※この作品はR-18です。

ARIA A SECRET SCHOOL DAYS   作:真夜中のミネルヴァ

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これでやっと本節の締めくくりとなります

倦まずにお読みいただいている方々

ありがとうございます


闇オークション エピローグ3

 

 

 AQUA政府からのお知らせ――。

 

#アリシア・フローレンス氏の転落に関して、映像等をご覧になった多くの皆さまから“人は重力石で空を飛べるのか”とのお尋ねが関連する機関に数多く寄せられておりますが、全くそのような事実はありません。フローレンス氏の件は極めて特殊な事例として、現在、国を挙げてその原因を調査中ですが未だ解明には至らず、目下のところさまざまな要因が偶発したことによる文字通りの奇蹟であり、容易に再現されるものではないと考えられております。従って、重力石を身につけることで何らかの特別な作用を期待するのは大変危険であり、命を失う重大事故にもつながりかねませんのでけして通常用途以外の用いられ方をされませんようお願いいたします。政府といたしましては、今後も重力石の作用につきまして、各方面の専門家とともに調査にあたり、得られた知見を集約し、結果が判明次第、逐次、お知らせをしていく予定でおります。国民の皆さまにおかれましては、この点につきまして十分にご理解をいただき、どうかくれぐれも軽率な行動をお取りにまりませぬよう重ねてお願い申し上げます――#

 

 

 

 

 アリシア・フローレンス拉致及び、非合法ヒト・クローン製造による未成年婦女子の性的搾取、人身売買事件は、国内外の関係者を含めて逮捕者三十余名を出すというAQUAでは過去に例のない未曾有の一大犯罪事案に発展した。

 セックスクライムというだけでも人々の耳目を集めやすいところに加えて、逮捕者の殆どが富裕層、あるいは旧王侯貴族階級に縁のあるものだったこと、またその年齢構成は最年少が十二歳男子児童から最高齢八十九歳の高齢男性という幅の広さであったこと、そして彼らがみな桁違いの巨大な資金を投じて婦女子の売買を行っていたことなど、いずれも他に類例を見ないものであり、事件の異様さ凶悪さはAQUAの国民のみならず人類圏の全ての人々を愕然とさせるとともに既成権威への不信を増大させ、声なきものまで含めると、人々のごく少数の既得権益層に向ける怒りと反目をより深く、静かに蓄えることになったのである。

 事態を重く見た地球連邦政府は、再三に渡ってAQUA政府に穏便な事件解決を呼びかけ、またAQUA側もそれに従って可能な限り捜査期間を短縮して、取り調べを終えるとともに身柄を拘束された者のうち連邦国籍のある二十八名全てを、犯罪人取扱及び引渡しに関する条約に従って特別機により地球側へ送還した。併せて存在が判明した人体クローン製造プラント二カ所の接収とそこで生存していた全ての個体――胚期に成長していたものまで遡ると総数は九千以上にも及んでいた――の保護――専門家の間で議論が交わされたが、実際にはそれぞれの命が尽きるまで慎重に管理をする、以上のことはできなかった――を行うこととなったのであった。また事件の舞台となったネオ・ヴェネチア・ペニンシュラホテルについても、一時的に政府管理下に置かれ、当面の営業を自粛する方向へと沙汰が下りたのである。

 この件で改めて表面化したのは、国外資本ならびに外国籍の人々の流入を今後どのように扱うべきか、管理すべきかであった。

 出身、出自と犯罪性向とを結びつけるのは民主的、人道的ではないとしながらも、この卑劣かつ異様な重大犯罪が一部を除くと関わったものの殆どが、また指導的役割を果たしていた者の全てが国外からAQUAへの渡来者であったこと、非合法活動の運営拠点となっていたのがなべて連邦資本の企業であったことなどを考えるとき、看過し難いというのが多くのAQUA国民の感じるところであった。

 より良く、より平和に、より明るい未来を求めて、AQUAのみならず全ての人類の幸福な発展を望んで、可能な限り受容的であろうとしていたAQUAの人々に、事件は改めて豊かさとは何かを問いかけることになったのである。

 

 

 

 

 首都アクアポリスはネオ・ヴェネチアの東南東280キロ、ネオアドリア海に面した人口360万人を数える、AQUA第二の人口を抱える大都市である。

 アリシアの乗った政府専用エアコミューターは、かつて総督府のおかれた旧行政庁舎のエアシャトルポートを出て、約一時間の快適なネオアドリア海上空の旅を経て首都に至り、立法院に隣接する総督府のシャトルポートに到着したのだった。

