※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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闇オークション エピローグ2

 

 

 アリシア・フローレンスの転落映像はたちまち全人類圏を席捲した。

 そしてこの類まれなる美貌の女性をまたしても見舞った災禍と救済の奇跡は人々を驚倒させ、感動に包んだのだった。

 その瞬間、程度の違いこそあれど誰しもが神の存在を意識し、降臨したこの美しい女性に対して否が応でも神韻性を感じていたのだ。

 

 

#これはもう女神さま降臨ってことですやん#

 

 

#まんま女神さまっ、降臨しましたっ!#

 

 

#女神降臨、ああ、ありがたや、ありがたや#

 

 

 何事につけ口喧しいネト民の声も賛意一色に塗りつぶされ、方や売春事件に関わっていたと思われる者たちへ向けての怒りは凄まじいものとなっていった。

 女神と売春というワードの対比があまりにも扇情的かつショッキングであり、またアリシアに対してはその競り落としについて一国の年度予算にも比肩されるほどの莫大な富が動いていたとの噂も広まり、改めて事件の異様さが注目を浴びることとなったのだった。

 分けても流布された映像からの解析により判明した忌まわしき性犯罪者たちの顔と名前が晒されてからは、それらが十大財閥に数えられる巨大資本家ファミリーに繋がりのある者たちであると判ると、嫉妬も含んだ憎悪と憤怒は文字通り巨大な津波となって世界を覆い尽くしたのだ。

 

 

#奴ら全員断種しろっ!#

 

 

#去勢だっ、去勢っ#

 

 

#断種っ、圧倒的断種っ#

 

 

 剣呑な言葉が飛び交い、その矛先は無関係の諸財閥へも向かい、また政府の無策を非難し、いわゆる“上級国民”と呼ばれる新貴族階層に対する贔屓を糾弾する声ともなっていったのである。

 それはまさに燃え広がる燎原の火、革命とも呼べるほどの熱量となって下手に動くと正当な統治さえも脅かされかねないことから、連邦政府は無闇に火消しに動くことでかえって事態を悪化させることを恐れ、人々の怒りが鎮まるまで静観するしかなかったのだった。

 結果、特例的に、あるいは超法規的に保護されてきた一部の特権層に対して向けられる人々の視線はより厳しいものとなり、アリシア降臨事件以降、世界は少しだけまともになる方向へと舵を切ったのである。

 

 

 

 事件の一週間後――。

 

 その日の朝早く、アリシア、晃、アテナにアトラを加えた四名は、メストレ郊外の丘陵地帯、賤ヶ杜にあるネオ・ヴェネチア国立霊園(ナショナルメモリアルパーク)を訪れていた。

「なんだか奇異しな気分だな……自分の墓の墓参りをするみたいで……」

 晃は墓石の前に立つと代表して花を手向けながらぽつりと言った。

 四人の美女たちは均しく敬虔な表情で手を合わせると目を閉じ首(こうべ)を垂れた。

 事件のあったペニンシュラホテルから密かに保護された六名の複製美女、美少女たちは、その後、日を置かずに全員が静かに息をひきとっていた。

 対応にあたった関係者の話によると、みな束の間ではあるが穏やかな時をすごし、そして誰もが微笑みの中で最後を迎えたとのことである。

 その後は職員たちの手によって内々に丁寧な葬儀をとり行い火葬された後ここに埋葬されていた。

 そして彼女たちの生きたよすがとなるのは、他の墓石と区別のつかない地味で無味乾燥な四角い御影石と、そこを訪う者たちだけになっている。

 弄ばれるためだけに生まれて、人として、女としての本当の歓びを知らずにこの世を去っていった自分たちの分身――。

 それゆえ彼女たちへ向ける美女たちの思いは神妙だった。

 とりわけアリシアは当事者でもあり、また男たちから凄惨な陵辱を受けて、心と体の痛みに悲鳴をあげて涙を流していた彼女たちの姿は今も脳裏に鮮明に刻まれているのだった。

 今を生きることが許されている自分たちと、そうではなかった彼女たちの間に、いったいどのような違いがあったというのだろうか……?

