ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
「その様子ですと、どうやらそちらの計画通りとはいかなかったようですね……手こずっているなら私たちもお手伝いいたしましょうか? ずいぶんお転婆な女神さまのようだから」
「いいえ結構です、僕一人で十分です――」
「そうですか、それは残念。しかしまさかあなたが愛澤彪樹氏だったとは……僕はもっと……」
木乃子は口にしかけた言葉を呑み込むと、クロスでメガネを拭ってかけ直し
「……まぁいいでしょう、そちらにもいろいろとご事情もあるみたいですから。それにしても、なんといっても創業八十年にもなる老舗でお上品なビジネスを売りにされておられる
木乃子はアリシアに視線を送ってから、愛澤に目を戻した。
「でも、それってアリなんですか? 主催する側が競りに参加しているなんて、そんな出来レースみたいな真似――」
「それは別に問題ないだろう、彼も同じ土俵にあがって競り落としてるんだから――」
劉國輝が代わりに弁護していた。
「それに、われわれもここでは主催者側と言えなくもないわけだし――」
が――、
「ただ、きみの目的の為にダシにされていたとなると面白くないな――」
丸顔を険しくして凄む。
「今回のこの一連の企画自体が全て、きみがアリシアくんをモノにするための計画で、こっちは知らないうちにきみにいいように片棒を担がされてコマとして使われていたなると、ムカっ腹が立って収まりがつかねぇ――」
劉の言葉には木乃子と権も我が意を得たりとばかりに頷いていた。
「こちらには別に他意はありませんよ。ダシにするだなんて人聞きの悪い。それにあなたがただって十分に楽しんでいたじゃないですか?」
愛澤は弁明をする。
「たしかにそうなんですけどねぇ……まぁレプリカでしたけど――」
「それもみなさんご承知の上ですよね――」
「「「…………」」」
正論で押し返したとみた愛澤はさらに言葉を継いで念押しをする。
「たとえ欲しいものがあったとしても必ずしも落とせるわけじゃない、そもそもオークションとはそういうものでしょ? いったい何の問題があるといわれるのです? ボクだって運良く落札できたわけで、そこに妙な言いがかりをつけられるのは心外ですね――」
「……劉会頭も権副総裁も、別にそのことを問題視しているわけじゃないんですよ。模造品とはいえ、晃嬢もアトラさんも実にしゃぶりがいがあって美味しかったですから、それには僕も非常に満足しています――」
「そりゃアリスちゃん、やっぱり凄く可愛かったですよ。まだ膨らみきっていない青い果実をちゅうちゅうするのは楽しかったなぁ、それから灯里ちゃんもメッチャ可愛かった。あの子はアソコを探ってやると、はひっ、とか、はへっ、とかかわいい声で啼いてくれて……でも本物のアリシアさんとなると、そりゃ次元が違う。なのにそのことを知らされたのは競りがはじまるほんの少し前だったんですから、さすがにあれはないですよ――」
男たちの間に挟まれて身を竦ませ、ひとり立ちつくすアリシアをよそに心無い言葉が行き交っていた。
大切な仲間たちによく似た姿の複製された美女、美少女たちは、既に彼らにも弄ばれて短い命を散らしていたらしいのだ。
それなのにこの男たちには微塵も忸怩や罪の意識を感じていないようなのだった。
人の姿をしていてももはや人の心を失った、地獄の亡者たち――。
その中に、彼女はたった独り取り囲まれている。
「……権さんも奇異しなことをおっしゃる、いったいそれのどこに問題があるっていうんです? 模造品を本物だと偽って競りにかけたわけじゃない、その逆ですよ、こちらの誠意を示したわけなのですが――」
「僕が言いたいのは、それがわかっていればこっちにも手の打ちようがあったってことですよ。資金調達などそれなりの準備ができたんですから、完全に不意討ちを喰らったわけで――」
「オークションでは予め全ての出品リストが公開されているワケじゃない。当日のゲストへのスペシャルプレゼントとしてサプライズがあったっていいし、イレギュラーな目玉商品が舞い込んでくる事など特に珍しくもない、こちらが責められる謂れはないと思うのですが――」
「まぁ、そうなんだが……ただ、こんだけの獲物を目に前にすると、どうにもあんたのやり方が腹立たしくなる――」
男たちの視線が自分の体を這い回るのを感じて、アリシアは全身が粟立つような悍ましさを覚えていた。