 アリシアがエーデルソン総督の招きを受けて総督府を訪うのは、これが二度目である。

 二名の警護官の女性の案内で総督執務室前室の秘書室に通されたアリシアは、秘書官が総督室に連絡を入れるよりも先に、執務室から飛び出してきたアルセニアの

「ようこそ、アリシアっ! お忙しい中、わざわざこんなところにまで呼びつけたりしてごめんなさいっ!」

 お腹に響くような元気な声に迎えられ、そして例によって強い力で抱きしめられるのだった。たださすがに今は慣れて息ができなくなるようなことはなく

「お招きにあずかり光栄です、エーデルソン総督」

 挨拶をする。

「いつも云ってるでしょ、あたしのことはアルでいいのよ」

「そんな――どうか、ご勘弁下さい、総督――」

「もう、堅いのねぇ、まぁいいわ……でもあたしはそのうちあなたとはファーストネームの愛称で呼び合えるようになりたいの、どうかそのことを忘れないでね」

 少し離れた背後に立つアルティア・フォン・ワイスラーが仕方なさそうな顔で軽く肩をすくめてみせたので、アリシアも苦笑を返すのだった。

 例の忌まわしい事件から一ヶ月ほど経った十八月二十二日――。

 アリシアは捜査の進展についての説明を受けるために首都の総督府を訪ったのである。

 本来であれば捜査段階にある資料の公開、説明は一般に対しては一切なされないのが原則であり、またアリシアも事件については既に過去のことであり、司直の手に委ねられたことをもって心の中では幕引きを終えていたのだが、

「あなたに是非とも会わせたい人物がいるの――」

 というアルセニア・エーデルソンの言葉に、いったい誰かしら? と、訝しみつつも招待を受けることにしたのだ。

「そこに掛けて、アリシア」

 アルセニアに勧められるままに応接用の長椅子の端っこに、ちょこんと浅く、心許なげに腰掛ける。が、その姿は、お気に入りのクリーム色のスーツにスカートという簡素な出たちではあったが端然としていて美しいのだった。

「あら、お茶を煎れないといけなかったわね、ねぇアルティ――」

 アルセニアがアルティアに茶を立てるように促していて、慌ててアリシアは席を立とうとした。

 総督主席補佐官をお茶汲みにさせるなど、とんでもない! と思う。

「いいのよアリシア、ここはそういうところなのっ」

 アルティア・ワイスラーがアリシアの肩に手を置いて制しながらニッコリ笑顔を向けている。

「いちいち秘書室の人に頼むのも面倒だし、あの人たちもみんな忙しいから、だからここではお茶が欲しくなったら自分で好きなものを好きな時に煎れるようにしているの、アルもそうしてるわ」