 思うとまた涙が滲んでくる。

 ただ彼女たちの心の裡まではわからないが、伝え聞くところ彼女たちは短いながらも生の終わりに際して、一様に笑顔でこれを迎え容れていたという。

 それはアリシアにとっても僅かではあるが心の慰めとなっているのだった。

 

 

 どうか安らかに……。

 彼女たちに冥福があらんことを……。 

 

 

「アリシア……大丈夫か?」

 頬を濡らしているのを案じた晃が傍で心配そうな顔をしていた。

「ありがとう晃ちゃん……でもあたしは……大丈夫よ……」

「そうか……」

 言わなくても、口にしなくても、思いは伝わる。

 アリシアは仲間のレプリカたちが、それぞれどのような扱いをされていたかをつぶさに目撃していたが、それについては誰にも詳しく話してはいないのだった。

 また晃もアテナもアトラも、アリシアに敢えてそれを深く質そうとはしていない。

 晃はアリシアが抱えるものを、自分も少しは分かとうかとも思ったのだが、躊躇う容子を汲んでそれ以上は踏み込まないことにしたのだ。

 誰よりもアリシアが心に痛手を負っていて、それでもそれを胸に生きるという選択をしたことを晃なりに尊重しようと思ったからである。

「まったく胸の悪くなる事件だったからな……ちんまいのをここに連れてこなくて良かったぜ……」  

「ええ……灯里ちゃんは薄々、事件のことを勘付いていたみたいだったけど……今朝、会社を出てくる時には何も言われなかったから……」

「そうよね、アリスちゃんにはとても話せないことばかりだし……」

 アトラもアリシアやアテナと同様に頷いて応えている。

 アリシアは晃、アテナ、アトラに対して、事件現場には他にも灯里、藍華、アリスの三名の複製が居たことを伝えてはいたが、後輩たちにはその事実を伝えないということで口裏を合わせることにしていた。

 まだ恋も知らない無垢な少女たちには、件の全てがあまりにも縁遠いことであり、醜い大人の世界を知らせることで彼女たちに余計な負担をかけたくないとの思いからだった。

 大人――の四人はその配慮を当然のこととして受け止めている。

「おまえのクローンはまだ見つかっていないんだろ?」

「うん――」

 晃に振られてアリシアは沈痛な面持ちのままで首肯した。

 彼女のコピーだけは何故か現場からは発見されず、今も行方がわからなかったのだ。

 自分は確かに目撃したのに、アリシアの証言を受けて強制捜査にあたった警官たちが現場であるホテルの地下四階に踏み込んだ時、そこに居たのは晃以下、計六名だけなのだった。

「多分あたしの分身は、あたしが見た時には既に亡くなっていたのだと思うわ……もともと、あそこには居なかったのだと……」

 愛澤彪樹が作り上げたセックスドールたちのなかで、彼女のコピーだけはオークションにかけられずに自らの分身のパートナーとしていたのには、彼なりの理由が窺えるのだ。

 アリシアにはとても受容できないが、愛澤なりの自分への愛情表現だったのだろう、と。

 あの場で目にしたのは、互いの複製同士の恋の成就を捉えた映像で、きっと彼の過去のコレクションだった――。

 そう考えると、いろいろと不可解だったことも胸に落ちるような気がする。

 あの映像が現れた時、愛澤が狼狽えたわけと、その後のまるで少年のような淳気を覗かせていたことも……。

 

 

 哀れな人……。

 そして――。

 気の毒な人……。

 

 

 アリシアが愛澤に対して抱く感情は、怒りよりも憐憫の方が強かった。

 

 

 人を愛するのに、あのような方法しか知らないなんて……。

 

 

 その愛澤彪樹はただ一人、事件現場からの逃走に成功し、今も行方が分からなくなっているのだった。

 

