ARIA A SECRET SCHOOL DAYS 作:真夜中のミネルヴァ
ちゃっちゃと1話で切り上げるつもりでいたのですが
やっぱり短く纏めるのは苦手で
ウンチャラの話は長い、を地でいくようなことになり
でもまだまだ描いておきたいお話があるので……
十七月二十七日、ネオ・ヴェネチア標準時、午後一時三十分すぎ――。
「やりましたねっ! 先輩っ!」
首都アクアポリス郊外、ノルドリッジ1)にある
お揃いの地味な灰色の作業着姿の男同士で肩を叩き、がっしりと抱き合う者たち、またある者は顔をくしゃくしゃにして感動のあまり落涙している。
その歓びの裏側で、皆がどれほど大きな責任を担い、緊張と負荷に苛まれていたかが窺えるのだった。
ただ一人、計画の実質的な意味での最高責任者である加賀顕子を除いて――。
彼女だけは一人浮かない顔をして椅子の背もたれのヘッドレストに頭を与けていた。
そこへ矢吹亜弥が満面の笑顔で声がけをしたのだ。
「結果オーライとはいかないでしょ――?」
応じる。
「それは判ってますけれど、でも、今は素直に喜びましょうよ先輩っ、これでダイモスが落下することは防がれたんですから……AQUAは救われたんです……先輩のおかげで……」
「私は何もしてないわ……何も……」
「そんな……先輩が居なければ、こんなにも見事な成功には至らなかった筈ですから……問題点があれば、これからじっくり調査をすればいいんです。そのための時間なら今はたっぷりあるんですよ」
「相変わらず亜弥は前向きね……」
発動を前にして現れた障害により一時は断念にまで追い込まれたものが、開始時刻直前になって全ての障害が突如回復、その後、計画に参加していたスタッフたちの懸念と動揺をよそにD計画は当初案通りに発動、計画通りに推移し、そして計算通りの結果を得ていたのだった。
小惑星ケレスがルナツーとなることによって公転軌道を撹乱されることになった二つの衛星のうち、より小型でケレスに近い軌道を取るダイモスが、標準暦年にして数年以内にAQUAに落下すると判明してからの対策プロジェクト、すなわちD計画――正式名称、ダイモス落下防止プロジェクト――は、一年二ヶ月前――標準暦換算して二十六ヶ月前になる――の七十五年十五月に政府内に極秘に発足し、その後、のべ百名余の専門家、技術者を投じて粛々と進められていたものが、幾多の曲直を経た挙句に漸く現実化され、ついに成功の果実を得ることが叶ったのである。
眩く美しい月のケレスに比べて、あまりにも小さく見すぼらしい石塊のようなダイモスではあるが、それが地表に落下すれば災害どころではなく文明が滅びる。そして地上に生きとし生けるもの全てが絶滅させられるところだったのだ。
いまだ歴史の浅いAQUAではあったが、ダイモスはその名の通り恐怖の大王として降臨し、一億二千万の平和な暮らしが一夜にして焼け尽くされるのだった。
それが回避されたと判明して、携わった者たちが歓喜の声を上げたとしても無理はなかった。
北緯三十一度十二分十二秒、西経四十一度八分二十五秒、現地時間午前九時三十分、当該海域は約十一秒間にわたってゼロGとなり、発動起点を中心に半径二海里に渡って海面上昇が観測された。
その高さは最大七十メートルにも達し、様子はさながら大海原の真ん中に突然紺色をしたゼリー状の小山が迫り出してきたように見えたという。
そしてプロジェクト終了と同時にまた静かに元の水位に戻っていったとのことだった。
当初、懸念されていた津波等の二次的影響をもたらすことなく、全く期待された通りに開始され、そして静かに終息した。
結果、既に半年以内に不可逆的衝突コースへと陥る可能性が示されるほど切迫していたダイモスの落下は回避され、少なくとも今後、百三十年以上は安定した軌道を取ることが確認されたのだ。
危機は去った――。
同じ頃、ネオ・ヴェネチアの地下深く、中央ターミナルでも、全てが当初の計画通りに事もなく推移して、安堵にアルバート・ピットは床にへたり込んでいた。
彼だけでなくノームたち全員が直前まで制御不能の状態に置かれて絶望と混乱に右往左往していたものが、そうした緊急事態が嘘のように今は平静さを取り戻していて、そればかりかなにもかもが期待通りに終えられたことに呆然となりつつも、巨大モニターに映し出されるネオ・ヴェネチアの街並みの何事もない日常を目にするや、どこからともなく
「「「ハハハハハ……」」」
という力ない笑いが広がっていき、それは次第に快哉へと変わっていくのだった。
「良かった……みんな無事だ……」
アルは独言ち、
「一時はどうなるかと思いましたけど……良かったです……」
つい今し方まで床に蹲って頭を抱えていたアンブローシャスも、横で正座したままでアルに白い歯を見せていた。
「何があったかわからないけど……とりあえず無事に済んだみたいですね……みんな、お疲れさま……」
アルは立ち上がると仲間たちを労った。