彼らの悖戻な関心が我が身に向けられていることは明らかで、なんとしても逃れなければと思うが、退路を塞がれていて動くに動けずにいる。
「……そこで提案なんだが……どうだろう? 今からみんなで等しくそこのベッドでお楽しみに及ぶってのは? 何も夜まで待つことはないだろ――」
「ご冗談でしょう、劉大人、そんなことをして僕に何の得があると? 彼女を落としたのは僕なんですから。それと夜――というのはいったい何のことでしょう? よもや今夜の僕たちのデートにそちらは参加するおつもりでいたのですか? 冗談じゃないっ、日頃、あなた方がしている会規違反をこちらは大目にみているだけであって認めているわけではありませんよ。もちろん、“僕たち”はあなた方と同衾するつもりなど毛頭ありません――」
「なんだと――!」
「彼女を独り占めするつもりですか?」
「それはズルいですよ、自分ばっかり――」
愛澤と三人の男たちの間の空気が一気に緊張する。
誰もが、アリシア・フローレンスという名のこの至高のお宝を前に目の色を変えていた。
「独り占めもなにも、そもそも彼女は僕だけのものです。ずいぶん遠回りをしましたが、ようやく僕のところにやってきてくれたんですから、この上は彼女を誰にも自由にさせるつもりはないですよ――」
「劉さん、愛澤氏があんなこと言ってますけど、どうしますか?」
辺りに剣呑な気配が立ち込め始める中、三人の男たちは互いの意思を確かめるように目配せをしている。
愛澤は
「アリシア、こっちへおいで――」
と、彼女を呼び寄せようとしていた。
だがアリシアには応じるつもりなどなかった。彼女にしてみれば前にいる男たちも背にした愛澤もどちらも同じなのだ。自分に狼藉を働く意思をもった危険な陵辱者たちに他ならない。
三方が異なる意図、排反する意思をいだいたまま刹那、凍結したように動きを止める。
アリシアはもちろん誰の手にもかかるわけにはいかないのだった。
ただ迂闊に動けば、事態は一気に取り返しのつかない方向へと雪崩をうつに違いない。
そうなってからではもはや、自分にはどうすることもできなくなるのは火を見るよりも明らかだった。
ならば、どうすれば――。
そこに天啓ともいうべき閃きが差した。
男たちの間に自分をめぐっての利益相反があるとするなら、それはむしろ好都合で、これをうまく利用できれば逃げ出すチャンスが生まれるかもしれないと思ったのだった。
この場をコントロールするためには――。
覚悟をきめて
「あらあら、みなさん、ずいぶんでいらっしゃるのね――」
アリシアは自ら口を開いた。
自身を鼓舞して努めて明るい声音を響かせる。
「あたくしのお相手をしていただく殿方は、最後ぐらいはわたしに決めさせていただきたいわ――」
「おい、なにを言い出すんだきみはっ!」
愛澤は色を失い、逆に男たちは色めき立つ。
「ほう、こいつは驚いた……可愛いばかりじゃなくて肝まで据わっているとはな――」
実際は、一縷の望みをかけて必死に演じているのだった。
自分よりも遥かに力の強い四人の大人の男に囲まれて、襲いかかられてはひとたまりもなかった。
その中でこの場を支配するには自分自身を釣り餌にして、男たちの間に混乱を生じさせる以外に血路を開く道を思いつかなかったのだ。
自分から白いブラウスのボタンを上から一つずつ外していくと、何事かと息を呑んで見守る男たちに向けて、薄衣の前をはだけて肌着の胸を露わにする。
予想の上をいく出来事を前にして、アリシアは相手側に驚きの動揺がひろがるのを見てとると、逆に自分は冷静さを取り戻していくのを感じていた。
呼吸を整えようと必死に自らを奮い立たせて、勇気を振り絞って。
乱れた息づかいに応じて起伏を繰り返す胸の、ブラカップからはち切れんばかりになって縁から溢れ出る白い肉の柔らかさが眩しい。
二つのみごとに豊満な膨らみの間に深い谷間を描いて、清楚で清潔感のある美貌がいきなり目にも絢なる肉感的な魅力を弾けさせている。
慎ましげな愛くるしさには不釣り合いにも映るグラマラスな肢体。
その落差の大きさは単に凄艶という言葉ではとても言い尽くせない強烈な引力を放って男たちの劣情に火をつけていた。
さらに、彼女が纏う体臭はインファンティルなものでありながら大人の女のにおいも濃厚に漂わせているのだ。
仄かにたちのぼる甘酸っぱい腋汗の香りは情欲に取り憑かれていた男たちには、まさに魅了の暴力とも言える影響を与えたようである。