 

「ところで――」

 しんみりした空気を吹き払うようにして、晃が急に意味ありげな謎めいた笑顔になると、

「おまえら、いつからそんな仲になってたんだ――?」

 アリシアとアトラを交互に見遣っている。

「「――え!?――」」

 気がつくと二人は、無意識のうちに手を繋いでいて、それは恋人たちがするように指を交互にしてしっかりと握りあっていたのだった。

 慌てて手を離したが、

「あやしい――」

 アテナも加わってまぜっ返しにかかる。

「なんだかおまえら、最近、急接近しているよな? いったい何があったんだ?」

「そうかしら……ねぇ、アトラちゃ、アトラさん……」

 問われたアトラも当惑を覗かせつつも、何と返したものか思案しているようだったが、

「あの、アリシアさん、私のことも、もっとくだけた呼びかけにして欲しいです……いけませんか?」

 アリシアにおずおずと申し出る。

「そんな……でも、それならあなたも、あたしを……」

 アリシアも戸惑い顔で返して

「え……でも、それって……」

 アトラも踏ん切りがつかないのか、もじもじとしているのだ。

 傍目にも仲の良さを窺わせながら、互いに遠慮して踏み込めずにいる、そんな不器用な具合でいるのを察して晃は

「どうでもいいじゃないか、お互い、その方がぶっちゃけられて」

 晃に背中を叩かれて促されて

「言ってやれアトラ、アリシアって」

「アリシア……ちゃん……」

 ためらいがちにそう言うと、アリシアも顔を輝かせて

「アトラちゃん!」

 と応じる。

 晃が頭を掻きながら

「おい、俺たちは墓場の真ん中でいったい何を見せられてるんだ?」

 アテナに困ったような顔を向けるのだった。

「そういえば、ときどき海の上でも二人がゴンドラを寄せて話し合ったりしてるのをよく見かけるようになったわね」

 アテナも納得の様子なのだった。

「それは、私がアリシアさ、アリシアちゃんから、いろいろとゴンドラのこととかを教えていただいているからで……」

「ほら、アトラちゃん、また敬語になってる」

「え、でも……だってわたしは……」

「アトラちゃんとは、ゴンドラのことだけじゃなくて、いろんなことも情報交換しているのよっ、ねっ」

 アリシアはフォローして

「アトラさんは作家志望で、書き上げた作品を読ませて戴いてるの、すごく上手なのよっ、もうプロレベル」

 作風はアトラが今お気に入りのアディソン・ビショップ張りの推理サスペンス小説で、巧みな仕掛けに加えてウィットとユーモアも効かせた、読者側からすると“読ませる小説”なのだった。

 特に最近、読んだものの中の一つには、園児たちが幼稚園での給食のさなかに政府の掲げる財政政策をこき下ろすという、シュールで辛辣な会話のシーンがあって、思わず吹き出してベッドの上で笑い転げたものだった。