「そうそう、たしかクロフスキー議員が持ってきた辰巳堂の黒蜜羊羹があったわよね?」

「ええ、そうでしたね――」

 アルティアはそっけなく過去形で応えて、

「あなた、まさか、みんな食べちゃったのっ!?」

「そう思ったんですけど、総督のお留守に――」

「油断してると、こうなの」

 アルセニアがアリシアに向けてこぼすと

「大丈夫です、ちゃんと買い足してありますから――」

 アルティアがフォローして、彼女の異名の一つである、白銀の女狼――を頷かせる凄みのある笑みで応えるのだった。

 振舞われた緑茶は、熱からず、とろみがあって仄かに甘く、グランマの煎れるとっておきのお茶にも勝るとも劣らないものだった。

「すごく美味しいお茶ですね」

「そう? 良かったわ、アルが煎れると折角のいいお茶も台無しにしてしまうから」

 図星であったらしく、アルセニアは一本取られた感じになりながら

「遠慮しないで羊羹にも手をつけてね、ここのはどれも美味しいんだけど、私のお気に入りはやっぱりこれなのよ」

 アリシアにも勧めると、自身も茶受けにあった黒蜜羊羹を大きな手で器用に切り分けるとその一切れを口へと運んで破顔する。

「議員からの差し入れで、アルの好みを知ってる人はこれを持ってきてくれるんだけど、一応、機密扱いだから口外しないでね」

 傍でアルティアがウインクした。

 冗談なのか本気なのか判らずに、アリシアは驚きに目を大きくして頷く。

 辰巳堂はネオ・ヴェネチアに出店がなく、取り寄せるしかなかったが、グランマやみんなへの上京土産は、屹度これにしようと思うのだった。

 黒蜜の醸し出す深いコクと香り、濃厚で上品な甘味は他では味わえない。

 やはり緑茶のお供には和菓子がいちばん――。

 改めて納得する。

 極上のもてなしを受ける中、再会をはたした旧友と交わすような和やかな会話がテーブルの上を行き交っていった。

 アリシアも母親とグランマから婚姻の許しを取り付けたことを二人に報告するのだった。

「わたしにも、その素敵な彼氏を紹介してね、すぐにじゃなくていいから、時間ができたらそのうちに」

 アルセニアとアルティアに同様のことを持ちかけられて

「伝えます。きっと、彼、びっくりして恐縮してしまうと思いますけど……」

「そうね、そりゃあ、怖いでしょうね……この星の大切な女神さまを独り占めしようだなんて命知らずは……」

 アルセニアが獰猛な笑顔になりながら両手の太い指の関節をポキポキと鳴らして、アリシアはギョッとなって肩を竦める。

「アルっ、あまりアリシアさんを怖がらせないで下さいね、真面目な彼女にはあなたの冗談は通じませんから――」

「ご冗談を、仰られたのですか……?」

 ホッとするが、まだ当惑顔のままでいると、

「大丈夫よ、アルのことはいつも私が傍にいてちゃんと見張っているから――」

 アルティアが大して慰めにならないようなことを口にして、アリシアは苦笑するのだった。

 こうしたやりとりは二人にとっては毎度の、他愛もない戯れ事であるらしく、一国の指導者とその副官が、いまは素にかえり、その年なりの女性、まるで親娘のような――似ても似つかないが――の顔になっていた。

 しかし事件の話になると二人の表情は一変して峻厳な政治家のものになる。

 分厚いファイルを捲りながらアルセニアは

「あの極めつきのロクでなしどもは全員、私の手で二度と悪さのできない体にしてしまいたかったけど――」

 物騒なことを口にして

「ブリッジストーン大統領からじきじきに連絡があって、連中の始末はこっちでつけさせて欲しいってお願いされてしまってね、それでこちらも泣く泣く手放すことにしたのよ……ここに愚か者ども全員に関するファイルがあるけど、ご覧になる?」

 アリシアは首を横に振った。

 事件の概要についてはメディアを通じて、通り一遍のことを耳にしていただけでもうそれで十分なのだった。

「そうね、その方がいいかもしれないわね……こんな下らない連中のことであなたの心を曇らせてしまうことはないから……」

「あのいかがわしい姿をしたホテルも、表向きはネオ・ヴェネチアの観光客の増加を見込んで将来的な客室数の不足をあてこんだビジネスという名目だったらしいけど、その実は、大金持ちたちにあなたたちのコピーをあてがうために用意された曖昧宿だった……まったく女の私には口にするのも疎ましい話よ――」

 アルティアも眉を顰めながら続けた。

「あなたたちウンディーネは、いまやそっちの方面では、アリシア、あなたを筆頭にネオ・ヴェネチアの処女――と、言われてプレミアムがつくほどの大変な価値があるそうなの。簡単にクローンが作れないこともさらにそれに箔をつけている。あなたには少しも嬉しくないことでしょうけど女の美貌には色々な面で価値があるから。ただひとつだけ安心できるのは、私たちAQUAの人々のクローンは、このAQUA以外では作るのが不可能なこと――」

「そのお話は以前にロストフ先生や榛名先生からもお伺いしています」

 このAQUAで生まれた赤ちゃんは、本来なら決して読み上げられないはずのタンパク質が、個人差はあっても大なり小なりAQUAの環境ではランダムに発現してくるのだ、と伝えられていた。

 そのプロセスについては今も全く理解できていないとも――。

 

 

#ただ、神が自ら絵筆を取って私たちの発生過程に手を加えているのだとするなら、人が拙い筆致でデザイナーズチャイルドを設計するよりもよほど良いのかもしれませんよ#

#科学者としては悔しいけどね――#

#でも神々が、芸術的な感性でトライアンドエラーをしているのだとしたら……?#

#わかってるわ、だから余計に悔しいのよ、それって端から理性の立ち入る隙間なんかないってことでしょ? アディリー姉さんに負けたみたいじゃない?#

 