元々自己抑制能力の低い男たちから理性を奪うのには十分すぎるものなのだった。
あっという間に自制心を焼きつくし、それぞれが本能の衝動に従った行動を取り始める。
「ふぉーっ、コイツはスゴい……このオンナは……このオンナは俺が殺すっ……」
まるで催眠術に係ったように、まず劉國輝がよろよろと半歩前に進み出て、両脇にいた木乃子と権に制せられていた。
その腕を振り解こうとして三人の間で揉み合いになっている。
アリシアは直ちに逃げ出したいのを意思の力でねじ伏せると、平然とした容子を装って機会が訪れるのを待っていた。
命につながる細い道が開く、その一瞬の隙を――。
「なにやってるんだきみはっ――」
愛澤が声を荒げて接近を図ろうとして、
「そうはさせませんよ――」
今度は権がそれを押し留めた。それはたちまち掴み合いに発展し、暴力の応酬になる一歩手前の状態になる。
男たちの間で諍いが始まったのを見届けると、アリシアはベッドサイドに優雅に腰を下ろした。
スカートの端から覗く形のいい膝小僧を綺麗に揃えて――。
肘を膝に頬杖をついて艶然と微笑んで四人の男たちを見回している。
「そうですね……やっぱりいちばん強い殿方がいいかしら……うふふっ」
情欲に憑かれた連中にさらに混乱の火を放った。
自分でも今どうしてこんな言葉が出てくるのか不思議になるくらいに、普段は使ったことのない言葉が自然に口をついて紡ぎ出されてくる。
方やアリシアの挑発を受けた中年男たちは、ついには互いに拳を振り上げるようになり、怒号と罵声が飛び交うようになっていくのだった。
「負けないぞっ――!」
「なにやってんだっ権昇植っ!」
「ガキはすっこんでろっ」
「劉さん、あんたの時代はもうとっくに終わってるんだっ、いつまでも土建屋風情がアタマ張っていられるとは思わないでくださいよっ」
片方では愛澤と権が、そしてもう片方では劉と木乃子が、まるでチンピラ同士のような無様な喧嘩を繰り広げ始めていた。
それを目にして彼女が感じるのは、やはり自分が暴力と混乱をもたらしたことへの忸怩――だったのかもしれない。
ただ、身を守らなければならない以上、それは仕方のないことだったのだ。
きっと神さまも許してくださると信じて、アリシアは固唾を呑んで機会を待った。
そうしている間にも彼女の座る円形のベッドはゆっくりと回転をしていて、さりげなく、実に自然に男たちとの距離が広がっていく。
そして、ついにその瞬間が訪れたのだ。
もはや唯一の拠り所、退路となる遮音扉へと続く細い道が現れて、その機を逃さずアリシアはいっさんに走り出し、掴み合う男たちの間をすり抜けた。
争いの火種となっていた甘美な生き餌が逃げ出したことに気がついた男たちは、すぐに吾にかえると追い縋る。
しかし今度は引き手になるドアとは違ってアリシアも足を緩めることなく扉を押し開けて外へと飛び出していた。
が、背後から伸びた手にジャケットの裾を掴まれて引き戻されてしまう。
「あ――っ!」
さらに何本もの強い手が伸びてきて体を掴もうとしていて
「イヤ――っ!」
悲鳴が上がった。
ところが次の瞬間、背後に衝撃を感じてアリシアの体は束縛の手、腕から解き放たれると、つんのめるようにして前に倒れていた。
男のものと思われる呻き声が上がっていて、いったい何が起きたのかもわからないままに振り返ると、朝顔がアリシアを掴んでいた二人の男の腕に身を投げ出していて、
「逃げてっ! アリシアさんっ!」
叫んでいた。
「朝顔さんっ!」
崩れた体勢を整えた男たちが再び立ち上がろうとするのを、朝顔が再び身を挺して制していた。
「外に出れば、プールサイドの先に非常階段がありますっ!」
朝顔はドームの先を指差していて、そこには外の屋上プールへと通じる扉が見えていた。
「ありがとう、朝顔さんっ」
「アリシアさんっ、私の、お友達……っ」
アリシアは立ち上がると走り出す。パンプスが脱げてしまったのにも構わずに。
男たちから暴行を受けているのか、背後でアンドロイドが声をあげているのが耳に届く。まるで女の子のするような悲鳴に胸が痛んだ。
「朝顔さん……」
それでもアリシアは振り返らずに走り続けた。強化ガラスの自動扉が開いて外へと飛び出す。
ただプールサイドの周囲を見渡しても咄嗟の視界に非常階段らしきは見当たらないのだ。
焦る最中にも背中の怒声に男たちの接近を感じていた。
「どこっ……非常階段っ……!」