 普段の温和な彼女とは違って、作品の中では苛烈な描写も躊躇わず、作家としての熱を感じるのだ。

「アリシアさんだって……敬語になってるじゃないですか……」

「あ、いけない……うふふっ」

 二人の間で微笑みが行き交う。

 ぎこちないが、互いに距離を埋めようと努力をしているのが感じられて、晃もアテナも「仕方ない――」というように目配せをする。

「アトラちゃんとは、同じ作家の愛読者だったことから、お話をするようになったのよね」

 それは半分は本当ではあるが――。

 たとえ相手が無二の友である晃とアテナであっても“夜の儀”のことについて打ち明けることは許されないのだった。

「へー、おまえ、作家志望なのか? アトラ」

「そんな、大それたものでは……ただ手すさびに書いたものをアリシア、ちゃんに読んでもらって感想を伺ったりしているだけで……」

「そうか……おまえら二人、そういう関係か……まぁアリシアは昔から本が好きだったしな……そうだっ、俺のことも晃で呼び捨てにしてくれていいぞ、アトラ」 

「あ、の……それは……さすがに……」

「あたしのこともアテナでいいわよ」

「アテナさんまで……」

「だから、ちがうでしょ……だって、あなたはわたしのライバルなんだから」

 同じ所属の先輩プリマに対してアトラが気後れを感じるのは当然なのかもしれなかったが、

「わたしにとっては、アリスちゃんもあなたも、とても手強いライバルよ、だから遠慮されるとかえって心苦しいし辛いわ。お互い手加減なく競い合うためには――」

 事実、月の光の方(ムーンライト)アトラは観光客の間ではシスター・ムーンとも呼ばれて、知的で清楚な美貌とそれに似つかわしくないグラマラスな肢体は男性客の間ですこぶる評判が良いのだった。

 とりわけ日が落ちてからの彼女は二つ名にある通りに一段と冴えわたり、端整な面差しに微妙な翳りを添えると妖しいまでの美しさ放って人々を魅了していた。

 オレンジぷらねっとは、今やアテナ、アリスにアトラを加えた三人が燦然と輝きを放ち、オレンジぷらねっとの三つ星――と、讃えられるほどにまでなっていたのである。

 彼女たちが互いに技量を高め合い、それを追って他のプリマたちも切磋琢磨する、創業以来これほど充実した陣容になったのは初めてのことで、同社はまさに絶頂期にあるといえるのかもしれなかった。

「アテナ、ちゃん……晃、ちゃん……」

 アトラが実に言いにくそうにしていると、

「よし、これでおまえもすっかり俺たちの仲間だな、よろしくなっ、アトラ」

 晃が宣告して、アリシアとアテナの賛意を受け、アトラにも同意を取り付ける。

「はい、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

 アリシアが受けて深々とお辞儀をし、アトラも同じようにお辞儀で返して晃は

「ほんと、カタッ苦しいな、おまえらは――」

 アリシアとアトラに向けて云う。

「あら、あたしも?」

 目を大きくしてから、細めて嫋やかな微笑みを浮かべるのだった。

「ああ、なんだかんだ云って、おまえがいちばんカタッ苦しいからな、アリシア……なぁ、辛いことがあるんなら、一人で抱えこまずに遠慮なく俺たちにも相談しろよ、解決はできないかもしれないが、一緒になって考えることぐらいはできるんだからな」

「そうよ、アリシアちゃんはいつも自分だけでなんとかしようとするから、もっとあたしたちを信頼して」

「うん……ありがとう、晃ちゃん、アテナちゃん……」

「今回の件だってそうだ……おまえが悩んでいるのは分かっていたが、俺はおまえから口を開くのをずっと待っていたんだぜ……アテナもだ……ただ、まさかこんなことになっていたなんてな……」

 晃は背にした墓標を振り返ると、肩越しにまた軽く一礼する。

「わたしも、お力になりたいのですけれど、あたしはいつもアリシアちゃんから助けられているばかりだから……」

 アトラは申し訳なさそうにしていた。

「助けるだなんて、そんな……あたしだってアトラちゃんのおかげで随分助けられているのよ……この間だって、ねっ」

 アリシアがアトラに話を振ると晃が興味を引かれた顔をする。

「ほう、何があった――?」

「困ったお客さんへの対応について相談にのってもらっていたの」

「困った客? まだそんなのが居るのかよ……しょうがねぇなぁ……きっと、おまえが優しくしているからつけあがるんだろう?」

 以前よりも大幅に減少しているとはいえ、ウンディーネに対してセクハラ紛いの行為に及ぶ客は今もそれなりにあって、ポッパ台という舞台と客席との距離が近いことや、乗客ひとりひとりの手をとって誘導するなど物理的な接触もあることから否応もない面はあるのだが、うら若き美女たちを悩ませる大きな要因の一つなのだった。