一時は世界を破滅から救うためにネオ・ヴェネチアを差し出せ、というのであればあまりにも酷いと恨んだが、AQUAの神――は、そこまで無慈悲な試練を人に課していたわけではなかったようである。
「まったく……かなわないな……神さまの気まぐれにお付き合いさせられるのは……」
ボヤくが、頬には自然に笑みが作られている。
混乱の後始末と、計画終了後の事後処理とを終え、アルがようやく控室に戻った時には既に午後三時をまわっていた。
藍華からの差し入れのランチバスケットをひらいて、四時間前に口にしかけてそのままになっていたサンドイッチを手に取る。
藍華が無事であること、このランチがまた食べられるのだと思うと、今更ながらに嬉しさに胸にこみあがてくるものがあって、手にしたハムチーズのサンドイッチをまたバスケットの中に戻した。
「良かった……藍華ちゃんが無事で……」
瞑目する。
スマートフォンが着信を伝えていて、手に取った。
果たして誰かと思ったが、通話相手は加賀顕子であると判るとすぐに通話ボタンをタップするのだった。
「ピットでございます――」
いささか堅苦しいが、友人に倣って顔が見えない相手と通話をする際には、アルは努めて敬語、謙譲語を用いて応じるようにしていた。
#中央ターミナル筆頭管理官のアルバート・ピットさんですね?#
「はい、僕です、博士」
#いま、よろしくて? ちょっと折り入ってお話したいことがあるんだけど……内密に――#
「構いません、今ここには僕しか居ませんので」
#そう、良かったわ、まずはお疲れさま、なんだか大変なことになってしまったけど、無事に終えられてほっとしているわ、そちらはどう?#
「こちらもてんやわんやでしたから……一時はもうダメかと諦めていたので……今は本当に良かったとみんな胸を撫で下ろしています……ただ原因が全くわからないというのがなんとも落ち着かない気分で……」
#そうね、こちらもよ……今日ほど科学者であることに無力感を覚えたことはなかったわ……#
「こちらがもう少ししっかりしていれば、こんなに慌てふためくことにはならずに済んだところだったのですが、申し訳ありません」
#それはお互いさまよ……ねぇ、映像通話に切り替えてもいいかしら? それとも今は不都合だったりする? その方がフランクに話ができるから……#
「大丈夫です、いま、切り替えますので……」
#じゃあ、こっちもそうするわね……#
アルは笑顔で目の前のモニターに映し出された加賀顕子を迎えた。
彼女は既に白衣を脱いでいて鮮やかな赤のニットのノースリーブ姿で、当惑と安堵とが綯い交ぜになった、疲れた微笑みを向けている。その様子に、そこはかとなく漂う大人の女性の艶っぽさを感じて、アルは少しだけ後ろめたさを覚えるのだった。
「あら、お食事中だったのね?」
デスクの上に置かれたサンドイッチの入ったランチボックスに目敏く気づいて顕子は言った。
「いえ、そう思っていたのですが、まだですから問題ありません、博士」
「ごめんなさいね、おじゃましちゃって……でもその博士、というの、そろそろ勘弁して欲しいわ、アキコでいいのよ、私もあなたのことをファーストネームで呼んでるんだから……」
「はい、では顕子先生……」
加賀顕子が不満そうな顔をしていて
「顕子さん……」
言い直すが、まだ表情を変えずにいて、仕方なく
「アキコ……」
と応じると、ようやく相手は笑顔になるのだった。
「ねぇアル、あなたはどう思う? 今回のこと……」
「どう思うと言われますと?」
「やっぱり、この惑星には神さまが居ると思う? 我々人類が及びもつかない叡智を備えた存在が……」
加賀顕子とはその後、しばらくAQUAの成立した経緯や重力石、精霊などの存在の意味について意見を交換しあったのだった。
その最後に顕子は
「アリシア・フローレンスさんの事件のこと、ご存知?」
「え、事件? また何かあったんですか? 彼女――」
常に地下の穴蔵暮らしをしていても、あの衝撃の婚約発表以来アリシアの周囲では彼女の絡む事件が立て続けに起きていることを、アルも知っていた。
しかし、また新たな事件があったことまでは耳に届いては居ないのだった。
「まだニュース、見てないのね?」
「ええ、それどころじゃなくて、リカバリー作業に追われて、つい今しがた控室に戻ってきたばかりだったので――」
「私もさっきニュース映像を見て愕然としたんだけど……もし近くにテレビがあるなら点けてみて……あなたの意見もお聞きしたいから」
顕子に促されてテレビの映像をデスクのエアモニターに音声をミュートにしたまま展開する。
トップニュースを伝える画面には数十台の警察車両が建物を取り囲むようにしていて、建物の中からは身柄を拘束された者たちが連れ出されてきては、次々に護送車へと送られていた。
それを捉えようとマスコミも大勢詰めかけているらしく、画面の情報量は多くて賑やかである。
「いったい、何があったんです?」
ネオ・ヴェネチアが一帯が間一髪、大惨事に見舞われることになるとも知らずに地上は地上で、なんだかのっぴきならない事件が起きていたようなのだ。
