ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
校正が間に合わず
今夜に持ち越しとなりました
きっとアキトさんは、あたしのことを許してくれないだろうな……。
すぐ背中にはメストレとそれに隣接するネオ・ヴェネチアの街並みが見えるばかりの虚空が広がっている。
初秋の空はまだ夏の残滓を留めて、突き抜けるほどの透明感はなかったものの、風はなく晴れ渡って視程は遠くネオ・アドリア海の水平線がくっきりと弧を描いているのが見てとれるのだった。
水路を行き交うゴンドラとウンディーネの白い制服が海を背景に眩しい。
あの美しく心やさしい街をどんなに愛しく思っているか、アリシアは肩越しに眺めて、自分が身を置いてきた世界とそこに暮らす人々への思いを改めて胸に刻むのだった。
「危ないからこっちへおいで、きみにはもうどこにも逃げる所なんてないんだから――」
「来ないでっ――!」
アリシアは近寄ろうとしてくる男たちへ向けて叫んだ。
後ろを気にしながら半歩後ずさる。ポートの端までもう半歩余りしかなかったが構わずに。
彼女の諌声に一瞬、気を呑まれて男たちは足を止めた。
「来ないでください! それ以上――」
この後のこと、恋人のことを思うと目頭が熱くなる。
楽しかった日々、幸せだった思い出の数々が蘇ると、どうしてこんなことになってしまったのだろうかと悔やまれた。
ただ全ては自分の迂闊さ、ガードの甘さによるものと彼女は思う。
振り返ると、こうした事態に陥る前に逃れる機会はいくらでもあったのだった。
おかしい――と、感じた時点ですぐに行動をとっていればもっと穏便に済ませることもできた筈なのだ。
その確認を怠ったのは、きっと異変を察知する感覚が鈍いからなのだろうと思う。
そして最後の最後に、せっかく朝顔が命をかけて示してくれた唯一の退路を失ってしまったのも全て自分の不注意さ故――。
かえすがえすも口惜しく、自身の愚かさが情けなかった。
ただ、もう取り返しはつかない。
そして――。
気持ちに迷いはないのだった。
悪いのは自分――。
だから……。
責めを負うのも自分自身だ、と。
あたしにだって……女の矜持はあるんだから――。
いい聞かせている。
心を決すると、気持ちの昂りは逆に落ち着きを取り戻して、周りが良く見えるようになってくるのだった。
またどこからやってきたものか、視界の隅に朝顔の黒猫が柵のレールの上をとことことこちらへ歩いてくるのが目に入って、アリシアはしばし心をそちらへと向けている。
黒猫は身の幅の半分ほどもない細いレールの上を、まるで恐れる気配もなく時に呑気に腰を落として後ろ足で首の後ろを掻き上げたりしていて、必死と背中合わせでいるアリシアの方がハラハラさせられるほど。
ひとつ間違えばそのまま転落して地上に叩きつけられてしまうのに。
この高さからではいかに身軽な小猫とはいえ、無事で済むはずがないのに。
猫さん、危ないわ……そんなところに居ては……。
黒猫の方もアリシアの視線に気がついたのか顔を向けると、金色の瞳で凝視している。耳をピンと立ててこちらを窺っているよう。
そうか……あなたも大切なご主人さまを喪くしてしまったのね……。
ごめんなさい……。
でも、どんなに謝っても、あたしにはどうすることもできないけれど……。
そんなアリシアの心の声が届いたのか、黒猫は手すりからぴょんと飛び降りると、彼女から少し距離をとったところで腰を下ろし、お行儀よく前足を揃えて顔を上げている。
その様子には彼女を咎め立てするような刺々しさはなく、むしろ慰められたり励まされたりしているような心持ちになってくるのだった。
「猫さん……」
「またあの猫かっ――おまえ、どっから湧いてきたっ!」
愛澤が怒鳴り声を発して、それをきっかけに男たちが動き出そうとするのを、猫は身を翻し、総毛を立たせて威嚇する。
「愛澤さん――っ!」
アリシアも声を上げて制止した。
男たちもその声音に何かただならぬものを感じたように驚いた顔で、またフリーズする。
「おいっ、バカなことを考えるなっ――!」
初めにそれに気がついて愛澤が止めようとしていた。