 晃やアテナはそれぞれ別の意味で男からすると畏怖の対象で、そうした浮ついた客の餌食にはなりにくいが、やはりアリシアや灯里は狙い易いのか、駆け出しの頃などはアリシアも数ヶ月に一度どころか、多い場合には週に何度か、そうした憂き目にあっていたのだった。

 とりわけグループ客は厄介で、時に数を頼みに傍若無人に振る舞う相手にどう向き合えばいいのかは、もともと人あしらいがあまり得意とはいえないアリシアには常に悩ましい課題だったのである。

 それをアトラは意外に上手く熟していることが判って教えを請うことがあったのだった。

「あたしにはそんな大した秘訣なんてないんです。ただ、相手が大人の男ではなく幼稚園の男子児童だと思って、その都度しっかり叱るようにしているだけで……」

 こともなげに云う。

 どうやらアトラの男性人気はこの辺りにもありそうである。

「ね、凄いでしょ、アトラちゃんは」

 アリシアはまるで自分のことのように誇らしげにしていた。

「あたしの場合は、家に頭のワルい弟が居て、そういうのにちょっと慣れていただけですから……」

 アトラには四つ年下の弟が居るそうで、それが幼い頃から大層なイタズラ好きで、姉の着替えや入浴を覗いたり盗み見をしようとしていたらしく、その都度叱りとばしていたというのだ。

 こうしたことで男あしらいにはある程度、腕に覚えがあって免疫があるということなのだった。

 またトラゲットでしばしば酔漢の相手をしていたことも役立っていると云う。

「なるほどな、ただ優しいだけじゃないってことか……そういう経験談はみんなにも聞かせてやりたいな……面倒な客への対応について俺がああしろ、こうしろ言っても、みんなにはどうもいま一つ説得力が無いみたいでな……おまえが云うと、また雰囲気が変わるかもしれない。どうだアトラ、おまえ、来週の木曜の夕方六時、懇親会に来て、講師をやってもらえないか?」

 晃がウンディーネ懇親会――事実上のウンディーネ労働組合である――のまとめ役らしい物言いをすると、アテナも

「それはいいかも、あたしもアトラちゃんのお話、聞きたいから」

 と、賛同してたちまちアトラは身動きが取れなくなってしまう。

「私で、お役に立てることなら……」

 分不相応に思えて気乗りはしなかったが、承諾させられるのだった。 

「それにしてもなぁ……おまえらはいいよな……アリシアは大学に通って着々と未来への足場を固めていて、アテナにはカンツォーネがあるし、そしてアトラは作家サマかよ……それぞれ自分磨きに余念がないのに、それに引き換え俺は……」

 晃が屈折を覗かせてボヤくと他の三人は互いに呆気に取られたように顔を見合わせてから、やがて吹き出すのを堪えての含み笑いになるのだった。

 楽しげな女神たちの容子は、ボッティチェリの『春』さながらの一服の絵になるほどのものだったが、一人取り残されたかたちの晃は

「なんだよ、気持ち悪いな」

 不服そうにする。

「だって晃ちゃんには誰にも負けない能力、才能があるじゃない」

 と、アリシアがくっきりとした笑顔になって云い

「「「ねーっ♡」」」

 と、三人、申し合わせてから

「晃ちゃんがすごいのはね、リーダーシップよ」

「指導力――」

「統率力ですよね」

 それぞれが同じ意味の言葉を別の単語で言い換えて、さらに

「「「交渉力と」」」

「「「政治力っ」」」

 唱和する。

「晃ちゃんならいずれはゴンドラ協会の理事長に……それどころかこの惑星の総督だって務まるかもしれないから」

 アリシアが冗談とも本気ともつかないことを口にして

「それいいかもっ」

 アテナが追随した。

「止せって、俺に面倒ごとばっか押し付けようとするのはっ」

「だって、年上で先輩のプリマも晃ちゃんの言葉にはちゃんと耳を傾けるし、今だって労組委員長役は最適任よね」

 アリシアがダメ押しをして、晃は救いを求めてアトラを見やる。

 が――。

「一芸を極めた者が現役を離れて指導者となり、その余勢をかって政界に進出するというのは世界を見回しても、それほど珍しいことではないので……そもそもうちのエーデルソン総督はレスリングの名選手じゃないですか。私たちの仲間からこの国のトップになる人が現れるとしたら、それは晃、ちゃんをおいて他にはいないですね――」