 

 福音とも思えるこの奇妙な現象について、ロストフ博士と榛名医師の間には微妙な温度差があって議論を重ねていたが、その時のアリシアには二人の間では何が問題となっているのかすら解らなかったことを思い出していた。

「だからそれをAQUAでやっていた……禁断のヒト・クローンを――」

 アルセニアが苦々しげに云い、

「愛澤彪樹――またしても取り逃してしまったけれど――」

 アルティアがそれを受けて続けた。

「愛澤さん……捕まってはいないのですか?」

 アリシアは自分でも奇妙な感覚だと思うが、それを聞いて少し安堵してもいるようなのだった。

「ええ、まんまと捜査の網をかい潜ってね――」

「代わりに抜け殻が見つかったの――」

 アルティアの言葉にアリシアは驚いた顔を上げると傍を窺う。

「清掃作業を行なっていたホテルの従業員が、廃棄物の中に人が居る、死体かもしれないって騒いで、それで捜査官が発見現場に行って調べたら“愛澤の抜け殻”が見つかったのよ――」

「愛澤さんの抜け殻……?」

「生体型拡張ユニットよ、それも未登録の――」

「拡張型ボディスーツとも云うらしいわねぇ、まったく今の世の中、随分とおかしなことが流行っているものだわ。自分の顔を隠して別人になって生きていこうだなんて、外とのつながりを断ち切りたいってことでしょ? あたしのようなおばあちゃんには気が知れないわ」

 生体型拡張ユニットというのは体に直接“着込む”タイプの擬似人体で、本来はプライバシーの保護を目的として十年あまり前にコロニー、ラテラル・セブンにおける行き過ぎた相互監視社会で暮らすことへの生き辛さを感じた人々が、顔に特殊な薄い人工皮膚を装着することにより風貌を変化させて屋外での監視カメラ映像履歴に残ることから逃れようとしたことに由来し、それが現在では全身を包むスーツにまで発展し、体格差もあって無制限というわけではないものの男性が女性に、あるいは女性が男性に姿を変えることまで可能になっているという。

 先進的なコロニーの一部では、プライベート空間以外、対外的には常にスーツのままで生活をしている人も少なくないとのことだった。

 但し、首もとの視認可能な位置に車のナンバープレートに相当するような登録番号の提示が義務付けられていて、公益の観点から当局からの要請を受ければ直ちにスーツを脱がなければならないと、製品の使用規約にも明示されていた。

 しかし愛澤は、どのような手段を講じたかは調査中でまだ詳細は明らかではないが、偽りの姿のままでの渡航申請許可が降り、そしてAQUAを訪れ、誰にも不審に思われることなく一年半もの間、偽りの生活をし続けていたことになる。

 話を聴いていたアリシアも、愛澤に関して不思議に感じていたことを今更ながらに思い出していた。

 ペニンシュラホテルのペントハウスで、愛澤は猫に顔をひっかかれても全く出血していなかったのだ。一部とはいえ皮がめくれるほどの傷を負いながら、その時、彼は手で傷ついた頬を押さえはしたものの、ハンカチで出血を止めようとしなかっただけでなく、手も血で汚れては居なかった。

 極めつきは、唇を奪おうと彼が顔を寄せてきた時、傷は既に塞がっていて痕もわからなくなっていたのだ。

 だが、その時は窮地から脱することに必死で深く考えもしなかったが、今になって振り返ると不自然だったことはいくつもあるのだった。

「あいつは素顔だけでなく、素性も経歴も、家族、人間関係に至るまで見事にヴェールで包み込んで隠し通してきた……怪盗ルパンみたいに……そもそも愛澤彪樹なんて人間は居なかったのよ――」

「――!?――」

 アルティアは驚きに目を剥くアリシアに、愛澤彪樹の顔を捉えたチェキフィルムサイズの小さな写真を見せながら

「“あの男”のボディースーツが身につけていたジャケットの財布の中にあったんだけど、この人……ご存知?」

「愛澤さんです――」

 やや変色しているものの透明なフィルムに封じられていた写真は白黒である上に解像度もさほど高くはなかったが、アリシアが知る愛澤彪樹を捉えたものに違いなかった。

 ただ、全身を包むボディスーツというものが使われていたとすると、途端にその確信が揺らいでくる。

「間違いない?」

「わたしの知っている愛澤さんです、間違いありません」

「ではその写真を裏返してみて」

 アルティアに指示されて写真の裏を見ると、そこには撮影日時と場所がプリントされてあった。

 