必死で探す視線の端に黒くペンキ塗りをされた金属製の階段が目に飛び込んでくる。しかしそれは降りではなく昇り階段なのだった。
途惑うアリシアに、ガラスドームの中で床に倒れたまま動かなくなっている朝顔の姿が目に入った。
首があらぬ方へと捻じ曲がっていて、開けたままの目が瞬きもせずに中空を見上げている。
「ひどい……あたしのために……」
朝顔が開いてくれた突破口、なんとしても活かさなければならなかった。
自分の身を犠牲にしてまで庇ってくれた彼女の思いに応えるのは、ここから無事に逃げ延びること――。
昇り階段があればきっと降りもあるに違いない。
それを信じて階段へと駆け寄る。
薄いストッキングの足裏が傷ついて痛かった。ただそれを気にしている余裕などないのだった。
男たちはもうすぐ背後にまで迫ってきているようなのだ。
ようやく階段のあるところまでたどり着いた時には、男たちは愛澤を先頭にほんの数メートルほどのところまで追いついてきている。
だが期待に反して降り階段は見当たらず、探す余裕もなく息を整える間もなくアリシアは階段を駆け上った。
見ると階段の下で、なぜか男たちの間に安堵の気配が漂うのが感じられて胸が騒いだ。
あたし、肝心なところで間違ってしまったのっ――!?
取り返しのつかない判断ミス。
もしもこの先に脱出ルートが見つからなかったら……。
だがまだ諦めたわけではなかった。きっと降りの階段があるに違いないと信じていたからだ。
しかし――。
現実は残酷だった。
階段を上り切ったところで彼女の視界に入ったのは、テニスコートほどの広さの、平たく、ただ開けただけの空間。
しかも三面には柵が施されていたが、突き当たりには柵さえもなく、遠くオリンポスの稜線が見えるばかりになっている。
「そんな……」
そこはエアシャトル用のポートらしいのだった。
「ああ、どうしてっ――!」
ここから先はシャトルを使う以外にこの建物から離れることはできないのは明らかだった。
「神さまっ……」
ポートの端まで歩み進めて、恐る恐る下界を見下ろす。
地上百九十二メートルからの眺めは、絶望――を、教えていた。
風があればとても近寄ることのできない、生と死の境界線が目の前にある。
「そこは危ないからこっちへおいで――」
諭すような調子の愛澤の声が背中に聞こえた。
振り返ると階段を上ってきた男たちがこちらを窺っていた。
劉はひとりだけ高所恐怖症なのか柵の一つにしがみついたままでいるようだったが。
「残念だったね、降りの非常階段はプールサイドのすぐ奥にあったんだが、気がつかなかったようだ――クックックっ」
「……!……」
「まったく手のかかる女神さまですね――」
劉に殴られたのか腫らした頬を撫でながら木乃子が言う。
「言っただろう? きみはここから逃げることなんてできないと」
「…………」
「仲間割れして危うく逃しちゃうところだったですね……おお危ない危ない」
「まぁ、仲良く順番にお相伴させていただくことにいたしましょうか……いいですね? 愛澤さん……じゃないと、こっちにも考えがありますよ……さっきの話――」
木乃子は愛澤の耳元で何かを囁き、愛澤も不満げではあったが、渋々といった様子で頷いている。
「今夜だけですよ――」
「十分です――」
反目していた男たちの間で利害の一致をみたようだった。
全ての希望が断たれて、アリシアの瞳に涙がこみ上げてくる。
「だれか……だれか、たすけて……」
アリシアは声をあげたがその声はあまりにもか細く、そして懐かしい街並みは遠いのだった。
「呼んでも誰も来やしないよ――」
「…………」
「さぁ、もう諦めてこっちへおいで……悪いようにはしないから……」
アリシアはイヤイヤをするように首を振る。
「別に命まで取ろうというわけじゃない――」
「そうですよ、アリシアさん、ちょっとモフモフさせてもらうだけですから」
柵にへばりついたままでいる劉を除いて、愛澤、木乃子、権の三人が近寄ってくる。
女にとって心を許したわけではない相手と肉体関係を結ぶということは命を失うのと同じだった。
ましてや――。
「明日の朝までたっぷり時間をかけて可愛がってあげようって言ってるだけだよ、君もきっとすぐに気に入る」
木乃子が口の中に潜めていた長い舌を伸ばしてみせつけていて、やがてあのようなものが自分の身体を侵すことになると思うとアリシアはその悍ましさに震え上がるのだった。
誤字脱字、誤表記等の微修正をしました