元で囁きかけられる。

「あなた、何を言ってるのっ!?」

「きみをものにする事さえできれば、きみは永遠に僕のものにできるハズなんだ……今度こそ――」

 そのまま壁に押し付けられて、身動きの取れぬままに男の顔が寄せられてくるのだった。

「イヤっ――!」

 二度、三度と躱していたが、ついに唇を奪われそうになった時、アリシアは渾身の力を込めて相手の顔を払い除けた。

 それは丁度、掌底がカウンターになる形で男の鼻面を打擲する格好となり、その衝撃の大きさにはアリシア自身が驚くほどなのだった。

 予期せぬ反撃を受けた男はよろめき、その隙をついて抱擁を逃れたアリシアは一気に駆け出していた。

 引き手となる非常口は諦めて、遮音扉のある方へと長い脚で加速する。

 だが――。

 彼女が扉へ近づくより前に、外から人が入ってきたのだ。

 それは先にラウンジで会った胡乱な三人の男たちなのだった。

「北西くん……いや、愛澤彪樹くんとお呼びするべきかな? ひとり抜け駆けは感心せんな、約束通り、アリシアくんとのエッチは俺らの見ている前でやっていただかんと、こっちは落札できなかった恨みで、汐かぶりで可愛い女神サマがケツの穴をヒクつかせて喘ぐところをとっくり拝ませてもらうのを愉しみにしてるんだから」

 アリシアの頭越しに奥の愛澤に劉は声をかけていた。

「あれ、北西さん、僕たちなんか拙いところに出くわしてしまいましたか? 鼻血なんか出しちゃってどうしたんです?」

 前方の扉を三人の男に塞がれて、背後は愛澤が居て、アリシアの退路は断たれているのだった。

 

 

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