 

 

#昭和四十九年、明治節、湘南の別荘にて、祖父、愛澤武範――#

 とあり、さらに撮影者のものとおもわれるサインがローマ字でAyakiと記されている。

 

 

 

 アリシアはワケがわからずに眉を寄せてもどかしげな顔をする。

 昭和四十九年といえば、たしか日本の昔の元号だったはずで、標準暦にすると千九百七十四年、今から三百三十年も前、それこそ大昔のものなのだ。

 そしてさらに写されているのはどうみても三十代半ばの男だったのにも関わらず、それが祖父? 撮影したのがAyakiとあるが、愛澤彪樹ということなのだろうか?

 素直に胸に落ちてくれないことばかりだった。

 

 

 

「現在、それについても分析中よ……その写真が三百年以上も前にアナログ撮影されたものであることは間違いないみたいだけれど……」

「ただ、あの男のボディスーツという物証を得たことで判ったこともあったのよ、そうよね? アルティ」

 アルティアは頷くと

「さすがに警察がいきなり踏み込んでくるとは思っていなかったらしくて相当、慌てていたみたいだから、とりあえず身の回りの品々はダストシュートに捨てるしかなかったようね。その写真も財布の中にあったんだけど、カードや紙幣の類はすっかり抜き取られていたのに、財布の裏柄にあったカード入れのことまでは咄嗟に思い至らなかったみたい」

 アルティアの説明によると、遺留品には汗や体液といった生体情報も残されていたそうで、それによる遺伝子の解析も既に行われて結果が出ているという。

「ボディスーツを着て愛澤彪樹を名乗っていたのは、推定年齢十二歳から十四歳ぐらいのローティーンの男子だったそうよ――」

 総督自ら種明かしをして、それを聞いたアリシアは驚きに大きな目を瞠り、しばし凝固まってしまうのだった。

 すぐに頭を過ったのは、自分のレプリカと抱き合っていた男の子のこと。

 あれこそが愛澤彪樹の本当の姿なのだったとしたら――。

 そう考えると、妙に分裂していた印象のある愛澤の人物造形が一つの形を取るように思えてくる。

「子供の姿になれば、そりゃあ現場から逃走するのも難しくはなかったでしょうね。まったく悪賢い小僧よっ、憎らしいっ、でも相手が子供だからってアタシは容赦なんかしないわよっ」

「そこなんですよね、問題は。もしも相手が子供となると、性犯罪の被害者には容易になりえても加害者として認定するのはハードルが上がりますから……仮に今回の事件の全てにその男の子が関わっていたのだとしたら……ちょっと厄介なことになるかもしれません。連邦側とのすり合わせも一層、面倒になりますし……幸い、このことはまだ向こう側は知らないので、当面は伏せておきたいのですが……」

 さりげなく口封じをされて、アリシアは首肯した。

「でも、本当なんですか? 愛澤さんが十代の男の子かもしれないというのは――」

 アリシアの容子から何かを感じ取ったアルティアは

「なにか思い当たることでもあったの?」

「はい……」

 アリシアは云い辛そうに頷いた。

「もしも話しにくいことだったら、無理に云わなくてもいいのよ」

 むしろそんなふうに気を遣われると、かえって申し訳なくなり、アリシアは自身が目にしたことを差し障りのない範囲で話すことにしたのだ。

 自分の分身が、愛澤の分身と思われる男の子と情を通じていた、ということを。

 そしてそれが、今の話を受けて愛澤本人であった可能性も浮上してきたように感じていることも。

「そう……他の六名と違って、あなたのコピーだけは見つからなかったから、その疑いは十分にあるわね……そもそもセックスドールとはちがって、地球人のクローンは普通にオリジナルと変わらない寿命を持つ場合が多いから、コピー同士を掛け合わせるという刹那的な実験には向かないでしょ? だとするとその男の子が愛澤本人である可能性はかなり高いと思うわね。ねぇその子、どんな顔だったか思い出せる? もし可能なら防犯カメラの映像を追うことで足取りを辿ることもできるかもしれないから」