「その時はもちろん、応援するわよっ、うふふっ」

「選挙でアリシアちゃんが応援にまわったら、落選するほうが難しくなりそう……頑張ってね晃ちゃん」

「おい、勝手なことばかり言うなよっ、おまえらっ」

 最(いと)も簡単に話の流れができてしまったことに晃はタジタジとなったが、後に名総督と言われることになる第三十五代総督、晃・フェラーリはこの時すでに誕生していたのかもしれなかった。

 墓参を終えた四人は、

「さてと、朝飯でもどうだ?」

 晃の誘いに三人とも二つ返事で応じて

「途中、通ってきたヴィラのモーニング・ブフェのスクランブルエッグがアテナのお薦めでな、実際、かなりイケるんだ? アリシア、アトラ、知ってるか?」

 問われたアリシアとアトラは首を振る。

「なら付き合えよ、アテナ、おまえもそれでいいよな?」

「ヴィラ・ネオ・ヴェネチアよね? もちろん大賛成っ、ちょうどいまあそこではプロウンフェアをしてるんだって。サンドイッチにスープにサラダ、たのしみーっ」

「ったく相変わらず情報、早いな……」

「あらあら……」

 一人、事情を知らないアトラに

「わたしがお交際いしている方が、部下を連れて良く利用しているそうなの」

 アテナは隠さずにアトラに教えていた。

 もちろん、その代償は後にしっかり回収されることになるのだった。

 

 

 

 

 墓地からヴィラまでの移動中のコミューターの中で対面シートにして向き合い、アトラもガールズトークに無理やり引き摺り込まれて、自身の現状について互いに絶対に他言無用の約束を取り付けた中で、嘘偽りのないところ胸襟を開いて語り合ったのだった。

 そしてみなそれぞれが大切なパートナー持ちで、人知れず恋をいとなんでいること、とりわけ世間の注目を集めているアリシアのフィアンセというのが、まだ十五歳の中学生の男の子であるということはアトラにも驚きで、

「ついこの前の週末、母とグランマにも彼を紹介して、初めはびっくりされちゃったけど、でも許してもらえたの……彼が婚姻可能な年齢になったら結婚するということに……まだ、だいぶ先の話になるけれど……」

 そう嬉しそうに告げるアリシアは恋する乙女の表情をしていて、アトラの胸をキュンとときめかせる。

 AQUAの女神、白き妖精も自分と同じ等身大の一人の女であること――。

 それはアリシアへの親しみを一層、増すことにもつながるのだった。

 ただその容子には、どうしたことか以前にも見覚えがあるようにも思って、ひとり記憶を遡り、それが“夜の儀”の後でのものだったことに思い至ったのだ。

 その時のアリシアは、白い肌にまるで桜の花びらを散らしたように全身、夥しい数のキスマークを付けられていて、一晩中をかけてとても濃厚な愛撫を加えられたことが窺えたのだが、にもかかわらず辱めを受けた直後の女の屈折も悲哀も感じられなくて、むしろ満たされているような印象を受けたので不思議だったのを思い出していた。

 そしてもしも“夜の儀”でのパートナーが当該の少年なのだとしたら、彼女の恋は屹度その時に始まったのだろうと納得するのだった。

 ただ、恐らく経験の浅いはずの男の子が、アリシアを相手にそうした濃いプレーをするものなのだろうかと考えると、フィアンセ像というものが分裂してきてなかなか結像してこない。