担架で救急車両に運び込まれる女性の姿もあって、一瞬、アップにされた横顔が覗いて、それが自分のよく知る人物に似ているように思えてギョッとする。
「あ、あ、アリスちゃんっ――!?」
「あら、お知り合いでも居たの? ニュースでは大規模な買春事件が摘発されたって言ってたけど……」
「買春事件っ!? い、いえ……きっと見間違いです……そんな筈はないので……」
「でもあたしが驚いたのはそのことじゃなくて、アリシア・フローレンスさんの事件の方なんだけど」
「彼女がどうかしたんですか?」
「まだ流れてこない? ニュースで繰り返し取り上げてるから、テレビを見ていればじきにやると思うけど」
顕子がいう最中にも画面が切り替わり、ビルの屋上にぶら下がる金髪女性の姿が映し出された。
視聴者から提供されたものなのか画像は荒かったが、それでもそれがアリシアだとすぐにわかるくらいには解像度は高く、その彼女をアルは愕然としてメガネフレームの奥の目をまんまるに見開いて見守っていたのだが、やがてアリシアが手を離して落下をしたので、アルもショックで手にしたスマホを落としそうになっていた。
だが、非業の転落死を遂げたかに思えたアリシアは、見ている前で不意に落下速度が遅くなり、最後には地面の上にゆったりと身を横たえたのだ。
アルは口をぽかんと開けたままという、普段は滅多に見せない表情で画面を見つめたまま凝固していた。
「これは……いったい……何が……」
「あなたも見たようね……どう思う?」
「どう思うといわれても……」
アリシアは高層ビルの屋上から転落したにも関わらず、起こり得ないことが起こって生還を果たしていたようである。
物理法則に従わない現象を間近にして技術屋にコメントできることはさして多くはない。
「コンピュータか何かの合成画像という可能性はないのですか?」
「それはないわ、直近で目撃していた警官が二人居たそうだし、それ以外にも多くの目撃情報が寄せられているらしいから。それよりもあなたに確認して欲しいのは事件が起こった時刻よ――」
アルは画面の隅にあった記録時刻を見て、グッと息を呑んだ。
「一時三十分だ……」
D計画が発動したのと同時刻だった。
「そうなの、一時半よ……だからどうしてもこっちとの関連を考えずにはいられないでしょ?」
「でも、仮にもしそうであったとしても、D計画ではゼロGにすることはできてもマイナスにはできませんから……」
たとえ障害によるイレギュラーで当該ビル周辺の重力がゼロになったのだとしても、一旦、加速したものは慣性力で速度は変わらず、そのまま地面に叩きつけられるだけである。
アリシア・フローレンスは万が一にも助かる道はなかったのだ。
「仮に私たちのD計画が偶然にもアリシア・フローレンスさんの救済になんらかの影響を与えていたのだとして……仮にもしもAQUAに神が本当に存在していて、計画を利用して彼女を救おうとその長い手を差し伸べていたのだとして……それでもあたしにはどうにも腑に落ちないことがあるの……」
アルは、これまで顕子はAQUAの神の存在について否定的立場を貫いていた筈が、今はまるで宗旨替えでもしたかのように平然と神を口にしていることを微笑ましく感じていた。
技術屋である自分と、科学者である加賀顕子は未知の現象が現れた際の向き合い方に明瞭な違いがあるのだった。
アルは、深く掘り下げる前に取り敢えず現実として受け入れ、折り合いを探して妥協点を見出そうと鷹揚な態度を取りうるのに対し、科学者たちは何とか合理的な説明を見出そうと足を止め、そこで躍起になる。
アルバート・ピットにとっては神が在るか在らぬかは、常に重大な問題で在ることを認めつつも脇へ置くことができるが、顕子にはどうにもそれが耐えられないらしいのだ。
居なければそれで良し、しかし、仮にもしも存在するというのならば、それは果たしてどのようなものかを知りたがる。
今、加賀顕子はAQUAの神の存在を渋々ながら容れようとしているのが見受けられ、アルには以前よりも自分との間の距離が狭まっているのを感じるのだった。
「と、言われますと――?」
「それは……D計画には、その発動二時間以上も前に既に起こり得ない異常が現れていたのよ――それも偶然だって言うの? ええそうよ、そうでしょうとも、だってそうじゃないとおかしいもの……でも……なにもかもがたまたま偶然に同時にあの場所で起きたっていうの? これだけ偶然が重なれば――」
加賀顕子が頭を抱える理由はアルバート・ピットにも理解できた。
あっ、と思い、画面を通じて思わず顕子と顔を見合わせていた。
そして、
「「何故、“神”はそれを知っていたのか――?」」
同じ疑問を唱和していた。
「アリシアさんがあの場所で、あの時刻に転落することをどうして知っていたか……なるほど……これは厄介ですね……」
AQUAの神は未来を予知することさえできるというのだろうか――?