 アリシアは顔を赧らめながらも頷いた。

 たとえコピーであるとはいえ、自分の分身の股間に顔を寄せて幸せそうにしていた男の顔を忘れられるはずがなかった。

 アキトと同じように優しい目をして、愛情を注ごうとしていた。

 秘所の臭いを嗅ぎとり、熱心に口づける彼の歓びがはっきりと感じられたのだ。

 そして女の方も自分とそっくり同じ声で喘いで、歓びの中に腰を戦慄かせて果てていった。

 愛澤のことはけして許せないと思っていた筈なのに、愛し合う二人の姿を目のあたりにしていたとなると、気持ちはやはり動かされてしまうのだった。

 彼は恋人の命が長くないことを知っていて、それでいながらなお愛そうとしていた……。

 そして彼女の方も、短い命の炎を精一杯に燃やして女の愛を生き抜いたのだ。

 それなのに……。

 運命の別れはやってくる。

 そんなの、自分に寄せて考えると辛すぎると思う。

 どこかに救いが欲しかった。

 あれやこれやと頭を巡らせて、せつない思いに揺れるアリシアの容子を別の意味に汲んだのか、アルティアが、

「仲間の女の子たち、残念だったわ……助けてあげることができなくて……」

「はい……あの後、みんなでお墓にお参りに行って……子供の三人には伏せてありますけど……」

「そうね、それがいいわね……」

 アリシアの今後の捜査協力については、ネオ・ヴェネチアに戻ってからの警察からの連絡待ちということになり、その手はずはアルティア自ら行うということになり、事件についての話し合いはひと区切りとなったのである。

 こうした折、アルティアのデスクの内線が秘書室からのコールを告げていて、彼女は席を立った。

 デスクのスピーカーホンのボタンを押して、秘書室と二言、三言、やりとりがあった。

「総督、少尉がお見えになったようです――」

 アルティアが愛称を使わないことから、それが内輪話からオフィシャルへと移行するサインなのだと窺えた。

「そう、さすが軍人さんだわ、時間通りね」

 アルセニアが壁の時計を見て、十一時ちょうどであるのを確かめると

「アリシア、あなたはそのままにしていて」

 云い残し、アルセニアは自身の大きな木製デスクの向こう側にある椅子にどっかり腰を下ろした。 

 モノクルの老眼鏡をかけて引出しの中からファイルを取り出し、デスクの上に開くとアルティアにサインを送り、アルティアは秘書室に入室許可を告げる。

 するとすぐにドアをノックする音がして、女性秘書一人に付き添われて、濃紺のスーツ姿も凛々しい少女が一人、現れたのだった。

 その姿をひと目見て、アリシアはまたと胸を突かれていた。

「地上防衛隊調査部、荒川朝子少尉、ご用命をうけて参じましたっ」

 総督に正対し、気をつけの姿勢のまま敬礼する。

 声はまだ幼さを残しているが、凛とした声音が総督執務室内に響いて、一方、アリシアは現れた少女の姿を驚きと途惑いと、そして微笑みの綯い交ぜになった顔で見つめるのだった。

「荒川さん、楽にしてちょうだい」

 アルセニアが命じて

「アリシア、こちらへ……」

 アルティアに招かれる。

「あなたに会わせたかったのは彼女よ……荒川朝子少尉、少尉、こちらはアリシア・フローレンスさん。お二人が直に顔を合わせるのは初めてよね?」

 アルセニアがデスクに座ったままで二人に向けてお互いを紹介する。

 しかしアリシアにはとても初対面だとは思えないのだった。

「朝、顔……さん……?」

 そうではないことは判っていた。相手は明らかに人間の美少女だったからだ。

 しかし、朝顔と瓜二つの姿をしていた。

 黒い髪、白い頬、くっきり大きな黒い瞳。

 日本人形のような小柄で精緻な美しさ。

「いいえ、わたしは地上防衛隊調査部別室の荒川朝子少尉です」

「地上防衛隊調査部別室の荒川さん……」

「みんなから朝顔と呼ばれていたあの子は、私のアバターです……もっともアバターでありながら、最近はあの子自身が勝手に動き始めてしまって……でも、あの子の目と耳を通して感じていましたから、アリシアさん、あなたのことは判っています……それから朝顔がどうなったかも……」