 大人の女の下腹部や内腿にまで熱心な口づけをする――。

 当然、もっと遥かに大胆で淫らな抵抗感の強い愛撫の前振り、あるいは周辺行為としてのキスになるハズ。

 そのようなことを子供が果たして望んだりするものだろうかと思うのだ。

 夜の儀に参加することになるウンディーネは、男性経験が無いことが条件であるため、なにもかもが初体験の身持ちのいいアリシアがすすんでそうした愛撫を望むとも考えにくく、やはり男性がリードしてというのが自然な流れになるはずだった。

 そうなると、いくら考えても相手の男の子のイメージは謎めいてくる。

 よほどのおマセさんだったのかしら?

 それとも、ごく普通の男の子でさえ裸になった彼女を見ると、とたんに我を失ってしまうのかしら?

 そういうことなら、あるのかもしれない、とも思う。

 たしかに、すごく綺麗な体をしていたから……。

 女の自分でもドキドキしてくるくらいに。

 とっておきの秘密を打ち明けたアリシアが少し心配そうな顔をして自分を見つめているのが分かって、やはりフィアンセとは“夜の儀”で出逢ったのだと確信するのだった。

 そう……あの時のお相手だったのね……良かった……幸せな初体験になって良かったわ、アリシアさん――。

 アリシアは頬を染めて伏目がちにしていて、アトラは安心させるように大きく頷いて応えるのだった。

 

 

 

 

 突然、今をときめく四人の明星の訪問を受けたヴィラ側は、奥から総支配人が飛び出してきて、特別室を用意するだの上を下への慌てようで最大限のもてなしで応えようとしていたが、晃はきっぱりそれを断って、一般客と同じフロアーで四人、テーブルを囲むことになった。

 幸運にも女神たちと偶然居合わせることになった客たちは一時騒然となったが、こちらの方もホテル側が上手く段取りをして、パーティションを工夫したり動線などを調整して貰えたために大きな混乱を招くことにはならなかったのだった。

 だがアリシアは改めて自分たち――正確にはほぼアリシア一人に集中していたわけであったが――がいかに人々の関心を集めているかを肌身を通して感じたのだった。

「このスクランブルエッグ、すごく美味しいけど、ここではあまりガッツいたりできないわね、うふふっ」

 がっつく――などとアリシアらしからぬ言葉遣いをして、普段着の寛いだ表情になっていて、アトラも初めは三大妖精と同席することで少し緊張を感じていたのだったが、

「じゃあ、あたしがお代わり、とってきましょうか?」

 自身も打ち解けて食事を楽しむことができるようになるのだった。

「いいえ、そんなことアトラちゃんにお願いできるわけ、ないでしょ、うふふっ」

「でも、このプロウンサンドイッチもすごく美味しいですよね」

「たしかにモーニングでこれを出すとは、ずいぶん奢ってるよな――」

「でしょっ、アボカドとオーロラソースの組み合わせがもーサイコーなのっ」

 どうやらアテナはこれが初めてではないらしく、アリシアも晃もわけ知りの笑みを向けあうのだった。

 夜明けのコーヒーならぬ、モーニング――。

 もちろん一人寂しく、なんてことはありえない。

「じゃあ、あたしも試してみようかしら」

「そうだな、私はカクテルの方を追加でもらうことにするか――」

「そうね、あんまりパンを食べすぎちゃうと後で眠くなっちゃうから」

「私もプロウンカクテルのお代わり、後でいただくことにします」

 仕事に向かう前のひと時であったが、女神たちはしばし喧騒を忘れて友との食事を楽しんだのだった。

 

 





エピローグでは麗しき女神さまたちの関係性について、少しだけページを割いて整理しておくつもりだったのですが、
例によって無駄に長くなってしまって申し訳ありません

次話は、エピローグで描いておきたかった最後のシーン
事件の顛末を描く予定でおり
相変わらずお子様〜な内容になります

ショートの艶話しを挟んでもいいのですが
また収拾がつかなくなって虻蜂取らずになりそうで
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