もしそうであるなら、より良い未来を求める人間の営みは、それ自体が実に陳腐なものになってしまう。
ただ自分たちが知らないだけで、結末が既に定まっているのだとしたら……。
「ね、嫌になっちゃうでしょ? 私もこの秋から、科学者なんてやめてしまって鍛冶屋の見習いでも始めようかしら――」
軽口を吐いて、アルも穏やかな苦笑を向けている。
その微笑を見て顕子は少し頬を染めていた。
「そんな、先生らしくもない――」
「ほらっ、アルくん、ちがうでしょっ」
ファーストネームを使わなかったことを咎められていたことに気づいて
「アキコは科学者であるときが一番、格好よくて素敵ですから、そんなこと言わないで下さい……」
フォローして続けた。
「確かに、仮にもしもAQUAの神が未来まで見通す力を持っているのだとしても、でも僕ら人間のやることは何も変わりませんから、常に足元をしっかり見据えて一歩一歩積み上げていくだけです」
口にしてはみたものの、それが自身への戒めとなっているようなのだった。
一方、顕子はと胸を突かれた表情になり、
「そうね……そうよね……」
深く頷いている。
その後は、加賀顕子も気分が晴れたのか他愛もない雑談となるのだった。
D計画のことも、アリシア・フローレンスの事件のことも離れて。
「……ねぇアル、この秋の学会の際にアクアポリスにお出の際にはノルドリッジにまで足を伸ばしていただけない? ウェッジポート2)をご案内してさしあげるわ」
「是非そうさせて下さい、僕も楽しみにしていますので」
「ついでに、うちの近くに評判のお蕎麦屋さんもあるのよ、確かにすごく美味しいのっ」
「ああ、そうですねぇ、秋は新蕎麦のシーズンですからね、抜きで御酒を、なんてたまらないですよね」
「あら、見かけによらず通でいらっしゃるのね」
「蕎麦のいただき方を教えてくれる友人がいるんですよ。彼は酒は呑めないんですけど……天ぷらは、僕はやっぱり焼き塩か抹茶塩でいただきたいです」
「わたしもそっち派よ、それで冷えたいい純米酒があれば、あとはもうなんにも要らないわ」
「お酒、お強いんですか?」
「アルはどうなの?」
「僕はぼちぼちですけど……」
「じゃあ、そっちでも勝負といきましょうか」
「望むところです、僕も日本酒党なので――」
こうして第一級の知性とこの惑星の根幹を支える技術者の間で交わされる会話は、らしからぬくだけた内容になり疲労を忘れる笑いが行き交うようになっていくのだった。
1) 首都に隣接する研究学園都市
2) 軌道管理局制御管制センターの通称、巨大な建物の形状が特徴的な三角形をしているところからこのように呼ばれている
何とか今週中にエピローグを終えたいと思ってはいても
寝る前の時間を使って書き連ねるなどという
そんな器用なことが果たしてできるだろうか……と
しかしいいのかアルっ、ガールフレンドがせっかく用意してくれたランチをほっぽって年上美人の先生といい感じになって
妙なフラグが立ってしまったりしたら、知らないんだゾっ!
しかし頭のいい優男はどこでも美女にモテモテでいーですねー
近頃はそっち系が受けるのかな?
クラにかとかオタギャルとか
はてさて女性からの目線では絶対邪険にされないってわかる、お買い得なアンパイなのかもしれません
追伸
18禁エピソードでもない話が続いていながら
お気に入りの数が増えていたことに気がついて……
どこのどちらさまかわかりませんが、お気に入りに加えていただき
ありがとうございます
18禁といいつつ毎度、ハードコアシーンがあるわけではありません
八割九割は年齢制限無しの日常系ヒーリング(SF:セクシャルファンタジー)ストーリーですが
それでも宜しければお付き合いください