「荒川少尉はね特殊任務のエキスパートなの。軍の調査部で防諜活動を行っていて、彼女のアバターをペニンシュラに送り込んで、以前から中を嗅ぎ回ってもらっていたのよ。あそこは何かと胡散臭い面があったから――」

 アルティアが説明をして、ホテルに向けての捜査が電光石火、警察の動き出しが迅速だった理由の一端が窺えたのだった。

「でも、まさかアリシア、あなたの身に危険が及ぶとまでは想ってもいなかったから迂闊だったわ。挙句、あなたを命の危機にまでさらしてしまって。今回は奇跡によって何事もなく全てが上手く運んだけど、次があるとは思ってないから、今後のオペレーションについての反省をしないといけないわね、少尉」

「はい、心得ております――」

「でも、あなたのおかげで事件を早期に解決できたのだから、お手柄よ、ありがとう」

「別室のメンバー全員への労いとして、そのお言葉、ありがたく頂戴いたします、補佐官どの」

「堅苦しいわね、女の子なんだから女の子同士、もっとキャピキャピお喋りすればいいのに」

 アルセニアがデスクの向こう側からもどかしげに言い、

「今日はお互いを引き合わせるために呼んだんだから――」

「あの、宜しいのでしょうか?」

 荒川少尉がアルティアにも確かめて、補佐官が頷くのを目にするや、それまで固かった表情を一変させるとアリシアに向き直り、

「アリシアさん、あなたに会いたかったです。そして一言、謝りたかった……」

「謝るって……なにをです?」

「私の判断が甘かったために……あの子は……朝顔は……あなたをもっと早く安全な場所へと退避させたがっていた……それなのに、私は……任務を、状況の把握を優先させてしまった……その結果、とんでもない過ちを犯してしまうところでした……悔やんでも悔やみきれないくらいの失敗を……ほんとうに申し訳ありませんでした」

 荒川朝子は腰を折って最敬礼をする。

「荒川さん……」

「朝顔は、あなたのことが大好きなんです……私もですけれど……」

 私も――以下を荒川朝子は少し言いにくそうに口にしている。

 でもそれ以上に気になったのは、荒川朝子が現在進行形を使っていたことだった。

「わたしもです……朝顔さんが大好きです。あなたのことも……荒川さん……ひと目、見た時から、好きになっていましたから。うちの灯里ちゃんや藍華ちゃん、アリスちゃんみたいに」

 アリシアが思いを偽らずに言葉にすると、荒川朝子はちょっと照れ笑いをしながら

「でも、アリシアさんと私は、歳が一つしか違わないんですよ……こんな形をしてますけど、来月には十九になるので」

「あらあら、これはうっかりしていたわ、あんまり可愛らしいから、まだ女の子かしら、と思っていたけれど、これは失礼しました。そうですよね、子供を軍人さんにするなんて、非常識でしたね」

「まぁ、うちには私よりも年下の調査官は居るんですけれど……やっぱり電子戦への対応は若い方が習熟も早く、伸び代も大きいので」

 それからのアリシアと荒川はまるで昔からの知り合いであるかのように、互いを飾りのない言葉が行き交っていた。

 邂逅をセットしたアルセニアとアルティアの顔にも、二人を見守りながら滋味のある笑顔が作られていく。

 アリシアは荒川朝子から、その日に聞かされた最も嬉しいことを告げられて、嬉しさに思わず落涙してしまうのだった。

 両手で顔を覆って涙を拭いながら、泣き笑いの顔で荒川朝子に思わず抱きついてしまう。

「朝顔もあなたに会いたがっていますから、会いに行ってあげてください。あの子の心と記憶はネットワークにあるので、体が元通りになれば、そのまま以前のとおりのあの子ですから――」

「良かった……良かった……本当に良かったです……ありがとう……ありがとう朝顔さんっ」

「わたしは朝顔じゃないですよ」

「いけない、そうだったわ……でも、今だけ朝顔さんになってください……」

 アリシアはそう言うと、また肩を震わせて嬉し涙を流すのだった。

 

 




なんとか今日で締めくくりたいと
長くなってしまいました
丸っと一日、PCの前に座りっぱなしで……

次話からは
コーン畑でつかまえて というタイトルの予定でいます
18禁らしく、ちょっとエロティックなシーンも含まれるはずで


どうでもいいですけど

調査部別室の荒川さん? 住所も電話番号もないんだ――

なぜかこれが頭の中でしきりに響いていて……
つい書いてしまった……





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