「何がバカなことだと仰るのですか? 愛澤さん――」
「…………」
「いいからアリシアさん、こっちへ来るんだっ」
木乃子からも招かれてアリシアは首を横に振って拒んだ。
今、木乃子の長い舌は喉の奥に隠されていたが、その男が異形の者であることは胸に刻まれている。
あのような男と褥を共にするなど、想うだけでも身の毛がよだつのだ。
「そこから一歩でも前に出たら、あたしも一歩、後ろに下がります――」
「おい、冗談じゃ無いぞっ!」
「愛澤っ、何とかしろっ!」
ここへきて漸くアリシアの真意を察して、他の男たちも色を失っていた。
異変に気づいたのか離れたところで柵にしがみついていた劉も、男たちの背中に罵声を浴びせかけている。
「まさか本気じゃないんだろ?」
愛澤が愛想笑いで懐柔しようとしていたが、アリシアは視線を強くして見つめ返すばかり。
「何故だ? 何故そうまでして僕を拒む――?」
「…………」
「早まるんじゃないっ、きみはまだ若いんだからっ」
「では愛澤さん、お電話をしていただけますか――?」
「電話――!?」
アリシアは自分の発した言葉に、男たちの間でそれまでとは別の意味での動揺が走るのを見届けてから
「警察に――」
さらにだめ押しをする。
「「「――!――」」」
男たちとの間に緊張を孕んだまま、無言の時が流れた。
が――。
案の定、誰も彼女の要求に応えて動こうをはしなかった。
アリシアにもそれは判っていたが可能性に賭けてみたのだ。
「僕がどうしてそんなことを……」
宥めようとして近づこうとする愛澤に
「来ないでっ、愛澤さんっ、下がってください、あたしは本気ですっ」
「「「…………」」」
互いに相容れない立場であることがはっきりしている以上、両者の間で妥協点を見出すことなどそもそもあり得なかった。
アリシアはイヤイヤをするように首を振る。
三人だけならばまだしも、階段の前にはもう一人、丸顔の肥った男が待ち構えている。
四人の男の手を逃れてこのシャトルポートから抜け出すことは、どのみち不可能なのだった。
そして彼らに捕まったら最後、きっと、それ以前の自分ではなくなってしまうのだろう。
それははっきりと感じている。
自分が自分ではなくなるというのは、もはや死ぬことと同じだった。
それならこの恐ろしい男たちの手にかかる前に、せめて自分の手で――と、この哀れな男たちがしきりに欲しているらしいこの体を与えないこと、それだけが自分にできる彼らへの罰、卑劣な暴力への怒りの表出なのだと思うのだった。
「……この先、きみには楽しいことがたくさん待っているんだよ。それを目にすることもなく……それでもいいのかい? 僕と一緒ならなんでもできるんだ、どんなことだって。きみの願いは全て叶えてあげられる……そうだ、きみはまだ海王星に行ったことはないだろう? あそこの地下二百キロの深海底には体長が数百メートルもある巨大な生物が居るそうなんだ、見てみたくはないかい? きっと感動するよ、それから冥王星の遥か先、大深度宇宙圏にはきみの知らない、美しくも壮大で厳かな世界が待っているんだ、そうしたものの一切を見ずに知らずに、それで本当にいいのかい? きみほどの才能に恵まれながら……誰もが羨む完璧なまでの美貌と優れた知性を備えていながら……それを、こんな辺境惑星の小さな街で朽ちさせてしまって……いいわけがないだろう?……いいはずがないんだ……」
終わりの方を愛澤は自分自身に言い聞かせるようにして口にしていて、
「愛澤さん……きっとあなたと一緒になら、そうしたこともできると思うわ……」
その応えに愛澤は一瞬、期待に輝かせた顔を上げたが、アリシアの固い決意を見てとると、またすぐに表情を沈鬱なものに一変させる。
「でも……あなたの隣に居るべきなのは、あたしじゃない……」
アリシアはここからは日本語で話しかけることにする。
『わたしには心に決めた大切な人がいるから……』
「…………」
『あたしの愛する人、大好きな人は、あなたのような富も力も持っては居ません。だって、ごく普通の男の人だから……でも、あたしは彼と巡り逢えて誰よりも幸せだと思うわ……彼と居ると、いつもどんなに嬉しくて、どんなに幸せか……それは言葉にならないくらい……わたしは彼のことを愛しています。そして彼もあたしを深く愛してくれます……』
『きみを愛するほど容易いことはないんだ……そんなの誰にでもできる、きみはそんな言葉に惑わされて感心しているのか?』
『うふふっ、ええ、彼もよく同じことを云ってあたしをからかいますよ……でも、愛は愛でしか贖えない……それを教えてくれたのが彼なんです……優しい人です……とても……』
『……きみに優しくするなんて……誰だってそうするさ……』
男はつぶやくが、アリシアの言葉に影響を受けているようなのだった。また最前にも垣間見せた中年男らしからぬ男の子のような表情が作られている。
『……彼はあたしが何をしても許してくれます……たとえこれからあたしの
「――!――」
アリシアはスカートの前が、風で捲り上げられそうになるのをを押さえながら告げた。
刹那ではあったが、見事なまでの脚線美が男たちの前に晒されて、そこに視線を釘付けにする。
『彼なら、きっと受け容れてくれるはずです……』
『まさか、きみはまだ……バージンなのか……!?』
その問いにはアリシアは否定も肯定もしなかった。代わりにアキトの手の感触を思い出すようにして頬から首、胸にかけて自身の掌を当てて撫で下っていき、片方の乳房を包んで胸を庇いながら
『私の体を自由にして、それでどうなるというの? そんなことをしても私は決してあなたを愛したりはしないし心を許したりもしない。それは愛し合うことにはならないの……ただの暴力……セックスではないわ……』
アキトと体の関係を持っていることをそれとなく訴えていた。
自分が男を愛することのできる一人の女であることを。
『でも、たとえ彼が許してくれても、あたしが嫌なんですっ、彼が悲しむのがわかるから、彼に辛い思いをさせるのが嫌だから――』
そう云いながらも、アリシアはアキトが絶対に許してはくれないようなことをするつもりでいるのだった。
「…………」
『あんなに優しい人を傷つけるのが嫌だから……』
『優しい……か……そんなの弱者の弄するおきまりの自己弁護、言い訳に過ぎないのに……』
『そうでしょうか? 私には心の強さの表れのように思いますけれど……愛澤さんもご存知でしょう? 日本語では優しいことと優れているということは同じ文字を使うってことを……』
それを知った時、日本語とはなんて素敵な言葉なのかと感動したのを思い出す。そして灯里もアキトも、二人とも日本生まれの日本育ちと判ってすごく嬉しかったのだ。
『彼は誰に対しても優しくあろうとするわ……人を傷つけることを嫌う、とても愛情深くて思慮の深い、立派な方です……』
「…………」
『どんなにお金をもっても、どんなに高い地位についても、どんなに力があっても、それだけではだめなのよ、愛澤さん……でもあの子、あの人は……それがちゃんと分かっている……けして身に余るような力を望んだりはしないから――』
アリシアはメストレの街を振り返って、アキトのスコラダルテのある方を窺った。
きっと今頃はクラスメートとのお昼を終えて午後の課題に取り組んでいるのかしらと思いながら。
『……いつでも、どこでも……多すぎる力があれば、それを惜しみなく分け与えようとする、奪うのではなく与えようとするの、自分はいたってシンプルでありつづけようとして……それが身についていて少しも無理なくできる人……でも気張らずに、ごく自然に、日常生活がそのまま自分を成長させるためのつとめにできるような……そしてどんなことにも楽しみを見つけようとして……だからあたしもそうありたいと思うわ、だって彼に相応しい自分であり続けたいから……』
アリシアの言葉に彼女の決意の堅牢さ、思いの強さを見せつけられて愛澤は鼻白む。
『……くだらん、そんなの所詮は理想論だ……力が無ければ負けるんだ、力が無ければ蹂躙されても抗えない。弱者が強者に膝を屈するのは水が高きから低きへと流れるように、これは当然なんだ。自然法則と言い代えてもいい。だから人が力を望むのは本能で、そしてそれは正しいことなんだ……』
『確かにそういう面もあるかもしれないわ……でも愛澤さん、力で人の心を支配することはけしてできないの……あなただって感じているはずよ……もう一人のあなたの姿を見たでしょ? あの子は今のあなたのように強大な力を持ってはいなくても、でももう一人のあたしは、彼のことを愛していたわ……たとえ短い命であったとしても二人は心を通わせていた……今の私たちとは違って……』
「…………」
『……でもそれが分かってはっきり心に刻まれる時が来るまで、あなたはいつまでも同じ所に留まり続けることになるのでしょうね……あなたのお名前、愛がたくさん、っていう意味なのに、あたしにはそれがとても皮肉に感じられる……』
「…………」
アリシアと愛澤が日本語でやりとりをしていて、傍へ追いやられた形の二人が
「さっきから二人で何を話してるんだ? こっちにも分かるように標準語を使ってもらえないか? 彼女との交渉は上手くいってるのか、どうなんだ?」
愛澤に持ちかけている。
「木乃子さん、日本語だめだったんですか?」
「僕はハーフジャパニーズだから――」
「僕も標準語以外は、からっきし――」
三人のやりとりを耳にしてアリシアは
「あなたたちの元にいるあの可哀想なクローンの女の子たち全てを今すぐに解放してあげて下さい……そしてたとえ短い間であっても、あの子たちに生まれてきたことの喜びを教えてあげて……どうかこれ以上、罪を重ねないで……」
「罪を重ねる? 何を言ってるんだ彼女は?」
「話し合いは上手くいってるんじゃないんですか?」
木乃子と権が不満げに愛澤を質していた。ただ、二人には少し前までに感じていた慌てた様子は窺えず、アリシアの胸に微かに違和感の漣が広がり始める。
その理由がわからないままに話を続けた。
「愛澤さん、人が良くあろうとするのは決意なんですよ、今この瞬間にも機会は与えられている。それを選ぶのは自分次第なのだから……どうか忘れないで、愛は愛でしか贖えないということを……」
「愛は愛でしか贖えない? 彼女は何を夢見る少女みたいなことを言ってるんだ?」
木乃子が小馬鹿にしたような物言いで返してくる。
「まだ心が純真で幼いのかもしれませんね、ベッドでしっかり肌に磨きをかけてやれば、そんな甘っちょろいことは言わなくなりますよ。直腸と膣の間の肉壁をしっかり揉みほぐしてやると、たいがいの女はとても聞き分けが良くなりますから――」
権は右手の指を長く伸ばしてみせてアリシアは息を呑んだ。
「あなたたちは体を作り変えているのですか――?」
「そうですよ、女に歓んでもらうためにね。僕は右手を、木乃子さんのはさっき見たでしょ? 舌が一メートルも伸びるんです。それからあっちで柵にしがみついてる劉さんは、ペニスを長く太く増強して、おまけに三又にしてある、クリトリスと膣と肛門を同時に犯せるように――」
「なんて、恐ろしいことを……あなたたちは人の心を失ってしまう前に、人であることもやめてしまっていたのね……」
「そうかな、アリシアさんもきっと気にいると思うけどなぁ。ただ後ろの穴を開発する前には、それに先立って排泄をさせるのがお作法ですから、まずは女神さまのあなたがお尻の穴からウンチをひり出すところもしっかり拝見させていただきましょうか、ねぇ愛澤さん」
「きみたちには見せたくないな――」
「え、それズルくないですか? 自分だけアリシアさんの可愛い姿を独り占めにしようとするなんて」
「どうやら彼女はバージンみたいだからね――」
「ホントですかぁっ!?」
「愛澤さん、今の話は事実なんですか?」
木乃子も驚いた様子でいる。
「ええ、さっき彼女が自分の口で言っていたからそうなんでしょう、いずれ抱けばはっきりしますよ。まぁペッティングは経験しているようですが、それはそれ、どうやら大金を投じただけのことはあったみたいです」
「ちぇっ、いいなぁ」
権は大きな身振りで羨望をあらわにしてみせ、木乃子はしてやられた、という顔をして落胆を隠さずにいる。
アリシアを前に、三人の男たちは彼女の凌辱の算段をつけているのだった。
「あなたたちは……どこまで……」
愛澤もまたさっきまでの雰囲気を一変させていて、仮にも少年のような淳気を感じて言葉を交わしていたつもりが、今はまた狂気を滲ませた邪悪な顔つきへと戻ってしまっている。
演技なのか、それとも何か多重人格的な面があるのかはわからない。
ただ、彼女が対峙する三人が三人とも、そして残る一人も加えて、誰一人まともな人間ではなかったことを改めて意識させられているのだった。
「さて、下の準備もできたようですから、そろそろ詰めに取り掛かりますか?」
木乃子が宣告して、何事かとアリシアは身構えた。彼らが良からぬことを企んでいることは女の肌感覚でわかるのだ。
歩み寄ってくる男たちに
「来ないでっ!」
アリシアは叫んだ。
しかし今度は男たちは足を止めることはなかった。
アリシアは覚悟を決めてポートの端から身を投げ出そうとする。
が、いつの間にか彼女のすぐ足もとに、大きく張り出して緑色のネットが広げられているのが視界に飛び込んできたのだ。
これでは飛び出したところで、追ってこられたらすぐに捕えられてしまいかねない。
「そんな――!」
「きみがここに駆け込んだ時に、念のために下にいるスタッフに連絡して防護ネットを張り出しておくように言いつけておいたのさ――」
愛澤は得意げに告げる。
「きみとの会話で時間稼ぎができたので間に合ったようだね――」
どうやらアリシアとの会話で覗かせていた殊勝なそぶりもまた演技であったらしい。
「愛澤さん――」
「言っただろう、今度こそきみを逃すつもりはないと」
「イヤっ!……イヤですっ!」
男たちが駆け寄ってきて、アリシアはついにポートの外へと身を投げ出していた。次の瞬間、フサっと、ネットで受け止められる。
階下の駐車場に居て作業にあたっていたホテルの関係者らしき男性たちが数名、突如、上から落っこちてきたアリシアの姿を見て驚いた様子で居たが、彼女はそれらには目もくれずに必死になってネットフェンスのフレームを目指して這い上がっていった。
粗くゴワゴワとした強化繊維がスーツを破き、スカートを引き裂くのにも構わずに。
防護ネットはそもそもが落ちてきた人間を受け止めるための装置で、そこからさらに飛び降りようとするものを抑止するようには作られてはいないのだ。
アリシアの意図を察した男たちは上から階下の関係者たちに怒号を浴びせかけている。
「ウインチを巻き上げろっ、ネットごと女を捕獲するんだっ!」
「逃すなっ! 絶対に逃すなよっ!」
権も後を追ってネットに飛び降りてきてアリシアに掴みかかろうとするが、間一髪のところでこれを躱す。
アリシアはさらに網を這い上がっていった。
その間にもウインチに巻き上げられてネットの傾きはどんどん大きくなっていくのだった。
もとよりプリマ・ウンディーネということもあって、アリシアの身体能力はアスリート並みに高いこともあり、むしろ負荷がかかる方が彼女の逃走には有利に働いているようだった。
後を追う権との間は少しずつ開いていき、フェンスが九十度近くにまで迫り上がった時には、アリシアの体は網の外側にあって両手でフレームに掴まってぶら下がる形になっていた。
それを見て、ポートに残っていた愛澤は悄然とする。
九分九厘、捕らえたつもりでいた大魚を、網に掬う前に逃して、彼の企ての全てが水泡に帰したことを悟ったからだった。
隣で木乃子も憮然としていて、足元にいた権は唖然としている。
地上二百メートル近くの中空で宙ぶらりんの状態になって、アリシアも正直に怖くないと言えば嘘だった。これから自分が迎えることになる落下とその衝撃、そして死について思うと体が震えてくる。
そして最愛の恋人との別れも――。
ごめんなさい……アキトさん……。
けれども、難を逃れることができたという達成感の方が大きく、アリシアは自然に微笑みを浮かべていたのだった。
「さようなら……愛澤さん……もうあなたとは二度と会うことはないわ……」
彼女はそう告げると息をのみ、そして目を瞑ると掴んでいたフレームから手を離したのだった。
オチはご想像通りです
ただYouはshock!
でもなければ
あの地平線〜輝くのは〜
でもなく
われ汝に呼ばわる、主イエスよ
がベースとなったイメージです